第十六話
アルデバラン国の首都の外れにある薄暗いバーに、陰気な客たちがごった返して夜通し質の悪い酒を飲んでいた。その中に一際ひっそりしたスペースに、2人の男が座っていた。一人は機嫌が悪そうに、強い酒を浴びるように飲んでいる。
「おい、飲みすぎだって」
「うるせえな、いつもこれくらい飲んでるんだよ」
「酔っ払いだと話にならんぞ」
「ち、俺たちの活動が遅々として動きが無いんだ、飲まないとやってらんねぇよ」
「そう焦るな、エルナト。お前は日本まで行って王族を追い詰めたんだ、その功績はカリーナ様もサディル様もよくご存知だろう」
「ふん、だからお前はダメなんだよ、イザール。俺はカリーナやサディルに褒められたくてレグルスに入ったんじゃねぇ、この国を転覆させて民衆を解放させるのが俺の使命だ。一日も早く王族を皆殺しにしないと気がすまねえ」
「おい、声がでかいって、さすがにレグルスのアジトの一つの店だからって、そう大声で言える話でもないんだぞ」
「分かってるさ・・・」
エルナトはさらに酒をぐいっと喉に押し込めた。熱が喉を伝って胃に収まっていく。
「でも日本で見つけたあの女、一体何だったんだろうな・・・」
エルナトはレグルスの諜報機関からの情報で、シリウス国王が日本の女を探っているという情報を入手した。どうやら国王にとって重要な人物らしいと分かると、エルナトはレグルスの実働部隊と一緒に日本に飛んだ。この実働部隊はこれまでにも何人もの王族や貴族を拉致してきた凄腕揃いだった。しかし、すんでのところで国王自ら軍隊の精鋭部隊を率いて女を守り、そのまま連れ去ってしまったのだ。
「あの女、半信半疑だったが、あれほど国王が身を挺して守るんだ、シリウス国王の致命的な弱点に間違い無い・・・本当に惜しいことをした」
「それについてだが、俺が今潜入しているフォルナクス家に息女がいてな、俺はその付き人をやっているんだが、シリウス国王が日本人の女を王宮に囲っているらしいぞ」
「何だと・・・?」
「さらに、その女を王妃にすると言い出しているらしい・・・これは極秘情報だが、国王はその女にベタ惚れなんじゃないのか」
「・・・うまく使えば最大の武器になりそうだな。その女の写真なんかは無いのか」
「ない・・・だが、今その女はとある孤児院でボランティアをやっている。そこにフォルナクス家の息女もたまに手伝いに行くのだが、その時に遠くから観察していろ。お前なら顔がわかるだろう」
「ああ、任せな」
エルナトは上機嫌で胸を叩いた。
「どうやら、俺にツキが向いてきたようだぜ」
この日も、いつものようにアリアは孤児院で生き生きと働いた。
ラナと付き人のイザールも現われ、一緒に子ども達の相手をして楽しく過ごしていた。しかしこの日は、シリウスに大事な外交会議がある日で、リンクスはシリウスの護衛に回ることになっていた。
その代わりに、プロの護衛が2人、アリアについていた。いつもリンクスがアリアについていることも出来ないので、これはたまにあることであった。しかし、孤児院からの帰り道に、アリアとラナが乗った車が銃弾を浴び、運転手が死亡、タイヤに穴が開いて運転不能になってしまった。スピンして車が住宅の壁にぶつかり、止まった。ラナもアリアも悲鳴をあげて身を守っていたが、すぐに車は武装した男達に取り囲まれてしまった。
「手を上げて車から降りろ!」
武装した男達は7~8人ほどで、みんな顔を隠し大きな銃を両手に抱えていた。アリアはその武装集団の姿に見覚えがあった。日本で自分を拉致しようとした男達にそっくりだったからだ。
狙いは、私か・・・。
アリアはギシリと歯を軋ませながら眉間に皺を寄せた。
武装集団はすぐに車に乗り込んできて、アリアとラナ、残るボディガードの一人を引き摺りおろした。乱暴なやり方で、地面に引き倒されて、足で重みをつけながら後ろ手に拘束される。一緒に乗っていたはずのラナの付き人であるイザールは、なぜか拘束を受けずに余裕の顔つきで車から降りた。その様子からすぐに彼がスパイであり“あちら側”の人間であることは察することが出来た。武装集団もイザールには好意的に話しかけている。ラナが信じられないような顔でそれを見ていた。
「ふん、お前がアリアだな、久しぶりだ」
武装集団の中の一人の男がアリアを見ながらそう呟いた。やはりあの時のやつらか・・・。3人とも捕らえられると、男の一人が、「他の男と女はどうする」とリーダー格の男に尋ねた。
「女は連れて行け。どうせ貴族の女だ、上手く使えるだろう。男は殺せ」
そう吐き捨てて男が言うと、ボディガードの男の体が大きく震えた。無言で銃口が突きつけられ、永遠のような瞬く間のような一瞬の後、銃声が鳴り響いた。さっきまで陽気に話をしていた男は、頭から血を噴出しながらピクリともしなくなってしまった。
ラナが悲鳴をあげて泣き出した。それを煩いといって武装した男の一人が銃で容赦なく殴りつけた。アリアは呆然とそれを見やるしかなかった。
乱暴に引き上げられ、武装集団の車に押し込められようとした時に、どこからか銃声が鳴った。騒然とする一動と、連続してなる銃声に、2人の男が崩れるように倒れ、血を流し始めた。
「クソ、警察だ!逃げろ!」
黒い車が数台猛スピードで走り寄ってくるのが見える。その車の窓から、銃口がのぞいていた。武装集団は慌てふためき、車にアリアとラナを乗せて走り去ろうとした。その時アリアは、車のロックがされなかったことに気づいていた。そして、扉の近くにはラナが泣きじゃくりながら座っていた。一瞬で、アリアの頭にいろんな考えが巡った。多分、狙いの自分は命を取られる可能性は低いだろう。だが、ラナはどうだろう。酷い目にあって、乱暴されて利用されて殺されてしまうかもしれない。上手くすれば一瞬の隙を突いて車から飛び降りることは出来そうだが、一人しか無理だろう。それならば、どうすべきか・・・。
アリアは、一瞬脳内をシリウスの顔がよぎったが、すぐに打ち消した。ラナを逃がそう。そう決めれば行動は早かった。拘束された手を器用に伸ばしてドアに手をかけ開くと、後ろ足でラナを蹴飛ばした。驚いた顔をしたラナが、ドアの外に消えていく。あわよくば自分も飛び降りようとしたが、すぐに伸びてきた手に腕を掴まれて引き戻された。ドアも閉められ、ロックをかけられる。そして、腹を思い切り蹴り飛ばされ、激痛と共にアリアは失神した。




