第二話 アルティの周囲の人々
前回の後書きで第三者視点でのナレーション(?)だと記述しましたが、アルティ視点&第三者視点に変更します。失礼しました。
2020.6.23
ルメアの光の誓約部分の台詞に《》を加筆修正しました。
シュディオによる検査がいくつか行われた後、アルティはノッテによって清めが行われていた。
「清め」とは、一言に集約すると宗教的な水浴びのことだ。
魔術で浄化した水を使って体を清めること全般を清めという。長い眠りにつくとその間まともに湯浴みが出来なくなるため、その間の汚れを一気に落とすのに使われるらしい。
効果があるのかという点だが、実はある。
魔術で浄化された水、というのは裏を返せば浄化の魔術がかかった水だということ。一時的に魔道具の一種となっているのである。
何はともあれ、アルティはその水を含んだ柔らかな布で体を拭かれていた。
流石に病み上がりの体で水を被るのはどうか、ということで、体を拭くだけに留められたのだ。
それでも、魔術のかかった水であるわけで。そんな簡単なことでも、汚れはあっという間に無くなったのである。
「医師様から、眠っているお嬢様には出来る限り触れないようにと仰せつかっていましたから…。こうして清めることが出来て嬉しく存じます」
ノッテはアルティの背を優しく拭きながらそう言った。対するアルティは、冷たい水に粟立つ腕を擦りながら答えた。
「そ、そうだったんだ。それよりノッテ、もう少し温かく出来たりしない?すごく冷たいんだけど…」
いくら部屋を温かくしていても冷たいものは冷たい。むしろ、部屋を温かくしているのが裏目に出て、水の冷たさが余計に感じられるというものだ。
「それについては大変心苦しいのですが、冷たい水にのみかかる魔術ですので…」
「うぐ…何て融通の効かない魔術…」
ノッテの答えに、アルティは小さく呻いた。
「魔術」という単語に驚かないのは、先程ノッテから清めの水について説明されたからだ。
いや、それよりも「アルティ」の方の記憶に、しっかりと魔術についての知識や思い出が残っていたからかもしれない。
人格と体があべこべな世界で目覚めても妙にアルティが落ち着いていたり、言葉遣いに以前のアルティとの違いが見られないのは、潜在的な「アルティ」の思い出や染み付いた日常生活の数々が、無意識の内に人格に干渉しているせいなのだろう。
当の本人は、まるで気付いていないが。
「清めが終われば、温かな布団でいくらでもお休みになって下さってよろしいですから」
諭すようにノッテはそう言う。アルティは溜息を吐きつつ、気を紛らわせるようにノッテに話し掛けた。
「ノッテは私の使用人なんだよね?」
「左様でございます」
「他の使用人ってどんな人?」
「使用人はわたくしとリリの二人です。他に料理人が一人と、騎士様が二人在中されています」
「へー。騎士様って?」
「一人は女性護衛騎士のルメア・シェイ・カルフゼン様、もう一人は男性護衛騎士のシュトランザ・クルス・イージェスト様です。特にルメア様はお嬢様付きの護衛騎士様ですよ」
丁寧に説明してくれるノッテには悪いが、名前が長くてややこしくて覚えられそうにない。アルティはとにかく自分付きだという護衛騎士の名前だけを覚えることにした。
「そのルメア様ってどんな人?」
「お嬢様はルメアと呼ぶのが普通ですよ。ルメア様はとてもお強く、美しい方です。そしてお嬢様のことが大好きな方ですよ」
「…ふーん…」
自分を好いてくれている人を忘れている罪悪感が、僅かにアルティの心を突く。それは、このノッテに対しても同じであった。
(…ごめんね、ノッテ)
心の中でそう謝って、アルティは自分の世話をしてくれるこの人を横目で見る。
その視線に気付いたのだろう。ノッテはふわりと微笑んで言った。
「ルメア様が気になりますか?」
(そうじゃないんだけど)
まあ、気になるかならないかで言えば、気になる。なのでアルティは素直にそれを伝えた。
「ルメア様は今も部屋の外で護衛任務についておいでですから、すぐにでも会えますよ。きっとルメア様もお喜びになります」
