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第一話 あの日見た夢を、俺はまだ握りしめている

 

 最強になりたい。


 あの人みたいな、皆のヒーローになりたい。

 小さい頃の俺の夢はこれだった。

 必死になって努力した。剣を極め、魔技(アーツ)を極めた。あこがれの人はいつも俺の傍にいて見守ってくれた。

 小さい頃の俺は間違いなく最強だった。敵なんていなかった。


 全国ジュニア選手権優勝、真藤一心。


「………………」


 そう書かれたトロフィーを俺は棚の奥の奥に押し込む。過去の栄光にいつまで執着しているのだろうか。自分がとことん嫌になる。

 エナメルのバッグを開ける。パジャマを脱ぎ、騎士服に着替える。肌にぴったりと吸い付くそれをゆっくりと体に纏わせる。


「すぅ……はぁ……」


 顔はさっき洗ったし、着替えも済ませた。これで朝の支度は完了だ。試合前に食べるとお腹を壊してしまうので朝食は取らない。俺はバッグをからい、腰の鞘から重い黒鉄の物体を抜く。

 魔剣。

 魔力第一成長期の十歳になると得られるそれは所有者の生き様を写す。

 俺の魔剣の形は刀。その色は禍々しい黒。苦しみとドス黒い執着をぐちゃぐちゃにしたような、みっともない色。


「……急がなきゃ」


 部員の皆が待っている。県大会へと運よく勝ち進めたのは俺だけだったので他の部員は応援だけなのだが、後輩を含め全員参加してくれるらしい。


 しかしだからといって特別緊張はしない。

 結果は分かり切っているからだ。


「いいとこ、ベスト16ぐらいだろうな」


 先に配られたトーナメント表を見てから考えた、現実的な結末。

 才能のない俺じゃあ頂点には立てない。そんなことは五年も前から分かっている。


「それでも……それでも」


 黒鉄の刀を握りしめる。奥歯を噛みしめる。


「……行くか」


 刀を鞘にしまう。急がなくてはならないのに、俺はゆっくりと歩くことしかできなかった。足が震える、肩が震える、心臓の鼓動が早くなる。緊張ではない。これから死に行く兵士が死期を悟ったかのような心境だ。


 ――それでも。


 俺は今日に至るまで夢を諦められなかった。

 そしてきっとこれからも、みっともなく足掻くのだろう。

 思い起こされるのは夢の中の話。八万人を超える大観衆。世界一を決める舞台に俺は立っている。俺の見据える先には憧れのあの人が立っていて――。


 そんな妄想ばかりをしている。


 俺はまだ、幼き頃の夢の中にいる。












「……ただいま」


 誰もいない家の中に行儀よく挨拶をする。大会を終え、同時に部活の別れのあいさつみたいなものまで終えて俺は帰宅した。中学最後の大会だったので親に結果を報告しなければならない。それと、進路のことも。


 俺の父は魔剣工房、および魔剣整備の仕事を生業にしている。よって生活をする家のすぐそばに工房はある。父は仕事を生きがいにしているようなものなので、土曜日である今日も、きっと工房にいるはずだ。


 ガチャとドアを開け工房に入ると、喉を焼くような熱と鉄の異臭が俺を襲った。トンカチで頭を叩かれたかのような頭痛がする。少しためらって俺はしゃがみこんで鉄を鍛つ父に声を掛けた。


「ただいま父さん。大会終わったよ」

「……おう、帰ったか……ちょっと待ってろ」


 ぎらりという視線が俺を射抜く。俺は父親の仕事をする背中を見て待っていた。

 二十分後、魔剣を打ち終わった父は仕事着のまま俺と向かいあった。


「どうする? とりあえず飯にするか?」

「いや、はやめに話しときたいから」

「……そうか、分かった。で、結果はどうだった?」

「予想通り、ベスト16止まりだったよ。相手はまだ中二の女の子だったみたいだけど、すっげー強かった。魔技も魔剣技もすごかったけど、なんといってもあの魔力量は尋常じゃなかったよ。たぶんあの子なら全国優勝も夢じゃない。それぐらい強くて、俺はコテンパンに負けました」

「ふん。ならもうそんな遊び(・・)は止めるのか?」

「……仮にも魔剣工房経営してるんだから魔剣闘技(デュエル)のこと遊びって言うのはやめなよ」


 魔剣闘技デュエル


 魔力成長期の始まりとされる十歳になると希望する子供たちには魔剣が買い与えられる。鏡石という摩訶不思議な石を打って作られる武器。それらは人の生き様、心を写すのだという。人と共に魔剣は成長する。その魔剣の腕と、魔技と呼ばれる魔法のようなものの腕を競うのが魔剣闘技だ。


 父は腕利きの魔剣鍛冶師だ。魔剣の生成と、点検、修理なんかが父の仕事だ。魔剣の扱いは素人には難しい。刃こぼれしたからといって砥石で研ぐだけでは駄目なのだ。だから鍛冶師という仕事はプロになり切れなかった選手たちや現役を退いた選手たちの仕事になりやすいし、需要は高い。そんな鍛冶師の中でも腕の良いらしい父はプロの闘技者、特に三十歳以上の選手からは絶大な人気を誇る。


 そんな父だが、こと魔剣闘技に関しては興味を持たない。というか一抹の嫌悪感さえ抱いているようだ。おそらく原因は俺にある。才能がないと分かっていながら、こんな年になっても夢を追いかける醜い子供の……。


