第七話 二つの再会とサプライズ!?
「ねぇ……あなた」
「は、はい? ……て、ええ!?」
個性的な面々からすると、逆に個性的なほど真面目に着こなされた制服。自然的な赤の髪。透き通るような赤は、それが人工的なものではないとすぐに分かった。すらっとした体型は競技に向ける紳士さが伝わってくる。
そして、この極々珍しい髪色と、貴族然とした雰囲気を、俺はよく知っていた。
「花ちゃん!? 嘘! なんで闘王に!」
「やっぱり! あなた真藤君ね! なっつかしいわ!」
ぐいっと近づかれて控えめな香水の匂いにドキリとする。ただお互い興奮は抑えられないようだ。
「いやそれにしても何年ぶりだろ。すっげえ今嬉しい!」
「そんなの私もに決まってるじゃない! ……正直あなたは競技止めてると思ったから……、本当に嬉しいわ。あなたを目標にしてきたもの」
心臓の鼓動が止まらない。こんなことってあるのだろうか。
灯里花子。俺がジュニア時代に所属していたクラブ《流星》に所属していた選手。全国大会に常に進出している超がつくほどの優秀選手だ。去年も関西大会で優勝し、全国出場を決めている。結果は二回戦敗退だったが、相手があの《氷獄の女帝》だったことを考えると、かなりの善戦を繰り広げた。
と、ふと俺の中で不安が過った。この場にいる者の中には全国に出ていない者も、そもそも国籍が異なる者もいる。才能を監督生が見抜けば、受験さえクリアすれば入学は可能だからだ。だが、俺の落ちぶれようを知っている彼女はその限りではない。
「えっと、その、ありがとう。でも、知っての通り俺の実力なんて全然だから。俺じゃ役不足かもしれないけど、これからはライバルとして頑張ろうぜ」
「……驚いたわね」
ドキリとする。
「驚いたって、何に?」
「いえ、思った以上にあなたが昔と変わらないものだから。……そうね、事情は聴かないことにするわ。実力なんて、戦ってみれば分かるものね」
ああ、そうか。彼女は頭がいいことでも評判だった。きっと俺に気を使ってくれたのだろう。
「そうしてくれると助かる。言っとくけど、手加減なんてしないからな」
「ふふ……ますます燃えるってものよ。受けて立つわ」
俺たちは握手を交わした。自信の満ちた彼女の視線を正面から受け止める。俺の心の中に、また一つ、燃え盛る感情の火種がまかれた気がした。
彼女との再会が今日の一番の驚きだと思っていた俺の考えは、すぐに否定されることとなった。
幼き頃の友人との再会に感激していた数分後、教室に二人の人物が現れた。
一人はもちろん教員だ。担任の先生で名前はアレックスというらしい。パンフレットにも乗っていた、金髪碧眼のスレンダーな女性だった。外国の方のようだが日本語は流暢で、となりの彼女のことをしっかりと説明してくれた。
「手続きに少し手間取ってな……、この子のことは、まあお前らなら見て分かると思うが飛び級入学なんだ。これは異例のことでな……、よし、とりあえず冴島、自己紹介を頼む」
「はい、アレックス」
悠然とチョークを手にとった少女は驚くほど整った字体で名前を書いた。
「私の名前は冴島氷菓。生まれは日本ですが、一年前までロシアで生活していました。皆さんよろしくお願いします」
彼女の透き通るような声が、俺の体を上から下まで突き抜けた。
「……」
灯里花子と再会した時とは異なる驚愕が俺を支配した。いや、驚愕というよりは恐怖に近い。彼女が放つ空気だけで、俺の体は完全に凍り付いてしまった。
身長は高校生というにはあまりに小さい。小学生並みの体躯しか持ち合わせていない。髪は短くショートカットで切りそろえており、その色は雪原を思わせるほどの白。瞳は水晶のように透き通った碧眼だった。
冴島氷菓。《氷獄の女帝》の異名を持つ彼女は、昨年、中学二年生にして最強の名をほしいままにした。
圧倒的な魔力と繊細な魔技コントロール。対戦相手は逃げ場を失い、手も足も出ずに殺される。殺されるというのはもちろん一種の比喩だ。選手生命を絶つ、という残酷さの。
去年の全中で、俺はあいつと戦った。忘れもしない九州大会の三回戦。
凡人の俺でも、ある程度の立ち回りはできるものだ。敵がどれだけ強くとも、百回のうちの一回の勝利をもぎ取ろうと奔走することはできた。ただ、彼女の前では、立ち向かおうという気さえも失せた。
本能的な恐怖。巨大すぎる力には、抵抗しようとも思わないものだ。アリがライオンに挑もうとはしないだろう。震えあがった俺を、一刺しして試合は決着した。それまでは実力で負けることはあっても心は誰にも負けないという自負があった。しかし、あれは完全に心の敗北だった。あの時は、本気で心が折れたと思った。
(それでも、あの時の俺とは違う)
師匠に鍛えられた俺はある種の自信を抱いていた。
