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異世界令嬢の食革命  作者: 涼世れと
6/9

第五話 三日間と四日目の朝

大変お待たせしました。

かなりの速度で場面が変わりまくるのですが、ご了承ください…。


それから、タイトルのカギ括弧を全話分空白に変更しました。

例)第一話「○○」→第一話 ○○

「おやすみなさいませ、お嬢様」

「おやすみなさい」


就寝準備が終わり、ノッテの居なくなった自室でアルティは深く息を吐く。

結局、ユエから聞き出した内容に希望は持てなかった。食事の在り方が現代日本と違うのだ。ついていけそうにない。


(そりゃ、見た目も大事だよ? 大事だけど、味以上に大事なんてのは駄目でしょ!!)


愚痴のように心の中で叫んで、ゴロンと体を横向きにする。そうしてもう一度、息を吐いた。


やっていけそうにない。それが素直な感想だ。


他に関しては、多少のことは我慢出来るだろう。郷に入っては郷に従え、だ。

だが、食事は全くの別だ。これだけは絶対に妥協出来ない。駄目、無理、出来ないの三連コンボだ。

食は人の営みに深く深く関わっている。毎日無理矢理不味いものを食べていたら、いくら栄養があっても精神的におかしくなること間違いなしだろう。


今日の夕食も結局、切ったフルーツにしてもらった。実際の食事は、もう少し回復してからじゃないと正直怖い。完全にパン粥がトラウマになっている。


仕方ないのだ。食事の第一印象が最底辺すぎたのだ。それに対して最初のすり下ろしリンゴは美味しかった。落差が酷すぎる。上げて落とすとは何事か。


そんな愚痴めいた言い訳を繰り返す内、いつの間にか眠ってしまったらしい。次に目を覚ましたのは、枕元のランプが要らない程度に明るくなった時間帯だった。



───



そして現在、絶賛お勉強中だ。勿論、字の。

この世界特有の食材なんかを知りたいため、その系統の本の注文をノッテにお願いしてある。後は、それが読めるように勉強するだけだ。が。


(字って、こんなに覚えるの大変だっけ?)


開始から一時間、アルティの集中力は完全に切れていた。実際はもっと前から切れていただろうが、それでも一応座って教科書を見ていたのだ。今は完全に簡易机に突っ伏している。


「休憩に致しましょう。すぐにお茶の準備をします」


教師役としてついてくれていたノッテは、部屋の脇にあるワゴンから次々に茶器やお茶菓子をセッティングして行く。

授業が始まる前にノッテと共に入ってきたワゴンだ。最初からこの予定だったのだろう。


ベッド上の簡易机から教科書を避け、代わりに陶器の皿に盛られた菓子が配置される。

乳白色のコロンとしたキューブに所々茶色い物が見えるそれは、よく見覚えのある菓子だ。よくノッテがお茶の時間に出していた。


「……そういえば、これって何で出来てるの?」


茶色いのは恐らくナッツ系の何かだろう。美しい乳白色の全体部分は、一体何で出来ているのか。


「確か、菓子草にナッツを混ぜて固めた物だったかと」

「菓子草?」


聞いた事ない単語だ。


「名の通り、菓子のように甘い多肉植物ですよ。葉の中に溜め込んでる部分を採取して加工するのです」

「へー」


アロエのような物だろうか。一粒摘んで口の中に放り込む。アロエのようなシャキリとした食感かと思っていたが、これは少し噛むとほろほろと溶けていく。けれど、ナッツのおかげでちゃんと食べてる気になれる。


「美味しい…!」


感動だ。この世界に、ちゃんと美味しいものがあっただなんて。案外、菓子作りは発展してるのかもしれない。


「ふふ、今お茶も出ますよ」


ふんわり漂う紅茶の良い匂いが鼻腔をくすぐる。注がれる赤茶色の透明な液体は、正しく紅茶と言えた。


(はぁ…優雅だ…)


