捨て猫むすめ、雨ざらし。 その1
プロローグ
虚ろな意識の中、それはとても近くに、しかしそれでいて遠くに、ぼやけたレンズを通したかのように何が視える。
モノクロの景色。何度となく見た場所。
多勢の大人達が歩き回る空間の中で、座り心地の悪いパイプ椅子に座りながら、じっとしている少年が見える。
無数の花に囲まれた写真を見つめながら、じっとしている少年。
大人達が少し彼に声をかけては去っていく。内容はどれも同じようなものばかり。
「大変だろうけど、頑張るのよ」
「何かあったら、遠慮なく頼っていいからね」
濁ったような、耳を塞いだ手の、指の間からすり抜けてきそうな、不快な声達。
しかし、そんな言葉達のどれもが、少年に届く前に靄となって消えてしまう。
心からの親切で言ってくれている人も居ると思う。だけど、だからといって何が変わるわけでもない。だから……
──はやくひとりになりたい。
──もう構わないでほしい。
それが少年の、
あの時の、
俺の気持ちだった。
一章 『捨て猫むすめ、雨ざらし。』
1
「雨……」
家の壁越しに聞こえる雨粒の音。心地よくシトシトと聞こえるそれは、一度開いた瞼を重くさせる。
カーテンの隙間から差す光は薄暗く、余計に朝であるという事実から俺を遠ざけていく。そして何よりお布団がキモチイイ。
「まあ……あと少しくらい……」
朝には強い方だと自負していても、眠いものは眠い。睡魔と雨音のコラボレーションを前に俺は、再び恋しき布団の中へと身体を沈め──
ジリリリリリリ!
「うっさい!」
──る間もなく、目覚まし時計を叩きつける。時計盤を縦断する一直線の形になった、二本の針が憎たらしい。
「6時……あぁくそっ……」
昨夜目覚ましをセットした己を恨みつつ、俺はなんとか、精一杯の気力で布団から抜け出した。
洗顔を終え、タオルで水気を拭き取ったあたりで、ようやく一日がスタートしたという実感が湧いてくる
「……はぁ」
思わず漏れるため息。さっき目覚ましに向けた気力はどこかにいってしまったのか、はたまた顔を洗った時に水と一緒に流されてしまったのか。
「憂鬱だ……」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
今から洗面所を出て、すぐ目の前にあるドアを開ける自分を想像する。いや、そこまでは問題ない。というより、その程度で一々憂鬱になってしまうようなら、わざわざ目覚ましなどかけるはずもない。そう、今日の俺にはこんな朝早くに起きなくてはならない理由があるのだった。
あるのだが……
「はぁ〜〜!やっぱりイヤだぁ〜〜!」
壁にかけてあるネコちゃんタオルにしがみつき、そのまま床に座り込む。某イタリア料理のファミレスの天井に飾られた絵の人魚さんがこんなポーズだった気がする。
人間とは、その気になれば何にだって優しさを求められる。可愛いネコちゃんのプリントされたピンク色のタオルに泣きつく俺の姿は、まさにその極致の構え。
にしても可愛いタオルだな。だけど俺こんなタオル持ってたっけ?まあいいや、可愛いは正義だもんね。
「ネコちゃ〜ん!イヤだよ俺〜!こんな朝早くから動きたくないよぉ……!」
平面ネコちゃんと俺だけの聖域と化した洗面所。この圧倒的安心感の何と言えばいいものか。
「ネコちゃん……うぅ……」
加えて、ネコちゃんに顔面を擦り付けると心なしか楽になるというか……また眠気が……うとうとと……
「おやすみネコちゃん……次会う時は……昼頃……」
それだけを言い遺し、俺は再び暗い闇の中に沈んでいく。
瞼の向こうの淡い光も、やがて消えていき……あ、この体勢割と腰がキツイかもしれない。
そして俺が腰のポジションを調整したのと、俺とネコちゃんの聖域が侵されたのは同時であった。
静寂をブチ破る鐘のごとく回されるドアノブ。
少し考えれば分かることだった。失念していたのだ。こちらから向かわずとも、相手から来る可能性も大いにあるということを。
再び瞳を開いたその先、ヤツはいた。
「ハリガネムシのポーズ……?」
「サイ○リヤの人魚だ!」
「サイ○リヤに人魚の絵はありませんよ」
「なんだと……!」
いや、そんなことに傷ついている暇はない。この女の前で醜態を晒すなど、水野智史にとってあってはならない。
この女、雨野蛍子の前では。
「雨野……こんな朝早くからなんだ……」
「おはようございます、智史くん。なかなか洗面所から出てこないので、心配になって見に来てしまいました。あら?」
この女のせいなのだ。
「ネコちゃんタオルが気に入ってもらえたみたいで何よりで……そんな慌てて離れなくてもいいじゃないですか」
雨野蛍子。この女が来たせいで、俺はこんな朝早くに起きるハメに、洗面所などを聖域と呼ぶハメに陥り。
そして何より、栄えあるニート生活の崩壊の危機に瀕しているのだ。
