第六話 ハーブソルトで洋風唐揚げ
お待たせしました、更新です。
「まずはお肉を一口大に切ってね。貴女は乾燥ハーブを砕いて粉々にして、塩と混ぜておいて」
下働きの女性達に、まずは下処理してもらうところから始める。幸い、ハーブは乾燥の物があったので、それを使い易いように砕いてもらって塩と混ぜればお手製ハーブソルトの完成だ。
バジルがあれば良かったのだが、これは生のやつだった。乾燥されている物があったら、今度はバジルも混ぜて作りたいところだ。
「切ったお肉はボウルに入れて、作ってくれたそれ……ハーブソルトっていうんだけど、それをちょっとずつ入れてサッと混ぜるの」
「あの、大変申し訳ありませんお嬢様、このスプーン何杯くらいでしょうか?」
「あ、うーん、そうだな…」
スープ用のスプーンを片手にした女性に質問される。
「その肉の量だったら……すり切り1.5杯くらいかな? …あ、えっと、こんな感じで上部分を落としたのがすり切り。で、これが一杯とこれの半分くらい。三回くらいに分けて満遍なく混ぜてほしいから、半分入れて混ぜるっていうのを三回繰り返してほしいの」
すり切りという言葉や数字での分量だとわかり辛かったのか、女性が困り顔で固まってしまった。なので実演して見せると、今度は理解したようだ。感謝の言葉を口にして、すぐに作業に取り掛かった。
この様子だと、普段はスプーン何杯分とかで分量を測っているのだろうか。さっきのスプーンもスープ用だと思っていたが、実は軽量スプーンという可能性もある。
流石厨房の下働きというか、指示した作業が手際良く次々に終わっていく。全ての作業が終わったのを確認したところで、今度は衣の用意だ。ここからはユエが担当するらしい。
「下味を付けたお肉に、薄く小麦粉を塗して。うすーくだよ?」
衣が分厚かったり、衣だけが揚がってしまった部分は正直好きではない。少し油っぽさが強い、昔ながらの唐揚げは苦手なのだ。
今回だって、鶏胸肉がなかったから仕方なく鶏モモ肉を使ったのだ。ほんの少し不満である。
「こんなもんですか?」
「んー…うん、大丈夫!」
ユエが作業をしている間に、手の空いていそうな一人に声を掛ける。
「ねえ、フライパンに油を入れて、中火で温めておいてほしいの」
「かしこまりました。……このくらいでしょうか?」
「うーん、もうちょっと……あ、そのくらいでいいよ、ありがとう。そのまま少し放置ね」
揚げ物用の鍋なんて物は無かったが、ちゃんと金属だし深めのフライパンを用意してもらったのできっと大丈夫。もし駄目にしてしまったら、きっちり謝って弁償しよう。そう静かに誓って、とりあえず後のことは考えないようにする。
「菜箸……箸とかある? 無ければ串でもいいんだけど…」
「ハシというのはわからないですけど、串ならありますよ」
若い下働きの女性がそう返す。この世界、箸は存在しないのか……と思っていると、不意にノッテが声を上げた。
「箸…というのは、あの箸ですか? 二本の棒の…」
「へ? ……うん、そうだよ。知ってるの?」
「東側の国々では、日常の食事に使っていると聞きます。東側の国からの輸入品で見掛けたことがあるのです」
「ほんとに? 東側の国って、名前は? 他に何か見た事はある?」
「え、ええ。その時の輸入先は覚えていませんが、有名な東側の国でいうとウォンリィ連合国か、ホンシェン帝国でしょうか。他に見たのは……工芸品や、食器類だったかと」
興奮気味に質問をするアルティに、ノッテが一つずつ答えていく。
「もし醤油っていう調味料を見付けたら、絶対に教えてほしいの! お願い!」
「か、かしこまりました。探して参ります」
東側の国、日常の食事で使う箸。それを聞いてほぼ確信した。前世でいうアジアの某国のような国々が存在しているに違いない。それなら醤油があるかもしれない。他にも、薬味なんかが…。
(……急に希望が湧いてきた。きっと、いや絶対醤油がある筈!)
