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07話 友好種と敵性種

 大平原に築かれた町ウィルクス。

 遥か地平には夕日が沈み始めていて、一帯は燃えるような赤に染まっている。

 そんな落日に照らされながら、イナはその眼光を強く尖らせる。


「お前……もう一度言ってみろと言っている」

「なんだ? このガキ。お前は人間だろう、入るなら大人しく入ればいい。さもなきゃさっさと立ち去るんだな」


 今にも食ってかかりそうな様相のイナに、ウィルクスの町の門番は不快感を露わに顔をしかめる。


 イナが怒りを燻らせているのは男の一言、人間以外を“劣等種”と言い捨てた事に対してだ。

 それはヴィヴィのような亜人や、エルフ、ゴブリン、多くの種族で構成されている“村”の住民たちを強く愚弄する言葉に他ならない。


 イナは気弱なところもあるが、彼の正義にそぐわない事柄には断固として立ち向かう性格でもある。

 まだ出会って数日と経っていない。だが疎まれ続けてきた害種のイナに居場所を与えてくれた村の住民たちは、既に心の中で大きな存在になっている。


 故に、退かない。


「訂正しろ。そして詫びてもらう。その劣等種などというふざけた言葉を!」

「ガキが。何に感化されたのかは知らねえが、異人種どもに肩入れしやがって……不穏分子として叩きのめしてやる」


 門番は手にした槍を高く掲げ、棒として打ちのめすべく力を込める。

 イナはそれに応じるべく半身の姿勢、身を沈めて魔素(マナ)を集め、ついに争いが勃発……!


 いや、双方から出てきた人間がそれぞれを抑えている。


「おい馬鹿が、よせ!」

「イナ様、そこまでで!」


 門番は複数人で行われていて、その中の責任者らしき男が血気に逸る番兵を羽交い締めにした。

 イナの方もレイモンが間に割って入り、まあまあと宥めるようにして引き離している。


「何故止める、レイモン!」

「イナ様、まっすぐなお気持ちは素晴らしいものです。ですが、土地には気風というものがあるのも事実」


 まだ納得のいかない様子のイナへ、レイモンは諭すように言葉を続ける。


「イナ様、この町ウィルクスはかつて魔族が多く住んでいた山岳地帯との際に位置しています」

「だからどうしたと」

「そんな場所柄、昔から魔族との戦を繰り返してきた地なのです。故に彼らは異種族を信用しない」

「戦を……」


 その言葉には、イナも矛を収めざるを得なかった。

 確かに、人と魔が手を取り合い始めたのは害種が現れてから後。つまりまだ二年と経っていないのだ。


 “村”では多種族入り乱れての暖かな共生関係が築かれているので忘れそうになる。

 だがそれは故郷を追われ、しがらみを失くした住民たちが集まったからこその奇跡なのかもしれない。


 だとすれば、劣等種という言葉が飛び出すのも仕方のないことなのだろうか。


(それでも腹が立つのは変わりないが……)


 イナはその体質こそ特殊極まりない害種だが、しかし精神的には16歳の少年でしかない。

 まだ感情を飲み込みきれずに憮然としていると、イナといがみ合った門番を止めた、警備の主任らしき四十がらみの男が寄ってきた。

 こちらはさっきの門番とは一転、やたらに腰の低いへこへことした態度を見せている。


「いやいや、大変な失礼を致しました。言葉遣いのよくない男でね、しっかりと教育をしておきますのでここは穏便に……」


 レイモンが丁寧にその言葉を受け、イナは一歩後ろに下がっている。まだかっかとしている以上、話をこじらせないように自重するべきだ。

 続けて、門番の男が口を開く。


「人間、及び友好種。エルフ、ドワーフの皆様は街へ立ち入って頂いて構いません。しかしそれ以外、敵性種の方々には一切の立ち入りを遠慮して頂きます」

「……」


 友好種と敵性種、責任者の男は言葉を変えてきた。

 確かに、エルフとドワーフは長らく人と交流を続けてきた種族だ。この土地の人々から見ても悪印象がないのだろう。

 しかしゴブリンやオーク、魔に類する種族はあくまで立ち入りを禁ずると。その方針にはブレはないらしい。


 今度はイナは堪えた。背後では魔族の住民たちが不満げな、あるいは悲しそうな顔をしているが、情で騒動を起こしても仕方がない。


(そもそも、この町(ウィルクス)は最初の中継点というだけ。最終的な目的地はまだ先の大都市だ)


