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12話 歪な町の王

「如何にして特権を築くか。王の資質はそこにあると思わないか?」


 イナとヴィヴィを出迎えたのは、そううそぶきながら尊大に諸手を広げた一人の青年だった。


「ようこそ、我がモンタニエ家の邸宅へ」


 現モンタニエ家当主、ルシアン・モンタニエ。齢は若干19歳。

 栗色の長髪は肩よりも長く、その前髪をセンター分けにしている。顔立ちが整ってはいるが眼光が鋭く、銀縁の眼鏡が怜悧な印象をより増している。


 一段高い位置にある領主の椅子から、その瞳がイナとヴィヴィを値踏むように見下ろしてくる。

「うっ」と、ヴィヴィが呻いたのが小さく耳に届いた。田舎育ちの人狼少女は、高い身分にある人間との重苦しい会見に気後れしている。

 しかしイナは仮にも王子。向けられた静かな威圧に臆することなく、正式な手順でこの上なく正当、かつ華麗な一礼をしてみせた。

 さらに儀礼的な口上を過不足なく口にして、そして語調から堅苦しさを取り除いて名乗る。


「私はイナ・フロタユス。お目にかかれて光栄に存じます、領主様」

「あ、あたしはヴィヴィ・トーシュです。えっと……こ、光栄です!」


 ヴィヴィには「真似ればいいよ」と伝えてあった。しかし緊張からか、いつもの軽やかな笑顔はどこかへと飛んでいる。


(仕方ないさ。それよりも……)


 イナは目を奪われている。

 高位に座すルシアンにではなく、、立ち入った謁見の間の異様にだ。


 ウィルクスの街に立ち入って二泊。その間、イナが見かけた街人は人間ばかりだった。

 時にちらほらとエルフやドワーフを見かけるくらいで、見かけた彼らも旅姿。あくまで一時的に立ち寄った旅人や行商人といった様子に見えた。


 それがどうしたことか、この謁見の間には“敵性種”がいる。

 ルシアンが座す玉座の両脇に一人ずつ、巨体のオーク兵が控えているのだ。


 村で一番背の高いオークのギデオン、彼よりもさらに大きく見える。

 はち切れんばかりの脂肪と筋肉で体が膨れ上がっていて、胸の膨らみを見れば二者のどちらもが女性らしい。

 そこに刺々しいフォルムの胸当てや肩当てといった装具を着けて、手にはスパイク付きのメイスを握っている。


 傍らに“敵性種”。領主のルシアンは差別主義者ではない?


 いや、イナは全くそうは思わない。何故ならオークたちの口は恐ろしげな牙を模した口当てで覆われ、固定されている。言葉を発することが認められていないのだ。


 その姿を複雑な心境で見つめるイナへ、ルシアンが頬杖をついたままに口を開いた。


「人間だけの街ウィルクス。そこで俺だけがこの緑豚(オーク)どもを従えている。身体能力に大きく勝る怪物をな」

「……なるほど」

「支配者の特権だ。彼我の実力差で支配を盤石にするのさ、これほど効率的なシステムはなかなかないだろう」


 イナは異論を唱えない。ここで正義の使者を気取って声を上げるのは簡単だが、そうすればヴィヴィを、そして街の外で待つ村人たちを巻き込んでしまう。

 横にちらりと目を向ければ、ヴィヴィも「ひどいよ!」と叫びそうな口元をぐむと噤んで我慢している。

 そう、援助を求めにきた以上、今は下手に出るべき段階だ。


 領主ルシアンは不遜な瞳で、イナへと問いを投げ落とす。


「お前たち一行は、様々な種族が入り混じったコミュニティで移動を続けていると聞く」

「ええ、その通りです」

「そこに、ゴブリンやオークまでが混ざっているとは誠か?」

「相違ありません」


 淀みなく頷いたイナへ、ルシアンは底意地の悪い瞳で浅く笑いを浮かべる。


「それはさぞ臭かろう」

「——ッ!」


 ギュッと、ヴィヴィが拳を握り締めるのが見えた。

 村に合流してからまだ日が浅いイナでも苛立つのだ、村人たちと年単位の時間を共にしてきたヴィヴィにとっては許せない暴言だろう。

 しかしイナは彼女を目で制し、「文化の違いですね」と無難な一言を返すに留めた。


「フフン、だとすれば低劣な文化だな」

(この男、俺たちに喧嘩を売りたいのか? いや、根っから人を不快にさせるタイプなのかな)


 そこで、ルシアンは「さて……」と間を置き表情を切り替える。

 そして上辺をなぞるような探りの会話から、一段深度を下げた問いを一つ。


「イナ・フロタユスと名乗ったか? それはかの王子と同名なわけだが」


 知っていたなら話は早い。

 支援を引き出すために身分を利用するのも手だろう。イナは頷き、肯定する。


「私がそのイナです」

「確か、王都は害種に飲まれたはずだろう?」

「わずかな人間だけが王都から落ち延び、私もその中の一人でした」

「フゥン……」


 領主の青年は傍らに置いたゴブレットを手に取り、黄金色の果実酒を松明の明かりに翳す。

 そして半透明のその液体と、目の前に在る自称王子の姿とを見比べた。

 

