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06話 山地に燃える戦火

「ローレル、オド、お前たちにあの二機を任せる」


 害種の襲来に応じ、老騎士レイモンはきびきびと指示を出している。

 一年以上のブランクはあれど、その姿はかつて王立騎士団に属していた頃となんら変わりなく矍鑠(かくしゃく)としている。


「ま、マジですかい」

「いきなり実戦か……」


 彼から名指しで指名を受けた男、エルフのローレルは軽薄、ゴブリンのオドは実直な性格。村の入り口を門番として守っていた二人だ。

 性格は違えど息は合っていて、門番という役柄上それなりに戦闘慣れもしている。山賊たちから鹵獲(ろかく)したMD(マキナ・ドライバ)の乗り手を任せても問題はないだろう。

 本来であればレイモンと伯仲する戦闘力のオークのギデオンにMDを任せたかったのだが、先の襲撃で腕を食われて戦闘員ではなくなっている。


(ローレルとオド、一通りの訓練は積ませてあるが、新たな機体に急に対応できるかはわからん。だが、その分は私が埋めれば良いだけだ)


 指示を出し終え、レイモンは自らのMD、弓手(アーチャー)機の胸部装甲(ハッチ)を閉じた。

 操縦桿を握れば魔力を介した生体認証が行われ、取り囲んだ全面モニターへと周囲映像の投影が開始される。

 同時に起動したと示す一文がセルトリア文字で正面に現れる。訳すならば“Hello World”か。


「レイモン・バズレール、出る」


 内部駆動の轟音を響かせながら、鋼の機体が立ち上がった。即座にブースターを吹かし、迷いなく全体を見渡せる高台へとポジションを移している。

 位置の確保と同時、弓手アーチャー機はその右腕に仕込まれた魔力回路を作動させる。

 拡散した魔力は機体の足元の地面へと干渉し、土の魔素(マナ)を練り固めて隆起させる。

 現れたのは石柱……否、それは長く頑強な大矢。それを左手に構えた強大な弓へと番え、狙いを付ける間はわずかに二秒、既に矢は放たれている。

 それを二射、三射。寄る敵波が着弾の衝撃に弾け飛ぶ!!




 一方で前線。イナとヴィヴィ、黒と赤のMDが躍動している。

 斜面を下り殺到する害種、その姿は山岳地帯に最適化され、狼型と山鬼(トロル)を模した姿の二種が混成で押し寄せてきている。

 レイモンの射撃で少しずつ数を減らしてはいるが、黒波に見えるほどの膨大さ、とてもそれだけで倒し切れる量ではない。


 そんな敵影を機体モニターで睨みながら、ヴィヴィが腹立たしげに声を上げた。


「あいつら! 狼を真似ないでよ!」

人狼(ウェアウルフ)って、狼にも仲間意識あるの?」


 悠長に通信会話をしている場合ではないのだが、ついつい気になり尋ねてみる。

 イナからの問いに、ヴィヴィはMDの頭部をこくんと縦に頷かせて反応した。


「なんとな~くの仲間意識はあるよ。うーん、すっごく可愛く見えるっていうか」

「へえ、なるほど……来るよ!」


 まず突撃してきたのは狼型の害種たち。その速度を活かし、集団の先陣を切っている。

 応じてイナ、既に君主(ロード)機の左手へと青の魔素(マナ)を練り上げている。詠唱を!


「“封気、連なる淵底。茉莉花の王に永遠なる安寧と祝福を”」



――『白晶宮(シェルミット)



 紡がれた声、振るわれた掌。撫でるように滑った左腕は地表に濃密な青を走らせる。

 それはイナたちの背後へと瞬時に築かれる青の城塞。硬質な氷の壁が黒狼たちの突進を塞ぎ止めている!


 本来、氷は長時間をかけて圧縮されることで白から青へと色を変えるものだ。

 だがイナがその氷壁を編むために要したのはわずかに数秒。

 強固にして堅固、そんな青の城塞を背に、居並ぶのは百機のMD(騎士)たち。

 乗り手は不在、イナの魔力と騎士団の遺志だけを糧として動く幽玄の軍団だ。

 イナは長剣を振りかざし、敵軍を示してときを上げる!



