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異世界令嬢の食革命  作者: 涼世れと
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第三話 塩

 アルティは衝撃を受けていた。

 初めてこの世界で口にする料理に分類される物、パン粥。ちなみにアルティの中ではすり下ろしリンゴはちょっと加工しただけの果物だ。

 まだ口内にパン粥が残っている時のアルティの心情はというと…。


(………不味い!)


 この一言に尽きた。

 折角作ってもらったのに申し訳ないなとは思う。が、どんなに頑張ってもこのままでは美味しいと思えるものではなかった。

 すぐに吐き出したいとまでは思わないが、二口目に手を出すにはそれなりの勇気が必要だと思った。


(ねっちょりしすぎて飲み込める気がしない…。それに、味気無さすぎない? もはや一歳にも満たない乳児の離乳食だよ。もしかして歳間違えられてる?)


 普通、お粥とは病人や噛む力の弱い人でも難なく食べられるように作られる筈だが…。何故かこのパン粥は、するっと飲む込めるようなものではなかった。

 何より、余りに味気が無かった。アルティの味覚がある程度育っているからかもしれないが…それにしても味気無い。元のパンに味が無かったのかと問いたくなる。

 水っぽいねっちょりした無味の何か。それが目の前のパン粥に対する総評だった。酷いものである。


 どうにか咀嚼して飲み込んだアルティは、半ば無意識に口を開く。


「…塩…」

「はい?」

「せめて、せめて塩味が少しでもあれば…少しは…」


 塩気さえあれば、人は多少不味くても難なく食事を口にする、というのがアルティの持論だ。

 この目の前の何かだって、きっと適度な塩気があればもう少し楽しんで食べられた筈なのだ、多分。


「ノッテ…塩が欲しいの」

「…塩、ですか?」


 ノッテは怪訝な表情でアルティに問い返す。


「お願い、お粥に塩気が欲しいの。このままだと…その…」


 アルティのちょっとした、けれど切実なお願いに、ノッテではなくリリが反応を示した。


「いけません、お嬢様!」

「リリ?」

「幼子に過度な塩は毒です!」

「…へ?」


 突然何を言い出すのだろう。もしかして、お粥に塩の山でも作ると思われているのだろうか。


「ええっと、リリ? 私はほんの少し塩を一振りしたいだけで…」

「いけません」

「どうして?」

「幼い時に塩を多く口にすると死んでしまうからです」


(うーん?そりゃ、摂りすぎは良くないけど…一振りだよ?)


 どういうことかと考えていると、ノッテが額に手をやって溜息を吐いた。


「止めなさいリリ。それは迷信です」


(迷信?)


「ノッテ、どういうこと?」


 質問を受けたノッテは僅かに視線を逸らして、若干気まずそうに話し始めた。


「…平民の間では、五歳に満たない幼子が塩を摂ると死ぬという迷信が昔から広く根付いています」

「…何それ?」

「少し考えればわかるのですが…」


 困ったように頬に手を当てて、ノッテは先を話す。その内容に、ノッテと共に溜息を吐くしかなかった。


 ───その昔、裕福な商人が居たのだという。商人の家では金に物を言わせて毎日のように豪華な物を食していた。この世界で言う豪華な食事とは…調味料や香辛料がふんだんに使われているか、中々出回らない珍しい物のことだ。

 勿論、商人の家でも毎日朝昼晩そんな食事が出されていた。

 大人でもそんな食事毎日していれば、いずれ殆どの人間が体調を崩すのは想像に難くないというのに…不幸なことにその家には幼子が居たのだ。幼子は当時二歳に満たないくらいだった。


 そして耳を疑うような話だが、離乳食を卒業したその日に大人と同じ食事を取らせたのだという。

 結果として幼子は塩分過多で死亡。その時見ていた使用人がその後家に来た医師の話を偶然耳に挟み、その使用人から他の使用人へ、さらにその使用人たちの平民の家族へ話は伝わっていった。少しずつ形を変えて。

 そうして尾ひれはひれ付いて、いつしか平民の間では「五歳に満たない幼子は塩分を摂取すると死ぬ」と言われるようになったのだった。


「リリは他の平民に比べれば、まだ理解のある方ですが…それでも度々こうして口を挟むのです」

「だって、だってもしお嬢様が死んでしまったら…」


 リリの気持ちはわかる。きっと、家族や周囲の人々からずっと言われ続けてきたのだろう。周りもそれを真とするのだから、一切疑わなかった筈だ。それがリリのとっての当たり前。