「あの……それで、この後はどうすればよろしいのでしょう?」
聞くに聞けない雰囲気のアルティに放置されていた下働きが、控えめな声を上げた。何とも可哀想な人である。
「あっ! ご、ごめん! えぇっと、とりあえず串の先を油に入れて、入れたところから泡がいっぱい出てたらもう大丈夫」
下働きが油に入れた串の先からは、プツプツと泡が出ている。しっかり温まっているのが確認できた。
「うんうん。それじゃあ早速揚げちゃおう! ユエ、お願いね」
「はい、お嬢様」
「上からボチャンって入れるんじゃなくて、油の近くまで持っていって静かに入れるんだよ。じゃないと火傷しちゃうから……」
「ええ、そこは大丈夫ですよ。俺も料理人の端くれなので、そのくらいは」
そう言うや否や、ユエは手際良く次々に肉を油に投入していく。パチパチという音が耳に心地いい。
「少しひっくり返しながら、全体が狐色…ってわかるかな? 明るい茶色になったら一旦上げて、串を刺して肉汁が透明ならちゃんと火が通ってるよ」
ユエは指示通りにテキパキと進めていく。菜箸という便利な物が無かったため、木ベラでの作業だ。少々やりにくそうだが、そこは頑張ってもらうしかない。
「これは……」
ユエと下働きの女達が、物珍しそうにフライパンの中を覗いている。ノッテも遠巻きにだが、同じような表情で見ている。揚げるという調理法を知らないようだったので、不思議なのだろう。私も調理法を知っているというだけで、何故油塗れにならないのかは知らない。
「あ、もういいかも。一個お皿にあげてくれる?」
「は、はい。それで…串を刺すんでしたっけ?」
「うん」
ユエが良い色になった唐揚げに串を刺すと、ちゃんと透明な肉汁が出てきた。完璧だ。
「大丈夫そう! 念の為、他のやつも全部確かめてみてもらってもいい?」
「勿論です」
結果として、全ての唐揚げにちゃんと火が通っていた。揚げ物特有の匂いが鼻腔をくすぐり、その見た目だけで腹の虫が鳴き喚きそうだ。
「ユエ! ユエ! 箸…いや、フォーク持ってきて!」
待ちきれなくてそう願うと、サッと椅子に座らされ、首元にはナプキンをセットされる。いつの間にやら、椅子には高さ調整のためか厚めのクッションが敷いてあるし、すぐにその他の食事のセッティングが終わった。その全てがノッテによるものだ。お見事としか出る言葉がない。
「どうぞ」
「あ、ありがとうノッテ」
鮮やかすぎる手腕に、思わず最高潮に興奮していた気持ちが若干落ち着く。それすらも計算内だとしたら、何て出来る人なのだろうと思った。
それはさて置き、唐揚げである。食べてくれと言わんばかりに湯気が立ち上っている。
火傷をしないように、ナイフで切った内の半分をフォークで刺し、息を吹きかけて少しだけ冷ます。そうして、やっと口に運んだ。
「はふ、はふ……ゴクン。……はわぁ、美味しい……!」
サクッとした衣、相反する肉汁たっぷりの肉。噛む度溢れ出す肉汁に、お肉ってこんなに美味しかったっけ? と思わずにはいられない。 ハーブソルトも良い感じに効いている。いつもの唐揚げも良いが、偶には趣向を変えて洋風唐揚げも良いものだ。
この世界に来て、初めてのまともな食事である。食事の手は止まらず、一つ二つと口に運んでいく。三つ目を食べ終えたところで、ようやく周囲の人間に話し掛けた。
「皆もどう? すっごく美味しく出来てるよ?」
「いえ、それはお嬢様のお食事ですので…」
「油塗れになっちゃうっていうの、実際食べて訂正してほしいの。美味しい物は皆で食べた方がもっと美味しくなるんだよ?」
アルティの言葉に、周囲の大人達はそれぞれ顔を見合わせる。最初に動いたのはルメアだった。
「お嬢様がそう言うのでしたら、いただきます」
「うん、どーぞ! まだ熱いから気を付けてね」
皿をルメア側に少し寄せると、どこからともなくフォークを取り出したルメアが唐揚げを一つ刺して口にした。その動きに躊躇は見られない。
「……! …これは…!」
一度咀嚼したルメアは目を見開いて思わず言葉を零す。その後、無言で何度も咀嚼を繰り返し、少ししてやっと飲み込んだ。その表情は、幸せそうな笑顔だ。
「とても……とても、美味しいです。こんなに美味しい物は初めてかもしれません」
超絶美人スマイルパワーもあってか、今度はユエが名乗り出た。
「お嬢様……俺もいいですか?」
「勿論。はい、これ」
「ありがとうございます。………いただきます」
唐揚げを一口食べたユエは、次の瞬間には思い切り目を見開いた。ルメアと同じように無言で咀嚼をすると、すぐにごくんと飲み込んだ。