「全軍突撃!!!」



 すぐさま状況は乱戦へと縺れ込んだ。


 最前線で剣を振るうイナの君主(ロード)、長剣が薙がれるたびに黒い狼たちが流体で形成された体を散らしていく。


 一列下がり、イナが操るMD群がそれぞれの機体に備えられた武器を叩きつけている。槍衾(やりぶすま)が狼を串刺しにし、重装(アーマー)機が構えたハンマーが数匹をまとめて叩き潰した。


 無人機たちに明確な意思はおそらくない。イナの意思に添い、イナの敵をただ無慈悲に狩り取っていく死の軍勢だ。

 乗り手がいない無人機は生命を食らう害種たちに対する最上のカウンター。恐れを知らず、黙々とひたすらに敵波を打ち払っていく。


 だが、無人ゆえの弱点もある。それぞれが細かな判断を下すことはできず、討ち漏らした害種への対応が遅れてしまう。

 遅れて到達した山鬼たちと激戦が繰り広げられる最中、数体の狼型が横へと抜けた。イナが築いた『白晶宮(シェルミット)』の壁を迂回し、村人たちを食い荒らそうと狙っている!


 が、イナは動じない。


「行き止まりだよ」

「そう! こっちはぁ……アタシの役目!!」


 素早い挙動で回り込み、ヴィヴィのMDが大斧で渦を描く!!


 ヴィヴィが乗る赤銀のMD、戦士(ウォリアー)機は村に流れ着いた傭兵が乗っていたものだ。

 その彼は村に着いた時に既に瀕死。その日のうちに息絶えた彼を丁重に弔い、MDは村の手に渡った。


 その男の素性を知る術はもうないが、もしかすると名のある傭兵だったのかもしれない。

 何故なら機体性能はすこぶる良好。山賊たちから奪ったばかりの二機のMDと同じく近接型の戦士(ウォリアー)だが、その駆動性には格段の差がある。

 主武装は大斧、腰の後ろに手斧が四丁、肩にニードル機構が備えられていて、タックルを当てればパイルバンカーのように敵を貫ける。


「数で押されたら厳しいけど、今はイナくんがいるもんね! アタシは思う存分ぶった斬るだけ!!」


 黒いケーブルを通して乗り手の意思、感覚が機体とリンクする。

 機体の挙動は乗り手がイメージする動きをトレースする。跳ね、回転しながら戦うヴィヴィ。

 思い切りの良い踏み切りからの跳躍、身を横倒しにして回転斬り!

 斧は勢いを増して害種を引き裂き、ヴィヴィは転がった姿勢からブレイクダンスのように脚を切り回して機体姿勢を立て直している。

 無茶な駆動を簡単に為してみせるのは人狼の血混じりの天性のセンス、素の人間にはなかなか真似できない曲芸操作だ。


「次ぃッ!!」


 狼型の害種はその身をもごもごと蠢かせ、獣を模した輪郭を崩して複数の触手を突き出した。MDの排熱部を狙い、コックピットに座す操縦手(ヴィヴィ)を直接蝕もうと狙っている。

 だが、ヴィヴィはそれを見切っている!


「そのウネウネはぁ……この前見たっ!!」


 戦士(ウォリアー)は兵装の少ないシンプルな機体だ。それはつまり身軽であるということ。

 利点を最大に活かし、跳躍から放つのは後ろ回し蹴り(ソバット)

 MDの重量感をまるで感じさせない動きで躍った鋼脚は触手ごと害種を蹴り壊し、さらに回転の勢いままに腰の手斧を投げた。

 スナップを利かせて放たれた刃はクルクルと回り、イナとやり合っている山鬼の頭部を叩き潰した!


「ありがとう! 凄い動きだね、ヴィヴィ!」

「ふっふ、結構強いんだよアタシ。この前は情けないとこ見せちゃったけどね!」




 イナとヴィヴィの活躍、レイモンの鋭い狙撃。

 無人機たちの堅実な働きと、さらに戦場の隅でおっかなびっくり少しばかりの害種を倒している新人MD乗りのローレルとオドの奮闘もあって、地滑りのような害種の波は目に見えて数を減らしている。


 未だ村人の待つ場へと抜けた害種はゼロ。

 ようやく攻防の終わりが見えてきたかというその時、夜空を見上げたイナが息を飲んだ。


「まずいな……」

「どうしたの、イナくん……って! なにあれ!!」


 ヴィヴィが素っ頓狂な声を上げ、後ろの方ではMD乗りのエルフ、ローレルが「勘弁しろよ!」と悲鳴じみた声を漏らしたのが聞こえてくる。


 戦火に赤黒く照らされた夜空、そこに浮かび上がるのは巨大な敵影だ。

 それは山岳地帯において最も恐れられるモンスター、巨怪鳥(ガルーダ)の姿を模した巨大な害種。

 漆黒の翼を斜めに広げ、羽ばたく音ははっきりと宙を揺るがしている。

 そびえる大樹のような規模、15メートルにも及ぼうかという巨人に鳥の顔と翼が生えたような生命体、それを害種が真似たのだから、戦闘力は相当なものだろう。


「イナ、何か手はあるか?」


 通信を介し、ゴブリンのオドが問いかけてきた。

 彼は人間にすれば30歳前後。もう一人のMD乗りのローレルよりは落ち着いていて、割と適正のある男かもしれない。


「……どうにかしてみます。けど、対空だけはあんまり得意じゃなくて」

「ま、マジかよ!」

「ローレルさん、イナくんに丸投げにする気だった!? ダメだよ! アタシたちも何かできることを……」


 その会話を遮るように、怪叫が夜空に響き渡る!!!

