第七話 ハンバーグにはケチャップを
「うん、やっぱり今日のメインはハンバーグにしよう」
アルティは食堂の椅子に座って、筆記用具を握ったままでそう言った。
手元の紙には日本語で書かれた料理名の数々が記されている。まだこちらの字がわからないから仕方ないのだ。ついでにノッテから食材の単語の綴りを習っていた。
「ハンバーグ……ですか?」
またもや聞き慣れない料理名を出すアルティに、ユエは首を傾げる。
「うん。作り方教えるから、一回作ってもらってもいい?」
「わかりました」
素直にアルティの言葉に頷くのは、昼食での実績があるからだろう。ユエは早速用意を始める。
現在時刻は午後二時。夕食は午後六時頃だ。まだ時間はある。
「今回はお父様のために野菜を使うハンバーグを作ります。だから、はいこれ」
「これは…メモですか?」
「うん。さっきノッテに書いてもらったの。ユエは字が読めるんでしょ?」
「そりゃ大人ですから。ありがとうございます、すぐ取ってきますね」
ユエに渡したのは必要食材の一覧表、つまりはおつかいメモだ。
お父様は牛系肉が好きだというので、合い挽きではなく牛肉だけで作りたいと思う。どの肉を使うかはプロであるユエに一任するが。
野菜は先程食料庫にあった物で補う。人参、玉葱、ピーマン。後は付け合せのじゃが芋だ。
昼間の唐揚げをかなり気に入っていた様なので、くし切りにして揚げておけば何も考えずに食べてくれると思う。そういえば、あの後お父様が神殿に行くと言って聞かなかったため大変だった。お母様が解決してくれたが。
それから若干の手間は掛かるが、今の時間から自家製ケチャップを作ってもらおうと思っているので、その材料もお願いしてある。残念ながら一部見付からなかったので、そこはこの世界の食材で代用することにした。上手くいくかはわからないが。
「お嬢様、間違いないですか?」
食料庫から戻ってきたユエは、机の上に食材を広げる。それをザッと見て問題ないことを確認した。
「大丈夫。それじゃあ、まずはそこの人達にも手伝ってもらって、ミンチ作りとケチャップ作りから始めよう」
「ミンチ? ケチャップ?」
「ミンチっていうのは、お肉を粉々? に、した状態で……何て言ったら良いのかなぁ。とにかく、お肉を包丁で叩きまくって小さくして欲しいの」
「粉々…原型がわからない程、肉塊をバラバラにすればいいんですね?」
「うん」
腕がしんどくなるだろうが、しっかり頑張ってもらおう。
「ケチャップというのは?」
「トマトメインのソースのこと。こっちは時間が掛かるから、今から夕飯の分まで作ってもらいたいの。余ったら処理して保存するから」
「トマトのソース……それは美味しそうですね」
「期待していいよ、間違いなく美味しいから。それじゃ、早速始めよう!」
まずはミンチ班とケチャップ班に分かれてもらった。ミンチ班には普段は厨房担当じゃない下働きの男性数人に来てもらっている。必然的に厨房担当の女性達はケチャップ班だ。
「ミンチ班には頑張ってもらうとして……お姉さん達は、まずトマトの湯剥きからお願い。鍋に水を張って沸騰したら、トマトを十秒ちょっとお湯に通して、それからすぐに冷水につけてほしいの。そしたらトマトの皮が剥けるから。あ、トマトはちゃんとヘタを取って、それから逆側に浅く十字の切れ込みを入れてね」
それから玉葱、大蒜はみじん切りに。本当はすり下ろした方が良いんだけど、下ろし器が無かったから仕方ない。幸いザルはあったので、柔らかく煮込まれたところをトマトと一緒にザルで濾してもらおう。
