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第九話

アリアが向かった孤児院はアルデバラン国の市街地にあった。

狭い平屋が立ち並びプレオネが多く居住しているため非常に治安が悪い。薄暗い路地を抜けた先に、教会が併設された孤児院があった。

「到着したみたいだですね」

「そうみたいね・・・ああ、ドキドキするわ」

「数週間前まではお通夜のような顔だったのに、そうしていると見違えますね」

アリアはスニーカーにチノパン、Tシャツ、パーカーという出で立ちだ。

「いつものひらひらした服を着させられるより、この方がすっっっごい落ち着く!そういうあなたも、いつものスーツからしたら随分印象が変わるわね」

リンクスも動きやすそうなジーバン・ポロシャツ姿で、印象が若く見える。

「それに機嫌が悪そうね」

「当たり前ですね。ここはスラム街として有名ですから。現地人だって近寄らないところに日本人がふらふらやってきた・・・良いカモでしょう」

「孤児院の外を安易に出歩いたりしないわよ、安心して」

「どうだか・・・」

「やっぱり、シリウスの護衛ができないのが不満なの?」

アリアは少し申し訳なさそうに言った。

「あなたの本来の役目はシリウスの護衛だもの。彼に何かあった時に側に居られないのは私のせいね」

「ふん、あの男なら殺そうと思ったってそう易々と殺されませんよ。危険には敏感で軍の演習でもやつに敵う者はそうそういなかった。ほら、降りますよ」


リンクスに促されてアリアは車を降りた。

車は帰りの頃に又来るといって去っていった。建物の中に入ると、司祭の格好をした初老の男性がやってきた。

「ようこそおいでくださいました。私はレティクルムと申します。この第一救済教会を含む6つのエリアを管轄しております」

「よろしくお願いします。私は星野アリア、彼はリンクスです。これからお世話になります」

「事情は聞いております。王妃になられる方がまさか孤児院のボランティアをされるとは、立派な行いですね」

「いえいえ、とんでもない・・・何か私に出来ることがあればと思ったまでです」

「この孤児院は他に比べても多くの子どもを抱えており、問題のある子も少なくはないのですが・・・愛情を持って接すれば子ども達の力になれると信じております」

そう言ってレティクルムは人のよさそうな顔でにこりと笑った。

「私も、実は孤児院育ちなのです。14歳頃まで施設で育ったので、子ども達の気持ちを少しは理解できるのではと思っております。それに、私を暖かく受け入れてくれた施設の人の恩返しを、こうゆう形で出来るのではと思っております」

「そうでしたか・・・一体どんな方が来られるのかと思っておりましたが、安心しました。どうぞこちらへ、中の案内をさせていただきます」


その後アリアとリンクスは教会の中を一通り見て回った後に孤児院へと向かった。

孤児院の院長に挨拶をして中を見て回ったが、建物の老朽化に伴いあちこちで汚れて薄暗く、虫が這いずり回っていた。

また、物資の不足からか衛生状態も悪く孤児たちは皆ボロボロの服を着て何日も風呂に入っていないかのような悪臭がする。

職員も聖職者の中から割り当てているようで、みな一様に疲れた暗い顔をして働いていた。

「孤児院は主に教会への貴族からの寄付で成り立っています。そのためいつも資金難で、ギリギリの経営で回しているのです」

そう院長にそう説明されながら見回っていると、子ども達の中に見知った顔を見つけた。

「あら、あなた・・・」

アリアが少年に近づくと、少年も驚いた顔をしていた。

「あんた、あの時の・・・」

町でアリアのスカーフをスろうとした少年だ。日に焼けた肌に細長い手足、濃い緑色の勝気な瞳、焦げ茶色の髪の毛、声はまだ変声期前でややハスキーだ。アリアはニコッと笑って少年の前に屈んだ。

「あの時は、無事に逃げられた?」

「ああ、あんたには助かったよ。まさかあんな綺麗ななりをしている人がここにボランティアに来るなんて」

「ふふ、お名前聞いても良い?」

「・・・レプス。俺の名前はレプス。あんたは?」

「アリアよ。これからどうぞよろしくね」

「あんたの時計、高く売れたよ。ミモザが酷い風邪を引いて薬が必要だったんだ。本当に助かった」

そう言ってレプスはミモザという女の子を紹介した。レプスの後ろにちょこんと隠れている

ミモザという女の子は、栗色の長い猫っ毛を腰まで伸ばしていて、非常に可愛らしい顔立ちをしていた。内気なのかボロボロのぬいぐるみを抱えたまま、恐々とアリアを見上げてきている。

