第十二話
「あら、今日はアリアがいないの?」
珍しいわねと言いながら、ラナが孤児院にやってきた。いつものように大量の本やお菓子を持っての訪問で、子ども達から大歓迎をされている。
「アリアはこのところ、忙しいらしくてなかなか来れていないみたい」
職員の女性が少し残念そうにそう言った。アリアのことだから、孤児院の仕事が嫌になって、というわけでも無いだろうが・・・。
お菓子を配っていると、ミモザが一人壁際にポツンと立っていた。寂しそうなその姿に、ラナが近寄って言ってお菓子を差し出した。
「ほら、ミモザの分もあるよ」
しかしミモザは首を振って受け取ろうとしなかった。
「お菓子は、いらないの。本をちょうだい、おねえちゃん」
そうだった、ミモザは大の本好きなのだ。
「そうね、好きなのを選んで行って良いわよ」
そういうと、途端にミモザの顔がパッと明るくなった。
いつものように慌しい一日を孤児院で過ごしているが、ラナは充実感で溢れていた。今までの自分がどんなに怠けていたのか、空虚な生活をしていたのか良く分かった。汗水をたらして働けば、どんなご飯もご馳走のように美味しいし、誰かと苦楽を分かち合えば、こんなに暖かい気持ちになるのだ。
夕方になるとアリアがどこからかリンクスと一緒にやってきた。ラナを見つけると手を振って駆け寄ってきた。
「ラナ、来てたの」
「そうよ、アリアがいないからビックリしたわ」
「ちょっと野暮用で・・・」
アリアはなんだか隠し事をしているようだ。悪いことではないだろうから、それ以上詮索はしないことにした。その時、レプスがアリアのところにやって来た。
「アリア、ミモザが具合悪いみたいなんだよ」
「あら、また?最近頻繁に風邪をひいているわね・・・お薬もって行ってあげましょ」
アリアはレプスと一緒にミモザの部屋に行くことにした。その途中で、どうもリブラとラナが良い感じらしいと言う話で盛り上がった。いつも喧嘩ばかりして一見仲が悪そうなのに、明らかにお互い意識しあっているようだと言う。
「リブラも意地が悪いよな、ラナ姉ちゃんが突っかかってくるようにわざと仕向けてるんだぜ」
「あらー子どもにまでバレバレなんて、ちょっとリブラも可哀想ね」
そうふざけて言いながらミモザの部屋にやって来た。ミモザはベットに横になったまま本を読んでいた。頬が赤く息が荒い。熱を測ったがやはり高熱を出していた。
軽い食事と共に薬を飲ませ、おでこに冷たいタオルをかけてあげる。ミモザは少し楽になったようで表情が安らいでいた。
その時、レプスがミモザの枕元にあったぬいぐるみを手に取った。もうボロボロのぬいぐるみは、ミモザのお気に入りのやつだ。
「随分ボロボロになっちまったな、これ洗って綺麗にしてやるよ」
レプスなりに気を使っているらしい。微笑ましく思っていると、ミモザが勢いよく起き上がった。
「ダメ!それに触らないで!」
あまりの剣幕にアリアもレプスも驚きを隠せない。いつも大人しいミモザが目を吊り上げて叫んでいる。折角かけておいたタオルも床に落ちてしまった。
「お、落ち着いてミモザ」
「どうしたんだよ」
「やめて!返して!」
半泣きになりながらミモザがレプスの持つぬいぐるみを引っ張った。その時、ぬいぐるみの服がほつれ、バラバラという音を立ててキャンディが床に落ちた。
カラフルなキャンディが床に散乱するや、ミモザは大声を上げて泣き出してしまった。何事かと他の職員や子ども達も集まってきてしまった。わけが分からない様子のレプスに対して、アリアは信じられないような顔をして呆然としていた。そして、サッと立ち上がってリブラに子ども達を連れて行くようにお願いした。見たこともない怒りの表情をしたアリアに気圧されて、リブラは怪訝な顔をしたレプスを含めて子ども達を連れて行ってくれた。
後に残されたアリアは、キャンディを拾い上げてポケットに突っ込んだ。そして、泣くミモザの横に座り、背中を優しく摩った。
「怖かったわね・・・辛かったわね・・・よく耐えたわ、もう大丈夫よ」
「お姉ちゃん・・・!」
ミモザはアリアの胸に飛び込んで泣きじゃくった。その背中をゆっくりと摩ってアリアは囁いた。
「もう怖いことはないわ、私が守るから。だから、お願い。一つだけ教えて。これをくれた人は孤児院の中の人?」
そう言ってアリアはキャンディをミモザに見せて聞いた。ミモザは首を振って、知らない人だと答えた。