みじん切りにした大蒜と唐辛子一本を油を引いたフライパンで熱する。弱火で炒めて、ふんわり香りが出てきたら今度は玉葱を投入して同じようにじっくり炒める。
「さっき湯剥きしたトマトを全部鍋に入れて、木べらで少し潰して水分を出してあげてね。そしたら炒めたやつも全部鍋に入れて、とりあえず沸騰するまでは強火で。沸騰したら弱火にしてじっくり煮詰めてね。ある程度煮詰まったら教えてくれる?」
「わかりました、お嬢様」
さて、ある程度指示が終わると次の指示までの時間が暇である。ミンチ班の活躍でも見に行こうか。
ミンチ班の男性は交代で肉を叩いていた。一応、夕飯分のミンチも確保してもらうために多めに注文しておいたからだ。住み込みの使用人の分もあるので中々の量だ。四人が二組に分かれて、二人交代体制でミンチを作ってくれている。
男性下働きの中でも力のある者をお願いしたからだろうか。ミンチは既に全体の三分の一程が出来上がっていた。
「私も頑張ったらあれくらい簡単に出来るようになるかな?」
私の問い掛けにノッテとルメアは何とも言えない微妙な顔をして、視線を交える。先に口を開いたのはルメアだ。
「お嬢様はそのままでいいと思います」
「ルメア様に同意です。護衛の騎士様がいらっしゃるのですから、お嬢様は日常生活に支障が出ない程度の体力と筋力をつけるだけで宜しいかと」
「ただ聞いてみただけだよ……」
真剣な顔で完全否定されると思わなかった。そんなに私が鍛えるのが嫌なのだろうか。
(ミンサーがあればもっと簡単に沢山ミンチが出来るのに…)
彼等の頑張りを見ていると、そう思わずにはいられない。鍛冶屋に頼めば作ってくれるだろうか。その内、絶対に頼んでみよう。一からのオーダーメイドになるだろうから、それなりに高額にはなるだろうが。
「お嬢様。待ち時間中、お勉強の続きをしませんか?」
「勉強って、字の?」
「はい。お嬢様は覚えが早いですから、すぐに先程のメモ程度なら書けるようになる筈です」
そう言ながら既に両手に勉強道具を持っている。勉強させる気満々だ。私としても字は早く覚えたいので、特に拒否する理由はない。自室に移動して勉強することになった。
数時間離れただけなのに、何だか久々に感じる。ふと窓際に目をやれば、いつの間に運んだのかテラスで見たのと同じ花が小さな鉢に植えられ、ちょこんと置かれていた。
その視線に気付いたのか、扉前を護衛するルメアに代わって私を抱き上げていたノッテが窓際に移動した。
「可愛いね」
「初夏の頃まで咲くそうですよ。ちゃんと世話をすれば来年は更に増えてるだろうと奥様が仰られていました」
「そうなんだ? じゃあちゃんとお世話しないとだね」
今日の水やりはきっともうお母様が朝にやっているだろうから、次は今夜だろうか。それとも明日の朝だろうか。またお母様に聞いてこなければ。
「あの、お嬢様。世話はわたくしがしますので…」
「へ?」
「せめて、ご自分の足で立って水の入ったジョウロを支えられるくらいの筋力を戻してからにしてくださいませ」
「……あー……」
すっかり忘れていた。今この瞬間もノッテに抱き上げてもらって移動していると言うのに。
「元気になったら花の世話はお嬢様にお任せしますから。今はお勉強致しましょう」
ノッテに諭されて、私は部屋の椅子に座らされた。ついベッドに戻されると思っていたから、意外だった。よくよく考えれば、この格好でベッドに戻るのは普通はないのだが。
「もう基本文字はほぼ完璧ですから、今日は基本的な単語から始めましょう」
