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捨てられ王子の綺羅星  作者: トウリン
Ⅲ:捨てられ王子の綺羅星

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決断の時:予期せぬ再会

 ステラがリナルドに城を出ることを伝えてから、十日が過ぎた。

 なのに、まだ、彼女は城にいる。

 何故かと言えば、あの時の「住処と仕事を手配する」というリナルドの言葉が、果たされていないからだ。


 自分で探しに出てもいいのかもしれないけれど、一度お願いしますと答えてしまったからにはそれを無視して出て行くこともためらわれ、未だステラはここで分不相応な日々を享受している。

 腹をくくってその贅沢を受け入れてしまったらいいのだろうが、ステラはなかなかそうもできず、いてはいけない場所にいる気がして落ち着かない気分のまま、唯一彼女にもできることがある庭で一日過ごすのが常だった。

 今日の仕事は届いたばかりの球根の植え付けだ。一番寒さが厳しくなる頃に真っ赤な花を咲かせるらしい。

 その頃ステラはここにいないけれども、綺麗な花が、アレッサンドロの眼を楽しませてくれればいいと思う。

 彼のことが頭に浮かんで、ステラは柔らかな土を掘り返す手をふと止めて、執務室の窓を見上げた。


(今、あそこには、アレックスとジーノさまがいるんだよね)

 言葉どころか視線すら交わそうとしていなかった二人が、一つの部屋で、力を合わせているのだ。

 こうやって窓を見上げるたび、ステラの胸はその事実にほっこりと温かくなる。


 あれから、兄弟の距離は、じわじわとだけれども着実に、縮まりつつあるようだ。

 午前中のひと時を執務室で過ごすようになったジーノは、午後になっても体調が保たれている日はふらりと庭にやってきて、アレッサンドロのことを話してくれる。前は過去のことばかりだったけれども、最近は、今の彼のことが殆どだった。

 山積みの仕事をどんなふうに捌いていくかとか、今日は少しだけ笑ってくれたとか。

 以前は悔恨ばかりが滲んでいたその声が今は楽しそうなものに変わっていることが、ステラは嬉しい。

 しかし、兄弟の仲が修復されることを喜ぶ一方で、そんな話を聞けば聞くほど、ステラの中には早くここを離れなければという思いが益々募っていく。アレッサンドロとジーノが元通りの関係に戻れば戻るほど、ステラは尚更『余計な存在』になっていくからだ。


 ステラは執務室の窓から自分の両手に眼を落とす。


 ここに来て、自分自身の在り方について考えた。

 必要とされているか否かで、自分の居場所を決めている。

 確かに、そうかもしれない。

 誰かに喜ばれることではなく求められることを欲している。

 それは、打算的で偽善的だ。

 けれどステラは、必要とされていなければ、そこにいても良いと思えないのだ。


 ジーノはずっとここにいて良いと言ってくれるけれども。

(ダメ、だよね)

 アレッサンドロの傍にいたいという自分の望みと、彼の妨げになってはいけないという思い。

 その両者を成り立たせるのが、城は出るがラムバルディアには留まるという選択だったのに、なかなかそれが実らない。

(わたしがまだここに残っているのは、行く先が決まってないから。それだけだから)

 自分が為すべきことは、ちゃんと判っている。

 ステラは半ば葉が落ちた庭木に手を伸ばし、ため息をこぼした。

(この葉が全部落ちきるまでには、出て行かないと)

 そう遠くない未来に訪れるはずのその時のことを考えると、キュゥと締め付けられるように胸が痛んだ。

 何となく喉の辺りに硬いものが詰まっているような感じがして、もう一度、ステラが息をついた時だった。


「ステラ様、お客様ですよ!」

 朗らかなカロリーナの声で、ステラは衝かれたようにうつむいていた顔を上げる。振り返ると、赤毛の少女が立っていた――もう一人、『お客様』を従えて。

 ステラは、その人物がそこに立っていることに目を瞬かせる。

「え? あれ? レイ?」

 半信半疑で呟くと、ディアスタ村にいるはずの幼馴染が眉をしかめた。

「何だよ、オレの顔を忘れたわけじゃないだろう?」

「もちろんそんなことないけど、でも、何でここに?」

 コラーノ神父とは手紙の遣り取りをしていて、最後の便りを送ったのは十日ほど前のことだ。詳細は伏せて、アレッサンドロとジーノの仲違いがうまく収まりそうだとしたためた。その返事はまだだけれども、少なくとも、今まで、レイがラムバルディアに来たがっているというようなことは、一度も書かれていなかったと思う。


 困惑するステラの前でカロリーナがペコリと頭を下げた。

「ステラ様、どうしましょう、お茶はこちらにご用意しましょうか? お部屋の方が良いですか?」

「あ、えっと、こちらに……」

「はい、じゃあ、少々お待ちくださいね」

 そう言って、彼女は軽やかに去って行く。

 カロリーナを見送って、レイはステラに歩み寄ってきた。


「元気そうだな」

 驚きが去れば残っているのは数か月ぶりに会えた喜びだけだ。ステラは満面の笑みを浮かべてレイを迎える。

「レイこそ。また大きくなった?」

「ならねぇよ。オレを幾つだと思ってるんだよ」

「あはは、ごめん。でも、急にどうしたの?」

 ステラは頭一つ分以上の背丈差があるレイを見上げて首をかしげた。が、続く彼の返事に目を丸くする。

「帰るんだろう? 迎えに来た」

「え?」

「だから、ステラが帰る気になったって手紙が来たから、迎えに来たんだよ」

 いったい、どういうことだろう。

「わたし、そんなこと書いてないけど……」

 今度はレイが怪訝な顔になる。

「でも、城を出るんだろう?」

「それはそうだけど、村には帰らないの。ラムバルディアで仕事を見つけようと思って」

「城を出るならディアスタ村に帰ればいいだろう。村で働けばいいじゃないか」

 焦れたように言うレイに、ステラはかぶりを振った。

「違うの。お城は出ないといけないけど、ここを離れたくはないの」

 レイは眉間に皺を寄せてステラを見下ろしている。と思ったら、フイと顔を上げて辺りを見渡した。


「あいつ、王子様だったんだな」

「あ、うん。驚いたよね」

 ステラは笑ってそう答えたが、レイに笑顔はない。彼は渋面で彼女を見つめている。

「レイ?」

 どうしてそんなふうに苦いものをかみつぶしているような顔をしているのだろうと眉をひそめたステラの前で、レイが口を開く。

「村に帰った方がいい」

「え?」

 ステラが目を瞬かせると、レイは大きな手で彼女の肩を掴んだ。ステラの背丈を越えた頃から彼の方から触れてくることがなくなっていたから、少し戸惑う。

「あの、レイ?」

 おずおずと名前を呼ぶと、彼はギュッと眉間に皺を刻んだ。

「ここにいたって、なんにもならない。帰った方が、幸せになれる――オレが幸せにしてやる」

「なぁに、そんな大げさな……」

 笑っていなそうとしたステラだったが、見上げたレイの眼差しにあるものに舌が止まる。

 それは鋭く真摯な、けっしてごまかしてはいけない強さを秘めた光だった。




41部の誤字報告をありがとうございました。

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