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第二話 あの人と同じ場所にたどり着く、その日まで。たとえ血反吐を吐こうとも。

 

 結局その後もしばらく練習は続いた。


 いつもの訓練と日中の練習ができないので追加でいくつか練習メニューをこなし、三時間ほどで終えた。家に帰ってから親父の動向も気になったが、シャワーを浴びらずにはいられなかった。

 ぐるぐるする視界で、頭を抱えながら階段を上がる。

「くっそ、頭痛ぇ……」

 ベッドの上で仰向けになると、言いようもない快楽が俺を包んだ。

 布に吸い込まれていくような感覚の中、俺は泥のように深く眠った。




 東栄中学校は公立のどこにでもある普通の中学校だ。運動部が盛んといえば盛んだが、全国大会に行くほど強豪の運動部はない。俺は学校に続く長い坂道をふらつきながら上がっていった。腹を一杯にしたときの車酔いの感じと似ていて、実態の分からぬ気持ち悪さが、俺の胸の中を満たしていた。


「よう真藤! お疲れのようだな。まあ大会の後だから仕方ないか」

「………………ああ、佐々木か。まあな、受験もあるし」


 こいつは一年の頃に同じクラスだった同じ部活動の佐々木。うちの部活で副部長をしていた。ノリがいいお調子者。仲間想いのところがあるから部長の俺なんかよりもずっと慕われていた。

 ……本当に、なんで俺が部長だったのか、今でもよく分かっていない。


「げっ、てかお前もう受験勉強始めたのか? 昨日の、今日で?? 俺まだ手つけてもないぞ」

「それはまじでヤバいと思うぞ。大会長引いた分、俺たちそんなに時間もないだろ」

「うぐっっ、現実押し付けてくんのやめろよぉ……。ま、まあそんなに高望みはしてないし俺は何とかなる、はず! んで、お前は志望校どうしたんだよ」

「俺……、俺は、闘王だ」

「な、なるほどなぁ。そりゃ勉強しなきゃだなぁ……、あ、でもお前の実力なら推薦もくるんじゃないか?」

「まだ来てないようなものを期待するのは駄目だろうし、あの程度の成績じゃ正直厳しい。まあ俺の魔力量なら闘王の監督生くらいなら「素質なし」と気付くだろうから希望は薄い」

「まじかよ。やっぱ厳しいんだな」


 その後、一言二言交わし、俺たちは一緒の教室へと向かった。クラスに着くと大会のことを仲の良い数人に聞かれた程度で何も変わらない日常を送った。頭がくらくらしたが、授業中寝るわけにもいかないので、唇を噛みながら必死で耐えた。人は慣れるものだ。自主練を始めたころもそうだった。だから俺は自主練、受験勉強を習慣化しようと試みた。大丈夫、大丈夫だ。人はそんな簡単に死にやしない。大丈夫大丈夫。





 慣れればなんとかなる。その俺の甘い考えは五日も経たずに打ち砕かれることになった。


「おい真藤……おい!」

「は、はいぃぃい!!」


 うっわすごい裏声で変な声でた、と思ったら授業中だった。しかも歴史の田中。部活の顧問だった先生だ。それも怖いことで「東栄の鬼親父」として有名の……。


「お前なあ。大会終わってたるんどるんじゃないのか? そんなんでええんか!?」

「すみませんでしたっ!」


 俺は机に頭を打ち付ける勢いで腰を曲げると自分の頬に一発ビンタをかまして座った。教室中から静かな笑いが起こったが田中はそれ以上追及してこなかった。魔剣闘技部の部員が寝たときの、いわばお決まり事のようなものなのでこれで良いのだ。


 俺は瞼の上から眼球を押しつぶすがごとくの勢いをもって指でぐりぐりとする。気合を入れ直す。

 このままでは駄目なのだ。でも、自主練も受験勉強も途中で投げ出すわけにはいかない。


 ――――凡人の俺は、全部に全力じゃなきゃダメなんだ。


 結局、俺は翌日から栄養剤に頼る生活を送り始めた。








「はっ、はっ………………うええぇぇぇええええええええ!!!」


 胃の中に入っていたブツをビニール袋に吐き出す。打ち付ける雨が追い打ちのように体力を奪っていく。


 あれから一か月が経った。

 授業には香水とコットンに目薬、洗濯ばさみを持ち込み睡眠を維持でも絶った。毎日のように栄養剤を飲み、それでなんとか持ちこたえた。勉強も自主練も習慣化した。だが、自主練中の嘔吐まで習慣化するとは予期していなかった。今ではビニール袋が俺の訓練の相棒だ。


 ぺっ、ぺっ、と何度か唾を吐いて深夜の公園の中心に立つ。誰もいない静かな空間。俺はそこで抜刀し、仮想敵を創り出す。


 イメージするのは、いつも練習相手だった佐々木ではない。ましてや大会で俺を破った氷の中二女子でもない。


 ――――俺がイメージするのは……いつだって。


 まだ魔剣闘技のことを知らなかったほど子供だった頃。小学校に通い始めたばかりの頃。

 大きな舞台の上で立つあの子を遠目で見ていた。

 あの子は二歳年上で、夜空のような神秘的な黒の髪を足元まで伸ばしていた。目は青く透き通っていた。 不思議な女の子だと思った。

 華奢なその体とは対照的に、持っていたのは大剣。銀の鉄が陽光を反射し輝いている。

 少女はそれを軽々と右手で扱っていた。恐ろしい速度、地面を抉るほどの威力。一瞬で俺の心は奪われた。

 俺は彼女に話しかけて、師匠になってもらうように頼み込んだのだ。


 瞼を閉じれば思い浮かぶ。その小さな背中に宿した、確かな力の結晶を。


 現役でも大活躍な彼女の活躍はネットでも見れる。

 だから、現在の体形に合わせてシュミレーションもできる。それほどに彼女のことを追い続けていた。



 不敵な笑みを浮かべる彼女が俺の前に立ちふさがる。実体はない、単なる想像の中でも彼女は異様な威圧を放っている。緊張で汗が滲む。空想の彼女の視線を追いかけ、動きを予測シュミレートする。

 大剣なのに、俺よりも剣速の早い彼女。その怒涛の連撃を交わし、致命傷にならぬよう、必要最低限の動きで対処する。俺と彼女の魔剣がぶつかり合い、火花を散らす。俺はわざと大きく動き、彼女を誘い出す。好戦的な彼女は、確実に誘いに乗ってくる。俺は隙をついて――――、



「そこだっっ!!」


 俺は体中の魔力を右の指に集約させ、彼女を斬る。反応に遅れた彼女を追撃し、十四手で俺が勝……、


「あっ………………」


 俺の意識はケーブルを引っこ抜かれたかのように、一瞬で消えてしまった。


「………………くそっっ」


 溜まった疲労は、もう限界にきていた。雨で濡れ、泥になった公園の地面に倒れこんだ。


















「久しぶりだね。真藤君」




 意識が途切れる直前、視界にはありえない光景が広がっていた。

 しかし、それが想像の産物か現実のものなのか、判断がつかなかった俺はそのまま瞼を閉じたのだった。


今日はあと一話、23:00前後に投稿します!

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