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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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謎の足音

 窓から差し込んでくる陽光と、若干の気怠さは感じるもののしっかりと開いた瞼。完全にベッドに横たわっていた体、枕元に置いてある香り袋。そう、僕は完全に眠ってしまっていた。

「……ミフネ嬢、すまない」

「え、どうしたんですか?」

「昨日、日付が変わるより前に眠ってしまったみたいだ」

 朝、食堂でミフネ嬢とクインテット嬢と合流してすぐ、僕はミフネ嬢に謝罪した。不本意な決定ではあったが、一度引き受けた仕事をきちんとこなせなかったことは事実だからだ。

「モミジさんは真面目ですねぇ」

「それがモミジの良いところだからね」

「今日は武術もありますし、体が睡眠を求めたのでしょうね」

 僕の謝罪に、三人は目を丸くした後、笑った。ミフネ嬢は今日がダメなら今度は夜更かししてもいい日にしましょうか、と軽く言い、殿下とクインテット嬢はただ笑っている。

「笑いすぎでは?」

「まあ、そんなに深刻な雰囲気で言われるとは思いませんでしたので」

 真面目に起きていようとしてくれた時点でありがたいですよ、とミフネ嬢は笑う。取り敢えず、不快にさせなかったのなら良いのだ。

「それにしても、今日は調査が進みそうにないですねぇ」

「すまない」

「モミジさんの所為ではないです。誰か、詳しい話を知ってる方がいれば良いんですけど」

 聞き込みが効果がないことは既にわかっている。なので実際に規則を破ろうとしたが失敗。今日はこのまま解散だろうか、と思ったその時。

「あ!クインテット様!!ミフネ様!!」

 先日、授業で一緒になったベルナール伯爵令嬢が此方を見つけると走ってきたのだった。息を切らして走ってくるなんて、令嬢らしからぬ行動だが、鬼気迫る表情をしていたので口にするのは躊躇われた。

「ルイーザさん、どうかされました?」

「あの、少し、ご相談が……」

 そう言ってから、ベルナール伯爵令嬢は僕達も一緒にいたことを思い出したらしい。話を遮ってすみません、と小さな声で言い、相談を切り出すべきか視線を彷徨わせた。

「私とモミジのことは気にしなくていい。一年生女子の問題はクインテット嬢とミフネ嬢に任せてあるからね」

 殿下が迷っている様子の令嬢に優しく声をかける。先程の様子からして、緊急性のある要件なのだろう。

「僕達の話はそれ程重要なものでもないので、遠慮せずどうぞ」

「ありがとうございます……」

 続けて僕もそう言えば、令嬢はミフネ嬢とクインテット嬢に向き直り、用件を説明し始めた。女子寮内で起こった問題らしい。

「昨晩、廊下から足音がして……」

「誰もいなかったんですか?」

「怖くて確認できなかったんです。でも、最近怒られたばかりで、夜に出歩く人なんていないと思って……」

 曰く、昨日の夜、寝付けないでいると、廊下から足音がしたという。令嬢は伯爵家なので寮の部屋は三階。ミフネ嬢とクインテット嬢は一つ下の二階だが、上の階から足音が聞こえることはなかったと言う。

「そもそも、外部から何者かが侵入している場合、階段を通るので私が気付きます」

「クインテットさんは、階段のすぐ隣の部屋でしたね」

「ええ。昨日は確実に、階段を利用した方はいません」

 特に、クインテット嬢は軍事派の一族出身ということもあり、気配には敏感だ。実際、殿下の護衛を任せられているくらいなので、階段利用者がいないのは事実だろう。

「じゃあ、三階の誰かになりますけど……」

「で、でも、部屋から出て、階段も使わずにどこに行くつもりだったんですか?」

 三階には、生徒用の部屋しかない。一階には共同キッチンや談話スペースがあるが、二階より上は個室しかないので、部屋から出ても他の人の部屋しかない。トイレなどは各個室に備え付けがあるので深夜に態々部屋から出ることはないだろう。

「誰か、友人の部屋にでも行ったんじゃ……」

「話し声どころか、ノック音すら聞こえませんでした。本当に、足音しか……」

 自分で言っていて、怖くなっていたのだろう。ベルナール伯爵令嬢は顔を青くした。本当に、自分は何を聞いたのだろうか、といった表情だ。

「よし、じゃあ、調べましょう」

 重い空気を吹き飛ばすように、あっさりとした口調でミフネ嬢が言った。令嬢が目をまん丸に開き、ミフネ嬢を見つめる。

「いいんですか?」

「丁度、夜遅くまで起きていたらどうなるか調べるつもりでしたし、ついでです。どうせ、女子の問題はわたし達が担当しますし」

「そうですね、建物の不具合の場合、報告の必要もありますから」

 まずは、伯爵家の方を中心に他に足音を聞いた人物がいないか、廊下に出た記憶がないか聞き込みですねぇ、とミフネ嬢は言った。

「ありがとうございます……!!」

「荒事になるとわたしは役に立ちませんけどねぇ」

「その時はお任せくださいね」

 じゃあ、早速行きましょう、とミフネ嬢は歩き始めた。その時、近くの建物の影からがさりと音がした気がして振り向く。

「モミジ?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 しかし、そこには何もなく、僕は首を傾げて殿下の後ろをついて行ったのだった。

次回更新は7月22日17時予定です。

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