第六話 新天地に乗り込む!
闘王学院の入学式は盛大に行われることで有名である。
どのくらい盛大かと言われれば、「こんなことに金使うくらいだったら学費安くしろ」とクレームが来るくらいだ。俺は先輩にその話を聞いたとき冗談だと思って聞き流していたが、すぐにそれが嘘偽りないことを理解させられることとなった。
「ええ……」
新入生入場、という声にならって開催場所へと入った俺がまず驚いたのは、その広さだ。外観から予測はしていたが、広大な面積と天井の高さに驚かされた。
開催場所は第七闘技場と呼ばれるドーム状のものだった。闘王学院は十個もの闘技場を抱えており、ここはその七番目にできたというわけだ。大きさで言えば、このドームが一番大きいと聞いている。そのため、式典やら、大会の決勝などは、この会場が多く使われるとのことだ。
ぐるりと見渡すと、人、人、人。先輩方や、あれは付属の中学生だろうか。違う色の制服を着た集団も見えた。これが全体の入学式なら分かるが、学科別に分けられているというのだから驚きだ。つまり、ここにいるのは魔剣闘技科の人間だけというわけだ。
「おえ……」
人慣れしていない俺は、すぐにその数に酔ってしまった。俺は頭を振り、なんとか意識を持たせる。式はいつ始まるのだろうか。待っていると、檀上に悠然と登る男が見えた。
「……?」
その男の恰好はとても先生、とは思えなかった。黒の革ジャンに革靴。ギターを構えている。マイクを持った彼は、テストテスト……と小声を出したあと、ふっと正面を見た。
「お前らぁぁぁぁぁぁあああああ! 盛り上がる準備は出来てるかぁぁぁああ!!!」
「「「ウェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエイイイ!!!!」」」
男がギターを構えた瞬間。幕は上がり、幕の後ろで準備していたベース・ドラム・キーボード担当の方々が姿を現した。ダンダンとロックなミュージックが始まると同時に、ドームの天井が開かれ、数千発の花火が上がった。
「なんじゃ……これ……」
あまりに壮大、というか変態な入学式に、俺の脳の処理は追いつかなかった。
その後、入学式はつつがなく行われた。
天井は再び閉じ、カリキュラムはごく普通にこなされていった。
ただ、最後だけは、普通の入学式とは異なっていた。
「それでは特別ゲストの入場です!」
その声と共に檀上に上がってきたのは、長い黒髪を靡かせた師匠だった。
「………………」
盛り上がる周囲を尻目に、俺はゴクリと息を呑んで彼女に注目していた。
師匠は在校生にして、すでに海外のリーグにも参加している歴としたプロの闘技者だ。学院に顔を出すことも少ない。師匠に話を聞いたところ、高校最後の一年となる今年は、一次休業するみたいだ。
「……こんにちは。えっと、特別ゲストなどと言われているが、私はここの生徒の奈良坂九一だ。今日はこの場で話をさせてもらえることを光栄に思う」
学院内での師匠の人気もさすがのようで、女子生徒から黄色い歓声が起こっている。
師匠を見て、俺は笑ってしまった。まだ二十歳にもなっていないはずなのに、その落ち着きようはどこからくるのだろうか。一切の緊張を見せないその堂々とした態度に老人ではないかとさえ感じる。
「演説をするようにお願いされているが、最初に一つ、私から君たちに質問させていただこう」
冷ややかな目のまま、彼女は問うた。
「君たちは、何をしにここへ来た?」
シンと会場は静まりかえった。厳しい彼女の視線にあたふたしている生徒の様子も見える。
「私は去年一年間、海外のリーグで戦っていたのだが、あそこは刺激的だった。常に最強をめざす連中で溢れていた。比べてここは……、君たちに言っては悪いが、正直生温いな。一年の私が学生代表になったことがそのなによりの証拠だ。別に君たちのことを怠け者と言っているわけではないが……目標があまりにも低くはないか?」
会場は彼女の発言にざわざわとした雰囲気に包まれた。どうすればいいか分からない新入生は慌てていたが、上級生は皆目をギラつかせている。
当然だ。なんせここは名門、闘王学院なのだから。
皆当たり前のようにプロを目指している。その目標のために日々研鑽を重ねている。それなのに、それを否定するようなことを言われれば怒りの感情がわくのも必然だ。
「……ふむ。まだ怒るほどのプライドくらいは残っていたか」
何で一々煽るんだよ師匠!
俺は冷めきった会場の雰囲気を肌で感じ、心の中で叫んだ。いかに人気者といっても、これでは生徒全員の敵となってしまう。
しかし、師匠はそんな俺の心配は気にも留めない様子で、言葉を続けた。
「最強を目指せ」
ひとこと。たった一言で会場全体の色が、また変わった。冷たい白から、熱を帯びた赤へ。
「プロになりたい? 海外リーグに行きたい? そんなもんだから、生温い。生温いんだよ」
会長は固定されたマイクを手に取ると、目を見開いた。
「思い出せ、競技を始めた頃のことを。君たちは頂点を目指したはずだ。少なくともそうでない者は、ここにはいないのだろう」
「最強を目指せ。傷の舐め合いは必要ない。甘い友情もいらない。我々に必要なのは、頂点を目指す好敵手だ」
「最強を目指せ。想像を怠るな。表彰式で負けた連中を見下ろし、金のメダルを首にかける自分の姿を夢想しろ」
「最強を目指せ。頂点を賭けた戦場で、君たちと戦うことを私は望む」
――――以上だ。
それだけ告げた彼女が去ると、再び会場はざわつきを取り戻した。司会進行の者が慌てる様子が見て取れる。
「…………」
俺は違和感を覚えて両の手のひらを見た。それらは固く硬く握られていた。
ここで、この新たな場所で、俺は、最強を目指すんだ!
師匠との集合はイベントをすべて消化してからという約束だ。といっても、入学式後のイベントはクラスでのガイダンスだけだ。先生の紹介やら自己紹介やら、きっとその程度で終わるのだろう。
「おっ……ここかな」
闘王学院の校舎は迷宮と称されるほどに、広い。加えて俺は方向音痴で地図が苦手ときたものでクラスの教室を見つけるのも一苦労だった。
自分の席を確認し、ガラガラとドアを開けて教室に入る。席に着くと話が聞こえてくる。皆初対面ということもあったが、魔剣闘技という共通の話題があるためか、話は盛り上がっているようだった。
いや、特に話題になっているのはやはり、入学式での彼女の演説だ。
受け取り方はそれぞれ異なっていたみたいだが、話の話題としてはこれ以上のものはなかった。
……にしても。
この学校の校風は自由・自己責任だ。ゆえに服装や髪形なども自由。制服の着用も自由だ。ただ、この制服は騎士服としても機能しているので、試合があるときや実技では着用が義務付けられている。とはいっても、学生に強いられたルールはそれくらいだ。入学式ということもあり、皆制服を着ているがそれ以外は非常に個性的だ。
髪の毛を逆立ちさせたかのように立たせた者、赤、緑、青……明らかに髪の毛を染めた者、スカートをすでにぶつ切りにしてミニスカートへと進化させた者。十人十色の個性で溢れている。
まあ、髪の色に関して言えば、主属性による変色があるので一概には言えない。とはいっても、あの色の付き方は明らかに染めているが……。
明らかに人工的な着色に俺は辟易としていると、後ろから声を掛けられた。
「ねぇ……あなた」
振り返って、呼びかけられた人物と向かい合う。
彼女は、俺のよく知った人物であった。