ノッテはそう言うと、アルティに動きやすく清潔な寝間着を着せていく。
「さ、終わりましたよ。今日から三日はベッドで過ごしていただきますから、何かあれば遠慮なく仰ってくださいね」
「じゃあ、ルメアに会いたい」
「かしこまりました。少々お待ちください」
アルティの願いを叶えるべく、ノッテは部屋の扉を開く。そこで二言三言話し、すぐにアルティの元へ戻ってきた。その後ろには一人の女性が確認できる。
その女性はアルティの前に来るなり、片膝を立ててしゃがみ込んだ。片手を左胸に当て、その頭は項垂れている。
自分の記憶が、これは騎士の最敬礼であると告げている。アルティはそれに気付くと、何となく自分も佇まいを直して目の前の騎士と向き合った。そうしてから、ゆっくりと話を切り出す。
「…貴女が、ルメア?」
「はい、お嬢様」
対するルメアは項垂れたままで短くそう答え、続けて名を名乗った。
「ルメア・シェイ・カルフゼンと申します」
「…えっと…」
知り合いだと聞いていたのに、初対面のような対応をされて面食らう。これはどういうことだ、とノッテに助けを求めれば、ノッテはただ困ったように微笑むのだった。
「と、とにかく顔を上げてください、ルメア」
アルティがそう声をかけて、ようやくルメアは顔を上げた。その顔を見たアルティは息を飲む。ノッテがわざわざルメアの紹介に「美しい方」と入れるわけだ、と思った。
(とんっでもない美人さんだ…!!)
ルメアは恐ろしい程に目鼻立ちの整った女性だった。きりっとした琥珀色の瞳は、強い光を宿している。健康的な肌に血色の良い唇。その全てと対照的な、儚げな淡い青み掛かった紫髪を後ろの高い位置で一纏めにしていた。
ルメアに見惚れるアルティを他所に、ルメアは口を開いた。
「ノッテから事情は伺っております。…きっと、まだ混乱することばかりでしょう。ですが、何があろうとお嬢様はお嬢様、何一つ変わらない、この世にただ一人の大切なお嬢様です」
アルティはその言葉に、何だか心が軽くなった気がした。きっとこの人は、今私に起きている不可解な現象なんて想像も出来ないことだろう。
それでも、自分を想って、気遣って出た言葉なのだと思うと、心臓の辺りが温かくなったような気がしたのだ。
そんなアルティの心はいざ知らず、ルメアはさらに言葉を紡ぐ。
「わたくしは、今ここにもう一度誓いましょう」
そう言うと、ルメアはアルティの片手を取り、再び最敬礼の形をとった。
「わたくしの主は守護すべき宝。宝に手を伸ばさんとする不届き者を打ち払うため、わたくしは盾にも剣にもなりましょう。…《光の女神の名のもとに、我が主、アルティ・レイ・エストアンダと、その騎士、ルメア・シェイ・カルフゼンとの間に、何事にも屈さぬ光の誓約を》」
ルメアがそこで言葉を切る。すると、アルティとルメアが重ねた手が眩い光を放つ。
(何!?)
何事かとアルティが眩しさに目を細めている内に、その光は収まった。
「ルメア様、それは…」
ノッテが戸惑いがちにルメアに声を掛ける。
「お嬢様が目覚めたら、一番に騎士の誓いを立てようと思っていました。貴女とお嬢様が証人です。なってくれますね?ノッテ」
「…はい。ですが、お嬢様にはまだ荷が重かったかもしれないのも確かです。そこはわかってくださいませ」
(え? 何か知らない内に話が進んで行くんだけど…)
「あの、ルメア? さっきのは一体…?」
「騎士の誓いです」
「…騎士の誓いとは何ですか?」
「騎士が、一生守ると心に決めた主に、光の女神の名のもとに守護の約束を誓うのです。光の女神シルヴェリアーネと、その誓いを目にした人間が証人となります」
「誓いを行った騎士は、決して誓った主に刃を向けることは出来ません。もし裏切ろうとしたその時は…騎士に光の女神の天罰が下ります。まぁ…所謂、魔術の一種です」
ルメアの説明にノッテが補足を入れる。それを聞いたアルティは、ひいぃっ! と身震いをした。
(て、天罰!? そんな重い誓いを立てられたの、私!?)