「あら、可愛い!レプスの妹さん?」

「違うけど、ここに来てから俺に懐いて俺の後ばっかりついて来るんだよ、妹みたいなもんだな」

やれやれという顔をしながらどこか誇らしげなレプスが微笑ましい。

そこへ職員の男性が入ってきた。リブラというらしい。

「リブラ、こちら海外のボランティア団体の方で、1年ほどここでボランティアとして働いてくださるそうだ。よろしく頼むよ」

安全のため、レティクルム以外にはアリアの偽の情報が行くことになっていた。

リブラは背の高い若い男性で、ぶっきら棒だが子ども達はよく懐いているようだった。

じゃれてくる子どもの一人を撫でながら、鋭い目をこちらに向けてくる。

「あんた、日本人か?」

「ええ、そうよ。星野アリアと言います」

「平和ボケした国からどんな高尚な志を持ってきたか知らないが、俺たちの邪魔だけはしてくれるなよ」

「こ、こら、リブラ、なんだその言い方は」

院長が慌てて止めに入るが意に介さないようだ。

「今まで何人もボランティアっつう名目でうちに来たが、どいつもこいつもすぐ泣いて逃げ出した。その度に振り回されるのはこっちなんだ、良い迷惑なんだよ。忙しいんだから、投げ出すなら早いうちに出てってくれよな」

じっと見つめて来る目を真正面から受け止めた。

「随分な言い方ね。でも私は、あなたに気に入られたくてここに来たんじゃないわ。子ども達の世話がしたくて来たの。あなただって、人の手は少しでも多い方が良いでしょう?」

「ふん、気が強そうな女だ」

「あなたこそ。初対面の人の態度とはとても思えないわ」

「ふん、手伝いたいってんなら容赦しない。ほら、早速夕飯の準備だ、食堂に行って皿を洗え」

「分かったわ」

そう言うとアリアは素直に食堂に向かって行った。その後を追うようにリンクスが行こうとしたが、リブラに止められた。

「おっとあんたは別の仕事だ。体力ありそうだしな、買出しに付き合ってもらうぜ」

「いや、俺は・・・」

「まさか、あの女と一緒じゃないと嫌とか言わないよな?お前達恋人同士か?ふざけやがって」

「いや、それは違うが」

「なら良いじゃねえか、ほら、行くぞ」

リンクスはしぶしぶリブラに連れられて買い物に行くことになった。アリアに発信機をつけているし、いざとなったら携帯も持たせているから大丈夫だとは思うが、発信機の様子を度々チェックしなくてはいけなかった。


孤児院の生活は思っていた以上に過酷だった。

アリアは日本で数年間孤児院に入っていたしボランティア経験もある。

しかし日本とは違い電気も水道も碌に整備されていないスラム街では、洗濯も手作業の重労働だ。山ほどの衣類を手に川まで洗濯板を抱えていき、川下の一番隅っこでしか洗うことを許されていなかった。

これは身分制度の中でプレオネが極端に低い位置にあるためだ。汚れの混じった川の水では存分に洗濯もできやしない。

それでも何とか洗って更に重くなった衣類を持ち帰って外に干す。

雨の日は洗濯が出来ないので何度も同じ服を着なければいけなくなった。

風呂も温かい水は出ない、水流の弱いシャワーで体の汚れを洗い流すだけだ。

消しゴムほどに小さくなった石鹸をまだ使い続け、それで体中を洗う。石鹸も泡立ちが悪く子ども達の髪の毛はぼさぼさのままだった。

キッチンでは数十人分の料理を狭い台所で作られていた。冷蔵庫もないので買い置きが出来ないため、保存の利くジャガイモやにんじんの料理が自然と増えるようだ。毎日3食引っ切り無しに作っては片付け、次の食事の準備に追われるのでいつも大忙しだ。

食材を買うお金は貴族からの寄付で賄っているらしい。それでも十分な食材を買えるほどではないらしく、いつも質素な食事が並んで子ども達はお腹をすかせているようだ。


孤児院の子ども達は2才頃から既に孤児院の手伝いを始め、洗濯係、食事係、掃除係などに分かれているようだ。年長の子どもがリーダーになり子ども達でせっせと仕事をこなしている。自然と、日本の同年代の子どもよりいくらか大人びて見える。

アリアも最初の数週間は今までの日本の生活や王宮での生活との違いに戸惑っていたが、すぐに順応していつも明るくよく働いた。子ども達ともよく遊んで段々と慕われるようになっていった。

