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第五話 燃え上がる熱・旅立ちの日


 そろそろ鬱陶しくなってきた黒髪を弄りながら、私――奈良坂九一は、にやけ面を止めることができなかった。

彼が出て行ってから、私は魔剣を鍛つ不愛想な男に話しかけた。


「よく、許してくださいましたね。私はもっと抵抗なさるかと思いましたよ」

「仕事中に話しかけるとは、とんだ世界ランカー様がいたもんだ」

「ふふ、それをあなたに言ってもらえることが、何よりも光栄ですよ」


 男からの返事はない。私は立ち上がり、扉に手をかけていじらしく話を続けた。


「雷竜の侍、真藤龍雅。魔力量が少ないながら、闘王学院一年生にして世界ランカーを倒した伝説の男。私は、代表戦決勝の舞台で、あなたが最後に放ったあの技に憧れているんですよ」


 ドアを閉めり切る直前、小さな声で、しかし、はっきりと私の耳には入ってきた。


「いくら伝説をつくろうが……、競技を続けられないなら、なんの意味もないだろう」


 真藤龍雅。

 豊富な魔力と、並々ならぬ鍛錬により磨かれた技術で他者を寄せ付けなかった伝説の闘技者。魔剣闘技という競技に新たな可能性を見出した男。

 しかし、魔力を流すための神経系に障害を持ち、競技の道から外れることとなる。行方を眩ませたため、彼の選手だったころの活躍を知っている者はごく一部というわけだ。


「私は……、あなたをも超える。超えてみせる」


 夜風に当たりながら、次に思い浮かべたのは彼の言葉だった。


 ――――最強になりたい。

 

「真藤君、君には「夢が叶う」なんてことを言ったけどね。少し間違いがあるんだ」


 私は走り出して見えなくなった彼の背中を瞼の裏に写して、拳を握って呟いた。



「最強になるのは……、この私だ」


 最愛の彼を見るたび、私の中の熱が再燃するのを止められない。

 止められる、わけがない。


     ◇


 あれから、過ぎる時間は刹那のようだった。


 夏が過ぎ、秋となり、冬が終わる。俺は日々、師匠の考案する練習メニューを放課後にこなしていた。彼女の練習メニューはほとんどが魔力循環と瞬発力の強化だった。つまりは基礎の基礎だ。彼女のメニューは確かにきついものであったが、体を壊さないように組まれていた。彼女による食事管理も徹底されており、睡眠ももちろんしっかり取らされた。体調は日に日によくなっていった。


 勉強に関しては、練習後、彼女に入学前の予習ということで様々な知識を叩きこまれた。何がすごいかって? 彼女は母校に連絡を取ると、教室をまるまる借り、授業をし始めたのだ。

自分にはよく分からないけれど、俺は彼女に相当期待されているらしい。新戦術に関しては入学後という約束だったが、彼女との訓練で実力が日に日に増しているのが体感できた。

 ある種の共鳴効果なのかもしれない。最強と名高い彼女の近くにいることで、俺もしっかりと影響を受けているというわけだ。


 早朝練習のラストスパート。裏山を駆け登り、その頂上につく。魔力を纏いながら全力疾走していたおかげでバクバクと何度も心臓と肺が膨らむ。


「真藤君、ほら、見てごらん」


 体力オバケの彼女は先に登頂していたらしく、きつそうにしていた俺に優しく呼びかけた。俺は彼女が指さす方向を向いて、息を呑んだ。


「夜明けだ」

「――あ、ああ……」


 故郷の町が一望できるその場所で、朝日が少しだけ顔を出していた。









 家に帰ると、そこには誰もいなかった。

 俺は居間に入ると、仏壇に手を合わせた。


「母さん、いってきます」


 彼女がいる傍ら、口ではそれだけしか言わなかったけれど心の中で誓いを立てた。



 ――必ず、夢を叶えるから。そのために、必死に頑張るから。



 ジュニア時代のころも、スランプに陥っていたときも俺を影から支えてくれた母。母さんは俺が中学校に入学した頃に交通事故で亡くなった。それからは父が一人で俺を養ってきた。


 父は旅立ちの前日、明日は材料の調達があるから見送りには行けないと言ってきた。詭弁だとは分かっていたが、そんな言い訳がどうにも親父らしくて俺は笑いを堪えるのに必死だった。


 俺は家を後にすると、師匠と一緒にバスに乗り込んだ。それから五分もせずに目的地である停泊所に着いた。天狗島には観光に来る人も多いので毎日ここからも船が出ている。新幹線や飛行機を扱うよりも、ここの船を使った方が断然安いのでそうすることにしたのだ。


 船に乗ってしばらくすると、ゆらゆらと動き出した。俺はしばらくぼうっと故郷を眺めていると、そこに意外な人物が走りこんできたことに驚きを隠しえなかった。


「……………………」


 親父は何を言うでもなく、ただ黙って俺を見上げていた。やがてバツが悪くなったのか顔を反らした。


「……はは」


 俺は涙を流すわけではなく、親父と同じように顔を反らした。

 不器用な俺たち親子に、言葉は必要なかった。


 ――行ってこい。

 ――行ってきます。






 心の中でそう交わして、俺は十五年という月日を過ごした故郷を旅立った。


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