カップを手にホッと一息つく。何だか、ここに来て初めてこんなに気が抜けたかもしれない。無意識の内に気が張っていた証拠だ。

こんな気持ちになれるなんて、やはり美味しいものとは偉大である。そしてそれを準備してくれたノッテも同じく、だ。


「ありがとう、ノッテ。私、今、すごく幸せを実感してるよ…」


しみじみといった様子でそう呟くアルティに、ノッテは微笑みを返す。


「光栄でございます。お嬢様の幸せはわたしくの幸せですから」


お互い幸せの基準値が低いなぁ、なんて思うと少し可笑しい。アルティが小さく笑えば、呼応するようにノッテは微笑みを深める。

そんな穏やかな時間をしばし過ごした後は、勉強を再開し、それからユエを呼んで心行くまで質問攻めにした。最後の方はユエも若干引き気味だったのは気の所為ということにしておこう。



───



目覚めてから四日目の朝になった。この三日間はノッテに字を習ったり、リリから庶民の話について聞いたり、お母様から家の近況──主に兄達について聞いたりして過ごした。勿論、毎日ユエから料理や食材について質問攻めもした。少し申し訳ないとは思っている。昨日は医師のシュディオ様が診察に来てくれた。


部屋での朝食後、アルティは着替えのために初めてベットを降りた。最初は体重を支えられずに倒れかけたり、掴まり立ちしようとしても下半身に力が入らなかったりした。数ヶ月も寝たきりだったのだから無理もない。普通に動く上半身がおかしいのだ。

心配する使用人二人に、「歩く練習だから」と言って足に力が入るまで付き合ってもらった。結果として、ふらつくが自力で立てるまで回復した。


リリが体を支え、ノッテが着替えさせる。そんな風にして、アルティはやっと寝巻き以外の衣装を身に纏った。セーラー服のような形のフリルがあしらわれた丸襟に、手首にかけて広がっている袖。全体的に濃い黄緑色で、首元や袖は白が使われている少し豪華なワンピースといった見た目だ。


それから髪を結わうために化粧台の前に座らされ、前を向いて気づいた。


(あ…目、緑だったんだ)


色々あって、思い出す余裕がなかったのだろう。そういえば緑目だったな、なんて思う。

母の琥珀とも、父の薄青とも違う瞳の色。どうしてなんだろうと考えている内に、髪は綺麗に結われていた。


「お嬢様、まずは奥様に顔を見せに行きましょう」


ノッテの言葉に了承すると、警備に当たっていた筈のルメアが横から出てきた。


「おはようございます、お嬢様。それでは、少し失礼しますね」


そう言い切るや否や、ルメアはアルティを優しく抱き上げ、自分の片腕に座らせる形に固定した。


「ひぇっ!? る、ルメア!?」

「歩くのが困難なようでしたので。筋力が戻るまで、暫くこういった形での移動となります」


(もっと他に……せめて車椅子とかないの…!?)


ルメアの背は高めだ。安定感はあるが、何となく怖い。

若干の抵抗をしてみたものの、ノッテとルメアによって言い負かされ、アルティは母の元まで運搬されることとなった。

運搬される間、アルティは物珍しそうに周囲に目を向けていた。家の中は朧気に覚えているだけなので、何とも新鮮味を感じる。

アルティの部屋は二階の西側にあったらしい。部屋の外は廊下が続いていて、部屋の扉と対面する形で窓が設置されている。廊下沿いに同じような扉が何枚かあったので、同じような部屋が何部屋もあるのだろう。

階段まで来たところでルメアたちが方向転換をした。階段を上ったところから真っ直ぐと短い廊下が続いていて、突き当たりにはガラス張りの扉が見えた。


母、エルシィはその扉の奥、テラスに居た。

テラスには十数個の植木鉢があって様々な植物が植えられていた。それを自ら世話していたらしい。右手に白いジョウロがある。


「お母様」


扉を開けると同時に呼び掛ければ、母はゆったりと振り向いてこちらを確認する。そして、毎度そうしているように、慈愛に満ちた微笑みを向けるのだ。


「あら、アルちゃん。おはよう」


(はわぁ〜! 私、本当に、外に出てるよ! 外の空気だ!)


