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隼に言われるまで全く気付かなかったが、よく耳をすますと誰かの足音がする。上にいた誰かが降りてきたのか、それとも得体の知れない“鬼”なのかは分からない。そのまま無言の時間が数分続いたが、この足音は私たちのいる部屋を通過してどこかへと行った。
「今の……」
「多分、ヤツだろうな。俺たちは靴を履いているからもっと足音が響くはずだ。でも、さっきのは違った」
確かに言われてみれば足音が私たちのとは少し違かった。敢えて足音が聞こえづらいように歩いているかのように思えた。
「この部屋には多分無いね」
どれぐらい時間が経ったか分からないが、長い間探していただろう。スマホの充電もいつの間にか70%近くにで迫っていた。
「なあ、結奈。別行動しないか?」
「え、なんで? 私1人じゃ無理!」
「確かに2人で同じ部屋を探す方が効率は上がる。でも、スマホのライトが消えるのも時間の問題。別々に探した方がよくないか?」
「でも……」
私は1人が怖かった。出来ることなら隼と一緒にいたかった。
「結奈、絶対大丈夫だから」
そう言い残すと、隼は足早に部屋を出ていった。
それから、私は1階の部屋を順々に探し回った。隼が今どこを探しているかは分からないが、隼がもし反対側から部屋を回っているなら途中でばったり遭遇できるかも、なんて期待をしていた。
しかし、そんな期待もすぐに消え去った。
隼の叫び声がした。
どこからかは分からないが、少なくとも1階ではないことは確かだ。
「隼!」
私は急いで飛び出した。まだ1階しか探索していないから構造を把握しきれていない。ひたすら走って階段を駆け上がった。
「隼!どこにいるの!」
私の声に返事はないが、複数人の足音が聞こえた。3階まで駆け上がり、角を曲がると隼の姿が目に見えた。隼だけではなく、この長い廊下に3人の姿が見える。1番手前には百奈、その向こうに隼。そして、その奥には私の知らない誰かが血相を変えて走っていた。恐らく手には刃物を持っている。
「結奈! 逃げろ!」
私の姿に気付いた隼は叫んだ。百奈も必死に走っているが男子の脚力には劣るため、隼が百奈を追い抜いた。私が呆然と立ち尽くすなか、さっきまで長い廊下の奥にいた隼たちはもうすぐ私の元まで来ようとしていた。
「結奈! 何やってるんだ!」
私の元まで来た隼が、私の手を乱暴にとり全速力で逃げる。恐怖で動けずにいた私は足がもつれてその場に倒れ込んだ。
私、死ぬのかな。
自分の情けない姿にとても腹が立った。でも、実際は違った。
「隼……」
鬼の標的は隼に追い抜かれた百奈になっていた。隼と百奈は同じバスケ部で、そこそこ仲も良かっただろう。少なくとも私は百奈のこと好んでいないが。
「百奈!」
その時にはもう遅かった。鬼に追いつかれた百奈は後ろから倒され、刃物で八つ裂きにされた。
「結奈、早く逃げるぞ!」
隼の声にハッと目覚めた私は起き上がり、すくんだ足を必死に動かした。いくら百奈を好んでいなかったとはいえ、殺されるシーンを見るのは辛かった。
きっとさっきの鬼が事件の犯人なのだろう。少し長身の女性で、髪はボサボサ。服も切り裂かれたかのように破れていて、血で汚れていた。そして靴も履いていなかった。1階で私たちの部屋の前を通ったのはやっぱり鬼だったのだろう。
鬼から逃げるべく私たちは最上階まで駆け上がった。この施設は6階建てのロの字型構造、きっと屋上や中庭にも行けるのだろうが、まだ行き方は見つかっていない。取り敢えず他のメンバーにこの事実を伝えたい思いでいっぱいだった。
「隼、大丈夫?」
明らかに顔色が悪くなっていた隼はその場に座り込んだ。
「流石に廊下は危ないから、部屋入ろ?」
6階は入院患者の病室になっていた。恐らく4階から上は同じような病室が多く並んでいるだろう。階段を上がってすぐの病室に入り、息を整えた。
「結奈、俺はしばらくここで休む。他のメンバーに鬼から逃げろと伝えてくれ」
「分かった。絶対また会おうね」
さっきまで私は1人が怖かった。もちろん今も怖い。でも、今の私は違う。私はそう言い残すと部屋を飛び出した。
同じ階に鬼が居ないことを確認し、一部屋ずつ見回った。しかし、誰一人と遭遇しない。もう皆殺られたのかな、と不安になる。
「結奈?」
後ろから声をかけられた。振り向くと、恵と蒼士の姿があった。
「ねえ、今から私が言うことよく聞いて」
私は恵と蒼士に全てを話した。ここには鬼が潜んでいること。そしてさっき百奈が殺られたこと。鬼の見た目、特徴、足音。とにかく、私の知る情報全てを話した。
「やっぱりか……俺たち、結奈と隼の足音を聞いて6階に来たんだ。誰かに追われてるのかなって」
「私たちずっと4階で鍵を探していたの」
恵と蒼士は4階にいて、私たちの足音を聞いて6階に駆け上がってきた。つまり、鬼にもこの足音は恐らく聞こえている。
「早くここから逃げよう!鬼に居場所がバレているかも!」
まだ鬼の姿は確認できていないが、恐らく私たちが逃げた足音を頼りに上へ上がって来ているだろう。私たち3人は靴を脱ぎ、極力足音を立てずに1階まで戻った。幸い鬼と遭遇することはなかったが、他のメンバーに会うこともなかった。
「そういえば、結奈って隼と一緒に行動してたんじゃないの?」
恵の一言で私は青ざめた。早く6階から逃げなければ、という思いばかりで隼が6階の病室で休息をとっていることをド忘れしていた。
「6階にまだいる!」
私は隼を迎えに行くためにまた階段を駆け上がろうとしたが、恵と蒼士に阻まれた。
「今行ったら結奈も死ぬかもしれない」
2人は口を揃えて言った。
私は為す術もなく、隼を迎えに行きたい気持ちをグッと堪えて1階を探し回った。
しかし、その途中にまた叫び声が聞こえた。