「分かった、ありがとう」
そう言うと、アリアはミモザが泣き付かれて眠りに落ちるまで側に付き添った。
ミモザの部屋から出てきたところへ、ラナとリブラが駆け寄ってきた。
「ミモザは大丈夫だったか?随分取り乱していたみたいだが・・・」
アリアは暗い表情で俯くと、2人を連れて職員の集まる休憩室へ向かった。
「ミモザはおそらく・・・性的虐待にあっている」
アリアが吐き出すようにそう告げると、皆驚きに言葉を失った。
「な、なんだって・・・?」
アリアは先ほど拾ったキャンディを机の上に広げた。
「私が孤児院にいた時も話に聞いたことがある。こうやって子どもの性的虐待を行う大人は、お菓子を子どもに渡してこう言うの、“これは2人だけの秘密だよ”って・・・」
「嘘だろ・・・」
リブラがふらふらと壁に寄りかかった。
「一体誰がそんなこと・・・」
「孤児院の人ではないわ。知らない人だって、ミモザは言っていた」
「そんなの・・・許せない、許せないわ!」
ラナは涙で瞳をいっぱいにしたまま、わなわなと震えていた。職員男性の一人が、渋い顔をして口を開いた。
「・・・たまに、貴族の男が寄付のために教会にやってくることがある。そいつじゃないのか・・・?」
「まさか、だって院長がいつも付き添っているじゃない」
「だから、院長もグルってことだろ」
職員女性の一人が、唖然としたまま押し黙った。
「何か、嫌なことをしてるんじゃないかという予感はしていたんだ。でも、まさかそんな酷いことを・・・孤児院の子どもに売春婦のような真似をさせるだなんて・・・」
「大方、それを餌に寄付を増やして私腹を肥やしているんだろうな、おぞましい奴らだ」
リンクスもそう吐き捨てた。
「その、貴族がやってくるのって、いつか分かる?」
「わかるわ、大体毎月初めの頃にやって来るのよ」
「分かったわ、私はもう絶対にミモザをそんな目にあわせない」
職員達は皆沈黙した。それは、貴族からの寄付を当てに出来なくなる可能性を持っていた。だが、誰もがその最低な行いを看過する精神を持ち合わせてはいなかった。
アリアはそれから頻繁に外出し、外で何か仕掛けているようだった。
更にレティクルムのところに直談判に行き、あまりの窮状を訴えた。レティクルムは元々穏やかな男だが、ミモザの話に烈火のように怒り、アリア達の側についてくれることになった。
そして問題の貴族がやって来た日、そのでっぷりと肥えた趣味の悪い男がニヤつきながら院長と何か話しているのを遠巻きにアリア達は見ていた。
そしていつものように孤児院にやって来た院長がミモザを呼び出した。ミモザが怯えているのがよく分かる。アリアが笑顔でミモザを抱え上げその背中を撫でながら、院長に用件を尋ねた。
院長はしどろもどろながらとにかくミモザを連れて行こうとしたが、それなら一緒に行きますとアリアが足を踏み出した。院内では人の目があるからと、しぶしぶアリアと一緒にミモザを連れて行く院長が、孤児院を出ると途端に人が変わった。
人のよさそうな顔が一変し、目を吊り上げてアリアに帰るように叫ぶ。
怯えるミモザを優しく撫でながら、アリアはどこ吹く風と言うように院長を軽くいなした。
アリアののらりくらりとかわして行く話し方に業を煮やした院長は、吐き捨てるように「そいつは体で稼いで一人前なんだ!それ以外に何も出来やしない、穀潰しが!」と喚いたところでアリアの堪忍袋の緒が切れた。
ミモザを下ろすと、間髪いれずに院長を殴り倒したのだ。ハラハラしながら物陰から見ていた職員やリブラが駆け寄ってきて、馬乗りになって殴り続けるアリアを慌てて止めた。
「な、何をするこの小娘!今すぐここから出て行け!」
そうわめく院長に、アリアは、すっと微笑んで、胸からボイスレコーダーを取り出した。先ほどの暴言を流すと、冷たい視線が院長に注がれた。慌てて弁解しようとする院長に、リブラが更に痛烈な蹴りを入れると顔が真っ青になってしまった。ミモザにはこれ以上見せないように、職員の人に連れて行ってもらう。
「こ、こんなの、どこの孤児院でもやってることだ・・・これくらいしないと、寄付なんて集まってこない、プレオネの世話を焼いてるんだ、それくらい対価を与えないとやってけないんだよ!」
「黙りなさい」
レティクルムが現われると、院長はすっかり怯えきってしまった。