そうして簡単な単語の読み書きをし、一段落つく頃には下働きが私を呼びに来た。切りが良かったのもあり、私達はそのまま厨房に移動することになった。
「あ、お嬢様! トマトのソース……じゃなかった、ケチャップのトマトが影も形も無い程崩れてしまったのですが……」
厨房に着いてすぐにユエがそんなことを言ってきた。その表情はかなり不安げだ。ユエには申し訳ないが吹き出しそうになる。
「崩れるも何も、ケチャップはそういう物だから大丈夫だよ。言っとけば良かったね、ごめんユエ」
「あぁ…何だ、そうだったんですね……。俺はてっきり失敗したものだとばかり……」
「く、ふふふっ…ごめんごめん。とにかくありがとう。もう火は止めた?」
目に見えて力の抜けるユエの姿に今度こそ吹き出してしまった。
ユエは橙色の瞳を細め、一瞬じとりと此方を見た後すぐに現状の説明に入った。
「ぐ……コホン。火は止めてあります、まだ煮詰めますか?」
「うーんと…? あー、もう少し煮詰めてもらっていい? 全体的にドロっとするまで水分飛ばしてほしいの」
「わかりました。肉の方はどうですか?」
「わぁ、こっちは大丈夫そう! 凄いね、もう少し掛かると思ってた。お兄さん達、お疲れ様!」
「い、いえ。仕事ですから」
ちゃんとミンチになっていることに感動して、一仕事終えた下働きの男性達に労いの言葉をかける。これは後でハンバーグを持って行ってあげた方がいいかもしれない。自分達が頑張って作った物がどうなるのか、きっと彼等も気になっているだろうから。多分。
「じゃあ、今度は野菜を全部みじん切りにしてくれる? …あっ! ごめん、じゃが芋は違う! 他の三つだけ!」
じゃが芋のことをすっかり忘れていた。危うく超絶細かいポテトが出来上がるところだった。もしくは細かいじゃが芋達がくっ付いて、ただのかき揚げになっていただろう。
下働き達によってみじん切りになっていく野菜を、ミンチの入ったボウルに投入していく。私は味付けは後派なので、ここでは特に何もしない。軽く塩を振ってもいいと思うけど。
「粘り気が出るまで混ぜてね。こう、潰しては引っくり返して混ぜるっていうの……?」
「こうですか?」
「そう! さすがユエ!」
私の下手くそな説明でも、ユエは難無く教えた通りに作業をこなす。さすが料理人、プロは違う。
ちゃんと混ざったことを確認した後は、形を整えて蒸し焼きにするだけだ。こちらも指示した通りにユエが作ってくれる。折角だから、蒸し焼きの際にローズマリーと一緒にしてもらうことにした。
溢れる肉汁を見ながら、あぁ、肉汁でソースを作れば良かったかな……なんて思う。
まぁ、まだ他の調味料が充実してないので実現は難しいのだが。いつかデミグラスソースのために中濃ソースを作りたいものである。中濃ソース作りはケチャップの倍は面倒なのだ。また後日、材料が集まったら挑戦してみたい。
さて、ケチャップの方だが、良い感じに煮詰まったところで火を止めてザルで濾す作業に入る。
別の鍋の上にザルをセットし、元の鍋の中身を少しずつザルに移す。その際、唐辛子は抜いてもらう。移す度に木べらで濾して、少しの水分も残さないように気を付けて全て処理してもらった。
ここに塩、砂糖、酢、好みでハーブを入れてとろみがつくまで煮詰めば完成なのだが……残念ながら酢が見付からなかった。無理もない、米があるかも怪しいのだ。
そこで酢の特徴を伝えたところ、熟したネジュラの実を絞ると同じような調味料になるらしい。ネジュラジュースと言うらしい。ジュースと付くが、出来れば飲むのは避けたい。