「全く問題ありません。元より、わたくしはアルティお嬢様を一生守護すると心に誓っておりました。その誓いが公式的なものになっただけです」
問題ありありです! と、叫びたい衝動に駆られる。そんな二人に、困った子を見るような目を向けるのはこめかみを押さえたノッテだった。
「お二人共、盛り上がるのはよろしいですが…そろそろ奥様と旦那様がいらっしゃいます」
ノッテの言葉に「そうですか、では」と言ってルメアは立ち上がる。
「わたくしは部屋の外に居ますので、何かあればお声掛けください」
そう言うとルメアは一礼して、部屋を出ていった。と、言っても扉の横に立っているのだろうが。
「…申し訳ありません、お嬢様。ルメア様はお嬢様が目覚められたことで少々興奮してらっしゃったようです」
「う、ううん…大丈夫…」
少々の興奮で騎士の誓いを立てるだろうか、なんて疑問は呑み込んだ。ノッテがとても疲れているように見えたから。
ここからどう声をかけようか、なんて悩み始めた時だった。コンコンという軽いノック音が耳に届いた。
「わたくしだけれど。入ってもいいかしら?」
その声にノッテが即座に反応し、早足で扉の方へ近付いていく。その扉を開けてすぐ横に捌けるノッテ。
「アルちゃん」
扉まではそう遠くないため、その声はハッキリとアルティの耳に届いた。声の主はベッドのすぐ横まで近付いてくると、少し腰を屈めて、アルティの髪を撫でる
「もう苦しくない?平気そうかしら?」
そう、心配そうに問い掛けるのはアルティの母親──エルシィ・レイ・エストアンダだった。
「はい、お母様」
「そう」
肯定の言葉を口にする娘を、愛おしそうに撫でる母親。そんな微笑ましい母娘の一場面に、一人の人物が割り込んできた。
「アルティ!!」
その、余りの大声に、アルティは驚きに大きく肩を跳ねさせる。
そんなアルティの様子を確認したエルシィは…近付く大声の主を冷気を含んだ一声で制止した。
「ギルヴァン」
その冷たさに、足早にこちらに近付いてきていた音がピタリと止まる。
「な、何だいエルシィ?」
「貴方は、病み上がりの娘に、体に障るような大声を、上げろと、習ったのですか?」
一声、一声。相手に、絶対に聞き漏らすことは許さないと言うように。言い聞かせて、お前は間違っているんだと言うように。わざとらしいくらいゆっくりと紡がれる言葉には一々怒りとも呆れともとれるような感情が篭っているように感じられた。
「い、いやそれは…つい…」
「ギルヴァン」
「すまなかった二人とも。私が悪かった」
最終警告だというようにエルシィが相手の名前を呼べば、その人は驚くほど早く謝罪に切り替えた。
「全く…ギル様はこれだからいけないのだと、いつも申し上げているではありませんか」
呆れ顔で溜息を吐くエルシィに苦笑を向けるのは、この家でたった一人当主を名乗れる人。
アルティの父、ギルヴァン・シード・エストアンダだった。
ギルヴァンは改めて落ち着いた足取りでベッド横に来ると、アルティに向かって心配そうな表情を向ける。
「アルティ、具合はもう良いのかい?まだ寝ていた方が…」
「先程眠りを妨げるような声を上げた方が何を仰います」
「それは悪かったよ…」
(お、お母様、強い…)
先程からの母の強い言動に、心の中で若干腰が引けてしまうアルティだった。
「私は大丈夫です」
「本当に無理はしてないか?気を使ってるんだとしたら…」
「大丈夫です」
「…本当にか?」
「えっと、本当に大丈夫です…」
「本当に──」
心配してくれるのはありがたいが、余りにしつこいと相手に辟易されることを知って欲しい。そう思わずにはいられないアルティだった。
「ギル様、余りしつこいと嫌われますよ」
エルシィにそう釘を刺されたギルヴァンは、言葉に詰まって黙り込む。心の中で母に拍手を送ったアルティは、改めて両親に向き直った。
「ところで…お父様、お母様。私は何で寝てたんですか?」
こんなにも大勢の人から目覚めを喜ばれ、心配され、医師まで呼ばれたのだ。どう考えても、普通に眠りについたのではないと思う。
「どれくらい、寝ていたのでしょう?」
そして、眠りについたのが昨夜だという可能性が極めて低いこともわかっていた。
汚れを一気に落とすのだという、清めと称した冷たい水での体拭きまでされたのだ。さすがに一日でそんな風にならないと思う。
確信を持って質問をするアルティ。対する両親は何と答えたものかと、上手い答えを思案していた。
「アルちゃんは…その、急に倒れて、眠ってしまったの」
口篭りながらエルシィが言葉を発する。が、それだけを言うとすぐに黙り込んでしまった。もう一つの質問には答えあぐねているらしい。
そんなエルシィに気遣わしげな視線を送ったギルヴァンは、彼女に代わって口を開いた。
「アルティは…約三ヶ月、眠っていたんだよ」
「…はえ?」
耳を疑うような言葉に、つい間抜けな声が出てしまった。それくらい、アルティには衝撃的だった。
「さ、さん、三ヶ月…」
三ヶ月眠っていた。その言葉を正しく脳が処理した時、アルティの中では、もうとんでもないパニックだった。
(三ヶ月って、三ヶ月!? いっても二週間くらいだろうと思ってたのに!? 三ヶ月!? 聞き間違い!? 聞き間違いかな!?)