 ガルーダが仕掛けてくるのを予期し、イナたちは警戒にアイカメラを空へと向けた。が、様子がおかしい。


「あれ? ガルーダがなんか痛がって……」

「おい見ろ! レイモンの爺さんの矢が突き刺さってるぞ!」


 ローレルの声に目を凝らせば、確かにガルーダの胸へと大杭のような矢が穴を穿っている。

 高台を確保し、地上へと天槌めいた射撃を繰り返していたレイモンの弓手(アーチャー)機。その深緑は巨敵を前にも揺るぐことなく、胸へ、首へ、翼へと怒涛の勢いで石柱の矢を射込んでいく。


 ギッキィイイイイイ――!!!


 ガルーダは高啼き、翼をグライダーのように滑らせ、怪腕の鉤爪を猛らせて丘陵に立つレイモンへと襲いかかる。

 その威力は見るからに凄まじく、装甲の薄い後衛機が受ければ一撃で潰されかねない。

 イナは思わず叫んでいる!!


「レイモン!!!」

「この老体を案ずるお声、身に余る光栄……!」


 動じず、レイモンはMDの右腕を引き上げた。土石操作の魔力回路が光を放ち、機体の前に強固な石壁が形成される。

 絶叫しながら迫るガルーダ、その突進は壁に阻まれ、


「散れ、イナ様の敵よ」


 剛弓!!!

 引き絞った弓から放たれた石矢は害種の脳天を粉砕し、ガルーダの姿は夜空へと溶けて消えていった。


 ちょうど同じタイミングでイナの剣が最後のトロルの首を打ち落とし、見渡す限りの黒の侵攻、イナたちは全ての害種を撃退することに成功した!

 だがその喜びよりも、イナも含めた四人のMD乗りたちは老騎士レイモンの発揮してみせた本領に息を飲んでいる。

 ぽつりと、ヴィヴィが漏らした声が通信に乗る。


「もう枯れたおじいちゃんかと思ってた……」

やかましい!!」




 結局、イナたち“村”の一行は損害を出すことなくその夜を乗り越えた。

 イナとヴィヴィは連携の経験を積み、二人の新たなMD乗りは緒戦を無事に踏み、レイモンは確かな実力の一端を披露した。


 得るものの多かった戦いだった。

 しかし、イナは今の一戦に微かな違和感を抱いている。


(害種たちに意思はないはず。なのに、動きが統制されていたような……)


 だが、それは本当に小さなささくれのような違和。イナだけの力ではなく力を合わせて初めて掴んだ勝利にヴィヴィたちは嬉しそうにしていて、それをいたずらに曇らせることもないか。

 そう考えて、イナは疑問を胸中に飲み込んだ。




 ……その戦場から、大きく離れた崖の上。

 一つの人影が、イナたちの繰り広げた戦いを見下ろしていた。



「“あの子”が人間側(そっち)に立っているのなら……」



 女の人影だ。腰には装飾の施された魔刀を帯びていて、すらりと通った背筋は実力者であることを窺わせる。

 高台の風に髪が靡く。その髪色は黒、イナと同じく漆黒に染められていて……指先からは、害種の黒液が滴っている。



「私が、迎えに行ってあげなくちゃねぇ……?」



 浮かべた艶笑、その色はどこか狂気を帯びている。

 やがてもう一陣の風が吹き、女の姿は夜の空に掻き消えた。




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 明朝、イナたちは予定通りに野営地を出立し、そして夕刻には目的地へと辿り着く。

 町だ。多くの人々が身を寄せる町へと到達し、その正門前で歩みを止めた。いや、門番たちに止められた。



「止まれ。この街へと正式な立ち入りが許されるのは人間だけだ。劣等種どもは立ち去れ!」

「……お前、今何と言った?」



 鋭く問い返し、イナと門番は敵意も露わに睨み合う。


 そして物語は新たな舞台、“人類の支配地”ウィルクスへと移行する。

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