それは実力の向上という面だけではなく、心の成長の実感。今までは考える余裕もなかったことに、師匠は気づかされてくれた。俺が何故この競技を続けるのか。それに紳士に向き合った俺に、少なくとも心で負けることはないと確信できる。
「………………」
俺は明確な敵意を向けて彼女を睨んだ。俺は最強になる。そのために、彼女への勝利は必須条件に違いなかった。
「…………っ!」
自己紹介していた彼女が俺の席に急に近づいてきた。しまった。ここが闘王だからと気を抜いていたが、ほぼほぼ初対面の女性を睨めつけるなんて失礼にもほどがある。
ごめんなさい! と謝ろうと思った俺に、少女は胸倉をつかんで静かに言い放った。
「あなたには負けない」
これが、《氷獄の女帝》と俺の、二度目の出会いであった。
衝撃の再会から、しばらく経って。
「え~っと、ここかな」
地図に描いてある大きな丸の位置は、ここで間違いない。
無駄話もなく、効率的に行われたホームルームも終わり、俺はとある場所に向かっていたのだ。
「にしても、おおきいなぁ」
ほえーーっと関心しながら、木造造りの家を見る。奥には道場らしきものまで確認できた。なんと、ここは学校の敷地内にあるのである。
入学式前。師匠に指定された場所。そこは俺と師匠の生活の拠点であり、訓練場所となる所であった。この場所で日々訓練し、寝食をする。二人きりというわけではないが、あの師匠と一緒だと思うと(いけないとは思いつつも)ドキドキしてしまう。
ギルド制度。闘王学院の特殊な学則に、その存在は明記してある。それは学生間の成長を促すという名目で作られた制度だ。ギルドとは、学生複数人で作るチームのようなもので、その中で練習や寝食を共にすることでライバル意識や仲間意識を育み、成長効率を上げるというものだ。
一つの例外を除いて、学生がどのようにギルドを創るかは自由だ。一年生は最初の一か月は個室を借りられる。実際クラスの皆もギルド創立の話題をしていたし、俺も花ちゃんに誘われた。
「ごめん花ちゃん、先約があるんだ」
「……ふぅん、わかったわ」
彼女はそれ以上詮索してこなかったが、もうこれで俺が推薦入学したことは完全にバレてしまったのだろう。
ギルド創立に際し、一つだけ学生が自由を縛られるルール。それが師弟制度だ。推薦入学してきたものは監督生と合同でギルドを設立しなければならない。というのも、監督生がスカウトするのは弟子にしたいと思う者だからだ。将来を期待できる者であり、自分をより成長させる者。そう判断したからこそ、師弟制度によるスカウトを行うのだ。
よって、俺は師匠である奈良坂九一と同居することが決定している。
「しかし……ぐぬぬ」
ギルドは最低三人から創立される。つまりあと最低でも、もう一人メンバーが参加するというわけだ。
そいつが超絶さわやかイケメンだったらどうしよう。いや、もちろん師匠が顔で人員を決めるような人ではないと信頼しているが、もしそうだったなら俺の胃がもたない。というか師匠が選ぶということは実力も相当というわけで。それがイケイケだったら……。
「ん?」
俺がこれからの住処を雑念マシマシで眺めていると、そこに見知った顔の人物が現れた。そいつはただただ無表情に俺の横に並んだ。
「ど、どうも?」
「…………」
白髪で小さな背丈の少女、冴島氷菓。自己紹介のときも思ったが、彼女の表情は読めない。それでいて、今は無言だった。
こういう場合、何か無理にでも話かけるべきなのだろうか。俺はさんざん悩んだ挙句、競技について語り合おうとした。
「なぁ、冴島……」
と、俺が口を開こうとした瞬間、聞きなじみのある明るい声が聞こえてきた。
「やぁやぁ諸君、もう仲は進展したのかな?」
床につかんとするほどの黒の長髪。夜空のような彼女は夕焼けにいきなり現れた。
「師匠、えっと、なんか薄々予想はできてるんですけど、その、もう一人のギルドメンバーというのは……」
「もちろん、ここにいらっしゃる冴島君だ」
「やっぱり。というか何でそんな重要なことを教えてくれないんですか!」
「良いサプライズになっただろう?」
「師匠は俺の胃を潰す気ですか」
ふふん、と師匠は笑いながらキャリーバッグを引きずって門を開けた。冴島は師匠の横に並んだ。
「お姉様、荷物をお持ちします」
ナチュラルな動作で俺のように師匠のバッグを持った冴島。それにしても、
「はぁ? おねえ、さまぁ?」
二人の関係にますます謎を深める俺を置いて、二人はどんどんと歩を進めていった。
「さあさあ、君も早く中に入りたまえ」
俺は「はぁ」と溜息を吐きつつも、幼い頃とは性格も大きく変わってしまったであろう師匠に新鮮さを覚えつつ歩みを進めた。……冴島に怯えながら。