家の中とは違う空気を思い切り肺に取り込んでから、挨拶を返す。


「おはようございます、お母様!!」


部屋に来てもらうのではなくこちらから出向けたことが、家の外の空気に触れられたことが嬉しくて声が大きくなる。少し大きすぎた気もするが、まぁ、元気な挨拶は大事だ。


「体調はどうかしら?」

「今朝も体調面で特に問題はございませんでした。足に力が入らないようですが、長い寝たきりにより筋力が弱まっているという医師の診断通りでございます。暫く歩く練習をしていれば問題なく日常生活に戻ることが出来るかと」


エルシィの問い掛けに、ノッテが即座に答える。さすがはノッテだ。


「そう。それでルメアに抱かれているのね。ふふ、いらっしゃいアルちゃん。母にも貴女を抱かせて頂戴」


その言葉に反応する間もなく、アルティは母の腕の中に場所が変わってた。実に鮮やかだ。

体が覚えているのだろう、母の腕の中は酷く安心出来る場所だった。


「お母様、この植物はお母様が育ててるんですか?」

「ええ。アルちゃんはどの花が好きかしら?」


そう問われて、周りの花々と植物を見ながら少し考える。華美な花、素朴な花、蔦のような植物に多肉植物。それぞれ特徴があってどれも良い。花の匂いだけは、混ざってしまって個がよくわからなかったけれど。


「うーん…この白い花がいいです」


結局最初に目に付いた、白い小ぶりな花が沢山茎になっているものにした。控えめで可愛らしい。


「リナリアね。ノッテ、後でアルちゃんの部屋に一株届けるわ。よろしくね」

「はい、奥様」

「え? そんな、折角育てたお花を…」

「いいのよ。お部屋に花があった方が、心が安らぐでしょう? 南側の窓際にでも飾っておけばいいわ」


折角の心遣いだ。ありがたく受け取ることにした。後でノッテに聞いたところによると、株分けで増やせる種類だったらしい。


「ありがとうございます、お母様。大事にします」


その後、いくつか話を続けてアルティ達はテラスを去った。話の最後に「お父様の所にも挨拶に行って差し上げて。きっと喜ぶわ」という言葉を貰ったので、今度の目的地は父の書斎だ。


書斎の扉の前には、男性騎士が一人立っていた。騎士だとわかったのはその特有の服装、制服のおかげだ。ルメアと同じ格好をしている。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、えっと…」


きっと、いつかにノッテから聞いたもう一人の騎士だろう。けれど名前が思い出せない。自慢出来ることではないが、記憶力は低い方なのだ。

それを察してか元からの予定なのか、ノッテが騎士に耳打ちをする。


「ああ…申し訳ありません。ユゼストと申します」


騎士は一礼をして名を述べる。聞いたら思い出すと思っていたが、全く初耳の名だ。まだ他にも護衛騎士が在中していたらしい。


「ありがとう、ユゼスト」

「いえ」


何となく、名乗ってくれたことに礼を言う。自分だけが周りの人間を知らないというのは、やはり酷く不思議な気分だ。慣れない。


「ところで、お父様に会いに来たんだけど…」

「そうですか。少々お待ちください」


ユゼストは短く返すと、ドアノブの少し上に設置された綺麗な石に触れた。透明だったその石は一瞬だけ弱い光を纏い、ユゼストが「お嬢様方がお見えです」と言葉を発した後すぐに消えた。一泊空いて部屋の扉が開かれる。