兎にも角にも、酢っぽい調味料を含めた調味料を適量入れ、ローリエを加えて再び三、四十分煮詰め、好みの固さにとろみが付けば完成だ。
後は大丈夫だと思うので、他の作業の指示をする。
「じゃが芋はくし切り……、半分にしたのを更にこんな感じで切るの」
紙に図を描いての説明を挟みながら、付け合わせのポテトも作っていく。こちらは昼間の唐揚げより簡単だということで、下働きがサッと作ってくれた。覚えが早くて羨ましい。
そうこうしている内にハンバーグは焼き上がり、その少し後にケチャップとポテトが完成した。
ユエの手で盛り付けられていくそれらは、見た目だけでこちらをワクワクさせてくれる。
最後にスプーンで出来たてのケチャップをかけたら──。
「う、わあぁ…! 美味しそう…!!」
作り立ての料理というのは、どうしてこうも魅力的なのだろうか。夕飯にはまだまだ早いと言うのに、それどころか少し前に昼食を食べ終えたばかりだと言うのに、胃が空腹を訴えかけてくる気がする。
「ねぇ、早く試食しよ!」
ハンバーグは試食用に作ったので、小さめの物が二つ並んでいる。
ハンバーグから立ち上る香りに、この場の全員が釘付けになる。ノッテですら、目を細めてハンバーグを見詰めている。
切り分けるためにナイフを入れた箇所からじゅわりと溢れる肉汁に目を奪われてしまう。
肉汁勿体無いなぁ、啜りたい。なんてはしたないことをつい考えてしまうくらいには魅力的だった。
ハンバーグを口にしたのは私、ユエ、ノッテとルメア。それぞれがハンバーグを口に含み、咀嚼する。
(あぁ、美味しい。何だろう、やっぱり肉がいいのかな? 日本で食べるやつより全然美味しいや)
そうは言っても、普段日本で食べるハンバーグといえばファミレスだったり家で作った物だったアルティである。少し良い所と言うと、ハンバーグ特化型のファミレスレベルである。
年に一回くらいは、もう少しちゃんとした店でハンバーグを口にした気もするが。
「中から肉汁が溢れてきて、とても美味しいです! 肉を粉々にしろと言われた時は何かと思いましたが、まさかこんな風になるなんて……」
ユエが感動に打ち震えながらハンバーグの皿を凝視している。
「付け合せのポテトと食べたら、もっと美味しいかも。あー、スライス玉葱も焼けば良かった……」
よく店で付いてくるようなハンバーグソースに、付け合せのポテトやスライス玉葱、それから粒コーンなどの野菜を絡めてハンバーグと食べるのが好きだった。
ソースには溢れた肉汁も混ざっているので、ソースを絡めた付け合せの野菜だけを最後に食べても幸せになれる。
「夕飯にはそれも出しましょうか?」
「ううん、今日はやめとこう。ハンバーグソースが作れるようになったら付け合せも増やそうか」
私はあのハンバーグソースが絡まったのが好きなのだ。再現出来るようになるまでは封印である。
「これはいくらでも食べれてしまいそうです」
「中の野菜の食感が良いですね。味の主張が激しくないので、旦那様でも問題なく召し上がっていただけそうです」
「確かに。このソースも素晴らしいです。お湯に溶かせばそのままスープになりそうですね」
そう口々に褒めるノッテ達二人は、既に取り分けた分のハンバーグを食べ終わっていた。ルメアは少し物足りなさそうに空の皿を見ている。
ハンバーグ、ケチャップ共に高評価だ。
「さてと。それじゃ今度は……瓶ある?」
「瓶ならそこに色々ありますけど、何するんですか?」
「ケチャップの脱気処理しようと思って」
幸いにも、瓶の類はそれなりにあった。少し透明感は低いが、中身が確認出来るので特に問題はない。