「おと、お父様? 私、聞き間違えたかもしれません。もう一度お願いします、どれくらい眠っていたんですか?」
「三ヶ月、だ。約だが」
嗚呼、何ということだろう。何度聞いても三ヶ月。揺るぐことなき三ヶ月。
「そう、ですか…三ヶ月…」
呟くように三ヶ月と繰り返す娘に、両親は哀れみと心配が混ざったような目を向けている。ここまで取り乱すものだろうか、とお考えの方もいるだろう。残念ながら、実際体験してみると三ヶ月という期間眠り続けていたのは結構ショックなのである。少なくとも、アルティはショックを受けるタイプだった。
「秋の終わりに倒れ、冬は丸々眠り、そして今日…丁度春の初めの日に目覚めた。季節一つ分の間眠り続けていたんだよ」
そんな父の補完情報に、更に項垂れるしかない。フォローどころか追い討ちをかけるとは、一体どういう了見か。
「でも、本当に目が覚めて良かったわ。季節を一つ越してしまったのは悲しいだろうけれど、目覚めてくれたんだもの。それに、春に間に合ったのだし」
エルシィは、すかさずフォローを入れる。対するアルティは、母の言葉に気になる部分を見付けた。
「春に間に合った…って、春に何かあるんですか?」
残念ながらアルティに眠る直前の記憶はない。「アルティ」は、春に何か予定があったのだろうか。
疑問を口にするアルティに、エルシィはほんの一瞬悲しそうに目を細めたが、すぐに先程までの微笑みに戻って答えを口にした。
「貴族の子はね、四歳の春からちゃんとしたお勉強が始まるの。そういう習わしなのよ」
四歳の春、ということは、今自分は三歳か四歳ということなのだろう。完全なる偶然だったが、そこら辺の細かい記憶が抜け落ちていることに気が付いた。
「そうなんですね」
「えぇ。他にも、神殿に行って加護を確認するのが四歳なの。アルちゃんは病み上がりだから…落ち着いたら一緒に行きましょうね」
そう言って微笑むエルシィに、アルティは曖昧な微笑みで「はい」と返した。本当は、神殿が何なのか、何をする場所なのか、加護とは何か──わかっていなかったのだが。
これ以上、この優しい人たちを心配させるのは心苦しかった。だからアルティは、とにかく母を見本に微笑むのだった。
(まぁ…後でノッテに聞けばいいかな…)
そんなことを心で考えながら。
───
両親が部屋を後にすると、アルティは再びノッテと二人きりになった。
先程母から聞いた話だが、アルティが過呼吸になったと知らされて、起きたばかりで碌に身支度もしないままアルティの部屋に飛んできてくれたのだという。
どうりで、改めて部屋に来た母はきっちりと髪を結っているし、服も出掛けても恥ずかしくないようなものだった筈だ。大変申し訳ない。
さて、ノッテと二人になったアルティは、早速先程の疑問を解消しようと試みた。
「ねぇ、ノッテ?」
「何でしょう?」
「神殿って何? 加護の確認って、何するの?」
「…あぁ。お嬢様はお兄様方が神殿に行った時、まだ二歳でしたからね。そういえば、一番上のお兄様の時は生まれて間もない頃でした」
懐かしそうに目を細めるノッテは、あえてアルティが記憶を失くしている可能性については触れていないのだろう。アルティとしても、幼さゆえに覚えていない、ということに出来るならしてしまいたい。
「神殿というのは、神様を祀る神聖なる建物…と言えばわかりやすいでしょうか」
ノッテは言葉を選びながらアルティに教えていく。
「身分に関係なく、人は皆一定の年齢になると自分の加護を確認しに神の元に出向きます。貴族にとってその場所が神殿なのです」
ちなみに平民は教会に行きます、とノッテは付け加える。
「加護というのは、神々が人に与えるちょっとした力のことです。人が生まれ落ちると、神々は誕生季に関係する以外の加護を与えたり、与えなかったりします」
「何だかあやふやだね」