 だから、この家に仕えてから急に言われていたことをひっくり返されたら、素直に信じずに疑心を持つと思う。


「大丈夫だよ、リリ」

「お嬢様…」

「今までだって、少しは塩を食べてきたんでしょ?でも私今死んでないじゃない」

「で、ですが、今回倒れたのだって、もしかしたら塩のせいかも…!」


(うぅ、これは手強いなぁ…)


 リリの中に根強く植え付けられたこれは、生温い説得じゃ上書きされそうにない。ならば、それっぽくてパンチのある話で上塗りするしかない。


「リリ、よく聞いてね」

「は、はい」

「人は塩を取らなすぎると死にます」

「え!?」


 リリは目を丸くしている。今話してるのは事実だが、きっと嘘でもこんな反応を示しただろう。素直な性格だ。


「汗って口に入っちゃったことある?」

「え、ええ…何度か…」

「どうだった?」

「しょっぱかったです」

「そう、しょっぱかったよね。じゃあ汗ってどこから出るの?」

「どこから? …あれ? よく考えたら、どこから出てるんでしょう…暑いといつの間にか肌に付いてますけど…」


 …思った以上に知識が乏しいのか、天然なのか。ただ単に体の仕組みが広まっていないのかもしれない。


「ええと、汗っていうのは人から出てるの」

「人からですか?あんなしょっぱい物が?」

「うん。…ノッテは知ってた?」

「…そのくらいでしたら」


 またもや気まずそうに、伏し目がちにそう答えるノッテ。やはり、リリの知識が乏しいだけのような気がする。


「と、とにかく。人から出たものがしょっぱいのは何でなのかな? 塩を取ると死んじゃうのに」

「あ…でもそれは大人だけでは?」

「残念ながら子供だってそうだよ。私の汗もしょっぱいんだよ」

「そんな…」

「どうしてかわかる?」


 首を横に振るリリに、もう一押しだと確信して言葉を突き付ける。


「それは…人の体の中に、外に出しても問題ないくらい沢山の塩が詰まってるからです!」

「ええぇっ!?」


 とても良い反応だ。話していて気持ちが良いものである。アルティは乗りに乗って話し続ける。


「むしろ何でそんなに詰まっているのか?それは必要だからだよ。必要ないもの詰める必要ある?ないよね。塩は人の体に必要なの。だから沢山詰まってるの」

「な、なるほど」

「水差しだって、水を足さずにコップに注ぎ続ければ、いずれ中身が無くなるよね。じゃあ汗を流してばかりで、塩を体に補充しなかったらどうなると思う?」

「…足りなくなります」

「そう! 足りなくなるの! そして足りなくなると…」

「た、足りなくなると?」


 ゴクリ、と生唾を飲み込んでアルティの言葉を待つリリ。そんなリリを見て、アルティは大袈裟なくらい勿体ぶってから言葉を発した。


「─────死ぬ!!」

「ひぃっ!」


 アルティの言葉に、肩を跳ねさせて驚くリリ。彼女の方が大袈裟な演技なのではないかと疑ってしまう。


「だからリリ、塩が欲しいの。それともう塩を取るな、なんて言わないで。沢山は取らないって約束するから。…ね? お願い、私を殺さないで?」

「わっわわわかりましたお嬢様!! すぐにお持ちいたします!!」


 顔を青ざめさせてバタバタと部屋を出ていくリリを見て、今さらながら罪悪感を感じるアルティ。余りの反応の良さに、ある種の「ハイ」になっていたらしい。

 そんなアルティによる茶番を途中から空気になって傍観していたノッテは、またしても深い溜息を吐くのだった。今度は口達者な主に対して。


「お嬢様、いくら塩が欲しいからと言ってあのようなことは…」

「塩が欲しいのもあったけど、この先、事ある毎に言われていたら美味しく食事が楽しめないじゃない。…悪かったとは思ってるもん」

「まぁ…そうですね。効果的であったとは思います」

「でしょ?」

「…それにしても、随分とお話が上達されましたね。少し驚きました」


(ん? ……あっ!)


 まずい、と思った。言葉遣いはそんなに変わらなくても、話す内容がノッテの記憶の中の「アルティ」と違いすぎたかもしれない。

 というか、普通に四歳児がするような話ではない気がする。

 余り返答までに間があっても何かしら疑われるかもしれない。どうしようかとアルティが考えた結果…。


(かくなる上は…!!)


「…ゆ…夢の中で色々教えてもらったの…」

「…夢?」

「そう、夢…」


(…うぐぐ…我ながら苦しい言い訳…!)


