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捨てられ王子の綺羅星  作者: トウリン
Ⅲ:捨てられ王子の綺羅星

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八年ぶりの逢瀬:再会

 ディアスタ村から五日をかけて辿り着いた王都ラムバルディアは、何もかもがステラの想像を超えていた。

 もちろん、実際に目にする前から、ディアスタ村の何倍も大きいのだろうとは思っていたのだ。


 けれど。


(こんなに、すごいだなんて)

 ステラは感嘆のため息をこぼす。

 まず、都をまるまる取り囲んでいるという、果ての見えない石造りの壁。丘の向こうから見え始めたそれに近づくにつれ、あまりの途方もなさにめまいを覚えそうになった。

 ヒトの背丈の何倍もの高さでそびえたつそれにポカリと開いた門を通り抜ければ、その先に広がる光景に、ステラは目を奪われる。

 綺麗な模様が描かれている石畳の広い道。

 その両側には、いったい何をそんなに売るものがあるのだろうかと思ってしまうほどの店が並んでいる。

 道を行き交う溢れんばかりの人々は、とてもではないが数えきれない。

 建物はどれも屋根が見えないほど高く、整然と立ち並んでいた。ディアスタ村のような木でできたものはなく、皆、形の揃ったレンガ造りだから、妙に作り物めいて見える。


「うわぁ……」

 その一言を最後に、ステラは声を失った。馬車の窓にはめられている気泡一つない硝子に額を押し付けて、食い入るように外を見つめているステラに、向かいに座る女性が小さな笑い声を漏らす。

 彼女はメルセデという名で、アレッサンドロが旅の間の付き添いにと寄越してくれた人だ。黒髪黒目、四十前後の年頃で、ふくよかな頬にいつも温かな笑みを浮かべている。

 豪奢な馬車は確かに乗り心地が良かったけれども、旅どころかディアスタ村すら一歩も出たこともないようなステラが快適に五日間を過ごせたのは、メルセデがいてくれたおかげだ。


 ステラは彼女の笑い声で我に返り、馬車の座席にチョンと座り直した。

「ごめんなさい、うるさくして」

「いいえ。どうぞご覧になっていてくださいな。よろしければ、馬車を停めさせますが?」

 親切なメルセデの提案に、ステラはかぶりを振る。

「ありがとうございます。でも、早くアレックスに逢いたいから」

「そうですか?」

「はい。あ、帰る時にはお店に寄ってみんなへのお土産を買いたいです」

 メルセデに答えて、ステラは腰に下げた小さな袋に手を添えた。そこには、教会を出る時にコラーノ神父からの餞別が入っている。アレッサンドロも路銀を用意してくれていたけれど、それとは別に、神父がそっと手渡してくれたのだ。

(みんな、元気にしてるかな。ちゃんと、神父さまの言うこと、聞いてるかな。レイを困らせたり、してないかな)

 口元に笑みを刻んで遠くにいる者へ思いを馳せていたステラは、ふと視線を感じて顔を上げる。


「あの、メルセデ?」

 自分に向けられている彼女の瞳が、微かに翳りを帯びているように思われた。いや、翳りというほど暗いものではないか。そこまで重いものではないけれど、何か気にかかることはあるような、そんな感じだ。

「どうかした?」

 問うたステラに、メルセデの面に迷いのようなものが走って消える。

「いいえ。ああ、もう着きますよ」

 メルセデのその言葉で、ステラはパッと窓の外に視線を走らせた。と、ちょうどその時、馬車が大きな門を通り抜ける。

 そこで、ステラはふいに気が付いた。


(そう言えば、都の中に入ってから一度も曲がってない気がする)

 市門をくぐってから、少なくとも四半刻は、馬車は真っ直ぐに走り続けている。にも拘らず外に出ていないということは、やはり、ラムバルディアはかなりの広さがあるのだろう。

 ステラは窓の外を窺った。

 先ほどまでのような建物や店はなく、人もいない。見えるのは広い道ときれいに整えられた庭園だ。

 馬車の揺れも車輪が立てる音も殆どなくなっているのは、街中よりもさらに道が整備されているからなのだろう。


 やがて馬車はゆっくりと停まり、扉が静かに開かれた。

「さあ、参りましょうか?」

 向けられたメルセデの微笑みに、ステラは頷く。

「はい」

 期待と緊張で鼓動が高鳴った。いよいよ、アレッサンドロに逢えるのだ。


 メルセデに促されて馬車を降りたステラは、目の前にそびえる豪華絢爛極まりない建物に絶句する。

 まずは、玄関。

 両開きの扉は、馬車が余裕で通り抜けられそうなほど、幅も高さもある。

 もちろん、大きいのは玄関の扉だけではない。

 見上げると、真っ白な壁には、横にも上にも窓がずらりと並んでいる。ステラは十まで数えて、諦めた。


(これ、『家』なの……?)