「な、何ですかこれ!! お嬢様、何故こんな料理を知っているんですか!?」
「ゆ、ユエ、落ち着──」
「落ち着いてられませんよ、こんな美味しい料理食べたことありません! 一体どこでこんなレシピ知ったんです? てっきり、もっと油っぽいと思っていたのに……」
「ええと、それは……」
ここでも「夢で見た」という言い訳が通じるだろうか。下働き達まで、無言ではあるが揃って此方に好奇心満々の視線を送っている。
どうしようかと困っていると、ノッテがそんなユエを制してくれた。
「ユエ、お嬢様は病み上がりです。そんな風に大声を出していいと思っているのですか? そうでなくても、無礼です」
「あ、あぁ…その……。……申し訳ありませんでした、お嬢様。つい興奮してしまって……」
「う、ううん、大丈夫」
自分も人の事を言えないので、特に咎めるつもりはないのだが、助かった。
「あの……とりあえず、皆食べてみない? ほら、ノッテも。そこの貴女達も」
「…よろしいのですか?」
「うん。皆で食べよう?」
「ですが、ルメア様はともかく、私達は一使用人です」
「私が良いって言ってるんだし、良いじゃない。もしお母様たちに怒られるっていうなら……ここだけの秘密にしちゃおう? ね、秘密守ってくれるでしょ?」
周りをに視線を送って悪戯っぽく笑えば、下働き達からも肯定の声が上がる。
「お願い、ノッテ」
「……そこまで仰られるのでしたら、私からは何も言えません」
諦めたように笑い、唐揚げをフォークに刺すノッテに続き、下働き達が残った唐揚げを半分ずつに切って分け合っている。それぞれが口にすると、その反応は先程のルメア達と同じようなものだった。
「…きっとこれも、夢の中で覚えた事なのでしょう? お嬢様」
一頻り料理を褒めたノッテは、最後にそんなことを口にした。そういうことにしてもらえると此方としても助かるので、肯定しておく。ノッテはただ「そうですか」と笑った。
唐揚げの美味しさが伝わったところで、本格的に昼食の用意が始まった。昼食には少し早い時間に作り始めたので、これから改めて全員分の昼食を作るのだ。
アルティ達家族の分は勿論、仕える騎士や側近、使用人や下働き達の分まで用意しなければならない。大忙しだ。と言っても、使用人の分は側近以上の者達の余りに加えて庶民仕様のスープのみだし、さらに言えば下働き達はそのスープとパンなどのみだ。後は足りなければ各自の用意となる。
全員が全員住み込みという訳では無いのだ。むしろ、大半が家からの通いだし、軽い賄いの出る職場というだけである。
そのため、運良く唐揚げを口にできた下働きの女達は家に帰って各々再現し、それが徐々に庶民の間に広がっていくのだが……それはまた別の話である。
邪魔になっては悪いだろう、とアルティ達は家の中を探索することにした。探索といってもノッテによる部屋紹介みたいなものだが、そこは気分の問題だ。
「それにしても、あのカラアゲというのは本当に美味でした。肉はああやって処理すれば、何でもあの様に美味しくなるのですか?」
味を思い出しているのか、ルメアが目を細めながらそう問う。
「全部って訳じゃないけど、大体はそうじゃない? 揚げ物って万能だと思うし」
肉、魚、野菜、卵。その殆どは美味しい揚げ物として成り立つ。果物はフルーツ天ぷらなんてやつがあるらしいけど、私は食べたことないからノーコメで。ただ、揚げると糖度が上がるらしいから、中トロ外サクおやつ的な感じなのかもしれない。
「あの様な技法は初めて見ました。お嬢様は料理への造詣が深いのですね」
ノッテがそう褒めた後、おずおずと言葉を続ける。
「それで、その……野菜もあの様にしたら、同じ様に美味しくなるのでしょうか?」
「物によると思うけど……素揚げなら間違いなく美味しいと思うよ。南瓜とか、さつま芋の素揚げ好きなんだよね〜…」
「そうなのですね…! ありがとうございます、お嬢様。ところで、早速今夜の夕食はその様にしたいと思うのですが如何でしょうか?」
「へ?」
ノッテが三割増くらいキラキラした瞳で見詰めてくる。その様子を見たルメアが吹き出した。
「くっ、ふふふっ…。……はぁ、ノッテは本当に野菜が好きですね。わたくしは良いと思いますよ」
「ノッテ野菜好きなの?」
「コホン……。……はい、野菜は好きです。が、わたくしが食べたいというだけではございません。旦那様にも美味しく野菜を食べてもらいたいのです」