まず瓶を煮沸消毒してから自然乾燥。蓋はコルクだったけど、多分大丈夫だと思う。ちゃんと乾燥させることにだけ気を付けなきゃだけど。
それからもう一度瓶を温めて、まだまだ温かいケチャップを瓶の九割くらい入れて軽く蓋をする。ソースが入っているのと同じ高さまでのお湯と一緒に煮ること約二十分。取り出した瓶の蓋を一瞬開けて空気を抜いたら、今度こそしっかり蓋をして終わりだ。蓋さえ開けなければ一年は持つ筈。その場合常温でも平気だけど、我が家の食料庫には冷蔵庫がある。完璧だ。未開封のケチャップは全てそこに突っ込んでおけばいい。
こうして諸々の処理を終えた後は、自分の部屋に戻って勉強を再開した。
ノッテには心配されたけど、早く自分で本が読めるようになりたいのだ。今回のネジュラの実もそうだったが、この世界にはまだ私の知らない食材がある。そういう物が載った本を、一冊でもいいから自分で読んで楽しめるようになりたい。
少し長めの休憩や雑談を挟みながら勉強すること数時間。私も夕食の席に呼ばれた。今日は家族と同じ食卓に着くことになっている。
そのせいか、またもやノッテに着替えさせられた。家の中だけだしそんなに汚れてないと思うのだが。
ノッテ曰く「食事の席ですから」とのことだ。余り納得はいっていない。
ダイニングには既にお母様が居た。お父様はまだのようだ。お母様に向かって声を掛けようとした時、ガタリと思い切り椅子を引く音が響いた。
音の方向へ視線を向けるのと同時に、どこかで聞いたような声が耳に届く。
「ルティ!」
声の主は早足でこちらに向かってくると、両手を自分に向かって上げた。何せ、今もノッテに抱き上げられているので。
「本当に目が覚めたんだな!? 心配したんだぞ!」
声の主は上げた両手で私の手を包み、確認するようにペタペタと触る。
まだまだやんちゃそうな見た目、真っ直ぐな明るい茶髪に心配そうな深緑の瞳。あぁ、私はこの人を知っている。
「………お兄様?」
「………なんで疑問形なんだ?」
二人で首を傾げて顔を見合わせる。近くで見ていたノッテは内心吹き出しそうになった。動作だけでなく、表情までがそっくりだったから。
「二人とも、話は席に着いてからにしなさい。どうせ近いのだから」
そのお母様の声で、二人はそれぞれの席に着いた。お母様の言う通り、私の席はお兄様の向かいだった。ちなみにお母様は隣である。
「なぁ、ルティ。お前何でノッテに持ち上げられてたんだ?」
「足に力が入らないの……です?」
「はぁ? 寝たきりだったからか? というかお前、さっきから変じゃないか? 何で俺に敬語?」
「えぇと…」
矢継ぎ早に質問をしてくる兄の目はジト目だ。そんな兄の手の甲をお母様が軽く叩いて制する。
「こら、レグラント。そんな風に捲し立てるんじゃありません。答えられる質問にも答えられないでしょう? 質問は一つずつ。いつも言っているじゃない」
「うぐ…」
「アルちゃんは長い間寝ていたから少しだけ色々忘れているって言ったばかりでしょう?」
「あ、あー……そうでした。すみません、母上」
「謝るならアルちゃんに」
「えーっと…ごめん、ルティ」
「い、いいえ…」
ちゃんと母親しているお母様の姿をポケーッと見ている間に色々終わり、兄からの謝罪が飛んできた。咄嗟に一言だけ返す。
目の前でバツが悪そうにしているのは、次男のレグラント。今年八歳になる二番目の兄だ。
「………あ、そうだ。お兄様、どうして家にいるんで…いるの?」
危ない危ない、つい敬語を使ってしまうところだった。
「はぁ…? 当たり前じゃないか。ここが俺の家なんだから」
(んん?)