 レイモンがイナへと耳打ちをする。


(可能な者だけで立ち入り、補給などの要件を手早く済ませてしまいましょう)

(ああ、それが望ましいな。長居したい町じゃない)


 イナは再び歩み出し、門番の男へと頷いた。


「了解しました。それと領主様への拝謁を願いたいのですが、可能でしょうか」


 何も、別に喧嘩を売ろうというのではない。来訪者のマナーとして、それと可能であれば支援物資の提供を願い出ようと思っている。

 イナたちは害種の討伐を目指す救世の軍であり、話の流れ次第では多少の提供を受けられる可能性はある。何より、言ってみるだけはタダだ。


 その申し出に責任者の男は眉を曲げ、少し億劫げに口を開く。


「2日ほど待ってもらいますがね」

「構いません。だとして、村の者たちが町の外でキャンプを張る分には問題ありませんね?」

「まあ、少し距離を開けてもらえるのなら。トラブルは勘弁願いますよ」


 頷き、イナは再びレイモンと話し合う。


「領主との謁見は俺が行こう。レイモン、村の人たちを任せても構わないかな」

「は、それは構いませんが。イナ様、しかし……」

「大丈夫、これでも元王子。お偉い相手と話すのには慣れてるさ」

「ふむう……」


 不安げながら、レイモンは渋々頷く。

 実際、村人たちを2日も外に待機させるとなればMD(マキナ・ドライバ)での護衛は必須だ。害種が襲ってくる可能性がないわけではない。

 立地自体は見晴らしの良い平原なので、レイモンがいれば基本的には安全だろう。


 しかし、レイモンには別の不安もある。

 いかにイナが害種の力を手にしているとはいえたっとい身分。

 それも他の王族はおそらく全て死んでしまっていて、現状、王位継承権で第一位に位置している王子なのだ。

 もちろん基本的には身分を隠しての行動だが、まさか護衛も付けずに町に入れるわけにはいかない。


 そんな会話を二人が交わしていると、間にぐいっと狼耳が割り込んできた。


「うわ!?」

「聞いてたよ! じゃあさ、あたしがイナくんの護衛するよ!」

「い、いいの? 俺は嬉しいけど」

「任せて!」


 快活に名乗りを上げたヴィヴィに、レイモンは微妙な表情を浮かべている。


「ヴィヴィか、ふむ……」

「あたしが強いのはレイモンも知ってるでしょ?」

「いや、強さの問題ではなくてだな……」


 煮え切らない様子のレイモンを横目に、ヴィヴィは素早く彼の横をすり抜けて責任者の男へと声を掛けた。


「ねえ、友好種にエルフとドワーフだけ挙げてたけどさ、亜人は? うちの種族は人間と基本的には仲良くやってるよ」


 ヴィヴィからの問いかけに、男は「ああ……」と曖昧に声を漏らしながら彼女の足先から狼耳に至るまでをじっくりと眺め上げる。

 なんだか嫌な感じの目だな、とイナは感じている。まるで品定めをするかのような。

 そして男は、薄笑みを浮かべて口を開いた。


「亜人は許可がいる。許可が降りるかは上の判断次第だ。写真を撮るが構わないな?」

「ええー、面倒だなあ。可愛く撮ってよね」


 顔の横にピースを構えてビシリとキメ顔。ヴィヴィへ向けて、その場で魔晶カメラのシャッターが切られた。

 撮り、責任者の男は他の番兵へとカメラを手渡す。正門脇の守衛室へと番兵は消え、しかし1分もしないうちに戻ってきた。


「通して構わないそうです」

「そうか、早いな。だろうとは思ったが……フフン、相当気に入ったらしい」

