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04話 “あの日”の記憶

 希望を持てば絶望に変わる。

 

 隕石から害種(ガイシュ)が現れ、文明を食い荒らし始めてからのしばらくは果敢に抗おうとする人々も多かった。

 セルトリアは冒険者たちの開拓精神をいしずえとして発展してきた大陸だ。

 剣を手に、魔術を操り、挑めば道は拓かれる。冒険者たちはそう信じて立ち向かい、そして為す術なく死に飲み込まれていった。

 

 生き残った冒険者たちの希望は絶望へと塗り替わる。ある者は戦いを諦めて剣を酒瓶に持ち替え、またある者は野盗へと身をやつした。

 治安を保つための軍も機能を失っている以上、道行く人々を襲う野盗や山賊は害種とは別の脅威となっている。

 

 

 さて、山岳地帯を行く一行がいる。

 

 亡国の王子イナを先頭に、後に続くのは“村”の住民たち。

 行列の前方をヴィヴィのMD(マキナ・ドライバ)、赤銀の戦士(ウォリアー)、最後尾を老騎士レイモンの深緑の弓手(アーチャー)機がそれぞれ守っている。


 村の囲いでは害種を防ぎ切れないことが明白になり、村を守るための戦士たちにも多くの犠牲が出た。もはや囲いの中は安住の地ではない。

 より多くの避難者たちが身を寄せているという西方の街を目指し、戦える者だけでなく老人から子供まで、全ての住民を連れての大移動だ。 

 何台もの馬車が連なり、最低限の家財と連れられるだけの家畜を連れての旅路。さらには若い女たちも伴った集団となれば、山賊たちにとっての獲物の行列だ。

 希望を失くした元冒険者たちが凶器を手に、三機のMDまでを引き連れて村人たちへと襲いかかった。

 

「男と年寄りは皆殺し!!! 女とガキは売り物だ!!!」



 そして、五分ほどが過ぎ……



「なんだよ! テメエ、なんだってんだ! その黒いMDは!?」

「これまでに何人殺した? お前の罪は……その命であがなえ!!」


 イナの機体、漆黒のMDが滑るように躍動する。

 向き合った敵、山賊のリーダーが乗った灰色の戦士(ウォリアー)機が振るった巨大なナタを身を屈めて潜り、手にした長剣の柄で敵機の顎をかち上げる。

 左腕に付随した二門の砲口から濃縮魔素(コンプレスマナ)の30mm弾を叩き込み、そしてバランスを崩した相手の胴へ、白刃を深々と突き立てた!!

 

 甲冑を思わせる形状のMD、その胸部に隠されたコックピットをイナの長剣は的確に貫いている。

 ずるりと抜けば、刃渡り二メートルと半ばの長剣を鮮血が伝い……リーダーを討ち取ったイナは山賊の残党たちへと君主(ロード)機の頭部を向ける。

 クロスヘルムに似た形状の頭部、その覗き穴(スリット)にあたる箇所に据えられた魔水晶はアイカメラの役割を果たしていて、その紅色の眼光が敵を射竦めた。


 残る敵のMDは二機。それをイナが襲撃に応じて呼び出した十機以上の黒いMDが取り囲んでいて、リーダーも倒されたとあっては抵抗を試みるものはいない。

 MD乗りは機体を降りて、生身で武器を持った山賊たちと合わせて三十人ほどが手を上げて降伏を示している。

 

「こ、降伏だ。こんな軍勢に勝てやしねえ」

「そもそも俺たちはかしらに脅されてしかたなくやってたんだ!」

「反省した! そうだ、あんたたちの仲間に加えてくれ!」 


 山賊たちは今殺されたリーダーへと罪を被せ、清々しいほどの変わり身を見せている。

 イナは機体の前部を開き、その姿を晒すと彼らへと言い放つ。

 

「武器、馬を置いて今すぐにここから去れ。無論MDもだ。そして次にまみえれば容赦はしない。郎党皆殺しになると心得ろ!!」


(苛烈だ)


