第二十一話 流れ落ちる星、満開の花
目を覚ましたのは、日も沈んだ夜だった。外傷の少なかった俺は回復ポッドに一時間入れられた後、会場に設置されていた医務室で横になっていたらしい。
見舞いに来た師匠と冴島に礼を言いつつ、二人には帰ってもらった。師匠は相も変わらず俺のことを心配してくれていたが、二人とも翌日には試合なのだ。体を休ませておくのが得策だろう。
医務室には栄養に気をつかった、いかにもな食事が運ばれてきた。試合後の空いた腹が満たされることはなく、夜中になっても寝付けなかったので、少し外に出ることにした。
絶対安静と言いつけられてある。バレてしまわないようにそっとそっと窓から外に出た。隣の部屋には花ちゃんもいるという。彼女を起こしてしまわないようにも慎重を期した。
星の綺麗な夜だった。夜中の学校は、ここから距離があるとはいえ、ギルドハウスなんかがあることを考えたら驚くほど静かだった。まるで自分以外が校内にいないかのように感ぜられた。
医務室から歩いてすぐの所に芝生広場があった。昼間、学食なんかを利用しない生徒は、ここでお弁当や購買でかったものを食べて過ごすという。
芝生の上に腰をかけてみた。夜風が頬を撫でる。熱気立つ昼間とは対照的に、夜の風は涼しかった。木々が揺れるその音に安心感を覚える。心地いい。
空を見上げた。あまりにも綺麗な星空だったのでケータイを取りだそうとしてバッグに入れたままだったことに気づいた。取りに行くのも憚れたので、しばらくそのままボーっとしていると足音が聞こえた。見回りの人だったなら事情を説明して謝ろう。そう思って振り返ったそこには、彼女が立っていた。
「花ちゃん、起きてたんだ」
「ええ、夕方には目が覚めたわ」
自然な流れで隣に座る彼女。
赤い髪は、夜中の学校のわずかなライトに照らされて、深い色のルビーのようだった。
「星が綺麗だね」
「ええ、そうね」
会話がどうにもぎこちない。ついさっき死闘を繰り広げた者同士だ。当然と言われれば当然である。それでも、彼女といることは苦ではなく、こうして隣に座って星を眺めているだけで、温かいものを感じた。
「こうしていると、昔を思い出すわ。覚えてる? ジュニアで合宿した日の夜、あなたと二人で、こんな風に星を見てた」
不意に彼女は語り出した。その言葉に俺は頷く。思い出せる。何もかもが輝いて見えたあの頃、練習に暮れたあの頃。いつだったか、合宿かどうかは分からないが、彼女とは並んで星を見ていた。
「あの時、あなたが言ったことに、私は救われたの」
「え? そんなことあったっけ?」
「ふふ、あなたにとっては本当になんでもないことだったと思うわ。それでも、あのときのあなたがいたから、私は今、ここに立てている」
そう言いながら、彼女は笑う。試合のときの獣のような笑みではなく、
子供のような無邪気な微笑みだった。
「あなたはまだ知らないとおもうけど、私の固有能力ってね、最初は本当に使い物にならないやつだったんだ。能力は《急速成長》。医者からは危険だからって人体にそれを施すことを禁止されていたし、剣にもやってみたけど、成長というより時間経過したみたいになってすぐに錆びちゃった。試合では使い物にならなかったから、私は普通に戦ってた」
よくある話だ。魔剣の持つ固有能力とは、当人の特性を能力という形で具現したものだ。それが戦闘向きでないのは仕方のないことだ。
「あのときの私は……、大事なときに、いつも勝てなかった。あと一勝すれば、ここで勝てばって場面で、いつも負けてたわ。だから必死に練習した。弱点を徹底的に潰して、強味をさらに伸ばせるように、魔技を日々研究した。確実に強くなってた。皆より速く。でも、やっぱりここ一番では勝てなかった。だんだん嫌になって、競技もやめようかな、なんて思ってた」
その話は、実に彼女らしいと思った。彼女は努力家だ。いや、この学校に通うような連中はそりゃ誰だって努力してるかもしれないが、彼女のそれは大半の彼らよりも優れていることを、幼馴染の俺は知っていた。完璧主義で、それでいて抱え込みやすい。それゆえに、幼少の彼女の悩みは、実に現実味があった。
「これが最後の合宿、そう思ってた。そんなとき、あなたが言ったの。魔剣闘技はすっごい面白い。たっくさんの楽しいで満ちてるって。私は、そんなのウソだって言って、泣いてた。でも、次の日の試合で、あなたは実戦してみせた。おもちゃで遊ぶように魔技を組み合わせたり、マニュアルにないような型で剣を振ってみたり。それで勝っちゃうんだもん、嫉妬も、憧れも、するよ」
嫉妬、憧れ。それはかつて、俺が彼女に告白した感情だ。
それを彼女がもっていたことに、驚きよりも、喜びを覚えた。
夜風は変わらずに吹き続けている。彼女の髪を揺らしている。二人で夜空を見上げている。彼女が今、どんな表情をしているのか、俺には分からない。
「あ…………」
彼女が不意に、指をさす。その方向を注視する。
そこには、幾筋もの流れ星が流れて、夜空に軌跡を描いていた。
「ふふ、本当に、あのときみたい」
彼女は今、笑っているのだろうか、泣いているのだろうか。口調では分からない。
「ねえ、花ちゃん」
「ん?」
その表情を伺うことは憚れた。
でも、それでも、その顔を見て、彼女には伝えるべき言葉があるような気がした。
「これから、さ。きっと何度も俺たちは戦うと思う。その度に、尊敬も憧れも、嫉妬だって、たくさんすると思う。そしてその度に、俺たちはもっと強くなれる」
視線を彼女に移した。告げるべき言葉を、伝えるために。
「だから、さ。そんなことを何度も繰り返して、何度も高め合って、そして、一緒にプロになろうよ。そしてたぶん、そこでも同じようなことをするんだ。花ちゃんとなら、出来る気がするんだ。そうやって、ずっとお互いを高め合っていこう」
俺は自分の拳を彼女の前に差し出した。
彼女は、笑っているような、泣いているような、そんな表情をしていた。まるで全てが報われたときのような、喜びながら泣いているような、そんな表情をしていた。
「ええ! もちろん!」
花が開くように、彼女は満面の笑みを浮かべると、俺の拳に自分の拳を重ねた。
むず痒いような恥ずかしい気持ちになったが、その場をすぐに離れることはできなかった。