「お待たせ致しました。どうぞお入りください」


にこやかにそう言って招くのは暗い青髪の男。歳は三十過ぎくらいだろうか。恐らく従者か使用人、あるいは側近だろう。


部屋に入ると、執務机で書類らしき物をパラパラと捲る父が見えた。声をかける前にその作業を止め、こちらに向かってくる。


「おはようアルティ。もう良いのかい?」

「はい。もう大丈夫です」

「無理だけは絶対にしないように。わかったね?」

「はい」

「ところで、どうしてルメアが抱き上げているんだ? 今日は甘えたい日なのかい? それならば私が…」

「お嬢様は本日、足に力が入らず──」

「何だって? 大変ではないか! 何故出歩いているんだ、もう部屋に戻って休みなさい」

「いえ、大丈夫で──」

「心配は過剰なくらいで丁度良いんだ。まだ万全てはないのにベッドから出て、もし何かあったら…」

「ずっとベッドに居ても、その内カビが生えてしまいます。お父様」

「だが──」


あぁ、駄目だ。この父は余程の心配性らしい。そして娘である私の事が大好きだ。それは嬉しいのだが、この粘り様は少々──いや、かなり面倒臭い。

でもでもだっての言い合いが平行線から変わることはなく、時間が過ぎていく。


「お前が心配なんだよ」

「そう言われても、歩かなきゃ治るものも治りません」


(誰かお母様を…お母様を呼んできて!)


思い出されるのは目覚めて初めて父に会った時の母。数度の言葉で見事に父の主張をねじ伏せた。

父の後ろ、最初に対応をしてくれた青髪の男性が「ギルヴァン様、そろそろ…」と宥めているが、その制止を振り切ってまだ部屋に戻れと言う。


(くぅっ…かくなる上は…!)


「そんなに駄目って言われたら、お父様のこと嫌いになります!!」

「なっ…!?」


ピキリ、と一気に動きが固まった。今までとの落差でつい笑ってしまいそうになる。


「……冗談だろう? お父様が一番好きだって、言っていたじゃないか」

「今はお母様が一番大好きです。次がノッテとルメアです」

「なんっ…」


傍らのノッテ、私を抱くルメアに向かって思い切り恨めしそうな目を向けているが、やめてほしい。当主にそんな目を向けられるなんて気が気じゃないだろう。

少し離れたところでは、先程の男性が俯いて肩を震わせている。絶対に笑うのを堪えている。笑う気力があるなら、もう少し気合いを入れて父の暴走を止めて欲しかった。


無茶な愚痴を心の中でこぼしながら、アルティは改めてギルヴァンに向かう。


「それに、これ以上言うなら、お母様を呼びます!」


それが最大の攻撃になったのだろう。ギルヴァンはこれ以上何かを言うことはなく、「無理だけはするんじゃないよ」という言葉と共に送り出してくれた。

帰り際に例の青髪の男性が「そういえばお嬢様、申し遅れました。ギルヴァン様の側近をしております、文官のジークストです。どうぞ、よろしくお願いします」と名乗った。


「ちょっとだけ罪悪感…」


書斎を出て少し歩いたところで、無意識に思ったことが音になる。父の心配を蔑ろにしたかった訳では無いのだ。ただ余りにもしつこかったから……。


「気にする事はありませんよ。あれはギルヴァン様が悪いです」


近くから聞こえた言葉にギョッとする。声の主はルメアだ。何でもないような顔をしているが、雇い主に対する扱いがそれでいいのだろうか。少し心配になる。


「過度な心配は返って邪魔になることもあります。お嬢様にはわたくし達がついているのですから、何も問題ありません。よって、今回の『過度な心配』は邪魔以外の何者でもありません」


そう言い切るルメアの何と清々しいことか。そんな風に言われてしまったら、肯定する他ないじゃないか。


「そう…そうだね、うん。私がキッチンに行くのを止められる人は、誰一人いない…!」


心の中で「…お母様とノッテ以外は!」と付け足しておく。この二人には勝てそうにない。直感でわかる。




次なる目的地は厨房だ。ここに来るために、自分は三日間きちんと大人しくしていたのだ。存分に楽しませてもらおう。

家の厨房は一階のダイニングを抜けた先にあった。防音のためか二重扉になっている。


「ユエ、おはよう!」

「あ、おはようございます。お嬢様」


満面の笑みでユエに挨拶するアルティ。本来、身分が上の者が先に挨拶をしてはいけないのだが、そんなことを知らないアルティはキラキラとした笑顔を向けている。その様子に、大人三人は困ったような微笑ましいような微妙な顔で視線を交える。