 どうかこれで納得してくれ、とノッテに向けるぎこちない笑顔の裏で祈っていると…ノッテは意外なほどすんなりと「そうだったのですね」の一言で納得の表情を見せた。


(え、あれ? これでいいの?)


「あの、ノッテ。私から言っといてなんだけど…信じてくれるの?」

「はい。お嬢様の言うことですから」

「の、ノッテ…!」


 リリじゃないけれど、同じように感動の眼差しをノッテに向ける。今はノッテが神々しくも見える。


 そんなやり取りも束の間。去った時と同じ勢いでリリが戻ってきた。


「失礼します! お待たせしました!」


 戻ってきたリリは両手で白い陶器の瓶を包んでいる。


「ありがとう、リリ」


 リリから瓶を受け取り、蓋を開ける。そこには白い半透明の粒が無数に確認できた。

 瓶の中に入っていた小さなスプーンで少し掬って、数えられるくらいの粒を手の平に乗せる。それに口に含めば、途端に舌が塩味を認識する。


(うん、ちゃんと塩だ)


 次いでパラパラとパン粥に塩を散らす。改めて口に含んだパン粥は、多少マシになった。やはり塩味とは偉大である。食事は基本残すべからず…ということで、少しだけ食べやすくなったパン粥を半分無心で口に放り込んでは咀嚼して飲み込んでいく。


 塩を加えたパン粥を食すアルティを、リリは何か言いたげな表情で見詰めていた。やはり急には変われないらしい。が、少しずつ慣れてもらうしかない。何故ならアルティは塩を自重する気などさらさら無いからだ。

