08話 男同士の話をしよう
時刻はウィルクスへと辿り着いた時点で既に夕暮れ、そこから正門でのごたごたを経たせいで、空はすっかり暗闇に包まれている。
しかし夜になってもウィルクスの街路には篝火が焚かれ、魔素灯が一帯を照らし、人々が盛んに往来している。
“村”も獣避けのため、また害種の襲来に備えるために、夜になってもぽつぽつと火は灯してあった。
しかしこの町の明かりはそれとは違う、営みのための火だ。
活気にすっかり気圧されて、イナもヴィヴィも肩を並べてぽかんと口を開けてしまっている。
そんな二人へと、エルフのローレルが振り返って笑いを向けた。
「なんだ二人揃って、お上りさん丸出しかよ。村に来る前に魔素灯やらを見たことぐらいあるだろうよ」
特にお前はとびきりの王子様なんだからよ、と付け加えられ、イナは人酔いの覚めないままに小さく頷いている。
「いや、うん。見たことはあるんだけど、久々で……こんなに明るいのも、人で賑わってるのも」
村へと流れ着くまでの間のイナは、放浪を初めて最初の頃は人の集まる地にも足を向けていた。
しかし幾度かの手酷い拒絶を受け、時に裏切られ、時に町人の全員から石を投げられ、徐々に人の集まる地から足が遠のくようになっていた。
正確に何日と数えたわけではないが、あまりにも久しぶりで立ちくらみを起こしそうなほど。
隣ではヴィヴィが、「あたしは田舎の出だから」と純粋な驚きに目を丸く、好奇心たっぷりに辺りを見回している。
比べて、ローレルの態度には一切の驚きがない。
エルフらしく、いや、その中でも眉目秀麗。種族の特徴である美しい金髪を後ろでまとめ、微かに香水の匂いを漂わせている。
行き交う女性と目が合えば誘うような流し目を送り、あるいは気さくに手を振り、相手のタイプを見てアプローチを変える様子は明らかに遊び慣れている。
門番を務めていた男だが、非番が二日続けばすぐさま早馬を飛ばして町まで繰り出していた遊び人なのだ。
そんなローレルはやれやれとばかりに肩をすくめ、慣れた様子で歩き始めた。
「はぐれずについてこいよ、少年少女」
さて、今日イナたちにやれることは何もない。
ウィルクスの町は夜も明るいが、レイモンから聞かされた不安要素もある。夜にふらつくのは避けたいところ。
そもそも朝からの強行軍で疲れも溜まっていて、特にイナとヴィヴィはかなり疲労を溜めている。MDの操縦は実際に体を動かしているかのような負荷が掛かるため、体力の消耗が激しいのだ。
なので、宿のロビーに三人はいる。
家畜や大量の商材を抱えている商人たちは、隊商などを受け入れるための別の大きな宿へ移動している。
イナたちは宿泊費が若干安い町宿で節約だ。領主との謁見は明後日。二泊することになるわけで、少しでも費用は抑えたい。
(謁見の日まで外のキャンプで待つ手もあったけど、あの門番たちの気が変わって立ち入り禁止とでも言われたら厄介。入れる時に入っておくべきだ)
そんなことを考えているイナを横目に、さて部屋を取るかとローレルがフロントへと足を向ける。
と、ヴィヴィが「あっ」と呟いて彼に声をかけた。
「ローレルさん、あたしはイナくんと同じ部屋でいいからね。その方が安いでしょ?」
「えっ……」
「はあ!?」
イナが硬直する。ローレルが驚きに目を見開いている。
そんな二人の様子を見て、ヴィヴィは怪訝げに首を傾げる。
「えっと、イナくんが嫌ならもちろんやめとくけど。一応、護衛だからと思って……」
「あ、いや! 全然! 全く嫌じゃない」
慌てて首を振って意思表示をしたイナを、ローレルはまるで怪物を見るかのような目で見つめている。
「同室って、マジかよ。イナお前、べらぼうに手が早えな……!」
「手が早いって、いや! 俺は何もしてない!」
戦慄するローレルと、疑惑を否定するイナ。そんな二人のやりとりはヴィヴィの一言で遮られた。
「ふっふ、友達だもん。一緒の部屋の方が楽しいよね!」
少女の表情はまるっきり無邪気で、イナは「俺もそう思う」と頷いた。
そのやりとりを見て、ローレルは勝手に巡らせた自分の想像の的外れぶりにへらりと笑みを浮かべた。
そしてフロントで手続きを済ませ、二部屋の鍵をそれぞれ手にして部屋へと向かおうとしたその途中。
部屋がある二階への階段を上がろうとしたところで、ローレルがイナの肩へと腕を回して引き止めた。
「うっ、と。なんです? ローレルさん」
「まあ待ちな。ちょっとばかり男同士の話をしようや」
「男同士のって……いいですけど」
先に階段を駆け上がっていたヴィヴィがくるりと振り返り、イナたちの様子を見て鼻筋にシワを寄せる。
「ローレルさん! イナくんを不良にしようとしないでよ!」
「違う違う、そういうのじゃないから。ヴィヴィちゃんは先に部屋行ってな。ほら」
ローレルはイナの手から鍵を取るとひょいと投げ、それを掴んだヴィヴィは疑わしげに目を細めている。
イナが苦笑いしつつ「先に行ってて」と告げて、渋々と立ち去って行った。
ヴィヴィが部屋へと入った音を聞き……ローレルはニヤリと笑い、イナへとからかいたっぷりの目を向ける。
「おいイナ、お前ヴィヴィのこと気になってんだろ?」
「え、ええ!?」
「見てりゃわかるよ。丸わかりだ。生きてる経験が違うっての」
「経験って……ローレルさんだって若いでしょう」
話を逸らすように呟いたイナへ、ローレルは不思議そうな顔をして問いかける。
「お前、オレを幾つだと思ってる?」
「え? 20代……半ばぐらいですか」
「ははっ、大ハズレ。100歳オーバーだよ。エルフ舐めんな」
三桁?
