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第十四話

オリオン社の一大キャンペーンは大好評で迎えられた。

“涙ではない、スマイルの甘い味”の広告はいくつかの広告賞を受賞して大きな話題になった。海外でカップケーキが飛ぶように売れたのに加え、オリオン社の名前が大きく知れ渡り、国内でもじわじわと浸透して行った。結果シリウスが予想していたようなことが起こり、国営食品メーカーは業務改善に陥った。

さらにその話題はシグヌース教会にまで波紋を呼び、シグヌース教会の管轄していた孤児院で起きていた課題を、なぜ外資企業が先に手を打つのだ、今まで何をしてきたのだという批判が沸き起こり、聖職者の汚職や不祥事もあぶりだされた。

多くの聖職者が職を追われ、責任を取る形でシグヌース最高司祭のベラトリクスが辞職することになった。表向きには高齢のため辞職ということになったが、最後までベラトリクスは険しい顔をして辞めて行った。

ベラトリクスの代わりに抜擢されたのが、最年少のレティクルムだったことも驚きと共に迎えられた。彼が少なからず孤児院改善に携わっていたことと、国王やフォルナクス家の推薦により、今まで司祭の中では地位の低かったレティクルムが大躍進を遂げることになった。また、孤児院の新しい院長はリブラが務めることになり、そこにはアリアの助言が多分に盛り込まれていたことは言うまでも無い。


アリアはその後も孤児院でボランティアを続けたが、今までとは比較にならない経営費用の増加から待遇はかなり改善し、冷蔵庫や洗濯機などの役に立つ家電の導入をすることが出来るようになりさらに孤児院内の雰囲気は明るくなった。レプスはオリオン社の工場で働きに出たが、仕事で賃金を得られることが嬉しくて仕方がないようだ。いつも元気いっぱいに働きに出かけていった。


そんなある日、ミモザの体調が良くない日が続き、終にベットから起き上がれなくなってしまった。しかしプレオネは医者にかかれないのが常識だ。病院に行っても門前払いにされてしまう。

暗い顔をする孤児院の人たちを尻目に、アリアはオリオン社のレオに掛け合って国境無き医師団に助けを求めた。医師が派遣されてきて、ミモザを見てくれることになったが、診断は性病の悪化による末期状態、もう手の施しようが無くもって数日とのことだった。

ミモザを性的虐待していた貴族に怒りを燃やしつつ、何とか孤児院の職員達で手を尽くしたが、ミモザの病状は見る見る悪くなっていき、もう命の灯火が尽きそうなのは明らかだった。

レプスは妹のように思っていたミモザの運命に戸惑いを隠せず、やりきれない様子で苛立っていた。アリアも暗い顔をしていたが、レプスの肩を撫でて「最後まで、ミモザの側にいてあげよう」と言った。

アリアとレプスはミモザのベットの側に座り、目も開かないミモザに本を読んであげたり体を拭いてあげたり甲斐甲斐しく看病をした。

ミモザは常に苦しそうに咳をして、引きつるように呼吸をしていた。そして涙を流しながらアリアの手を取った。

「お母さん、お母さん・・・痛いよ、助けて・・・見捨てないで・・・置いていかないで・・・お母さん・・」

アリアは胸が詰まるような思いでその手を握り返した。そしてそっと話しかけた。

「ミモザ、あなたは愛されているわ。大丈夫、痛いのなんてすぐになくなるわ」

「いやだ・・・痛い・・・苦しい・・・私は何のために生まれてきたの・・・?どうしてこんな辛い思いばかりをするの・・・?」

「ミモザ、ミモザ!お前が居てくれたから、みんな楽しかったよ!俺も、ミモザが居てくれたから、笑っていられて、嫌なことも忘れて、みんな家族みたいに思っていた!ミモザのこと、大好きだから」

レプスが泣きながらミモザに話しかけている。

アリアは遠い日の自分を思い出していた。宝物のように育てられ、優しかった母。なのに、父が出て行ってから狂った様に人が変わってしまった。男をとっかえひっかえ連れてきては、幼いアリアに八つ当たりをしていた。

“あんたさえ生まれてこなければ、私は幸せに暮らせたのに!”