 どうにか食事を胃に詰め込んで、一息つく。かなり膨れたので、この調子だと昼食は必要ないかもしれない。


「お嬢様、本当にお体は何ともないですか…?」


 恐る恐るといったように話しかけてくるリリ。そんなリリに、笑顔で答える。


「全然大丈夫。こんな程度じゃなんともならないよ」

「さ、左様でございますか…」


 リリはホッとしたような、けれどまだ疑っているような微妙な表情で、そう返事をした。


「それにしても…このくらいの塩でこんなに言われるんじゃ、いつものご飯って…もしかして味気ないの?」

「いえ、さすがに料理人はそんな食事を作りませんよ。至って普通です」

「そうなんだ」


 ノッテの言葉に、心底安心した。この先、度々出てくる食事が全てあんなだったら三日経たずでギブアップする自信がある。新手の拷問かと疑ってしまう。


「…ん? でも、このパン粥を作ったのは料理人なんだよね?」


 ノッテは普通だと言っているけれど、この粥を出された後だと、どうにも信用出来ない。ノッテの普通が、私の中の普通とズレている可能性だってある。


「あの、お嬢様。それはわたくしが…一切の塩を抜くように言ったのです。いつもでしたら右から左に流されるのですが、今回はお嬢様が病み上がりでしたから…」

「ああ、なるほど…」


 気まずそうに声を掛けてきた時点で何となく察してはいたが、やはりそうだったか。私が病み上がりだったというのも相まって、悲惨な結果となってしまったのだろう。

 もしかしたら美味しいパン粥になるかもしれなかったのに、哀れな食事である。

 リリは空になった食器を下げ、来た時と同じようにワゴンを押して部屋から退出していった。


「そうだ。今何時?」

「もうすぐ十時になるところです」

「うーん、じゃあまだお昼ご飯には早いね」


 料理してるとこ見たかったんだけどなぁ、なんてボヤけば、ノッテが即座に真顔になって「駄目です」と言う。


「今日一日は絶対にベッドから動いてはなりません。病み上がりなのをお忘れですか?」

「うっ」


 そんな正論をぶつけられたら、何も反論出来ない。


「じゃあ、明日は?」

「駄目です」

「…明後日は?」

「駄目です」

「………明明後日!」

「…それならいいでしょう。ただし、家の中だけですよ」


 渋々といった感じで了承するノッテ。つまり三日は動けないわけだが、どうやって暇を潰そうか。


「…あ、そうだ。お兄様たちは?」


 アルティには二人の兄がいる。十歳と八歳の兄たちだ。


「お二人は昨日貴族院へご出発なさいました」

「あ…そうだったんだ」


 残念ながら、少しタイミングが遅かったらしい。


 貴族院というのは、貴族が貴族としての教養を身に付けるために通う、貴族のための学校だ。

 初等部、中等部、高等部にそれぞれ三年ずつ、計九年通って様々なことを学ぶのである。


 初等部一年が七歳の春からなので、二人の兄は絶賛貴族のお勉強中というわけだ。


「あーあ、暇だなぁ。何か良い暇潰しってない?」

「うーん、そうですね…」

「あ、レシピ本とかあるなら見てみたいかも!」

「……レシピ本、ですか?」

「? うん」


 何をそんなに不思議そうな顔をしているのだろう。私がレシピ本を望んだのがそんかにおかしいだろうか。


「レシピ本とは…何を指しているのでしょう?」

「え? …レシピ本は、料理のレシピが沢山乗ってる本のことだけど…」

「えぇと…そのような本は存じ上げませんね」

「え? レシピ本知らないの?」

「ええ、残念ながら。申し訳ありません」

「いや、謝らなくていいんだけど…。そっか、知らないんじゃ仕方ないね」


 勉強不足です、と落ち込むノッテをフォローしつつ、レシピ本以外の暇潰しを考える。

 さて、この世界の暇潰しといえば…。


「…レシピ本は存じませんが、別の本ならございます。どのようなお話がよろしいですか?」


 色々と考えていると、ノッテがそんなことを言い出した。別に本を読みたいというよりは、レシピ本をパラパラ捲って、美味しそうな写真を見て楽しんで、どんな料理か想像して楽しみたいだけなのだが。先程落ち込んでいたのもあるし、折角なのでお言葉に甘えることにした。


「じゃあ、魔法とか出てくるファンタジー小説がいいな」

「…魔導書ですか?」

「そんな大層な物じゃないよ!?」

「あ、あぁ、そうですよね。魔導書を読み聞かせるなんて聞いたことありませんし…」


(ん?)


「別に読み聞かせてほしいわけじゃないよ?」

「え? それでは何故本を?」

「…自分で読むためだけど」

「…ご自分で?」

「…変?」

「いえ、あの…お嬢様は、まだ字を習っていない筈では?」


 あぁ、なるほど。ノッテの何とも微妙そうな顔はそれが原因か。確かに「アルティ」の記憶には字を習ったなんてイベントはどこを探してもない。


(…あれ? 私、字読めるのかな? あれ?)


「試しに一冊、何でもいいから読んでみたいな。お願い」

「いえ、すぐにお持ちします」


 アルティの願いを承諾したノッテは、急ぎ足で部屋を出ていった。部屋の中には、またアルティ一人になる。


(ハァ…。塩ちょっとで色々言われるし、レシピ本は読めないし。こんな世界で私は…アルティは一体何して過ごしてたわけ? 起きて、ご飯食べて、寝るだけじゃない?)


 たった二つの出来事で散々な言い様だが、アルティとしてはかなり不満が溜まっていた。いつも出来ていたことが急に出来なくなると、不満ゲージは勢いよく溜まっていくものである。


(あーあ、日本に帰りたい。…というか、本当にどうしてこんなことになっちゃったんだろう)


 やはり、日本での生活は私にとっての「前世」なのだろうか。だとしたら、何故この歳になって急に…。

 いきなり前世の記憶が戻ったというのなら、此方の世界の記憶が消えていたり、朧気なのは…おかしいのでは?


 一度中断した考えを、ぽつぽつと再開させていく。


 今のところ、前世説が濃厚なのは確かだ。こっちの世界が前世で、急に記憶だけタイムリープした…なんてことも考えられるが。とにかく前世説だ。

 が、前世だとして世界観が違いすぎる。同じ世界でグルグルと輪廻転生するのならまだわかるのだが、何故ここまで違う世界観なのか。

 別次元に存在する世界だとしたら、次元を移動した反動で記憶障害が起こった可能性も有り得る。

 こんな馬鹿げた現象は…神の悪戯という言葉がピッタリ当てはまるのかもしれない。

 もし本当に神の悪戯だとしたら、一人間の自分には到底対処出来ない。悔しいが、神とはそういうものなのだ。きっと。


 そこまで考えて、フッと嘲笑めいた表情を浮かべた。本当に居るかどうかもわからない神の悪戯としと処理しようなんて、相当現実逃避したいらしい。


(あぁ、美味しい物が食べたいなぁ…)


 本当に神が居るのなら、せめて美味しい物が食べたい。

 そんなことを願いながら、ノッテが戻ってくるのをただ待っていた。

今回も読んでくださってありがとうございます(*_ _)


それなりに悩んで書いた塩のくだりですが、どこかおかしい部分が出てくるかもしれません…すみません…。

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