「父さんとの約束通り、明日からはきちんと受験勉強するよ。だから志望校に受かったらまた部活をさせてください」


 頭を下げ、俺は「今からでも勉強する」と言ってそそくさと退散しようとした。あまり言及されたくなかったからだ。


「懲りないやつだな。志望校はどうするんだ?」


 俺はドアの前で振り返って応える。


「闘王学院」

「…………本当に懲りないやつだな」


 父の反応を気にも留めずに俺はその場を離れた。






 魔剣闘技に特に力を入れている高校は三つある。北海道の冷泉学園、東京の中心に位置する武藤高校、そして九州に位置する小さな人工島・天狗島にある当代一の実力校、闘王学園。


 この三大校には部活とは別に学科によっては魔剣闘技のカリキュラムがある。

魔剣闘技(デュエル)科》と呼ばれるそれは学校の監督生(生徒を指導することが許された優秀生)から推薦される者と、倍率二十倍の超難関入学試験を潜りぬけた猛者のみで構成されている。これは主に地方の大会でもかなりの成績を残した者、特異な才能を持つ者、全国出場を果たした者だけで合格枠は埋まってしまう。


でも、それだけじゃない。

 

 この三校にも普通科、鍛冶科がある。これらは普通に一般試験を合格すれば入学できる。鍛冶知識においては父の手ほどきもあるし、五教科の勉強も怠ってはいなかった。かなりの難関校だが挑戦する価値はある。


 普通科、鍛冶科にも選手志望は少なくなく、二年次に編入する人もいる。それだけではなく二つの科には魔剣闘技の部活動もあるようだ。そこから学生代表になる人も、わずかながらにいるという。


「……やるか!」


 俺は参考書を開き、ここ一か月は大会のため開くこともなかった参考書を開く。今はとにかく勉強しなければ!







 カリカリ。

 カリカリカリッ!

 シャープペンシルをひたすらにはしらせ、俺は置時計を見る。時刻は零時。あたりはすっかり暗くなっている。


「次は……」


 呟きながら騎士服を手に取る。試合用の騎士服は洗濯中なので、これは練習服だ。中学三年間でついた汚れが洗濯後の服にも染みついている。

 魔剣を手に取る。鞘に入れる。父を起こさないようにのそりのそりと階段を下る。冷蔵庫の下の冷蔵室にある大量の水のペットボトルから一本を取り出す。ハンドタオルを首に巻く。持ち物はこれ以上必要ない。

 シューズの紐を結び直す。頬をパンパンと二回叩いて脳を覚醒させ集中させる。

 そっと家のドアを開ける。


「……行ってきます」


 外に出た瞬間、俺は足をバネのように弾ませ駆け出した。






 いつものコースを走る。魔力を全身に滞りなく巡らせるイメージ。心臓から送られる血液と同じように魔力を全身に送り、力に変える。十キロのランニングを百メートル走並みの速さで走る。昨日までは早朝の習慣だったが今日からは違う。午前からこの時間までは勉強しなければならないので、訓練は夜しなければ。


 俺には突出した才能がない。


 だから人よりも多くの努力をするのは当たり前のことなのだ。上で戦っている連中は、才能もあるが決死の努力をしている。努力量で彼らに劣ってしまったら、それこそ勝ち目がない。ここで自主練を止めてしまったら、たとえ闘王に合格できたとしても連中にはついていくことさえできないだろう。


「はっ、はっ、はっ」


 俺には特別な才能はない。


 別に魔力が全くないだとか、手足が不自由だとか、そういうわけではない。

 ただただ平均以下なのだ。

 魔剣闘技において、魔力量の差は絶対的な実力の差となる。

 魔技(アーツ)、はたまた魔剣技(ソードアーツ) 。勝負を決めるこれらの起点となるのが、選手の保有する魔力だ。すなわち、魔力を多く持つ者が基本的には勝つ。


「はっ、はっ、はっ」


 あそこの答えは……、あ、③か。

 英語の参考書の復習を頭の中で行う。全力疾走しながら頭を動かす。これも魔力コントロールと実戦を踏まえた訓練だ。試合では魔力量が平凡な俺は魔力コントロールと剣技、さらには思考で相手を上回らなければならない。少ない魔力量で効率的に魔技を繰り出す力、無駄のない動きで魔剣技を最小限にし、試合を有利に進める力、体を動かしながら考えることができる力。これらが凡人の俺には必要なことなのだ。

 もちろん魔力もまだまだ成長する。魔力は限界まで引き出すことでその量を増やす。

 だから日々の鍛錬が重要なのだ。

 ただがむしゃらに練習すればいいというわけではない。効率的な訓練で、最短で強くならなければならない。考えに考え抜いた練習。今日まで一度もサボったことはない。


「はっ、はっ」


 ただ、今日は大会、勉強ときてからの自主練だ。疲労はさすがにたまっているようで、いつもよりも息が上がっている気がする。

 堕落の声が俺を誘う。


 ――「止めてしまえよ」「今日ぐらい休んでもいいんじゃないか?」


「……っ! いいわけ、ないだろ!」


 俺は俺を鼓舞する。何度だって、十歳になったあの頃から頭をよぎったことだ。でも、一度でもこの声に従ってしまったら、俺はきっともう二度と頂点には立てない。


 最強になりたい。頂点に立ちたい。あの人のようになりたい。


 この想いだけが、俺を突き動かす。


 人のいない真っ暗な道を走り抜ける。遮るものは何もない。






 これは、極々平凡な俺が、最強へと成り上がる物語だ。


初日は三話投稿します!

夜の7:00前後と、11:00前後です!

毎日投稿します! よろしくお願いします!

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