「そう、全ては三日前に遡る」
「遡らなくていいので早くご飯にしましょう」
…
……
………
──三日前
「ん……」
目が覚める。朦朧とはしているものの、首筋に汗が滲んでいるのが分かる。
この時期になると、湿気と半端な暑さのせいで毎日こうだ。まだまだエアコンを起動させる気にはならない、六月の中旬。梅雨の時期。
だけどこの汗は、きっと暑さでも湿気のせいでもない。
あの夢の……
「うぅ……朝から嫌な気分だ」
重い身体を転がし、背中側にあった目覚まし時計に目をやる。
「……16……」
しかし、示された時刻は朝早くでもなんでもなかった。
昨日夜遅くまでオンラインゲームの『すごろくオブ人生〜パクリじゃないよ!全員集合!〜』(通称『すごパク』)をやっていたせいだろう。
悲壮感すら漂うネーミングセンスではあるものの、金銭や家族をテーマにしたシビアなゲーム性は結構面白い。コアなファンが多く、『すごパク』専用のコミニティーがある程度には小さな盛り上がりを保ち続けている。
昨夜は終盤で妻役のフレンドに裏切られ、5億の借金を抱えてビリになっちまった。あのヤロウ、覚えてろよ。
顔を洗い、居間に入る。一人暮らしには少々広すぎる気もするが、特に困ることもない。
家賃や光熱費は親戚が払ってくれてるらしいし、毎月最低限の生活費だって入ってくる。たまに少しバイトをすれば、自分の趣味にも使える。
数年前、一人暮らしを始めたばかりの時期こそ、こんなに楽な生活でいいものかと思った気もするが、今となってはそんな気持ちは一切ない。前に居候していた親戚の家での居心地の悪さと比べれば、天と地ほどの差があるのだから、当然といえば当然だろう。
「たしかここら辺に食いかけの……」
時刻は16時を少し回ったところ、ここまでくれば朝食も昼食もない。おやつで決めてやるぜ。
無駄に皿が多い食器棚を開くと、お目当てのものはすぐに見つかった。
「あったあった、うへへ」
この前短期バイトで働いた和菓子屋でもらった本格派(?)カステラ。卵本来の優しい甘さとザラザラとした砂糖の甘さが絡み合い、絶妙なハーモニーを奏でている。一度で食べるのはもったいないからと、少しだけ残しておいたのだ。
「お茶も沸かして……と」
準備を進め、あとは緑茶だけ。やかんに水を溜め、コンロに火をかけた時だった。
軽い電子音が部屋の中に響いた。
「あ、今日金曜だっけ」
この時間にインターホンを鳴らす人間、となれば思いたるのは一人だけ。
「小林!今出るから!」
わざわざモニターで確認するまでもない。毎週金曜日になると、クラスメイト兼親友の小林祐樹がプリントやなんやを届けに来てくれるのだ。持つべきものは友だね。
俺はもう一つ湯呑みをテーブルに置くと、小走りで玄関へ。
「いやぁ、悪いないつも」
そう言いながらドアを開いたその先、目が合ったのは──
「こんにちは、水野くん」
自宅警備員というと、なにかと馬鹿にされがちだが、それでも長年やっていると、身につく技もいくつかあるもので。
特に俺の場合、外を確認してからドアを閉めるスピードに関してはかなりの自信がある。蚊一匹通さないそれは、まさに罪人の首を落とすギロチンが如く。
「いや、そんなのはどうでもよくて……」
半ば脊髄反射的に閉めてしまったため、しっかり外を確認できなかったのだが、俺の記憶が正しければ、今のは小林じゃ……てか男ですらなかった気が……
「あ、そうか!」
多分あれだ、テレビの集金とかだな。
そうだよ、別に小林以外の人間がこの家のインターホンを鳴らしてはいけない道理などないし、そもそもそれでは日常生活にも不便極まりない。通販も使えなくなってしまうではないか。
それならば、女性が訪ねてきても不思議ではない。
仮にその相手の服装が、どこか見慣れたもの……たとえば、自分の通う(通ってないけど)学校の制服に非常によく似たものであったとしても、なんら不思議は……
「いやいやいや!無理があるだろそれは!」
己の思考に声を出して突っ込む男が、扉の向こうの相手にどのようなイメージを与えるかなど些細な問題だ。目下の問題がデカすぎる。
とにかくまずは、相手が誰なのかということ、クラスメイトなのかどうなのか。それが何よりも重要……
《あの……水野くんのお宅で合ってますよね?》
「あひ!」
ドアの向こうから語りかけてくる、凛とした声。
「くっ!何故俺の名前を……!」
こんなことならしっかりモニターで確認するべきだった。そうすれば自宅警備員奥義の一つ『居留守すること家具の如し』で凌げたというのに。
というより、そもそも名前がバレてる時点で、知り合いどころかクラスメイトである、もしくはあった可能性がメチャクチャに高い。
そう、何故なら俺、水野智史のジョブが『ヒキコモリ』と呼ばれる類のものなのだから!