「……? ねえねえ、あたしは町に入っていいんだよね?」

「ああ、ご自由に」



 そうして、ようやくウィルクスへと入るための準備が整った。町に入るのは必要最低限の人数だ。


 まずは代表者のイナ、護衛のヴィヴィ。

 そして物資を整えるため、人とエルフ、それにドワーフの商人たちだけが町へと入る。

 行軍の速度を落としてまで村から家畜を多く連れてきたのは、この町で売って旅費へと変えるためだ。

 さらに、それぞれの種族が作った工芸品や諸々を町中のマーケットで売り捌く。

 魔族の立ち入りは禁じられていても、彼らが作った物の持ち込みまでは禁じられていない。ゴブリンの革雑貨やオークが作る荒々しい骨細工は、この町では稀少な商品になるだろう。

 そうして得た金で大移動に要する食料や日用品、さらにはドワーフたちの目利きでMDのパーツも補充できればと考えている。


 王子のイナは金銭感覚にうとい。全くの無知でもないが、売買と資金繰りはその道の専門家たちに任せるのが一番だろう。


 それと、MD乗りのエルフ男、ローレルが自分もと同行を願い出てきた。

 特に断る理由もなかったので、イナは首を縦に降る。


「いいですよ。外はレイモンとオドさんがいれば大丈夫だろうし」

「おっ、話がわかるなイナ少年!」


 調子よくイナの肩を叩くローレルに、ヴィヴィとレイモンは揃って白い目を向けている。


「ローレル貴様、どうせ女遊びだろうが」

「遊び人だもんね。なーんの役にも立たないよ、きっと」

「おいおい、レイモンの爺さんもヴィヴィちゃんも辛辣だなぁ! ちょっと羽を伸ばすくらい構いやしないだろ?」


 そんなやり取りをイナは苦笑いで見つめ、商人たちが町へと入り終え、最後にイナとヴィヴィが門へと向かう。

 その背を、レイモンが呼び止めた。


「イナ様、お気を付けて」

「ああ、レイモンも。外を頼んだぞ」

「大丈夫だよ、アタシもいるんだからさ」


 トントンと爪先で地面を叩きながら、ヴィヴィがにっこりと笑顔を見せる。

 だが、レイモンの表情はどうにも優れない。


「イナ様を案じているのはもちろんだが、ヴィヴィ、お前も心配なのだ」


 レイモンは老人だが、彼の話は長くなく簡潔だ。元騎士らしく、報告のように事実だけを手短に語る。


 曰く、ウィルクスは亜人を奴隷としていた歴史のある街だという。

 数十年前に王国が介入して取り締まったが、裏では未だに売買が行われてるという噂もある。

 

「それを踏まえた上で、番兵の態度がどうにもキナ臭い」


 声を潜め、レイモンは門の脇にたむろしている番兵たちへと目を向けた。

 その歴史については初耳だが、イナも番兵たちへの不信感は抱いている。

 ヴィヴィへと通行許可を与える際、彼らがヴィヴィを見る視線はどうにも粘ついたものだった、ような気がしている。


 しかし当のヴィヴィはあっけらかんと、腰に提げた折りたたみ式の手斧(ハチェット)をパシパシと叩いてみせる。


「大丈夫大丈夫。なんかあったらコレで、ズバズバーっと!」

「いや、そんなノリで刃傷沙汰を起こされても困るのだが……まあ、うむ、気を付けて。二人とも」


 イナとヴィヴィは老騎士へと頷き返し、ウィルクスの正門を通り……再び、町の門戸は閉ざされた。

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