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09話 デート、そして夕暮れに

(デート。デート? ローレルさんにはそう言われたけど、一体何をすればいいんだろう)


 昼前、ウィルクスの町をイナとヴィヴィが並んで歩いている。

 ヴィヴィは人狼、というよりはイヌ科の好奇心を旺盛に発揮し、数歩先を歩いては右手の魚市を見つめ、反転して戻っては古物商の露店を眺めている。


「イナくん見て見て、変なお面!」

「わ、本当だ。木彫りで、この赤い塗料は血かな? 呪われそうだなぁ……」

「ほんとほんと。あ、あっちの店も面白そうだよ!」

「っと! ま、待って」


 そんな調子で尻尾を揺らすヴィヴィに引っ張られながら、イナはどう振る舞ったものかとそればかりを考えている。

 世の16歳にはデートの一つや二つ経験済みという子が多いのかもしれないが、何せイナは王宮の箱入り育ち。

 デートどころか、町中を誰かと遊び歩くという行動自体初めての経験なのだ。


 そしてイナを余計に混乱させているのは、圧倒的な“寝不足”!


(頭が、回らない!!)


 ホテルではヴィヴィとまさかの同室。

 ベッドは流石に二台あった。二台が離して置いてあるツインの部屋だったが、それでも少し距離を離しただけの同じ空間にヴィヴィが眠っているという事実がイナを悶々(もんもん)とさせた。

 眠る前からシャワーを浴びる音だの、湯上りの火照った頬、髪をまとめ上げたうなじ、部屋に立ち込めるシャンプーの香りだのと波状攻撃を浴びせられていたところに夜闇を介して寝息を聞かされればどうしたって胸は高鳴り、イナが眠れたのは外でニワトリが鳴き始めた頃だった。


 そんな調子なものだから、イナは町中を歩きながらも若干ぼうっとしている。


(眠いのと楽しいのとで、自分の気持ちがよくわからない。ローレルさん、レイモンでもいい。教えてくれ、俺は何をすればいいんだろう……?)


「イナくん?」

「うおわ!?」


 気付けば、目と鼻の先にヴィヴィの顔があった。


「大丈夫?」と、どうやら顔色の優れないイナを心配してくれているようで、日の照りつける往来から建物の影になった場所へとイナを移動させ、段差に腰掛けさせる。


「ごめん、ちょっと考え事をしてたから気付けなくって。あの、座らなくても大丈夫だよ?」

「ダメダメ、座ってて。自分では気付いてないかもだけど、なんだか疲れてるっぽいよ。村に来てからすぐ出発したし、あんまり休めてないもんね!」

「あ、ええと……」


 まさか悶々として眠れませんでしたとは言えず、イナは曖昧な苦笑いで応えるしかない。

 ふむう、とレイモンのような仕草で口元に手を当て、ヴィヴィは周りを見回しながら少し考え、そして駆け出した。


「ちょっと待ってて! 元気の出るもの持ってくる!」

「え、あ、ヴィヴィ!?」


 止める間もなく、ヴィヴィは少し先にあるマーケットの辺りへと走っていってしまった。

 一人で行かせていいものか迷うが、しかし座ってしまうと体がずしりと重く立ち上がれない。寝不足だけでなく、ヴィヴィの言うように疲れも蓄積しているのかもしれない。


(けど、ヴィヴィが心配だ。奴隷の話も聞いたし……)


 ならばと、イナは右手を地面へとあてがう。日陰の土はひんやりと冷たく、ぼやけた感覚を少しばかり冷ましてくれる。

 そこへ、右手に宿った魔素(マナ)を拡げていく。


(力を借りるよ、魔王レオノーラ)