少し恥ずかしそうにわざとらしく咳をすると、ノッテはそう弁解した。
「旦那様…ってお父様?」
「はい。食べれなくはないが、好きではない……といった状態です。わたくしは、野菜の美味しさをもっと多くの方に理解していただきたいのです」
どうやらお父様は野菜がそんなに得意ではないらしい。でも、それならばもう少し野菜の味が隠れる料理にした方がいいと思うのだが。
それに、昼も夜も揚げ物というのは、いくら野菜と言えども余りよろしくない。
「だったら、夜は別の料理にしようよ。野菜をたーっぷり使った美味しい料理をお父様に食べさせてあげよう!」
「野菜をたっぷり使った美味しい料理……」
「手伝ってくれる?」
「勿論です、お嬢様! 精一杯やらさせていただきます!」
さて、目の前のキラキラ視線を向けてくるノッテの為にも、野菜嫌いが好んで食べれそうな料理を考えなければ。
やはり、肉と一緒になっている物の方が口にしやすいだろう。それから、他の味で野菜の青臭さがわからなかったり、生の食感が消えているもの。野菜のどこが嫌いなのか知らないが、見た目以外だったらどうにかなる。嫌いな所がわからないなら、全方向カバーしてしまえばいいのだ。
ロールキャベツ、野菜ハンバーグ、野菜オムレツ……少しは食べれるなら、肉巻きなんかもいいかもしれない。ピーマンの肉詰めはさすがに野菜レベルが高いだろうか。
………何にしても、夕飯の準備はとりあえず冷蔵庫を見るところから始まるのだ。材料が無ければ買い出しに行かなければならないし、まずは食料庫を再度確認したい。
「ねぇ、今って食料庫に行ったら邪魔になるかな?」
邪魔になるからと今しがた出てきたのだ。恐らくすぐには戻れないだろうが、一応聞いてみる。
「もう少し落ち着いてからの方がよろしいかと」
「やっぱそうだよね…」
「待ってる間、歩きの練習など如何ですか?」
ノッテからの提案に頷く。少しでも早くまともに歩けるようにならなければ。
練習はテラスで行った。母やノッテに両手を支えられながら、少しずつ足を慣らす。やっと掴まり立ち出来るようになった赤子の気分になり、若干居心地が悪かった。何せ、周りの大人が全員微笑ましい笑顔を向けてくるのだ。
いくら見た目は四歳と言えども、私の中身は──……中身は、何歳だっけ?
そんな風にして三十分。丁度昼時になると、リリがアルティとエルシィの昼食を運んで来た。
「あら…これは?」
スープやサラダの皿が並べられる中、見慣れぬ料理の乗った皿を見付けたエルシィが声を上げる。
「お嬢様が提案なさった料理です。カラアゲと言うそうで、試食した者は皆、絶賛していました」
「まぁ、アルちゃんが?」
パチパチと瞳を瞬いてアルティを見るエルシィ。
「はい。ユエ達が作ってくれました」
「ふふ、それならきっと美味しいわね。いただくわ」
そう言うと、エルシィは胸の前で指を組み瞼を伏せる。
「この地に宿る加護と、恩恵に感謝を」
それは、この世界で食事の前にする挨拶だった。今まですっかり忘れていたが、アルティも一拍遅れてそれに続く。
挨拶を終えたアルティは、まずスープを口にした。まだ若干のトラウマはあるが、まともに唐揚げが作れたユエ達の料理だ。例のパン粥を食べた直後よりは、かなり信用出来るようになった。
身構えて口にしたスープは、思っていた程酷くなかった。むしろ、酷い点は特に無い。至って普通のスープだ。葉野菜の使われたスープは、強いて言うなら他の具材も色々入れてもっと素材の出汁を取ればいいのに、というくらいだ。
続いてサラダを口にするが、此方は単純に生野菜が切って盛り付けられているだけだった。ドレッシングが欲しいと少し思ったが、野菜自体の甘みが強かったりするのでそんなに気にならない。
(何だ、全然普通じゃない。むしろ、素材の味がどれも良いから、ちゃんと美味しい……食わず嫌いしてただけだったんだ)
食わず嫌いは良くない。良くないと思うのに、自分がやってしまっていた。
アルティが料理を評価しながら自身の行動を反省している隣では、エルシィが唐揚げの刺さったフォークを片手に目を見開いていた。
「アルちゃん…このお料理、とっても美味しいわ。こんなお料理は生まれて初めてよ」
「むぐ…ゴクン。お口にあったようで何よりです」
「カラアゲと言ったかしら? ……アルティ、構えておきなさい。きっと、すぐにお父様が来るわよ」
「どうしてお父様が?」
「どうしてって…」
そんな話をしている時だった。母の言葉を遮るように、ノッテが来客を告げる。