それだけでなく、孤児院の非効率な運営体制を指摘し、仕事の効率化を図ることで職員にも子ども達にも時間の余裕が出来るようになったのだ。

その時間を使って、学校に通えない孤児院の子ども達に読み書きを教えるようになった。リブラが先生になり、子ども達にアルデバラン語を教える。その中に混じってアリアも一緒にアルデバラン語を学んだ。そして時にはアリアが先生になって、拙いアルデバラン語で算数を教えたりした。意外なことに、ミモザは読み書きが上手だった。読書好きな彼女はいつも大人しく本を読んでばかりいるので、自然と読み書きが上達したらしい。すごいすごいと褒めると、ミモザは嬉しそうにはにかんだ。

「アリアさん、お疲れ様」

そういって、いつもキッチンを担当してくれている職員の女性が飲み物を差し出してくれた。それを受け取って、アリアはありがとうと言って口をつけた。

「アリアさんが来てから、うちの孤児院の雰囲気はとても変わったわ。今までその日その日を生きることに精一杯だったのに、なんだか明るくなってきた」

立派な体格を揺らして全身でニッコリと笑う彼女に、アリアは嬉しそうに微笑んだ。

「そうそう、最初はどこのお金持ちで暇な学生がボランティアに来たのかと思ったけど、思ったより随分根性があって驚いたよ。最初は日帰りでボランティアしてたのに、いつの間にか泊り込みになったからな」

テーブルを囲んで休憩をしている男性職員がうんうんと頷きながらそう告げた。

実は当初必ず王宮に毎日帰ってくることを条件にシリウスは許してくれていたのだが、あまりにアリアが熱心にボランティア活動にのめり込む様子を見て、しぶしぶ泊り込みを許してくれたのだ。孤児院と王宮の往復がかえって非効率だし危険が多くなるとアリアが熱弁を振るったのもあるが、最近のシリウスはなかなか寛大さを見せるようになってきたようだ。ただし、土日は必ず王宮で過ごすこと、という条件付きだが。

「つき合わされてる俺は参っちまうんだけどな」

すっかりアリアのボランティア活動につき合わされているリンクスが肩をすくめてぼやいている。

「そうは言っても、あなたも随分今の生活も楽しんでるんじゃない?子ども達に人気なの知ってるわよ」

「そうそう、子ども達の遊び相手には一番向いているからね、リンクスさん。特に男の子達はリンクスさんに遊んで欲しくてうずうずしてるみたい」

そう言って男性職員はにんまり笑っている。リンクスはボールゲームでも鬼ごっこでも何でも器用にこなして少年達の尊敬を一身に集めているのだ。元傭兵で実は国王のシークレットサービスだから身体能力の高さは当たり前なのだが、リンクスも慕われることにまんざらでも無いようで、よく子ども達の遊び相手をしているようだった。それでも素直になれないリンクスは、冷たく迷惑に決まってんだろとそっぽを向いてしまった。

「でも、中にはミモザのように本が好きな子もいるでしょう?もう少し本を買い足せるお金があったら良いのだけど・・・」

「そうねえ、孤児院にある本って宗教物や歴史物ばっかりで、難解だもの。ミモザ以外の子どもは興味を持てないから読む気になれないでしょうね」

「もっと自然に興味を惹くような子供向けの本があれば、もっと読み書きのレベルも上がると思うのだけど・・・」

「だめだめ、そんな金どこにもないぜ」

休憩に入ってきたリブラが飲み物を片手にテーブルについた。どうやら支出入のお金関係はリブラが管理しているらしい。

「今月だって食費だけでかつかつなんだ。必要なものは石鹸だったり飲料水だったり薬だったり、いくらでもあるんだ。本なんかに金を割けないだろ」

「それはそうだけど・・・読み書きなんかの教養って、これから大きくなって一人立ちするときにあって困ることは無いでしょう?」

「・・・プレオネの子ども達が大きくなってもどうせ奴隷のような仕事しか待っていない。チンピラになって犯罪を犯したりレグルスに入ってテロ活動をするような子もいる。教養なんてあっても無駄になることも多いだろうさ」

「そんな、あなただって必要だと思ったから、読み書きを子ども達に教えてくれているんでしょう?」

「俺は何人もこの孤児院を巣立っていた子ども達を見てきた。ある者は小間使いとしてこき使われ、ある者は売春窟に身を落として行った。そしてそいつらの子どもがまたプレオネとして育っていく・・・その絶望の連鎖が待っているのに、子どもに安易に夢を与えるべきじゃないと思うな」

