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第七話

「全く、何てことなの!」

「ラナ様、落ち着いてください」

ラナは脱ぎ去った手袋をソファに叩き付けた。彼女はパーティ終焉後、部屋に戻ってきたところだった。付き人のイザールが手袋を拾い上げてメイドに渡した。

「あの女がシリウス様の正妻になるですって!?そんなことあってはならないことだわ!」

「本当に、驚きましたわね。側室はいるが正妻はずっと娶ってこなかった陛下が、ご乱心なさったか・・・」

同じくパーティに出ていたラナの母親も不満気にそう漏らした。

「私があれだけ言い寄っても梨のつぶてだったシリウス様が、あんな女を熱っぽい顔で見つめていた・・・酷い、酷すぎるわ!」

「あなたは陛下を心から愛していましたからね。器量も家系も何の問題も無いラナを差し置いて、日本人の女を正妻に取るなど・・・」

「嫌よ!お母様、ねえ、何とかしてくださいませ!」

「私も出来るなら何とかしたいですが・・・」

「あの女の高飛車な顔・・・悪戯半分にドレスを汚してやったと言うのに、蔑むような顔をして私を見つめたのです!」

付き人のイザールは、内心溜息をついていた。自分のやったことは悪戯半分として棚上げする娘は、まだ子どものわがままさを大いに残している。

「私達にもまだやれることは残っております。幸いなことに我がフォルナクス家はシグヌース教会と親交が深い・・・どこの分家にもそれだけは負けません。ですから、それを利用して彼らの結婚を邪魔しましょう」

「お母様、そんなことが・・・?」

「どうやら聞いたところでは、陛下はあの娘に執心のようですが娘はそうでは無いようです。それならば、あの娘の望みどおりにしてあげるまで」

そう言って人の悪い笑みで微笑むと、ラナをいとおしげに抱きしめた。

「あなたが陛下の正妻になることが出来れば、我がフォルナクス家も安泰・・・それを急に現われた女に邪魔させませんわ」

「ありがとうございます、お母様!」

ラナは涙を流して喜んでいる。

「そして、その作戦とはどのようなものなのですか?」

ラナが尋ねると、母親はイザールにシグヌース教会と話す場を作るように言いつけた。

「あの女が泣いて逃げ出す醜態をみるのが今から楽しみだわ」

人の悪い笑みで彼女は笑っていた。


部屋に入って身支度を終えたシリウスは、部屋を出て行こうとするアントリアにアリアの様子を尋ねた。

「アリアの様子はどうだ?今日も劇場に観劇に言っていたのだろう?好きだといっていた本も沢山届いていたし、機嫌が良かったはずだが」

アントリアは目を伏せて、言いにくそうにしていたが、なんとか搾り出すように告げた。

「アリア様はお変わりなく・・・劇も楽しまれ本を読まれて一日を過ごしておりました。先日パーティでお会いしたお嬢様とのお茶会にも呼ばれ、楽しいひと時を過ごしておられました。

ただ・・・」

「ただ・・・?なんだ?アリアの様子はどんなことであれ報告してくれ」

シリウスが眉根を顰めてアントリアに言う。アントリアは、自分の気のせいかも知れませんが、と断って話した。

「どこかお元気が無いご様子で・・・いえ、体調が悪いわけでもありません、私がよく見ておりますから・・・。お茶会でも私がついておりましたから、何か嫌なことを言われたりされたわけでもありません。むしろアルデバラン語を学べて良かったと仰っておられました。ですが、本当にどことなく、ぼんやりされていることが多いというか、前のような元気がなくなってきているように思います・・・」

アントリアはそう告げると黙り込んでしまった。彼女もアリアを案じているのだろう。彼女はアリアがレダの生まれ変わりだと知っているし、レダの熱い信仰者なのだ。

「わかった・・・話してくれてありがとう。私も気をつけてアリアの様子を見てみることにする。また何か異変があればいつでも教えてくれ」

「あの、たまには観劇に一緒に行かれてはいかがでしょうか?いつも私や付き人のものばかりで、張り合いが無いのかもしれません・・・」

そんなことは無いだろうが、むしろ自分と一緒の方が彼女は嫌がるかもしれないが、分かった考えておこうとシリウスは答えた。

部屋に入り、寝室に向かうと、薄暗い室内の中でソファに座ったアリアがぼんやりとテレビを見つめていた。手元には本があるが、途中のページを開いたまま膝に乗せている。

「アリア・・・?」

名前を呼んでみたが無反応だ。テレビではアルデバラン国営放送でニュースが流れていた。

シリウスはアリアの横に座ってその手に自分の手を重ねた。アリアは漸く気が付いたようで、シリウスを見るとお帰りと言った。どこか夢うつつのようで、アントリアが言っていた様子がおかしいと言うのも頷ける。

「何かあったのか・・・?」

尋ねてみてもアリアはキョトンとしている。特に何もないと返されて、シリウスは胸騒ぎがした。

アリアの顔をこちらに向かせて、その唇にキスをする。アリアがたじろいだ気配がするが、シリウスは止めずに口付けを深めた。

アリアの手が弱弱しくシリウスを押し返してくる。その手首を掴んで、ソファに押し倒した。アリアの膝の上から本がすべり床に落ちる。唇を離すとアリアは止めて・・・と囁いた。