思わず呆気に取られたイナを見て、ローレルはクカカと笑ってみせる。
そうだった、王宮住まいだと直接接する機会がそれほどなかったため忘れていたが、エルフは人と比べ物にならない長命種。
若く見える彼も、実際はそんな年齢でも何もおかしくはないのだ。
「ま、応じて精神年齢の成長も遅え。人間換算すりゃ25ぐらいなもんだ。現役現役」
そう言ってもう一度軽く笑い、そこからいきなり深刻な表情へと切り替わる。
しかめつらしく、イナの肩に手を乗せると訓戒を口にした。
「お前、今んとこ恋愛対象に見られてねえな」
「えっ」
突然の言葉に、イナの頭は今ひとつ理解が間に合っていない。
恋愛対象という言葉がヴィヴィからの目線を指していると把握し、すっと胃の腑に収まるまでには五秒ほどを要した。
なにせ昼間までは山越えを果たしMDで人々を守りつつ、物騒な道のりを踏み越えてからまだ二時間と経っていない。
軽い話をするモードに頭が切り替わっていないのだ。
だがそんなイナの様子にはお構いなし、ローレルの口は実に流暢に恋愛談義を並べていく。
「村にはちょうどお前やヴィヴィとの同年代が他にいねえ。だがあいつは見た目よし、胸もある。おまけに一部の層に熱い支持のある亜人だ。これから人の多い場所に移ってきゃライバルは増えてくぜ」
ま、俺から見りゃガキんちょだがね。とローレルは付け足す。
確かに町を歩いていた時、彼が反応を示していたのは成熟した雰囲気の女性に対してばかりだった。
熟女好きなんだよ、とは彼の弁。
それはともかく、イナは顔を赤らめて動揺しつつ首を横に振る。
「けど、俺は知り合ったばっかりで」
「十代のガキか! いやティーンでいいのか。にしてもウブ野郎め、消極的なこと言ってんじゃねえよ。お前あれだろ? 一目惚れだろ?」
グイグイと突っ込まれ、イナはつい勢いに押されて頷いている。
「う、うん」
「ようしよく言った。まずは照れねえことだ。いいか、お前が一目惚れしたんだから向こうがコロッと惚れることだってあんだよ」
「な、なるほど」
「吃音すんな! お前はなんつうか、見た目も物腰も女の子っぽいんだよ。だから友達に見られんだ」
「な、るほど……」
「いいか、この2日でバシッと男気見せてこい。こいつはクッソ優しいローレルお兄さんからの餞別だ」
そう告げ、ポンと手渡されたのはズシリと重みのある小袋。
開いてみれば、その中には何枚もの銀貨がぎっしりと詰め込まれていた。
「お金……!? いやこれは!」
「いいんだよガキが遠慮すんな。いいか? 明日はデートだ。デートでビシッと金出して男気見せて、ハート掴んでこい!」
力付けるように強く肩を叩かれ、その妙な熱量にすっかりイナは感化されてしまった。
いや、心の中には遊んでいていいのかと問う“王族の責務”に忠実な自分もいるのだが、それよりもヴィヴィと楽しく過ごせる好機に胸を踊らせる“16歳の自分”が主張を強くしてしまっている。
「ありがとう! ローレルさん!」
「おーう、いいってことよ」
しっかりと礼儀正しく頭を下げて去るイナにゆらりと手を振り、二階へと上がっていったのを見届けてからローレルは面白そうに笑った。
「恋愛したまえ青少年、ってか」
にやにやと笑い、彼の言動は純粋な親切心というよりは野次馬根性だ。
加えて、二人にデートをさせることで自分が明日一日を完全フリーで過ごせるという目算と、さらに王子に軽く恩を売っておけばいざ王に即位した時に良いことがありそうという打算が少し。
「ま、残りはまともに親切心かね」
そう呟き、ローレルは愉快げに自分の部屋へと入っていった。