そして、そこから導き出される解は一つ!
つまり、俺の推理によると、恐らく小林は体調不良か何かで今日学校を休み、代役として扉の向こうの少女が抜擢された。それしか考えられない。
しかし侮ることなかれ、一年二年と常にギリギリの単位数を計算して青春を謳歌している俺にとって、クラスメイトの顔など有象無象の、例えるなら袋に詰め込まれたもやし達のようなものであり、名前どころか顔すら覚えてない人間がほとんどなのだ。
覚えている人間など、小林以外には二年間クラスが同じ委員長くらいしかいない。そう、確か名前が──
《いるんですよね?私、同じクラスの雨野蛍子です》
そうそう、雨野蛍子だ。やたらと風情のある名前だったから覚えてる。
《一応C組の委員長なのですけど、入りますよ?》
本人も名前に負けず劣らずの、綺麗な黒髪が特徴の大和撫子というような、凛とした子で、声の感じも今扉の向こうにいる子によく似た、淡々とした喋り方の……あれ?
「まずい‼︎」
瞬間、俺の全神経が研ぎ澄まされる。考えるよりも先に肉体が動き出す。閃光の如きスピードで伸びる右腕。その親指と人差し指が鍵のつまみに触れる。
(いける!)
あとはこれを九十度回せば……!
──ガチャリ
「お邪魔します」
(そうそう。そういえば、年がら年中冬服着てる奴だったっけな)
やかんが笛を吹く音が聞こえたのは、同時だった。
…
……
………
「美味しいカステラですね」
「……」
「お茶も……ふぅ、よく合います」
「…………」
「おかわり」
「図々しいな!……ハッ!」
しまった。と口を塞いだものの、すでに手遅れ。テーブルを挟んだ向かいでは、雨野蛍子がそれはそれは上品に緑茶を啜っている。
(こいつ……カマかけたな……。)
「別に何か悪さをしにきたわけでもなし、プリントを届けに来てあげただけですよ?」
何をそんなに警戒してるんですか。と続け、しまいにはやれやれとでも言うような表情までされる。
「家にあげ覚えはない……その時点でかなり悪質だろ」
悪質どころか、普通に犯罪だろう。これを不法侵入と呼ばずに何だと言うのか。
しかし、雨野蛍子はそんな俺の言葉など何処吹く風。今度こそしっかり湯呑みを空にすると、ゆっくり元置いてあった場所へと戻す。なぜ俺は湯呑みを2つも用意してしまったのだろうか。まさか伏線とは言うまい。言うまいけども……くそっ、小林……
心の中で罪無き友人に悪態をつく俺はどのような顔をしていたのか、雨野蛍子は少し微笑んでみせる。何わろとんねん。
「ふふ、そんな難しい顔しないでください。ほら、日本語にはこのような言葉もあります」
彼女は人差し指を立てると、くるくる回し始める。そして、出てきた言葉は、
「押しかけ女房、と」
その時の得意気な顔といったらもう、まるで天使かというような愛らしさとともに、爛々と輝いていたのだが、放つ言葉が悪魔と変わりないので余計に腹が立つ。
「なぁ……君、雨野さんだよね。去年も同じクラスだった……」
「はい、その様子だと覚えてくださっていたみたいですね。嬉しいです」
彼女の行動を見るに、どう考えてもプリントを渡しに来たことだけが目的には思えない。
しかし、だからといってその目的を聞くほど俺は暇じゃない……というわけでもないが、むしろ暇だが、ニートは何にも干渉せずして初めて真のニートとなれるのだ。
入ってきた虫は潰さずとも追い払えばいい。どうにかして彼女には即刻出ていってもらわねばならない。
一部の人間はいいとしても、家の中に家族……自分以外の赤の他人がいる。それだけで、俺にとっては十二分に不快なのだから。
「単刀直入に言う、帰ってください」
「二つも湯呑み出しといてですか?」
「あんたのためじゃない」
「私が玄関に上がった時、慌てて部屋の中に駆け込んだのにですか?」