いつもなら激怒して押し返してくるはずのアリアの様子に、シリウスは苛立ちを隠せず性急に首筋に舌を這わせた。やっとアリアの手に力がこもり本気で押し返してくる。

その首筋を強く吸い上げてから、シリウスは体を起こした。

「なに、するのよ・・・」

アリアの顔が心なしか赤い。

「何を考えていた?」

シリウスは切なげにアリアを見下ろしてそう告げた。

「シリウス・・・」

「俺を憎んでいるのか・・・?」

そのまま体をアリアにかぶせて横たわる。血が巡る心臓の鼓動が聞こえてくるのに安堵する。

「どうしたの?シリウス?」

アリアが髪の毛を優しく撫でてくれる。その心地よさに、シリウスは何もいえなくなってしまった。


翌日、シリウスは公務を休みにし、アリアと一緒に観劇に向かった。移動中も、観劇の後も、やはりアリアはどこか元気がなくぼんやりしていた。それを見ながらシリウスは人知れず溜息をついていた。

「こうなることはどこかで分かっていたのかもしれない」

シリウスはボディガードの一人、リンクスにそう呟いた。アリアは少し前の方を歩き、街の様子をきょろきょろと見渡している。

「籠の鳥など、レダが望むことではない」

「かといって手放せばすぐに飛び去っていくのだろう、あの鳥は」

リンクスはシリウスに対しても敬語を使わない。彼はアルデバラン軍の傭兵だった頃にシリウスと出逢い、彼のボディガードに引き抜かれたのだ。

「そうだ・・・だから鍵をつけて折の中に無理矢理閉じ込めて置くしかなかった。だからこうなることは分かっていたのだ」

「お前が態々日本まで行って見つけてきた最愛の人だからな。そう臆病で自分勝手になるのも分からないわけではないが、理解は出来ないな」

3年前に、日本にレダの生まれ変わりを探しに来た時も、お忍びとはいえ護衛が必要なためリンクスが一緒だった。

アリアを偶然見つけたときは、リンクスは影から護衛に勤めていたが、彼が何年も友人として接してきた男とはまるで思えないほど、恋に焦がれた男がそこにはいた。

「かといって、予定に無い町の観光を入れられると困るんだけどな。護衛体制が十分に取れないだろ」

「すまない、どうしてもアリアの元気な姿を見たくて、外に出られれば元気になると思って・・・」

「お前の予想通り、少しは元気になってるんじゃねえの?あちこち見てまわって、護衛が四苦八苦してるぜ」

リンクスが苦々しげにそう言った。確かにアリアの顔に笑顔が戻り、王都の賑やかな町を興味深げに見てまわっている。

その時、アリアに小さい男の子がぶつかった。アリアが謝りながら助け起こそうとするが、少年は走り去っていく。リンクスが鋭い声で叫んだ。

「スリだ!捕まえろ!」

警護の男が走って少年を捕まえる。少年の手にはアリアの持っていたスカーフが握られていた。

少年はみすぼらしい格好でやせ細り、靴も履いていなかった。じたばたと暴れるので警護の一人が腹を殴るとぐったりと大人しくなった。

「や、止めて!」

アリアが慌てて止めに入った。さらに殴打を加えようとする警護の男を止めようとして、逆に跳ね飛ばされてしまった。シリウスが駆け寄って、警護の男に止めろ!と叫んだ。

「大丈夫か、アリア」

「私は大丈夫・・・でもその子は手当てしてあげないと」

「駄目ですよ。今から警察がやってくるのでそっちに引き渡します」

リンクスが冷徹にそう告げる。

「そんな、スカーフ一つじゃない!見逃してあげて!」

「それは王族のスカーフですよ?一庶民が手を出したのなら、重罪だ。この国では死罪にあたる。警察が来たらその場で処刑されるだろう」

アリアはサッと青ざめた。少年は、ううっと呻きながら歯を食いしばっている。

「それは、本当なの、シリウス」

アリアがシリウスに尋ねると、シリウスは沈んだ表情で頷いた。

「この国は根強い身分制度がまだ蔓延っている。王族を頂点に貴族・軍人・商人、その下に庶民がいる。彼は恐らく孤児だから、さらに下のプレオネという身分だ。プレオネは人として扱われない」

そんな・・・アリアは非常にショックを受けていた。そして決然と立ち上がると「私は日本人です」と叫んだ。

「私はこの国の人間ではないし、王族でもないわ。シリウスの妻にもまだなっていない。私はこの国の制度のどこにも所属していない、だからその子を離しなさい」

アリアは警護の腕を掴むと無理矢理子どもを離させた。アリアに反抗できない警護は大人しくそれに従った。

「大丈夫?立てる?」

アリアは少年を立たせると、少年は苦しそうに何度か咳をしたのでその背中を優しく撫でた。

「ゴメンね、このスカーフは私のものではないからあげられないけど、これを持っていって」

そう言って、日本から身に付けていた時計を外すと手渡した。少年はアリアの対応に困惑しているようだ。

「さあ、早く行って!警察が来る前に逃げるのよ」

そう言ってアリアは彼を送り出した。まだ腹を摩りながら、よろよろと少年は雑踏に姿を消して行った。

「あなたの行った行為はこの国の制度に反していますよ。犯罪に加担するつもりですか?」

リンクスがそう告げるとアリアは首を振った。

「私は何も盗まれていないし、時計をあげただけよ」

「この国にああいった子どもは数多く存在します。あなたが一人を助けたところで何も変わりませんよ」

「わかってる。だからと言って見過ごすつもりも無いの。私は同じようなことがあれば何度でも同じ対応をするわ」

ふーっとリンクスが溜息をつく。

「せいぜい警護の邪魔にならないようにしてくださいよ」

「分かってるわ」

そういうとアリアは悠然と微笑んだ。その微笑をシリウスは眩しそうに見つめていた。

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