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第十三話 嫉妬を抱えて、憧れて、だからこそ


 自分の修練場を出て、ぐぐっと背伸びをする。一つ一つの筋肉をほぐす。別に中でやっても良いのだが、少し外の空気を吸いたかった。


 彼女は、もう帰ったのだろうか。


 彼女を急いで運んできたのは、ケガのこともあったけれど、その表情を見てしまったからだ。何かに追い込まれているような、そんな顔。肩を貸したときも、軽いケガのはずなのに、すごく気だるそうだった。

もう彼女たちと別れてからしばらくたっていて、日の色も変わっていた。二人の話はとっくに終わっているかなと思っていると、師匠の修練場の方から出ていく花ちゃんの姿を見た。


「花ちゃん!」


 びっくりしたような表情を見せる花ちゃん。心なしか赤面しているように見えたので、何があったのかを聞くと、なんでもない! との一点張りなので諦めた。


「それは……?」

「あ、えっと、これは練習メニューよ。奈良坂さんが書いてくれたの」

「ああ、やっぱり」

「やっぱり?」

「ケガの手当てもあるけど、花ちゃん、身体の負担が大きいみたいだったから。実は師匠のとこに連れて行ったのも、それが目的だったりするんだよね」


 ははは、と笑いながら応えた。気恥ずかしくてあまり彼女の顔を直視できなかった。しかし、彼女の反応は意外なものだった。


「私って、そんなに頼りないかなあ」


 ぼそっと小声で囁いていたが、俺の耳にはしっかりと届いていた。


「…………」


 今まで考えたこともなかったけれど。


 彼女にとって、俺に気を使われることは侮辱になるのかもしれない。彼女はもう、ただの幼馴染などではなく、一人の闘技者なのだ。彼女にだって選手としてのプライドがあるのだろう。それなのに、俺や師匠が無神経に手を差し伸べたことは間違いだったのかもしれない。

 俺が黙っていると、彼女は横を通りすぎながら謝った。


「困らせるようなこと言って、ごめんなさい。正直助かったわ」


 彼女が離れていく。俺は言葉を探す。こんなとき、何と声を掛けるのが正解なんだろう。

 俺は確かに彼女のことが心配になった。大切な友人で、大切な幼馴染の彼女が倒れていたら、助けてあげたいと思うことはごく普通のことではないか。俺は人として当たり前のことをしたんだ。ただ、それだけ……。



 本当にそうか?



「どう、したの?」


 俺はハッとした。気付いたら俺は彼女の肩を掴んでいたのだ。


「同情なら、いらないわよそんなもの。私は、そんなものがなくたって戦えるから」

「違う!」


 反射的に、俺は応えていた。違う。同情なんかじゃない。俺はそんなもののために、彼女が心配になったのではない。


「だったら、どうして私を助けたの?」

「俺は……」


 俺は言葉を続けようとして、俺の心の内側を見た。そこにある感情は、同情や好意なんて綺麗なものじゃなかった。もちろん、全国出場常連の彼女に、憧れや尊敬の念はある。幼馴染で女の子の彼女に、好意的な感情も少なからずある。

 でも、俺の中を占めているのはそんな白い感情を塗りつぶすほどの黒い感情だ。


「俺は、君に嫉妬してるんだ」

「嫉妬……?」


「君は…………、才能に恵まれてる。そして、努力も欠かさなかった。何度も何度も花ちゃんの試合を見たよ。そして、その度に俺は嫉妬してた。『本当だったら俺が』なんてことばかり考えてた。でも、しばらくするとまた考えは変わってた。『俺にもし才能があっても、勝てないかもしれない』。そう思い始めたのは、中二の頃からだったかな。だって、君の戦いぶりって、本当に俺の苦手なとこばっかり突いてくるし、俺がどんな風に動いても完全に支配しちゃうように見えてしまうんだ。君に憧れたし、君に嫉妬した。ジュニアの頃は一回も負けたこともなかったのにね」


 俺の発する言葉は論理的だろうか。彼女に言いたいことは伝わるだろうか。

 俯きがちな彼女に、かがんで目線を合わせて続ける。


「だから、さ、君みたいな最高の闘技者が、ケガや体調不良で試合のときに実力がだせないなんて、そんなの、俺はムカついて仕方がないんだ。それに……」


 昔から抱いていた嫉妬。それだけじゃない、今、俺の胸の中にあるモノは。


「今は、君と闘えるんだ。夏の代表戦、公式戦の舞台で、君と剣を交えられる。もう、頭の中で紋々と考えるだけじゃなくていいんだ。俺は、君と、戦える」


 憧れた幼馴染の彼女と、嫉妬した闘技者の彼女。そんな彼女と、大勢の観客の前で戦える。お祭り騒ぎの、最高の舞台で。


「それなのに、君がケガでもして戦えませんってなったら、俺が困るんだ。ずっとずっと、君と競い合いたいと思っていたんだから」


 全部伝えて。

 彼女はというと、顔を上げようとはしなかった。数秒間無言だった彼女は、おもむろに俺に背を向けて歩き出す。


「私も、同じだから」

「え?」

「私も、全力のあなたと戦いたいって、八年も前から想ってるんだから。私を失望させないでよね」


 彼女の歩みは早くなり、その背中はすぐに遠くなった。

 俺は最後、彼女が震えながら語った言葉に苦笑した。

やっぱり彼女と俺は似ているな、そんなことを思いながら俺は修練場に戻っていった。






        ◇





 彼の本心を聞き終えて、私は何も考えることもできずに、そそくさと帰ってしまった。彼の表情は見えなかった。というより、彼に私の顔を見せるわけにはいかなかった。

 嬉しいという気持ちと、むしゃくしゃする気持ちが溢れてきて、両の目からは涙が流れていた。ずっとずっと、彼に伝えたかった想い。それを、彼が言ってくれたようなものだったから。けれど、彼は私のことを共に戦う闘技者として見てくれている。だから、この涙を見せるわけにはいかなかったのだ。

 彼の本心を聞いて、彼の抱える黒い感情を聞いて、それでも私の中の彼への憧れが無くなるなんてことはなかった。むしろ、好きっていう感情は増すばかりだった。

 自分の部屋に入って、それからすぐにベッドに倒れこんだ。枕をぎゅっと抱いて、それに顔を埋める。


「私、は……」


 彼のことが好きだ。好きで好きで好きで、負けたくない。

 いろいろ考え込んだけど、私の中にある想いは、これなんだ。

 頭の中で、妄想の中で彼と競う必要は、もうない。彼と戦いたい。現実の彼と競い合いたい。

 でも、結果が出ればどうなってしまうのだろう。私が勝ったら、私が負けたら、この感情は変わってしまうのだろうか。


 今は分からない。きっと、その時が来なければ分からないことなのだろう。今、私ができることは、彼と最高の戦いをするために、最上の準備をすることだ。


 これほど、疲れ切った自分の身体をじれったいと思うことはない。早く、早く、回復してほしい。いますぐ剣を握って振り回したい欲望を必死で抑える。


 今、私にできることは、さっさとシャワーを浴びて、夕食を取って、寝ることだ。


「あ、あぁっ!! うぅぅううう!!!」


 でも、今は、もう少しだけ、枕に顔を埋めたい気持ちに駆られてしまった。



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