この数日で急激に懐かれたものだ、とユエは心の中だけで呟いた。


「お嬢様、本来は身分が上の者が先に挨拶してはいけないのですよ」


アルティの耳元、小声でノッテが教える。


「え? あ…ごめんなさい、気を付けます…」


一方のアルティは、身分差というものを改めて身近に感じてしまいシュンとしていた。脳と身体の記憶で何となく慣れてはいたが、改めて目の当たりにすると少し寂しくなる。


「俺の挨拶が遅れたのが悪いので、お嬢様は気にしなくていいんですよ。それに自分家でそんな気を張ってたら、疲れるでしょう?」


目に見えて元気の無くなったアルティを気遣ってユエがフォローを入れる。ルメアもそれに続いた。


「そうです。他の仲良くない貴族の前や、公衆の面前、自分より上位の貴族の前でさえ気を付ければ良いと思います。現に、わたくしはそうしています」


それは胸を張っていうことなのだろうか。若干疑問ではあるが、その言葉に少しだけ心が軽くなる。


「そっか、ありがとう」

「いえ」

「……ではお嬢様、まずはどこから案内しましょうか?」


空気を変えるようにユエが笑顔でアルティに問い掛けた。アルティはありがたくそれに乗る。


「じゃあ…調理道具が見たい」

「かしこまりました」


調理道具は棚上や棚下、壁にかかっていたりと様々な場所にあった。厨房はそれほど広くない。壁沿いにコンロや食器棚があり、中央に大きめのテーブルが設置されているので余分なスペースはない。その中で、ユエが使い易いようにカスタムされているのだろう。


「これで大体全部ですね」


道具を指差し、その都度簡単な説明を添えていたユエは、最後に鍋が並ぶ場所でそれを終えた。


「色々あるんだね」


正直、もう少し少ないと思っていたのだが。鍋は大小五つはあるし、それに伴うおたまやトング等の道具も揃っている。コンロは四口だし、何とオーブンまであった。少し前まで石窯だったのを取り壊してオーブンにしたらしい。

それはそれで勿体無いと思う。石窯パンに石窯ピザ。その他サクサク系の焼く料理。オーブンでは出来ない美味しさがあるというのに。増築しなければ難しいのかもしれないが、非常に残念だ。


続いて食料庫を見せてもらった。こっちは常温保存可能な物はそのまま棚や床に、何れも麻袋に入っていたり、そのまま棚に置かれていたりされている。

常温不可な物は、こちらも驚いたのだが、石製の大きな冷蔵庫らしき物に保管されていた。


(構造どうなってるんだろう?)


記憶が確かなら、こちらの世界に電化製品はなかった筈だ。

聞いてみたところ、氷の人工魔石を使って冷やしているのだという。唐突のファンタジー要素にテンションが上がったのは仕方ないと思う。身を乗り出して落ちそうになったのも、きっと仕方ないことだった。

…というか、魔石って人工で作れるのか。ファンタジーすぎる。これは全体が冷蔵庫だったけど、その内、冷凍庫も是非欲しい。


「外には根菜類やハーブ、冷蔵保存棚には肉類なんかを保管してます」


なるほど、冷蔵保存棚というらしい。


「お肉って、牛とか豚とか?」

「ウチでは家畜肉はほぼ使いませんよ。今入ってるのも、全部魔物肉です」

「…魔物肉?」

「はい。それなりに希少な魔物肉ですよ」


どうやら、一般的な肉といえば魔物肉らしい。下位種族の肉は庶民が食べるような肉、仕留めるのが難しい上位種族になるほど肉の味も比例するそう。

家畜肉もあるにはあるが、大体は乳の出なくなった乳牛か、卵を産まないくらい年老いた鶏くらいしか市場に出ないそうだ。他といえば、余程気を使って飼育している高級肉のみらしい。俗に言う「ブランド」ってやつだ。


「ちなみに、みんなが一番好きなお肉って何?」


流れでそう問うと、「やっぱりファングスラビットですね」とユエ。

「この前食べたサウザントバイパーはとても美味しかったです」とルメア。

「わたくしは…ローゼンキャトルが好きです」とノッテ。

みんな見事にバラバラだった。あと、私は鶏肉が好きだ。鶏胸肉に大蒜、生姜、醤油などで下味を付けて片栗粉を衣にした唐揚げ程、米が進むおかずはない。


…そんなことを考えていてらお腹が空いてきた。気がする。朝食を食べて、まだそれ程経っていないというのに。


(今日の夕飯は鶏唐揚げがいいなぁ…)