 紅蓮の魔王、世を喰らう女帝。

 かつてそんな悪名を馳せていた魔族の魂はイナの右半身に根を張っていて、その力を放射状に拡げれば、一帯に潜む悪意を感じ取ることが可能となる。

 魔力を薄く引き伸ばし、ソナーのように放って反応を探り……イナは安心したように顔を上げる。


「とりあえず、ヴィヴィの周りには敵はいないか」



 そうしてぐったりと休むこと五分ほど、「おーい!」と戻ってくる少女の姿が見えた。


「可愛い」と、イナは思わず小声で呟いている。


 ヴィヴィの格好はいつもと少し違う。普段の麻シャツの上から、硬くなめした皮のジャケットを羽織っている。

 頭には亜人の耳を隠すために赤いニット帽を被っていて、そこに銀髪と印象的な金色の目が相まって、イナの目には彼女の姿がひどく鮮やかに映っている。


「お待たせ!」


 にっこりと笑ってイナの隣に腰を下ろし、ヴィヴィは抱えていた茶色い紙袋を二人の間に置いた。


「これは?」

「えへへ、疲れてるならと思ってね、食べるもの買ってきたんだ。ほら、じゃーん!」


 ヴィヴィが差し出したのはカップに入れられたナッツ菓子。促されて手を出すと、そこにざらざらと中身を乗せてきた。

 見れば不揃いな粒が数種類、クルミにアーモンドやらがないまぜになったミックスナッツだ。口に運び、イナは楽しげに声を出す。


「甘いや、糖蜜を絡めてあるんだ」

「そうそう! ウィルクスらへんってナッツ類がよく採れるみたいでね、食べ歩き用に甘く味付けしてるんだって。美味しいよね!」

「うん、甘いのは美味しいよね。王都だとナッツには塩をまぶして食べるぐらいだったけど、俺はこっちの方が好きかも」

「あたしも甘い方が好き! それに色々入ってるから食感も楽しいよねー」


 肩を並べてぽりぽりとかじり、その甘さにふと喉の渇きを覚える。と、ヴィヴィはぬかりなしとばかりにニヤッと笑った。


「飲み物もちゃんと買ってあるよ。はいどうぞ」

「これは……ピンク色?」

「飲んでみて!」

「……あ、レモネードだ。美味しいや」

「ラベンダーで色を付けてあるんだって。綺麗だよね」


 レモンの爽やかな酸っぱさと、ほんのわずかな花の香りが心地よい。

 栄養が補給されたのか、酸味が目覚ましになったのか、眠気に重かった頭からようやくモヤが払われたような感覚がある。どんよりとした視界が晴れたような、そんな調子だ。

 

 さて、頭が回り始めたところで、イナは重大なことに気付いている。


(座って休憩してる間に食べ物を買ってきてもらうって……これ、女の子側じゃないか!?)


 一般人の遊び方にうといイナも、さすがにそれくらいの知識は持っている。

 もしも男女が逆だったなら、ヴィヴィの振る舞いは男として完璧だ。だが男なのはイナの方なのだ!


(男だ女だとこだわるのはバカげてる。それはわかっているけれど、流石に格好悪いぞ、俺……)


 そうして一念発起。活力の湧いてきた体で立ち上がり、ヴィヴィの手を……いや、それは少しはばかられて袖を引いた。


「ありがとう、元気出たよ。街を見て回ろう!」

「うんっ!」



----------



 結局、イナとヴィヴィは一日を有意義に楽しんだ。

 名物の食べ歩きをしつつ、大水車や野外舞台などの名所を回り、郷土資料館を軽く流し見て、イナの趣味で本屋を覗き、そして今は店で装備品をチェックしている。


 こうして遊んでいるとただの子供に見える二人も、旅路に戻れば主力の戦闘員。MD(マキナ・ドライバ)に乗っていない時の武器もそれなりに整えておいた方がいいだろうと、武具店に立ち寄った運びだ。


「じゃじゃーん!」


 口での効果音付きで、シャッと勢いよく試着室のカーテンが開かれた。

 出てきたヴィヴィは私服ではなく、戦闘に適した服装に身を包んでいる。


 生成り色のシンプルで丈夫なシャツを着て、そこにナイフや細かな武装を収納できるチェストハーネスを併せている。

 さらに太めのベルトを斜めに引っ掛け、しっかり固定したところに折り畳み斧を提げ、戦闘用のゴーグルを胸元にぶら下げる。

 そこに皮のスマートな上着を羽織れば完成だ。


「えっへへ、かっこよくない?」


 一式を揃えてすっかりご機嫌のヴィヴィに尋ねられ、イナは素直に頷き返す。


「うん、すごく格好良いよ。それにその、ベルトが可愛いと思う」

「だよねだよね! 気に入っちゃったな、買おっかなー」


 鏡に自分を写してクルクルと回るヴィヴィを横目に、イナもまた自分の装備を鏡に映し見る。

 その鏡の中に、ヴィヴィが脇からひょいと顔を覗かせた。


「イナくんもいい感じだよ! なんていうんだろ、スタイリッシュ?」

「あはは、ありがと。俺も一揃い買っておこう」


 旅姿ではあるが、ある程度の高貴さを保つために品の良い白地のシャツを下に選んだ。汚れやすいのは仕方がないと割り切る。

 そこに焦げ茶色の革でできた胸当てを着け、下には丈夫さを重視したズボンを。


(服を変えると気分も変わるな。新しい服はやっぱり心地がいい)


