第九話 凡人VS氷獄の女帝(デモ戦)
彼女の剣技は恐ろしいほど速く、美しかった。彼女は踏み込む、と同時に白銀色の軌跡が俺の首筋へと襲い掛かった。俺は咄嗟に受けに回る。リーチの長さを生かして彼女の無数の剣劇をいなす。身体の急所と上中下を的確に打ち込みにくる彼女の剣は洗練されていた。
彼女の無数の連撃を受けながら俺は打開策を考えた。純粋な剣技を見る、と言ってもそれは魔力を全く使ってはならない、という意味ではないはずだ。魔技、魔剣技の使用が許可されてなくとも、魔力の使い道はもちろんある。
魔力流。身体の中を流れる魔力の流れを呼称したものだ。身体の中心にある魔力心から広がる魔力回路。その中で流れる魔力。その操作が自由にできる者ほど、繊細な魔技や魔剣技を扱うことができるとされる。それこそが魔力コントロールなのだ。
しかし、魔力コントロールの真髄は魔技や魔剣技の微細な扱いにあるのではない。魔力支配の真なる力は、自己の身体の支配にある。魔力が大きく充てられた部分の身体能力は向上する。逆に魔力が少量しかない部分の身体能力は低くなる。魔力は一点に集中させることで身体能力を最大で三倍ほど倍加させる。
普通の闘技者ならば、そんなことは意識しない。剣を振りぬくその動作だけで、肩から腕、腕から手首、手首から剣先へと魔力は一番効率的な移動を勝手にするものなのだ。身体の移動に関してもそうで、走っているときは両足に魔力が充てられる。だから、無理に魔力流など意識せずとも、普通に戦う分には申し分ないのだ。
だが、普通以下の者ならば、そこを工夫して戦うというのが道理だ。
俺は彼女の剣が再び首筋を襲ったタイミングで右腕に充填していた魔力を完全に切った。彼女が勢いあまって倒れこむような体勢になったのを確認して、首筋を狙う剣を潜ってかわす。瞬間、左の拳に魔力を充てる。
ゴッッッッッッッッッッッッッッ!! という鈍い音が鳴る。俺の左拳は彼女の鳩尾を撃ち抜いたのだ。
「ふっ……!」
次は右足の親指に全ての魔力を集約。俺の身体はゴムで弾かれるように跳躍し、彼女を追撃する。ただ、彼女は受けに回る気はないそうで、崩した身体のバランスを調整しながら俺に剣技を打ち込んでくる。互いに一歩も引かず、鉛と鉛がぶつかりあい、火花を散らす。
俺が終わらせようと最大限の力で刀を振りぬくと、彼女もそれに合わせて打ち込む。
俺たちは衝撃で反対方向に飛ばされる。リングの枠外に飛ばないように踏ん張る。
「はぁはぁ……ははは」
正直、俺の目論見は甘かった。同世代最強の彼女だとしても、魔技が絡まない剣のみの勝負だったら圧倒できるほどの自信があった。けど、彼女はその強大な魔力を持っているにも関わらず、剣の修練を怠っていなかった。そのことが、とてつもなく嬉しかった。
「絶対に、負けねえ!」
俺は再び踏み込む。
剣の交わし合いとは、一種のコミュニケーションだ。だからこそ、相手のすばらしい剣技に応えようと思うし、そこに騙し合いが起こったりもする。
俺は彼女との剣劇に、喜びを感じていた。交わし合う剣が、その威力を切り結ぶ度に力を増していったから。
しかし、次の瞬間、俺が感じたものは喜びとは真反対に位置するものだった。
「……ぐぅっっっ!」
踏み込む足を、止めてしまった。
その領域に入り込めば、必ず殺される。その予感が、俺を過ったのだ。
すなわち、恐怖。俺が今後抱くまいと考えていたモノ。
空気には冷気が充満していた。比喩ではなく、身体の芯から冷えている。そして、その発生源は彼女だった。彼女を恐る恐る見る。彼女の吊り上がった瞳は銀色に変色し、「絶対に殺す」と告げていた。
俺が怯んだその一瞬を見逃さず、彼女は音もなく近づいた。音を置き去りにしたかのような錯覚に陥られる。刀で受けようにも、その動きを把握することもできない。一コンマで七回もの剣を打ち込まれ、半解除にしていたが、俺の身体からは鮮血が散る。
「ぐっ、ああああああああ!!!!!!」
追いつけずとも、身体を犠牲にして隙を作ることくらいできるはず。そう思って気迫で押し込もうとしたが、それすら叶わなかった。体当たりを決行した俺を前にして、彼女は俺の騎士服に指をかけると、そのまま地面に叩きつけた。
「がはっっ……!?」
空気が吐き出され、酸素が枯渇して苦しい。彼女が怖い。けど――、
今までの、俺じゃない。
何か方法があるはずだ。この力を跳ね除け、この速さに追いつく何かが……。
彼女の剣が俺の身体に突き立てられるその瞬間まで、俺は打開策を思考した。隙を伺おうと彼女を見る。その時、俺はある違和感に気づいた。
「……え?」
先刻から感じていた冷気。それは彼女の魔力だ。これは特別珍しいことではない。強い魔力を有する者が戦闘に集中した場合、無意識に内包する魔力が漏れ出してしまうという現象だ。だから、それ自体が問題なのではない。
「魔力を纏っている? 魔技を身体の中で発動しているとでも言うのか!?」
これは異常事態だ。なぜなら、魔技とは体外に放出するものであり、体内で発動させるなど聞いたことがないからだ。だが、現に彼女は身体中から白銀色に発光する魔法印を浮かばせている。
そして、それらは形となり現れた。
彼女が俺の喉元に剣先を近づける。そのたびに彼女の身体を氷の膜が覆った。そしてそれは鎧のような形を持ち始めた。
「ぐ、ぅぅぅぅううう!」
歯ぎしりをしながら耐えるが、その鎧が形になる度に彼女の威圧は強くなっている。だが勝負を投げ出すわけには、いかない!
俺には自分から試合を投げ出すという選択肢はなかった。だから、これで大けがをしようとも構わないと本気で思っていた。
しかし、俺の身動きが取れないと見えたその状況で、講師の一声が響き渡った。
「そこまで!」
彼女の動きが、ピタリと止まった。
「まあその、なんだ。私もあんなモノを見るのは初めてでな。どういう判定をしたもんか悩んだんだが、明らかに魔法印が見られたのでこの勝負、真藤一心の勝利とする」
「「「「おおおおおお!!!」」」」
模擬戦後、試合の講評において俺の勝利が決まった。俺の勝利はちょっと微妙な判定もあると思ったが、クラスの皆の反応は明るいものだった。
「やるじゃない! 冴島さんに勝つなんて!」
「う~ん、俺としては負けた気しかしないんだけど」
「それでも勝利は勝利よ! 誇りなさい!」
中でも一番興奮していたのは花ちゃんだった。自分のことのように喜ぶ彼女に動揺したが、そんな彼女を見て嬉しくないこともなかった。
「おいおい、授業はまだ終わってないぞ。では今から基本的な授業の流れについて説明する。お前ら席につけい」
ガイダンスほぼしない流れだったじゃん、という不満を感じ取ったのか、早口講師は早口に講義を始めた。俺たちは黙って席について先生の話に耳を傾けた。