「いらっしゃったようです。奥様、お嬢様」
その言葉で視線を扉の外に向けると、何者かが早足で此方に向かって来ているのが確認出来た。いや、父であることはもうわかっているのだが。その後ろ、二人の人物が慌ただしくついてきている。
「アルティ、あの料理を作ったのがお前というのは本当かい?」
到着しての一言めがそれだった。後ろをついてきていたのは父の側近達、例の文官と騎士だったらしい。文官の方は息を整えようと深呼吸している。
「私ではなく、ユエ達が作りました。私がしたのは指示だけで…」
「つまり、アルティが考えたということだね?」
自分が考えただけでなく、覚えていたレシピを再現しただけなのだが。
どう返そうか悩んでいる無言の時間を、父は肯定と取ったらしい。破顔して、自分の目の前に歩み寄る。
「アルティ、お前は天才だ。きっと、神より才能を授かった天使なのだろう。すぐにでも神殿に行って、加護を確認するといい。あぁ、私も共に向かおう」
「あ、あのお父様。わたくし、まだ食事が終わってません」
自分の手を取り、そんなことを口にする父。子煩悩もここまで来るともはや怖い。
「ギル様。気持ちはわかりますが、もう少し落ち着きを持ってくださいませ。貴方は子供のこととなると本当に…」
「だが、この様な料理の発案が出来るなど、きっと上位神の加護があるに違いない。そうだろう?」
「だからと言って食事中の娘に詰め寄るのはお止めになってください」
(…姉弟? もしくは親子?)
こんこんと説教する母と反論する父の姿にそんな感想が湧き上がってくる。周りの者は慣れているのか、ただ黙っていたり苦笑したりしている。
「ギルヴァン様、まずはお嬢様の料理を冷めない内にいただく方がよろしいのでは? ね、お嬢様?」
「え? あ…っと、そうだね。お父様、料理は温かい内に食べた方が美味しいんですよ。だから、お話はまた後でにしませんか?」
傍に控えていたジークストの不意の言葉だったが、それで父が落ち着くならばと有難く乗らせてもらう。
「ふむ…それもそうだな。なら、食事の後でまた来るよ。アルティたちの食事が終わったら知らせてくれ」
「かしこまりました」
そう言い残し、父は側近を引き連れて去っていった。今度はちゃんとジークストもついていける速度で。そんな三人の背中が見えなくなったところで、残された自分たちは一息吐く。
「…お父様は、前からあんなでしたっけ?」
「そうねぇ…。アルちゃんが寝込んでからは特に激しくなったかしら…? あの人は娘馬鹿…いえ、失礼。子煩悩だから」
「そ、そうですか」
言い直してもさして変わっていない気がするのだが。まぁそれは置いておくとして、あそこまででなくとも子煩悩なのは前かららしい。疎まれているよりはいいが、行き過ぎた愛もどうかと思う。
「今が一番可愛い時期だから仕方ないのかもしれないわね。お兄様たちはもう大きいし…。アルちゃんが起きるまではビルグリオが全面的に引き受けていたから、もう少し付き合ってあげてね」
「はい…。……ビルグリオ?」
また聞き覚えのない名前が出てきた。つい名前だけ聞き返すと、母は優しく微笑んで肯定した。
「ええ。アルちゃんはまだ名前を聞いてなかったわよね? 冬に生まれた貴女の弟よ。三男のビルグリオ」
「わ、私に、弟…?」
「…残念だったかしら? 貴女は妹が良いと言っていたものね」
困ったようにそう言うエルシィに、アルティは全力で否定する。
「そんなわけないです!! 弟でも妹でも、私の大切なきょうだい
です! …ところで、そのビルグリオはどこにいるのでしょう? 冬に生まれたってことは、まだまだ小さいですよね…」
「ふふ、そう、良かったわ。アルちゃんが元気になったら会わせようと思っていたの」
「私、もう元気です。だからビルグリオに…」
「一人で立って歩けるようになったらね」
「そ、そんな…」
可愛い弟が居ると聞かせておいて、会うことが出来ないなんて酷すぎる。これは一刻も早く歩けるようにならなければ。
「さぁ、貴女も冷めない内に食べてしまいなさい。折角こんなに美味しいのだから」
「うぅ、はい…」
まだ会えそうにない弟への未練を残しながら、アルティは食べやすい温度になった唐揚げを口に放り込んだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
洋風唐揚げ、某サイトで見かけたやつを作ったのですが美味しかったです。
意外に応用が利くので唐揚げは日々の食卓の救世主ですね。食べすぎはよくないですが…。