そう言われて育てられた日々を、生々しく思い出せる。あんたさえ生まれてこなければ・・・。その言葉を繰り返し、繰り返し・・・。

終に母に捨てられ、施設に預けられてから塞ぎがちだったアリアだが、施設の人たちは暖かく迎えてくれたおかげで楽しく過ごすことが出来た。そして里親の老夫婦に引き取られてからも、愛情深く育てられたのだ。

それでも、施設を出た時、老夫婦が亡くなった時、思い出すのは母親の鬼のような形相と“あんたさえ生まれてこなければ”の言葉だった。

帰る場所が、もうどこにもない。寄る辺の無い渡り鳥のように、寂しくさ迷う冷たい感情をアリアは嫌というほど知っていた。

でも、一番欲しかった言葉をくれた人が居た。

帰る場所を、居場所を与えて待っていてくれる人が居た。

生まれ変わっても変わらずに、愛し続けてくれる人が居た。

そのことが、アリアの心の氷を、いつの間にか柔らかく溶かしてくれていた。

アリアはミモザの汗で濡れた頭を優しく撫でた。

「あなたは良い子・・・とても良い子。沢山の人に愛されて、沢山の人を幸せにしてくれた。あなたの人生は、とても素晴らしいものよ、あなたと出会えて良かった」

アリアは暖かい涙が頬を伝うのを感じながら、ずっと夜明けまで優しくミモザの頭を撫で続けた。朝日が昇り初め、空に光が復活してくる頃に、ゆっくりとミモザは息を引き取った。


シリウスは孤児院で子どもが一人亡くなった知らせをリンクスから受けていた。

さらに今日はアリアが王宮に戻ってきていると聞いて、急いで執務を終わらせ部屋に戻ってきた。電気もつけないままの暗い部屋のベットで、アリアがうつ伏せに寝転がっていた。四肢を放り出して、ピクリともしない。ベットサイドの明かりをつけて、シリウスがそっとその側による。

アリアが身じろぎをして、顔を横に向けた。目が真っ赤だ。沢山泣いたのだろう。アリアの頬に張り付いた髪をかきあげながら、シリウスは大丈夫かと囁いた。

「・・・守って、あげられなかった・・・もっと楽しいことや、新しい経験があの子を待っていたはずなのに・・・身勝手な大人の犠牲になって、死んでしまったわ・・・」

「アリア・・・」

「なぜ、人は裕福になるほど心が貧しくなっていくの、人の道を外れたことを平気でするようになるのよ・・・」

「・・・俺の、力不足だ。今もどこかで、同じような子どもが死んでいっているかもしれない。それを、止められない俺のせいだ」

シリウスの声が悔しさで震えている。ギリギリと歯を食いしばり眉間に皺が寄っている。

「あなたは、十分立派にやっているわ」

「それでも、こんなことが起きる度に俺は自分が情けなくなる」

アリアは起き上がって、シリウスの胸に自分の顔を押し付けた。シリウスが戸惑いながら抱きしめてきてくれる。

「あなたが居てくれて、良かった」

シリウスの体がびくりと震えた。アリアは目を閉じて、涙を流しながらシリウスの胸に擦り寄った。

「いつも、辛いことがあっても、一人で何とかしようとしてきたわ。だけど、今はあなたがいてくれる。私と同じような考えを持って、同じように傷ついて、分け合ってくれる・・・それがとても、・・・幸福なことだと思うの」

「アリア・・・俺も幸せだ。君をこうして抱きしめていられる。君を一人で泣かせないで居られる」

「シリウス・・・」

アリアが顔を上げた。涙で潤んだ瞳で見上げられると、酷く扇情的だ。引き寄せられるように、シリウスがアリアに口付けた。アリアも静かにそれを受け入れ、目を閉じた。口付けが深まり、お互いを競うように求め合って、何度もキスをした。

言葉にならない感情をもどかしく相手にぶつけるかのように、二人はお互いを無心で求めた。

きつく抱きしめたり、深く体をつなげることで、相手の存在が本当にこの世にあるかを何度も確かめ合った。

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