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第五話

「劇場?」

「そう。私、劇や音楽も好きだから、それを見に行かせて欲しいと頼んだの」

私はまた部屋でアントリアが淹れてくれたお茶を飲んでいた。前にはグルースさんが座っている。

「そりゃまた、安上がりなお願いだな」

「シリウスにもそう言われたわ。私にはちっとも安上がりに思えないんですけどね」

「どこの劇場に行ったんだ?」

「アルデバラン国立劇場ってところ。丁度有名なオペラ歌手が来て公演をしていたそうで、とても素敵だったわ」

「そりゃ良かった。その劇場は歴史のあるところだから、最高級のオペラを堪能できただろう。しかし、理解できないな。もっと金のかかるお願いにすればよかっただろうに」

「私にはどんなブランド品や宝石よりよっぽど贅沢な体験だったのよ?それに、今後も好きな公演があれば行っても良いって言ってくれたの、楽しみだわ。でも・・・」

「ん?なんだ?」

「・・・贅沢な話なんだけど、席が良すぎるの。いえ、席が良いのは良いんだけど、周りが貴族や王族の人ばかりで、誰だこいつって興味津々で見てこられるのは参ったわ」

「そりゃ、シリウスも一緒に行ったんだろ?国王陛下だからな。その隣にいる、エスコートされてる女は誰だってなるさ」

「注目を浴びるのって、慣れてないし嫌な気持ちだわ・・・それにドレスアップさせられて、オペラだから仕方ないのかもしれないけど、身分相応じゃない格好も居心地が悪い気がするわ」

「ふーん、本当に欲がないんだな。着飾られるのも嫌ってか。まあ、それはシリウスの趣味だ。好きな女を着飾って鑑賞したい男の性って奴だよ」

そう言うとグルースさんはケラケラと笑った。

「もう、次からは一緒に行きたくないって言っちゃって、また拗ねられたんです・・・本当に子どもみたい」

溜息をつく私をグルースさんは面白そうに見ている。

「あのシリウスを子どもみたいといえるのはアリアだけだろうね。その子どもの部分を引き出せるのもアリアだけなんだろう」

そういうと、グルースさんはアントリアにお茶のお代わりをお願いした。何とかっていう、珍しい名前のお茶をオーダーして、準備のためアントリアが部屋の外に出て行った。

「シリウスはアリアのことをとても大事に思っているようだ。でも私はやっぱり承服しかねるよ、アリアを無理矢理妻にするなんて・・・。驚くことに父上も黙認しろだなんて言い出して・・・私は断固反対だ」

「グルースさん・・・」

「シリウスの妻になったらアリアがどんな苦労をするのか目に見えている。この王宮はシリウスや我々の味方ばかりではない。アリアがシリウスの弱点なら、そこを狙ってくるものも多いはずだ。それに、日本人女性がアルデバランの王妃になるなど、前代未聞だ。事実になれば軋轢を生んで、アリアのためにもこの国のためにも良くない」

「私も、そう思います。シリウスは無理矢理通そうとするでしょうけど、私に王妃が務まるとも思わないし、ましてや自分も望んでいないし周りからも望まれない結婚なんて・・・」

俯く私の肩を優しくグルースさんが撫でてくれる。

「気を落とさないで。私がなんとか逃がしてあげられる方法を探ってみるから。今はまだ無理だけど、悲観せずにそれまで待っていてほしい」

「本当ですか・・・!?日本に帰る見込みが少しでもあるんです・・・!?」

「私の伝を使えば、出来ない話ではないだろう。シリウスにばれないようにやるから、時間がかかるかもしれないけど・・・」

「それでも良いです・・・!お願いします・・・」

私は肩を撫でるグルースさんの手を掴み、頭を下げた。

「ごめんね、本当にうちの馬鹿弟が・・・」

その話はアントリアが戻ってきたのでそこで終わりになった。私は少しでも望みが繋がったことに安堵した。


夜が更けて、いつも通り就寝の準備をしているところにシリウスが帰ってきた。酷く疲れている様子で、さっとシャワーを浴びるとベットに潜り込んでいった。シリウスの巨体でこんもりと盛り上がったベットを呆れ顔で見やって、私もそろそろ寝ようと持っていた本を置きシーツに潜り込んだ。すると太い腕が腰に回され引き寄せられた。

「ちょっと、シリウス?」

私の胸の辺りに額を摺り寄せてくるシリウスに、セクハラ野郎と引っ叩きたくなる。しかし、幼子がしがみついてくるような姿に、私は諦めてその髪と背中を優しく摩った。

「疲れてるの・・・?酷い顔をしていたわよ」

シリウスは思う存分額を胸に押し付けると、顔を上げた。眉間にくっきりと皺が寄っている。その皺を伸ばすように顔をぐりぐりと撫で回した。シリウスは気持ちよさそうな顔でされるがままになっている。実家で飼っていた猫を思い出して噴出しそうになった。

「もし俺がこの国の国王でなければ、君との関係はもっと違ったものに出来たかもしれない・・・」

少し和らいだ目つきで枕に頭を乗せて、シリウスは独り言のように呟いた。

「そうね、私がこの国に無理矢理連れてこられるようなことはなかったでしょうね」

皮肉めかせて言ってみたが、今日はこの人をこれ以上追い詰める気にはならない。

「この国のために、この国を良くしようとずっと努力してきた。父上が作りあげた改革の基盤を脅かすものは誰も許さないと・・・でも心はいつも君を求めていた。君が俺の側で、息をして、見つめて、こうして触れられると言うことが、奇跡のようだ」

「シリウス・・・」

シリウスの手が頬を愛おしそうに撫でる。部屋の明かりは全て落ち、ベッドライトの柔らかい明かりだけが私達を照らしている。

「こんな、最悪な気分の夜にも、君が側にいてくれて、微笑んでくれるだけで心が満たされる。朝起きた時に、君の寝顔を見れたことで俺がどれだけ勇気付けられているか知らないだろう?」

真剣な瞳で言われると、頬が赤らんでしまう。

「あなたは本当に、熱狂的なレダ信者なのね」

茶化すように言う私の言葉に、シリウスはふっと微笑んだ。

「君はアリアで、レダだ。俺には区別できない存在・・・同じ魂なんだ」

私には、まだ理解できないが、シリウスは本当に私をレダの生まれ変わりだと信じているのだろう。

「今度、父上の誕生日パーティがある。その時に、君も出席することになった」

「それって、正妻としてのお披露目ってわけ?」

「そうだ、察しが良いな」

「拒否権はあるのかしら」

シリウスが無言で首を振る。何度目か分からない深い溜息をついて、シリウスの頬を引っ張った。

「いひゃい」

「せめてもの仕返し。あなたが私の意思なんてお構いなしなことくらい、もうよ~くわかりましたから」

そういうと、ぷいっとシリウスの反対側に体を向けてささやかな抵抗をして見せた。しかしまた力強い腕で腰を引き寄せられ、シリウスの体にスッポリ包み込まれてしまう。

「おやすみ、アリア」

背中でシリウスの声がしてベッドの明かりが落とされる。もう何度、こうやって一緒に寝ているか分からないが、シリウスは約束したとおり手を出しては来ない。ボディタッチは多いが嫌がるほどのものではないものばかりだ。一体いつまでこの状況が続くのだろう、と私は思いを馳せながら眠りに落ちた。

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