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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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僅かな手掛かり

 クインテット嬢を抱きとめた僕は、まず殿下の方を見た。既にミフネ嬢が殿下の横に移動し、周囲を警戒している。僕も不信人物や原因がないか鋭く周囲を観察する。

「せ、先生!!」

 ベルナール伯爵令嬢が先生を呼んできた。倒れたクインテット嬢に気を遣ったのだろう、一番近くにいた先生ではなく、少し遠くにいたハーバー先生を連れてきた。

「ランシーさん?意識はありますか?」

 エスコート以外で婚約者でもない女性に長時間触れるのは不作法なので、女性であるハーバー先生にクインテット嬢を引き渡す。先生が何度か声を掛けるが、意識が戻る様子はない。

「ベルナールさん、コレイン先生に伝えに行って貰えますか?」

「はい」

「ファラデーさん、保健室に移動しながら詳しい状況を……」

「いえ、わたしはそこまで把握してないんです」

 先生はテキパキと指示を出していく。ミフネ嬢が保健室に付き添うなら僕は殿下の側に、と思っていると、状況説明を求められたミフネ嬢が僕の方をじっと見つめてきた。

「クインテットさんが倒れる時に一番近くにいて、最初に気が付いたのはモミジさんです。話ならモミジさんに」

「ストックデイル君は……」

 先生は婚約者でもない僕が付き添うのはいかがなものか、と思ったのだろう。何とも言えない表情で僕とミフネ嬢を交互に見た。できればミフネ嬢に来てほしい、と顔に書いてある。が、ミフネ嬢はにっこりと笑顔を浮かべた。

「モミジさんなら下手な噂も立ちませんし、大丈夫ですよ。わたしが殿下についているので、よろしくお願いしますね」

「そうだね、モミジ、頼んだよ」

 ミフネ嬢がそう言っただけでなく、殿下まで僕に任せると言ってしまったので、先生もこれ以上何も言えなくなってしまった。

「それでは、ストックデイル君、ランシーさんを保健室に連れていく手伝いを……」

 そう言って、先生は少し考える素振りを見せた。本来、ミフネ嬢と二人で頭と足の方を持って連れていく予定だったのだろうが、僕が相手だとどちらを持たせるか判断が難しいのだろう。

「あー、えっと、僕が運びますね」

 一生懸命クインテット嬢の為に考えている先生には悪いが、出来るだけ早く保健室に連れて行ってあげたい。先生から半ば奪い取るようにクインテット嬢を横抱きに持って立ち上がる。

「ストックデイル君!?」

「倒れた時の状況でしたよね。僕達は周囲を警戒していたんですが、何も見つからなくて。急にクインテット嬢に声をかけられ、振り返ったら段々と体が倒れていく途中でした」

「ま、待ちなさい!!」

 先生を急かすように歩き出し、求められた通り状況を説明する。自分の脳内を整理する為にも、できる限り丁寧に。

「恐らく、クインテット嬢は何が原因なのか、というのに気が付いていたようですが、僕は受け止めることしかできませんでした。付近に手がかりもなし、分かったことは、音が原因のことではない、ということでしょうか」

「……どう、いうこと?」

 先生は僕に文句を言うのを諦め、代わりに音が原因ではない、と言う言葉の意味を尋ねてきた。僕が断言する理由がわからなかったのだろう。

「側近、婚約者候補は年に一度身体検査も受けます。その時に聴力も検査項目に含まれているんです」

「それで?」

「結論だけ言うと、クインテット嬢だけが音が聞こえていた、という状況は考え難いのです」

 僕達の中で最も武闘派なクインテット嬢は、一番耳が良いように思われることが多いが、実際は違う。一番聴覚に優れているのはミフネ嬢だ。僕達は固まっていた為、音が小さかったとしてもクインテット嬢だけに聞こえてミフネ嬢に聞こえないというのは考えられない。

「僕達、殿下を含めて五人も居て、誰も人にも魔法にも気付かない、と言う可能性は低いんです」

「確かに、周辺を警戒していた教師にも気付かれず、となると相当の難易度になりますが……」

「なので、犯人は必然的に絞られます」

 僕がそう言うと、先生は目を丸くした。僕はそんな先生に構わず、考えるのに時間をかけすぎた、もう保健室に到着してしまうな、と反省する。

「警戒されない相手、つまり生徒です」

 先生が開いた扉から入り、中にいたヴィヴィア先生の隣、空いているベッドに真っ直ぐ歩きながら言う。途中からしか聞いていないのに、ヴィヴィア先生は僕が何を言っているのか理解したようで、無言で続きを促してきた。

「ただ、犯人は犯人の自覚がない。理由は簡単、犯人は他人を昏睡させることをしたつもりはなく、善意で行動をしただけなんです」

 クインテット嬢をベッドに横たえ、僕は自分のポケットから真っ白なハンカチを取り出した。これは、クインテット嬢が倒れる直前、僕に手渡してきたものだった。

「これは、僕の私物ではなく、勿論クインテット嬢の物でもありません」

「……成る程、そういうことか」

「はい。恐らく、他の人も話を聞けば見つかるかと」

 ヴィヴィア先生が無言で手を差し出してくる。僕はハンカチを手渡すと急いでグラウンドに戻るべく、走り始めた。

次回更新は11月1日17時予定です。

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