「で、でも、シリウス様が国王になられてから身分制度にはかなり改善される風潮が出てきているでしょう。あの方はずっと暗躍していた児童の強制労働も問題視して、大規模な摘発が行われたじゃない。あれは国際的にも喝采を呼んだし、あれで自由の身になった子どもも多くいるわ。これから風通しの良い社会になっていくんじゃないの、その為に教養を身に付けておくのは大事なことかもしれないわ」

職員の女性がそう反論した。しかしリブラは溜息で返す。

「国王の仕打ちは立派だよ、一見な。それでも摘発された企業は王族の息がかかっていないところばかりだった。未だに手を逃れた大企業は子どもを強制労働させている。あの若い国王は心意気だけは立派だが、まだ力不足だと言うことだ」

アリアは少しムッとした。

国王というヴェールに包まれた姿しか見えていないリブラの意見に対して、アリアは苦悩し国を変えようとするシリウスの姿を一人の人間として知っているからだ。

「何かを成し遂げようとする時に、その成果が80点だからそれは全て駄目だったと言うことになるのかしら?私はそうは思わないわ。今までの境遇を思い出して欲しいの。身分制度が絶対的に善とされ、強制労働で幼い子どもが働かされるのが正しいとされてきた頃に比べれば、そこに一石を投じた人の仕打ちを非難するべきではないと思う」

リブラがグッと押し黙った。リンクスが呆れたような顔をしているのが目の端に見える。少しシリウスの肩を持った自分が恥ずかしくなってきたが、けして自分は間違ったことを言ってはいないと思う。正しいことは正しいと言うのが私らしさなのだ、とアリアは再認識した。

「だ、だが、シリウス国王の行った摘発のせいで多くの子どもが救出されたが、そのまま孤児になりプレオネになる子どもが大半だったんだぞ。それで各地の孤児院が満杯になって大変だったんだからな」

「そうなの・・・?なぜ?」

「強制労働されていた子どもは、ほとんどが親に売られた子どもばかりだったからさ。年端も行かない頃に貧しさと口減らしから売り飛ばされて、朝から晩まで働き尽くめ、満足な食事もなく働いてガリガリにやせたまま育ち、いざ救出されても売り飛ばした親が受け入れると思うか?」

そんな・・・。レプスやミモザも同じような境遇なのだろうか、とアリアは思いを巡らせた。

「・・・しかしそれは“貧困問題”という違う問題が発端だな。それは身分制度=プレオネと結びついている。それは国王がなんとか切り崩そうとしても解決されない、根深い問題だ。強制労働の摘発とは議論の的が違うんじゃねえのか」

リンクスがそう告げるとリブラは、それはそうだが・・・と俯いた。

「とにかく、本を買うのは論外だ。それでなくても院長が横領するせいで使える金がどんどん減らされてるんだからな」

「横領・・・?」

しまった、とリブラがバツの悪い顔をした。職員の人たちもサッと暗い顔になる。

「どういうことなの?貴族の寄付が、孤児院のために使われているはずのお金が、横領されていると言うこと?」

「・・・口が滑ったが、そういうことだ。だが、言っておくが騒ぎ立てないでくれよ。今までの院長はみんなそうやって金を横領してきたんだ。問題になれば今までの院長達が結託してそれを隠そうとしてくる。もし上手く院長を追いやることが出来ても、どうせ次にやってくる奴が横領をするさ。そして俺たちはみんなどこかに飛ばされてしまう・・・」

「つまり、慢性的に行われている不正ってわけね。レティは知っているの?」

「あのおっさんは知らない。珍しく善良な司祭様だからな・・・でも他の12司祭からすると一番若く力も無い。申し訳ないが彼に頼っても何か出来るとは思えない」

「だから、いつまでたっても孤児院の経営は火の車なのね・・・」

「貴族の寄付で成り立っているからな。その窓口である院長のご機嫌を伺いながら頼るしかないんだ。あんたがこの孤児院に来た時も、国王の恩赦で王家から特例の寄付が出たんだが、ほとんど院長がせしめちまった」

「酷い話ね・・・」

「王様がいくら変えようとしても、末端ではこんな有様なのさ」

「誰かが伝えなきゃいけないわね」

「何言ってるんだ、王様にそんなこと伝えられるわけないだろ」

リブラのその言葉に、アリアとリンクスだけはニヤリと笑っていた。

その時ノックがなって、レプスが顔を出した。

「なんか客が来たみたいだぜ」

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