 イナの傍らに佇む深緑のMD、古騎士レイモンは王子の言動に息を飲んでいる。

 かつて王宮ではイナの教育係を務めていた男だ。

 

 過去、幼少のイナ王子はレイモンの目から見て、か弱い印象の少年だった。

 剣術の指導をすればたちまち目にいっぱいに涙を溜め、外遊びよりは室内での読書を好み、部屋に虫が入れば捕まえて殺さず外へと逃がす。弱く、しかし心優しい少年だった。

 それが今のイナはどうだ。一切の迷いなく敵のリーダーを誅殺(ちゅうさつ)し、残党たちには装備の全てを手放させて放逐した。

 ここは草木も少ない山岳地帯。人よりはモンスターの領域で、害種が巣食っている可能性も高い。そこへ着の身着のままで解き放てば、彼らに命の保証はない。

 

 かつての弱々しいイナ王子とは見違えるように厳しく、そして状況に則した正しい判断だ。

 

(恭順を示した連中を戦列に加える手もあるにはあったが、統制が取れなくなる恐れがある。寝首を搔かれる恐れもある。かと言って、ここで皆殺しにすれば村人たちの不安を煽る。未だイナ様を不安視している者も多い。放逐は良い落とし所だろう)

 

 レイモン個人の判断としては、もう数人の首をねて再襲撃の気を削ぐぐらいが確実だったような気もしている。だが、それでもイナの判断は十分だと思えるものだった。

 何より、あの可愛くも弱々しい王子がこうまでも逞しく。王城が滅んでからの二年、この精神性へと至るまでにどれだけの苦難を歩んできたのか……!

 

「イナ様……ふぐうっ……!」

「え、何? レイモン泣いてんの?」 

やかましいぞヴィヴィ! 貴様は王子の手助けをしてこんか!」

「げえっ、キレた。まあいいや、おーいイナくーん!」


 赤銀のMDを走らせてイナへと寄っていくヴィヴィを見送りながら、レイモンはいわおのような顔を歪ませて白い眉ごと瞼を擦った。

 水音がグシュと鳴る。齢67、涙脆くなる歳頃だ。

 

 

“あの日”のことを、レイモンは一日たりと忘れたことはない。


 王都が襲撃された日、レイモンは娘夫婦の子が生まれる予定日のために騎士団の任を離れていた。

 先年に病で亡くした妻の遺影を胸に忍ばせ、初孫の顔を拝むべく、胸いっぱいの期待と少しの不安を抱きながら娘夫婦の家へと向かっていた。

 

 娘アリエルが結婚したのは三年前。レイモンと同じ王立騎士団に属する若い騎士との結婚だった。

 実直かつ誠実、寡黙(かもく)ではあるが愛情深い男だ。実際、娘からも睦まじく過ごせていると聞いている。

 娘とはそもそもレイモンの紹介で知り合ったのだから、婿への不満などあるはずもない。

 なにか土産が必要だろうか? いや、それよりも急ぐべきだ。予定の時刻を過ぎている。馬を調達するのに手間取ってしまい、結局城から戦闘用の騎獣を借りて駆けていた。

 

 城門から南街区へと続く大道を四脚の騎獣で飛ばしながら、よく晴れた空を見上げ、彼が信奉する風の神へと祈りを捧げる。

 

(アリエル、どうか元気な子を。母子ともに無事でいてくれ。ああ、不安だ! 不安でたまらん! 神よ!)