「それはお湯が沸いたから!あんたにも聞こえただろ!ぴーって!てか別にそれが上がっていい理由にはならないだろ!」
「ぴーって……ふふ、可愛らしいですね」
「なっ!」
みるみる自分の顔が赤くなるのが分かる。完全に相手のペースだ。
ただでさえ予想外の来客というストレスに加え、相手が知り合いの女子(しかも無駄に美人)という緊張感で気が狂いそうなのに、これじゃあ勝ち目が無い。『すごパク』で例えるなら、家主蒸発イベントと新興宗教勧誘による財産搾取イベントが連続で発生したのちに億万長者を目指すくらいの無理がある。
(ん?待てよ。勝ち目……そうか!)
「どうかしましたか?」
「いえいえ、雨野さんはお気になさらず!」
「キャラ変わりました?」
「フフフ、いやいや大丈夫さ」
「質問の答えになってませんけど」
前言撤回。先ほどは目的など聞く気は無いと言ったが、あれは嘘だ。
よく考えてみれば、わざわざこちらが意固地になって対抗するより、さっさと彼女の用件を済ませてしまえばいいのだ。さすがに目的無しで大して仲良くも無い異性の家に押し入ったりはしないだろう。
もっとも、今のこの状況も俺からしてみれば不可解極まりないのだが。とにかく、ここは冷静かつ余裕を持っていこう。とれるマウントは全てとる!
「おっほん、それでは……ではではミス雨野、キミの『ようちゅう』を……」
「…ちゅう……?」
「……!!!」
「……幼虫?」
「よ、『要求』!要求を‼︎」
「幼虫……なるほど」
「何に納得してんだ!噛んだんだよ!忘れろ今すぐ!」
しかし俺の精一杯の抵抗も虚しく、雨野蛍子は一瞬だけ口をつぐむと、今度は少しにやけたような口調で
「……異種姦フェチ?」
「わざとか!人の滑舌馬鹿にするのがそんなに楽しいかッ⁉︎」
てかなんで幼虫から異種姦に繋がるんだよ!大層な知識だなぁオイ!
「ふふふ、冗談ですよ」
「はぁ……はあ……ったく、さっきから俺の揚げ足ばかりとりやがって……」
「異種姦なら、もっとタコみたいな方がいいですものね」
「……」
──もうつかれました。
byともふみ
俺の性癖から話を逸らすこと約十分。結局俺はドMの金髪異種姦マニアということで落ち着いた。不時着もいいとこだが、何故そうなってしまったのかの経緯は覚えてないし、そこはもういい。人間忘れた方がいいこともあるんだよ。
「私の要求?」
「そう、何か用があって来たならさっさと済ましちまおう」
ここに辿り着くまでのなんと長かったことか。体力の限界を迎えていた俺は、すっかり素の調子に戻ってしまっていたが、あともう少しで追い出せるんだ。もう一踏ん張りだぜ、俺。
「要求……」
ところが、雨野蛍子は顎に指をあてて目を瞑る。そう、それはまるで今から何かを考え始めるかのような仕草。なんだろう、嫌な予感が……
「水野くん」
「あ?なんだよ」
「仮に私が言ったとして、聞いてくれるんですか?要求」
「む……」
なるほど、やはりなかなかどうして頭の切れる女。いや、正直意地が悪いだけな気もするが、ここで俺が否定すれば全てが水の泡。
それに、俺の中でのキャラ崩壊がどんなに全米クラスになろうとも、雨野蛍子は腐ってもうちのクラスの委員長。学校でもこの調子だとは思えないし、一年の時もこんな感じには見えなかった。
きっとこれは、彼女なりに不登校の引きこもり男子と、どうにかコミュニケーションをとろうと熟考した上でのアクションなのだ。実際、俺と話したことがある同級生など、インコが片足でカウントできる数しかいない。もし彼女のこれが通常運転なら、少しくらい小林から小耳に聞いててもおかしくないはずだ。
よって俺が出した回答は、
「ああ、当然だ」
