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3階は静まり返っていた。鬼の足音ももうしばらく聞いていない。3階の廊下には百奈の死体が残っていた。そして、最初には無かった死体が2体。廊下の真ん中に倒れる者と、部屋のドアに手を伸ばしたまま倒れる者。瑞斗と勇翔だった。叫び声がしなかったため、恐らく私たちが6階にいる時だったのだろう。
「おい……」
蒼士が顔をひきつらせながら苦しそうに呟いた。
蒼士は2人とめちゃくちゃ仲が良かったというわけではないだろうが、一緒にいる場面を何度か見た事がある。
「あんまり見ないでおこう、悲しくなるだけ」
「そうだよ、こんなとこで泣いてなんかいられない」
私が隼の時に感じた気持ちをきっと今、蒼士も感じているのだろう。恵が死体に見向きもせずに歩き始め、それに私と蒼士も続いた。
「3階、全部屋探すのか……」
蒼士がため息混じりに呟いた。私たちがここで目を覚ましてからいったいどれぐらいの時間が経ったのだろう。体感ではもう6時間近く経過している。皆疲れが目に見え始めてきた。私もかなり疲労も溜まってきて、今から全力で走れと言われてもすぐにバテてしまうだろう。
「じゃあ、ここからは3人分かれて鍵を探そう」
恵の言葉とともに、私たちは分かれた。
3階には病室以外にも様々な部屋があって少し不気味だった。私が最初に入った部屋は倉庫だった。恐らく各階に倉庫は設置されていて、1階と6階の倉庫は私が調べた。でも、3階の倉庫は格段と物の量が多く、探索するのに相当な時間がかかりそうだった。
「これは大変だぞ……」
後回しにするよりかは先にやった方がいい、と考え手当り次第探した。棚に積み上げられたダンボールの箱、大量の書籍、医療雑貨。どれだけ探しても見つからない鍵に嫌気がさしてきた。
「私たちが何をしたっていうの。なんで鍵なんかを探さなきゃいけないの」
今まで隠してきた本音や鬱憤が止まらない。私は気持ちを切り替えようと倉庫の片隅に寝転んだ。ホコリが溜まっているだろうが、もう既に身体は汚れて少し臭っていたので気にしない。
「鍵、どこにあるの」
そう呟いた時、足元で何かが倒れる音がした。私は慌てて起き上がり足元を確認すると、人体模型らしきものが倒れていた。
「もうなんでよ!」
私はイライラを抑えながら人体模型を元の位置に直した。ただ、これで安心したわけではない。
音に反応した鬼がこっちに来るかもしれない。
もし仮に鬼が近くにいたら、倉庫に人がいることはバレバレだろう。私は山積みになっていたダンボールの箱の裏に隠れた。丁度隙間から入口の様子が見える。私はしばらくの間ここで隠れることにした。
あれから何分が経っただろう。実際には5分しか経過していないが、私には30分近く隠れていたかのような感覚だった。入口の様子を見るためにスマホのライトを付けっぱなしにしていたが、そのライトも切れてしまった。死んでしまった人のスマホ使えばよかったな、なんて思いながら私は別の部屋に移ろうとした。もう大丈夫だろう。
その考えは甘かった。足音が聞こえ始めた。誰の足音か分からないが、聞き覚えのあるこの足音は鬼だろう。倉庫は階段のすぐ近くにある部屋なため、まず最初にここに来るだろう。
━━ドアが開いた。
私は息を潜めて箱の裏に隠れる。鬼は入口から少し中に入って辺りを見回した。恐らく私の位置はバレていないだろう。
「ちっ、誰もいないんかよ」
鬼はボソッと呟いた。鬼が倉庫から出ようとした時、私は気の緩みで少し体勢を崩してしまった。その時、ダンボールと床の摺れる音が微かにした。
「誰かいるよな?」
鬼は出ようとした足を止め、またこちらを振り返った。倉庫のドアは閉められ、この部屋には私と鬼の2人きり。私は死を覚悟したが、少しでも皆のために時間を稼ごうと箱の裏に身を屈めた。鬼がさっきよりも奥へと踏み込んできた。その位置から私は見えないだろうが、箱の隙間から覗き込んだら丸見えだ。
「もう出てきなよ」
鬼が仄めかしてくる。
もうバレるかも。そう思った時、倉庫のドアが開いた。スマホのライトが無い今、すぐに誰か判断することは出来なかったが、恐らく蒼士だ。
「おい、結奈いるか?」
蒼士もスマホの充電が切れたのだろう、ライトを付けていなかった。
「男みーっけ」
鬼は私に気づく前に倉庫に顔を出したら蒼士をターゲットにしたようだ。
蒼士は鬼に気づくと、まじかよ、と声を上げてダッシュで逃げていった。鬼はその後を追いかけるかのように倉庫を出ていった。見つからなかった喜びを感じると共に、蒼士への申し訳なさが残った。蒼士が時間を稼いでくれている間に私は倉庫を離れ、別の部屋を探そうと廊下に出た。