 もう一度祈りを捧げるべく、レイモンは空を見上げ……その目を見開いた。

 たった今まで抜けるように青かった空が漆黒に蝕まれていく。その漆黒は凄まじい速度で天蓋のように王都を包み、街行く人々へとざわめきが広がっていく。

 やがて空から青は消え、日蝕よりも濃い粘つくような闇に王都全域が覆われた。そして誰かが叫んだ。

 

「が、害種だぁぁぁっ!!!!」


 隕石が降り、害種という存在が現れてからまだ日が浅かった頃だ。


 小規模な集落が滅ぼされたという話は伝聞に広まりつつあったが、王立騎士団を擁し、対抗手段として開発されたMDが数百機と配備され、そして蒼華の勇者シグルスが守る王都が襲われるとは誰の考えにもなかったのだ。

 しかし、害種の侵攻から終焉までは早かった。城壁で飲まれていく兵士たち。街の大路で応じたMDは黒波の暴力的な圧に砕かれ爆散していく。

 城門へと繋がる大道に蒼く薔薇が咲いた。勇者シグルスが生じさせる大規模な氷のオブジェは黒の侵略を片時留める。しかしそれも数分のことだった。

 そして王城、幾百のMDを駆る王立騎士団は鉄壁の陣形を保ったままに、為す術なく黒の暴流に飲まれて消滅していった。

 

 レイモンはその悲惨の中を、王城へと目を向けることなく騎獣を必死に走らせていた。

 ただ娘と、生まれてくる孫の事が心配だったのだ。逃亡者の誹りを受ける可能性を頭に浮かべることさえなく、ただ真っ直ぐに娘の家を目指した。

 

「南街区は壊滅だ!」

「アンタ、すぐに引き返せ!」

「もう生存者はいねえよ!」


 逃げ惑い、行き違う人々からの声を無視して走り続けた。

 

(まだ間に合う、まだ! アリエルの家は南街区の端だ!)

 

 だが、その道は無情にも遮られた。

 見渡す限りの漆黒、地を這う黒の大河。害種はその旺盛な食欲のままに触手を伸ばし、馬を、花を、人々を、空を行く鳥をも食らいながら流れていく。

 視界の先には害種の圧に壊されたアリエルの家。黒の波の中にはアリエルの服が、娘婿の服が、そしてレイモンが初孫のために贈ったおくるみ(・・・・)が、お互いを庇い合うように折り重なって流れていた。


 

「あ゛あ゛ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 それからのことを、レイモンはよく覚えていない。

 うずくまり、慟哭(どうこく)する老人を誰かが運んだのか、あるいは騎獣が本能のまま害種から逃れるのに引きずられていったのか。

 わからないが、気付いた時には漆黒に飲まれた王都の外へと逃れていた。

 

 騎士の務めを放棄した逃亡者、娘家族を救えなかった敗北者。

 そんな咎を背負ったままに村へと流れ着き、死ぬ気力さえないままにおめおめと生き永らえてきた。

 

 そこへ、イナが現れた。

 

 騎士レイモンが仕えるべき王家の血統、死んだはずの王子は漆黒に染まり、世界の新たな希望に成り得る力を手にしていた。


 輝ける希望は絶望の黒に染められた。

 しかし、死よりも深き黒が人々の希望となれば、それは今度こそ絶えることなき篝火となるのではないか。


 老騎士は一夜で村人たちの意思をまとめ上げ、イナへと忠義を示した。

 そして地へと頭を垂れ、自らが抱えたあの日の罪を告白した。

 忠を捨て、王城に背を向けて駆けたことを。その上で、守るべきものさえ守れなかったことを。

 

 つまりは王族を見捨てたのと同義。手討ちにされて当然の状況に、レイモンは瞳を閉じ……そして、イナに抱き締められた。



「……辛かったな。レイモンも、俺も、みんな、みんなが辛かったんだ。咎めることなんてあるもんか。生きていてくれて……ありがとう」

「……ッッ……!!」



 湧き上がる嗚咽を必死に噛み殺したその時、改めて誓ったのだ。

 イナ・フロタユス王子。彼の征く道を阻む万難を、老身に残された全てを投げ打って打ち払ってみせると。



「この命に代えてでも、イナ様のために」



 山岳地帯を抜けるまではあと一日、時刻は夕暮れ。太陽は稜線へと沈み、村の一行は行軍を留めて野営を張った。

 赤々と焚かれた火、漂い始める夕餉の香り。人々は束の間の休息に笑顔を交わし……

 

 不穏の影が迫っている。

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