きっと何か、七月半ばの体育祭でやる騎馬戦のメンバーが足りないとかそんなのに違いない。返事は一旦保留ということで場を凌げる。もちろん絶対行かないけど。
「武士に二言はない」
信憑性を上げるために一言加えてみる。万が一のことがあっても、俺は武士じゃないから大丈夫。これぞ隙を生じぬ二段構えよ。
彼女はやがて少し目を閉じると、再度目蓋を薄く開き、俺を見据えた。おお……なんか緊張するな。
「……それならば」
口を開くと同時、雨野蛍子の纏う空気が変わる。先までとは比べものにならない緊張感。
細く開けられた目が俺を捉えた。固唾を呑むのも躊躇われるほどの静寂が一瞬流れたのち、彼女は勢いよく立ち上がり、その立ち姿のなんとも美しいことか、遂に言葉を発した。
「2年C組委員長、雨野蛍子は今日より」
あの時の声を、俺は一生忘れないだろう。もしもこれがエロゲーなのであれば、多くのオタク達が真っ先に「お気に入りボイス」に登録してしまいそうな、そんな気品と生気に満ちた声。下手な念仏より祓霊効果が
ありそうだ。
「出席番号二十八番、水野智史の」
白い指が流れるように俺に向けられる。透き通る瞳が、俺と合う。
「保護者となります」
直後、放たれた言葉を合図にするように、張り詰めていた空気が一転、それはまるで氷が溶けていくような暖かさに変わる。『言霊』というものを、今なら信じることができる。
彼女の視線はとても柔らかく、俺は一瞬にして心を奪われた。この子になら、俺はこの孤独な身を委ねられると、そう確信……
「しないよ!」
「わわ、なんですかいきなり大声で」
俺の突然の大声に少したじろぐ雨野蛍子。さっきからずっとクールな感じだったので、若干ギャップ萌えしないこともない。一方俺はといえば、あまりにも理不尽な超一方的な宣言を受け、逆に冷静になっていた。
「ふう……」
一呼吸し、状況を整理。うん、つまり彼女はこれから俺の保護者になるのだ。なんだ、簡単なことじゃ──
「いや意味わかんなくね?」
「そんな難しいこと言った覚えは無いのですけど」
俺の胸中を理解しろとまでは言わないが、何もそこまで困ったような顔をしなくてもいいじゃないか。
「要求を言えと言われたので言ったのですよ?」
「いやいや、だってそんなこと言うとは思わないじゃん」
「そんなの、水野くんが勝手に予想するのが悪いじゃないですか」
「そうなんだけどさ……そうなのか?」
「ええ、でも大丈夫ですよ。これからは私が水野くんのあらゆる責任を持ちますので、これから気をつけていけばいいのです」
「…………」
沈黙。
どうしてなのか。明らかに間違ってるのは彼女にも関わらず、どうして俺はここまで押されているのか。
これが最後のチャンス。一縷の望みを託し、尋ねる。
「ドッキリだよね?」
「じゃあ私、荷物取ってきますね。さすがに着替えまで用意していただくのは申し訳ないので」
身を翻すと、まるで重力など知らぬかのように長い髪が宙を流れ、スカートがふわりと浮かぶ。
雨野蛍子は、俺に振り返ることなく、軽い足取りで居間から出て行き──
「いってきます」
遅れて聞こえてきたのは、重い扉が閉まる音。
彼女が先程まで座っていた椅子の上には、紺のスクールバックがぽつりと置かれていた。
「…………マジで?」
視線を落とすと、冷めた湯呑みに茶柱一本。
……あ、沈んだ。
つづけたい
水野智史
雨野蛍子
初めて小説というものを書いてみました。ぽこ村チン太郎です。
元々はどこにでもいるような、ちっぽけな男根だったのですが、所有者が童貞のまま天に召されてしまいましたので、これを機にと新しいことにチャレンジしてみることにしました。
稚拙な文ではありますが、地道に続けていきたいと思いますので、気に入ってくださったという方は、是非ともこれからよろしくお願いします。