「私は幼少の頃、式典でイナ王子を一度目にしている。なるほど、顔は似ているな。だが……」

「……」

「かの王子の髪色は金だ。そして瞳は碧眼。対してお前は漆黒の髪に夜闇の瞳。まるで別人ではないか」


 なまじ、イナの元の容姿を目にされていたのが面倒だ。

 まさか自分は害種ですと名乗って騒ぎにするわけにもいかず、イナは内心に首を傾げる。どう答えたものか。


「エルフどもにでも頼んで整形したか? 王族をかたるのは死罪に当たるぞ」


 ルシアンは問いを尖らせる。表情が顔に出やすいヴィヴィは(どうしよう!)と言わんばかりに目を丸くしていて、イナはまだ考えている。

 ただし、想定してあった範疇の質問ではある。用意してあった受け答えの中から、この領主を最も納得させ得るものはどれだろうか。

 彼が考えているのはその一点で、数秒で答えを決して口を開きかけ……しかし、領主はイナが声を発する前に失笑混じりに手を振った。


「だがまあ、どうでもいい。どうでもいいのだよ。お前が王子であろうとあるまいと」


 領主は表情を和らげる。両手の指を口元で組み、親善者の笑みを浮かべて、イナたちを見る。


「交渉に来たのだったな。害種討滅の旅に支援を寄越せと」

「寄越せなどという物言いをするつもりはありません。ただ、援助を受けられればありがたいのも事実です」

「なるほどなるほど。では、私はその要求に応じるとしよう」

「……!」


 ざわ、と謁見の間に微かな驚きが走る。

 ここにいるのは領主とイナたち、二体のオーク、もちろんそれだけではない。

 人間の衛兵も多く控えていて、仮にルシアンの身に危険が迫れば四方に配された衛兵たちが一斉に槍を突き出すだろう。

 それに左右には謁見者を挟み込む配置でいくつかの席があり、そこにはモンタニエ家に列する数人の老人たちが客を威圧するように凝視しているのだ。


 それらの人々が息を飲んだ気配と、イナの隣でヴィヴィがひょいと小さく跳ねたのと。

「やった!?」と少女は思わず歓喜の声を漏らしていて、それから恥ずかしそうに「あ、ごめんなさい……」と肩を小さくした。


 ただ一人、イナはルシアンを直視し続けている。

 害種の体に秘められた感知の力が察し、訴えているのだ。領主の心中に秘められた悪意を。

「ただし」と領主が声を続ける。


「こちらにも一つ条件がある」

「聞きましょう」


 ルシアンはもう一度ゴブレットを手に取り、酒を飲み下すと、そのまま右手をまっすぐに伸ばしてヴィヴィを指した。


「その娘を私に寄越せ」

「へ……? あたし?」

 

 きょとんと、ヴィヴィは突然の展開に間の抜けた声を漏らす。

 寄越せとは一体何事か。と、ルシアンは両手をパンと打ち鳴らす。

 すると……奥の間から、鎖付きの首輪を着けられた亜人たちが姿を現した。


 いずれもが女性。獣の特徴と美少女の外見を併せ持っていて、それがフリル付きのランジェリーのような扇情的な衣装を身に着けさせられている。

 ルシアンはその中から一人を手招きすると、膝に侍らせて足の付け根を撫でた。アダルトな雰囲気に、イナとヴィヴィは二人揃って顔を赤面させてしまう。


 そんなイナとヴィヴィの初心な反応を目にして、ルシアンは粘ついた笑みに好色をたぎらせる。


「素晴らしいだろう、私のハーレムだ。私一人がウィルクス全ての奴隷を買い取ったのだ」

「ヴィヴィを寄越せというのは……」

「ハハ、皆まで言う必要があるか? その娘に首輪を施し、我が寵愛を与えてやると言っているのだ」

「断る」

「ならば死ね」

「なっ!?」


 即座に断ったイナを目に、ルシアンは酷薄な表情で椅子の手すりに仕込まれたスイッチを押した。

 瞬間、謁見の間の床が開く。それは奈落への落とし穴。そしてイナだけが、足元に開いた真っ暗な闇の中へと転落してしまう!


「うわあああああっ!!!」

「イナくんっ!!?」


 手を伸ばしても縁に手のかからない、それほどの広さの大穴だ。

 その空洞はイナだけを飲み込み、ヴィヴィの立ち位置からはズレている。思い返せば部屋に入った時、衛兵から「そこに立て」とそれぞれの立ち位置を調整されていた。

 たちまちのうちにイナの声は奈落へと遠ざかり、ヴィヴィが縁から覗き込んでもその姿はもう見えない。


 牙を剥き、銀髪を乱し、眼光を爛と輝かせたヴィヴィは腰から手斧(ハチェット)を手に取る。

 そしてその刃を領主、ルシアンの嫌味な顔、その眉間へと向けた。


「お前ぇえっ……! 最初からこのつもりで!!」

「大人しくお前を差し出せば争いは避けられたのだ。好機を与えてやったというのにな。あの偽王子に為政者の資質はないらしい」

「ッッ——ぐるゥアッ!!!!」


 害種として測れない部分はあるが、ヴィヴィにとってのイナは同年代の友達だ。その彼を落とされ、侮辱され、直情型の人狼少女はバネのように飛び跳ねた。

 斧を片手にぐるりと掴み回し、領主の横っ面をカチ割るべく振るう!!


(イナくんはこれぐらいじゃ死なない! けど、もう我慢する理由もない!)


 だが、領主は動じない。

「よく吠える雌犬だ」と浅く笑うと、片手をくいと前に傾けた。


「やれ」


 その一言を皮切りに、左右に控えていた二人のオークが動いた。

 重感に溢れる棘メイスを軽く持ち上げ、猛然とヴィヴィに襲いかかる!


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