あとは米があれば完璧なのだが。


「お嬢様はティアポローが好きでしたよね。今日の昼食に出しましょうか?」


今日の夕飯について考え込んでいたら、昼食について聞かれた。それもその筈、昼の方が先だ。

自分の返答を待っているユエに、逆に質問を返してみる。


「ティアポローって?」

「ほら、スープにした時、お嬢様が美味しいって絶賛してたやつですよ」

「ティアポローは鶏に似た見た目の魔物です。中級の水魔法を使ってくるので素人には少々荷が重いですが、数人で行けば問題なく狩れる筈ですよ」


ユエが料理に関して、ルメアがその生態に関して説明を入れる。なるほど、つまりは鶏。「アルティ」とは食の好みが合うのかもしれない。


「じゃあ、昼食はそれがいい。ところで何を作るの?」

「そうですね…食欲はありますか?」

「それなりに」

「なら、またスープにしましょうか。肉は、少し大きめぶつ切りにして」

「……あ。ちなみになんだけど、夕食に使えるくらいの肉って残るかな?」

「うーん…ちょっと難しいですね。夕飯は牛系魔物で何か作ろうと思ってたので」


ユエが顎に手を当てながらそう答える。

本当は夕飯に唐揚げが食べたかったが、仕方ない。きっと、夕食の時より今の方がまだ余裕があるだろうから…少しくらい我儘を言っても許されるかもしれない。物は試し、言うだけはタダ、だ。


「それなら、昼食は唐揚げが食べたいな」

「…カラアゲ…ですか? 申し訳ありません、それはどのような食べ物でしょう?」


ユエが困惑気味に質問する。唐揚げという単語がないだけかもしれないので簡単な説明をしてみたが、さらに困惑されるだけだった。


「鍋たっぷりの油に肉をつけたら、ギトギトになってしまいます。そんな物が食べたいんですか?」


他の二人もユエも言葉に同意見なのだろう。「体に悪い」とか「病み上がりにそんな…」とか言っている。

体に悪いのも、病み上がりに食べてはいけないのも強く否定できないが、それでも今はどうしても唐揚げが食べたい。


「絶対に美味しいから! 責任は取るから、作ってみてもいいでしょ? お願い!」

「そこまで仰るのでしたら…。で、も、お嬢様が料理というのだけは駄目です。危ないですから。指示してくれれば、俺がその様に動きますよ」


腕まくりをしてそう答えるユエに、それならと作業は任せることにした。余りにも疑われるのでまずは一人分の材料を取ってきてもらう。

その際に、数人の女性が雑用をこなしてくれていた。ノッテに「使用人って、まだいたの?」と困惑気味に尋ねたところ、「彼女らは下働きの者達です」との返答が返ってきた。何でも、この前は使用人の人数について質問したため、下働きについては数も多いので除外したのだと言う。

それを聞いて納得した。それなりに広い屋敷を、それだけの使用人で回せる筈がない。それでも使用人二人というのは少なすぎる気がしないでもないが。


「鶏モモ、小麦粉、塩、食用油……それからローズマリー、オレガノ、タイム、パセリ。うん、大丈夫だね」


この世界、何故かハーブはとんでもなく豊富な種類がある。食料庫だけでもかなりの数があった。それと、名前が同じなのはかなりありがたい。


衣は残念ながら小麦粉十割になってしまった。本当は片栗粉があれば一番良かったのだが、悲しいことに「カタクリコ?」と聞き返されてしまい色々察した。

衣が変わってしまうなら味も変えてしまおう、ということで洋風唐揚げを目指すことにした。それにきっと、醤油なんてないだろうから、どうせ味付けは任せることに変わっていただろう。


材料と道具、それからユエの準備が整っているのを確認して、アルティは満面の笑みで宣言した。


「それじゃあ、今から唐揚げ作りを始めます!」

ここまで読んでくださってありがとうございます。


次話はそれなりに近い内に投稿出来ると思います。

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