何だか会話が噛み合っていない。
「てっきり、寮にいると思ってたの」
「あぁ、兄上のと勘違いしてんのか。俺はまだ初等部だから実家からの通い。週末には兄上も帰ってくるけどな」
貴族院では全員が寮暮らしだと思っていたのだが、どうやら「アルティ」の記憶違いだったらしい。
正確には初等部は実家通い、中等部は週末のみ帰宅、高等部は完全な寮暮らしとなるとのことだ。
そんな話をしている内にお父様がダイニングに到着し、程なくして食事が運ばれてきた。前菜の盛り付けは美しく、「そう言えばこの世界の良い料理の基準って見た目だったなぁ………」と思い出す。
続けてスープなどが運ばれ、談笑をしながら食べていると本日のメインであるハンバーグが運ばれてきた。昼間の試作とは違い美しく盛られ、ケチャップは別で置かれている。ポテトも飾り切りになっているようだ。
「何だ、これ?」
初めてハンバーグを見たレグラントは不思議そうな目でハンバーグを見ている。エルシィとギルヴァンも同じような表情だ。
「こちらはお嬢様が考案なさった、ハンバーグでございます」
「まぁ。夕食のメインも考えたの?」
給仕の言葉に先に反応したのはエルシィ。昼と同じ、きょとりとした目をアルティに向けている。
その説明を聞いて、ギルヴァンはすぐにハンバーグを口にした。目を見開いて咀嚼している。そこはさすがに貴族というか大人というか、口にものを入れたまま喋ろうとはしないようだ。ただ、視線だけはチラチラとアルティに向いている。
「ルティが?」
そしてレグラントはというと、訝しげな目でアルティを見ていた。
「うん」
「本当にか? ちゃんと食べれる物…なんだよな?」
「失礼な。ちゃんと食べれるもん。本職の料理人が作ったんだよ?」
そう言うとレグラントはまだ疑いの目を向けながらも、ハンバーグを一口分切り分けて口に運ぶ。
無言でモグモグと咀嚼するレグラントは、それを飲み込むと口を開いた。
「慣れない食感だけど、すげー美味いな。ビックリした」
素直にそう褒めるレグラントに、アルティはにこりと笑いかける。
「ケチャップ付けたらもっと美味しいよ、お兄様」
「ケチャップって、このソースのことか? 何か滅茶苦茶赤いんだけど………唐辛子か?」
物凄く嫌そうにケチャップを指差す兄が微笑ましくて、つい笑ってしまう。
「うふふっ、トマトだよ」
「あぁ…何だ。トマトか」
トマトだと聞くや否や、レグラントは次の一口にケチャップを付けてから口に運んだ。
「!!」
先程の父に似た表情で咀嚼するレグラント。
それを確認してから、自分も食事を再開し───ようとして、今度は父から声を掛けられた。
「アルティ、これは本当に美味しいね。料理人は既にしっかりと作り方を覚えているのかい?」
「えぇと、一度しか教えてないので何とも言えません。日が経ったら忘れちゃうかも……」
「ふむ、そうか。それなら覚えるまで練習させよう」
そんな事を言い出すギルヴァンに、アルティはやっとハンバーグを口にしてから物申した。
「もぐ……ゴクリ。……毎日ハンバーグにする気ですか? 同じ物を食べ続けるのは体に悪いですよ」
「そうなのか?」
「それに、今のままだと肉ダネを作るのが大変です。みーんな腕が筋肉痛になっちゃいます」
「ほう? どのように作っているんだい?」
「肉を包丁でひたすらに叩き切ります。ある程度粉々にしないといけないんです」
「それは……確かに大変だね」
そう呟いた後は、顎に手を当てて何やら考え込んでしまった。その後の食事も静かなものである。
(もう少し騒がれるかと思ったけど……)
想像していた反応と少し違うことに疑問を持ったが、「こんな予想外れるに限るよね」と考え、それ以降は自分も穏やかな食事を楽しんだ。
食事の後はレグラントに誘われ、その兄の部屋に訪問することになった。何でも、私が眠っている間に色々収集したものを見て欲しいのだという。
そういう訳で、私は就寝時間まで兄の部屋にお邪魔することになったのだった。
本日も読んでいただきありがとうございます。
ギルヴァンお父様のテンションをどの程度にするかの調整が執筆中一番大変です笑
レグラント兄様は兄弟の中で一番アルティに似ている設定です。顔が。
両親と兄、三人ともアルティの呼び方が違ってますね。
本当は全員「ルティ」呼びにする予定でしたが、まだ少し舌っ足らずな子供でも呼びやすい名前だな……って思ったので兄様たちはルティって呼ばせてます。
あとは、兄弟特有の距離感っていうか関係性ってすごく好きなので…。親も介入できない、兄弟姉妹の悪友感。好きです。