「あなたは聖職者の端くれとして、やってはならないことをしてしまいました。あなたには幻滅しました。破門を言い渡します」
「そ、そんな・・・」
「もう二度と聖職者として仕事を出来ない。それどころか、あなたが見下していたプレオネとして生活していかなければいけないかもしれませんね」
院長は青ざめた顔であわあわと言葉にならない言葉を発していた。
「警察も来ています。その貴族共々、幼児買春の罪で逮捕です」
「そんなことをしたら、貴族の寄付が激減してしまいますよ!?貴族を敵にまわす気ですか?」
レティクルムは冷たい表情を変えずに溜息をついた。
「どこかの誰かに横領された分を差し引けば、今までと変わらないと思いますよ?」
ぐうの音も出ないまま、院長は俯いた。
「あなたの心配は奇遇に終わりますよ」
アリアが鋭くそう叫んだ。
「私は貴族の寄付に依存しない孤児院の運営体制を作れないか考え、いくつかの企業に打診しました。その中で、外資系食品メーカーのユニバーサル・オリオン社が私の考えに乗ってくれた。彼らは強制労働というやり方ではなく、子ども達の労働環境を提供してくれると約束してくれました」
「なんだって・・・?」
リブラ達も始めて聞く話に面食らっている所に、リンクスが一人の男を連れてやってきた。彼は白人の大柄な男性で、グレーのスーツを着こなしていた。
アリアと笑顔で握手をすると、レティクルムや孤児院のメンバーにも挨拶をして回った。
「彼はユニバーサル・オリオン社のレオよ。彼の工場で12歳以上の子どもは正当な賃金と適切な環境下で働くことが出来るわ。これは強制ではないから自分の意志に任せるものよ。さらに彼は孤児院経営を社の事業の一環として援助してくれることになった」
「な、なぜそんなことが・・・」
レティクルムを初め、リブラや院長達が驚いている。レオは大らかに微笑んで「ビジネスチャンスだからですよ」と即答した。
「我が社は、アルデバラン国営企業である食品メーカーから売り上げを大きく引き離され、長年挽回のチャンスを得られていませんでした。しかしこの世論の中、クリーンな食品メーカーというアイデンティティを、孤児院と児童の救済、身分制度の解放という活動から得ることができると思っております。国営企業が公然の秘密として、強制労働により工場が稼動していることは周知の事実。そこを攻撃できるとアリアに説得され、私達もその計画に乗りました。試しに児童の笑顔をモチーフにしたカップケーキを作って、アルデバラン人の子どもの写真と“涙ではない、スマイルの甘い味”というコピーをつけて欧米でテスト販売したところ、大反響を得ております。差別や偏見の根強いアルデバラン国内で売れ行きが行かずとも、海外で爆発的な好評を得れば、我が社としても利がありますし国内の風潮も変わるでしょう」
流暢なアルデバラン語でそう話すレオは、アリアに絶大な信頼を置いているようだ。当初、この話を外資系ビジネスマンの集まるバーでアリアから聞かされた時は、上手くいくか半信半疑だったそうだが、その説得力あるプレゼンとテスト販売の結果からユニバーサル・オリオン社の本社からもゴーサインが出たとレオは語った。
「あんた、最近顔を出さないと思ってたら、そんなことしてたのか・・・」
リブラが感嘆の声をあげ、目をまん丸にしてアリアを見つめた。
「私、日本にいたときは広告業の仕事をしていたの。だから、自分の知識を使って何か出来ないかって、探し回っていたところにレオが協力してくれたのよ」
自分で考え、行動し、結果を出すということは単純なようで実は難しいことだ。誰もがそうあれば良いと思いながら、実践できなかったことを成し遂げたアリアを、みな尊敬と羨望の目で見つめていた。
その後、院長と貴族はやって来た警察に引っ張っていかれた。
「あなたにはとんだご迷惑をおかけしました。同じ聖職者の身として、本当に恥ずかしい」
レティクルムがすっかり参った顔をして恐縮しているが、アリアは首を振った。
「私こそ、勝手な真似をしてすいません・・・でも、レティさんが味方になってくれて、断固とした態度を取ってくれたことはとても心強かったです」
「ミモザにも、可哀想なことをしました・・・今までも何人も同じような目にあった子どもがいたでしょう。気づけなかった自分が情けない。一生をかけて彼らの力になっていくつもりです」
レティクルムのその言葉に、アリアは嬉しそうに微笑んで頷いた。