「まぁ、そこは神の考えることですから、我々には何とも…。とにかく、そうして少しずつ与えられた加護が安定するのが大体四歳なんです。お嬢様は春生まれですから、奥様は神殿に行こうと仰ったのでしょう」
(…そういえば、春生まれだった)
流石に生まれた時期は覚えていたらしい。
「生まれの季節が春であれば、何月であろうと春の最初の月に神殿に行くのが習わしです。…が、お嬢様は病み上がりですので、もう少し落ち着いた月末辺りに行くのではないでしょうか」
ノッテの言葉に「なるほど…」と呟く。何となくの概要は理解出来た。後はまぁ…行ってみてわからなければ、また聞けばいい。これに関しては「私」も「アルティ」も初めての筈だから。
「それはそうとお嬢様──」
一人で色々と折り合いをつけるアルティに、ノッテが何かを言いかけた時だった。またもや部屋に訪問を知らせる音が響いたのである。
「失礼します」
女性の声がして、次いで扉が開く。そこに立っていたのは、見た事のある背の低い女性。何やら両手でワゴンを押しながらこちらに来る。そんな女性に、ノッテが話し掛けた。
「リリ、これは?」
「パン粥です。ユエがお嬢様の部屋に持っていくように、と」
(あ、そうだ。リリだ)
彼女らの会話で、女性が何と呼ばれていたかを思い出した。
「まぁ…。お嬢様、お腹は空いていますか?」
「え?あ、うーん…」
突然話題を振られて一瞬何のことかわからなかったが、すぐに理解して返答を考え始める。
三ヶ月眠りっぱなしだったせいか、多分かなり胃が縮んでる。と、思う。さっきのすり下ろしリンゴだけで結構お腹に溜まっているのだ。そんなに量もなかった筈なのに。
(それともただ、私がまだ幼いから…胃が小さいだけかも)
日本での記憶では、私はもっと大きかった…筈。その感覚でいたけれど、実際にこの体には適量くらいだったのかもしれない。
(けどなぁ…まだ五分目くらいだし…。あと、正直パン粥の味が気になる)
と、いうわけでアルティは食べるという選択をした。ノッテに「空いてる」と言えば、すぐにリリと共に食事の準備をしてくれる。
「では、わたくしはこれで失礼します」
リリがそう一礼をして部屋を出ていこうとするのを、アルティが制止する。
「私、リリとお話したいの。私が食べ終わるまでそばに居てくれる?」
「お嬢様…! ええ、ええ、勿論です…!」
両手を胸の前で組み、喜んで了承するリリ。その姿をアルティとノッテは微笑んで見ていた。
「ではお嬢様、どうぞ」
ノッテが前と同じように匙を持って口に近付けてくれる。が、アルティはそれを苦笑して止めた。
「私、今はちゃんと一人で食べれるよ」
「あ…左様でございますか」
一瞬動きを止めたノッテは、アルティの利き手に匙を持たせる。今度は皿を支えようとするのをまたもやアルティが止めたが、さすがに安定性のない布団の上だったので説得することは叶わなかった。
かくして、傍らで皿を支えるノッテと、匙を持つアルティという微笑ましい場面が生まれたのである。
そんな中一口目を口内に運んだアルティは──そのままピタリと静止した。僅かなブレもなく固まる主に、二人の使用人は何事かと顔色を伺う。
「どうかされましたか?」
心配そうに声を掛けられたアルティは、その問いに答えることが出来なかった。何故なら、匙を加えたままだったから。
ようやく匙を離したアルティは、口内の物をゆっくり噛み飲み込んで──口を開いた。
「…塩…」
「はい?」
「せめて、せめて塩味が少しでもあれば…少しは…」
やっと口を開いたかと思えばそんなことをブツブツと呟く主にその場にいた使用人たちは、訝しげな視線を交わし合いながら首を傾げるのだった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
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