 村に着いた時に着ていた擦り切れたような黒衣と、村人に譲ってもらった変哲のないシャツとパンツ。イナが持っていた服はそれだけだが、明日の謁見で安く見られないため、あわよくば援助を引き出すためには服を新調しておく必要がある。


(それも着飾るのではなく、害種を倒してくれるかもしれないという期待感を持たせることが重要だ)


 服に加えて、腰には剣帯のベルトを巻き、右には革製のホルスターを着ける。

 そこそこ見栄えのするこしらえのショートソードを差し、ロングバレルの銃をホルスターに納めてようやく一式が揃った。


 銃は魔族の技術者によって開発された最新鋭のテクノロジー、MD技術の副産物。

 杖や魔術書が用いられていた触媒技術を転用して、使用者の魔力を弾丸として射ち出すことのできる代物なのだ。


(これでよし)


 自分の姿に頷いたイナの後ろで、ヴィヴィは親指を立ててサムズアップ。


「うんうん、かっこいい!!」

「そ、そうかな……」


 支払いを済ませて店を出て、イナの顔は褒められた嬉しさに綻んでいる。

 あくまで戦いのための衣服だが、お互いにファッションを選び合うような楽しさがあった。


(よし。今のはわりと、デートらしかったんじゃないか?)

(イナくんが笑顔でよかったよかった。友達と町で遊ぶのって楽しいなー)


 エルフのローレルが指摘した通り、二人のお互いの認識には恋愛と友情とのズレがある。

 ただ、イナはこの後の夕食に比重を置いている。雰囲気のよいレストランを予約してあり、ここまでは割り勘で遊んできたが、ディナーは自分が支払うと決めているのだ。ローレルからのアドバイス通り、“男気”を見せるべく。

 その肩肘張った姿勢が正しいのかはともかく……陽は、地平に沈みかけている。


「ん〜遊んだねえ! 晩ごはんはどうしよっか?」

「ええと、予約しておいた店があるんだ。もしよかったらだけど……」

「え、ホント? 準備いいねーイナく……っ……」

「ヴィヴィ?」



——ひた、ひたと。



 “彼女”は赤黒く染まった町の中を、ゆっくりと歩いてきた。

 漆黒の髪を夕風に揺らし、瞳の黒に害意を宿し。ゆらりと、その片手に純白の魔刀を解き放つ。


「あらあら……私にとっての幸せと、それに不愉快とが半々の夜ねぇ」


 女の指先から黒液が滴る。

 その飛沫はイナに同族の共鳴を感じさせ、すぐさま買ったばかりの剣を鞘から抜いた。

 間違いようもないほどに煮詰められた殺意の塊、あれば害種だ。イナと同じく人型の。


「俺が相手をするから、下がってて……どうしたの、ヴィヴィ」


 ヴィヴィの様子がおかしい。いつもの快活な表情は鳴りを潜め、手を震わせながら瞳を揺らしている。

 そこでイナは気付いた。目の前に立ちはだかる害種の女、彼女の頭にヴィヴィと同じく狼の耳が生えていることに。異国調の着物のような服の後ろに、狼の尾が揺れていることに。

 気付けば要素は次々と符合する。目鼻立ち、毛先のハネ、口を開くとわずかに覗く犬歯。


(まさか、彼女はヴィヴィの)


「お姉ちゃんっ!! どうして、どうして……!?」

「愛しているわ、ヴィヴィ。今も昔も変わりなく、世界中の誰よりも」


 害種に飲まれたはずのヴィヴィの姉は、害種としてここに立っている。

 そして妄執めいた目で同族、イナを睨み、白刀の切っ先をゆるりと突き付けた。


「そして妹に纏わりつく害虫が一匹、不愉快極まりない光景。駆除しなくっちゃ……ねえ!!!!」


 弓で射出された矢のように、イナへと凶刃が迫る!

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