 正面から眺めただけでこれなら、いったい、全部で何部屋あるのやら。

 ディアスタ村では、教会が一番大きな建物だった。その教会が、十は入ってしまいそうだ。

(ううん、それでも余るよ、きっと)

 ステラはここに小さなアレッサンドロが住んでいる様を想像しようとしたけれど、これっぽっちも思い浮かばなかった。


「ステラ様?」

 呼ばれて、ステラはポカンと開けていた口を閉じる。

「あ、ごめんなさい。えと、アレックスはホントにこのおうちの子なんですか?」

「おうち――ええ、そうですね、こちらにお住まいですよ」

 どうしてかメルセデは笑いをこらえている様子で、ステラはその笑いは何故なのだろうと眉をひそめた。ステラの顔に浮かんだものを見て、メルセデが小さく咳払いをして表情を改める。

「こちらへどうぞ」

 ステラにそう声をかけ、メルセデは静かに開かれた扉の奥へと足を進めた。自分は何か変なことを言ってしまったのだろうかと首をひねりながらも、ステラは彼女の後に続く。


 入り口から真っ直ぐに伸びた廊下は鏡のように磨かれていて、踏むのがためらわれるほどだ。天井は高く、何人もが行き交っているというのに、しんと静まり返っている。

 裕福な家には家事を行う人がたくさん働いているのだと聞いたことがあるけれど、廊下ですれ違う人たちはそんなふうには見えない。皆、きっちりと整った服装で、そういう作業に向いている身なりだとは思えなかった。


 アレッサンドロがここで生活をしている姿が、彼女にはやはりさっぱり想像できない。


(何だか全然解からなくなっちゃったよ)

 歩きながら周囲を窺って、ステラは内心で独り言ちた。

 ここに来たらアレッサンドロがどんなふうに過ごしているのか解かると思っていたのに、増したのは理解ではなく困惑だ。

 彼が置かれた環境を目にすれば安心するだろうと思っていたのに、『温かな家庭』とは程遠い雰囲気に、ステラの胸中にはむしろじわじわと不安が募っていく。 


 廊下をいくつか曲がり、扉をいくつか通り抜け、屋内だとは思えないほど歩いた後、メルセデに導かれてステラが辿り着いたのは、色とりどりの花が咲き誇る庭園だった。目にした瞬間、ステラの口からは感嘆の声がこぼれる。

「うわぁ……」

 門から玄関までは、緑の生け垣が整然と植えられているだけだった。ここはそれとは違う。

「すごく、きれい」

 呟いたステラに、メルセデが微笑む。

「さようでございましょう? 四季折々の花が楽しめますのよ」

「四季折々って、冬もですか?」

「ええ」

 頷き、メルセデがまた歩き出す。

「以前からこのお庭は美しゅうございましたが、アレッサンドロ様が来られてから、いっそう手を入れられまして」

「アレックスは植物を育てるのが上手だから」

「ふふ。流石にご自身でお世話をされるのは無理がございますが、植えるものをお決めになるのはアレッサンドロ様ですわ」

「アレックスはお庭をいじらないの?」

 教会では畑の世話を一番にしていたのに。

 意外に思うのと同時に、ステラは少しばかりの落胆を抱いた。多分、自分の知る彼との差異を感じてしまったからだろう。

 そんなステラの表情に、庭を見渡していたメルセデは気付いていなかった。

「ええ。お忙しい方ですから」

(忙しい?)

 それはどういうことかとステラが訊こうとした矢先に、メルセデが立ち止まる。


「どうぞ、あちらへ」

 腰を屈めたメルセデはそう言って、手のひらで先へと促した。その動きに釣られるようにしてステラが流した視線の先には、男性が一人、彼女に背を向けて佇んでいた。スラリと背は高いけれども、男性にしては華奢な印象だ。一つに束ねられた腰に届きそうなほどの淡い金髪に、記憶がくすぐられる。

「……アレックス……?」

 名を呟くと、その人はゆっくりと振り返った。

 年の頃は二十そこそこ、中性的な顔立ちに、幼い頃の面影が確かに見て取れる。青い瞳も、彼と同じ色。


 なのに。


(本当に、アレックス……?)

 八年の空白のせいだろうか、確信が持てなかった。

 戸惑うステラを見つめて、彼がふわりと微笑む。

 温かさが溢れるそれに思わず笑顔を返しそうになったステラだったが、背後から届いた重い足音に反射的に振り返った。


 まず目に飛び込んできたのは、豪奢な金髪。もう一人の男性とは違って、濃い黄金色だ。

 新たに現れたその人も男性で、五歩ほど離れたところにいても見上げるほどに大きく、肩幅も広くがっしりしていた。

 彼は、ほとんど睨むようにしてステラを見つめている。

 その瞳は、秋の空のように深く青く澄んでいて――


(ああ、今度こそ間違いない)


 女の子と間違えそうなほどフワフワと可愛らしかったあの頃の面影は、微塵もない。

 始終笑っていた幼い少年とは打って変わってムッツリと唇を引き結んで怒ったような顔をしても、それでも、確信があった。


 ステラの顔が、暖かな陽光を浴びた蕾さながらに綻んでいく。


「アレックス」

 今度は迷いなく、彼女の口からその名がこぼれ出していた。



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