第8話 Bカップは貧乳ではありません
「尾澤さんのターゲットが決まりましたっ」
数日後、昼休みに呼び出された俺が、再び生徒会室近くの面談室で郷羽先輩から最初に聞いた言葉がそれだった。
「……そっすか」
俺はだから、興味なげにそう返した。
実際興味はなかったからだ。
「何ですか? そのやる気のなさは。もっと頑張ってもらわないと困りますよ?」
「正直、あなたが困る分には俺は嬉しいですが」
「え!? まさか、あなたは好きな子を虐めたくなるタイプの人ですか? まさかの非道鬼畜のドエスさんですか!?」
郷羽先輩が一歩引くが、そういうセリフは、最低もう二カップ膨らませてから言って欲しい。
そもそも、前後で同じことを言ってると思ってるなら、全く違うし。
「それだけ俺はあなたを恨んでるってことですよ」
「…………? 私はあなたに恨まれる覚えはないのですが」
本当に悪びれもなくそう言って、首を傾ける郷羽先輩。
どうすれば暴力と思われずにこの人を痛い目に遭わせることが出来るだろう?
なんて普通に考えている自分に気づいた。
「あなたのせいで俺は、自分が本当に美羽流が好きかどうか疑ってしまってるんですよ」
郷羽先輩から操られていたという事実を知ってから、俺は全ての俺に向けられる恨みや憎しみ、嫌悪の視線が理不尽なものに思えて来た。
そして、唯一に近く俺を好きでいてくれる美羽流への俺の愛まで疑うようになってしまっていた。
「まあ、そんな日もありますよ。……痛い! 痛いです! 何するんですかぁっ!」
「あ、すみません、つい」
俺は思わず、あまりにもふざけたことを言う郷羽先輩の髪を引っ張っていた。
「やっぱりあなたは、好きな子を虐める人だったのですね?」
「いえ、あなたの事は全く好きではないですし」
おっぱいないし、運動神経悪そうだし、空気読めなさそうだし。
「でも、ちょっとは好きですよね……? 頼れるお姉さんですし」
「そうですね、小学生よりは頼れますね。中学生は、うーん、人によりますね」
最近の中学生は発育がいいからな。
いや、おっぱい揉む以外、この先輩に頼る要素なんてないし。
「中学生よりは役に立ちますっ! これでも北中のコールガールって恐れられてたんですよ?」
何それ怖い。
「……それ、多分、売春婦じゃなく冷静、冷酷な少女じゃないですか?」
「そう! それです!」
びし、と俺を指差しながらいうと郷羽先輩。
何か、色々な疑わしいけど、とりあえず話を進めるか。
えーっと……あれ、俺が話したい事なんてないや。
「郷羽先輩、本当にそう呼ばれていたんですか?」
進める話もなかったので、疑問に突っ込んだ。
「言われたのです! 英会話の外国人の先生に、きちんと予習していってちゃんと答えたら『クール! ユーアークールガール!』って言われて、それからしばらくみんなにクールガールって呼ばれました」
「それは、何か……いじめですか?」
「違いますよ! みんなに褒め称えられたのですっ! クールガールですっ!」
この場合多分、先生は「格好いい」とか、「賢い」とか、そういう意味で使ったんだろう。
まあ、褒めて伸ばす英語の先生が言いそうなことだ。
真に受けるこの人もこの人だけど。
「まあ、そんなことはどうでもいいんですが、話を進めてください」
「よくありません! 尾澤さんが私を役に立つと認めるまで何も話しませんっ!」
ぷい、と頬を膨らませてそっぽを向く郷羽先輩のどこに頼れるお姉さん要素があるんだろう?
「分かりました。じゃあ。俺、帰ります」
「うわーん!」
俺が立ち上がると、郷羽先輩は飛びついてきた。
軽量な先輩は、俺がちょっとバランスを崩す程度で受け止められたが、胸も興味もない。
「かーえーらーなーいーでーくーだーさーいー!」
「先輩が話さないから帰るしかないんですが」
「それは、尾澤さんが私を認めないからですっ! 私は頼れる存在なんですっ!」
「俺にとってみれば疫病神ですけど」
「うわーん!」
尾澤陽翔十六歳。
高校に入ってから、泣いた女の子は数多く見て来た。
だけど、ここまで全力で無防備に本気泣きする女の子を見るのは初めてだ。
いや、誰かとのデートの時に街で、本気泣きしてる女の子を見かけたか。
まあ、その子は三歳くらいの迷子の子だったけど。
「すみません、疫病神は言い過ぎました、取り消します。ですから泣き止んでください、みっともないし無様です」
「おざわざんがーびーどーいー」
俺が謝って訂正しても泣き止むことはなかった。
本気泣きなので、今なら帰れるが、この状態で帰るのはさすがに俺が非道すぎる。
Bカップのおっぱいにも五分の魂、しょうがないか。
「分かりました。先輩は頼れます。すみません、あまりに頼れるのでいじめてしまいました」
「ほんどうに? だよでる?」
真っ赤に泣き腫らした目で俺をじっと見る、なんか、絶対頼りたくない女の子。
「そうですね、頼れます。これからも頼っていいですか?」
「……いいよ?」
郷羽先輩が泣いた顔のまま笑う。
元がそれなりに可愛い先輩だけど、さすがにこれは引く。
あと、俺にしがみついたままだから、涙とか鼻水が、俺の制服にもついてるんだけどさ。
なんかこう、出来れば二度と関わりたくない先輩だ、だけど、少なくともしばらくはそれが不可能なんだろうけどさ。
「失礼しました。少し取り乱しました。私としたことが」
「少し……? いえ、とても先輩らしいと思いましたが」
全力で号泣することは、この人にとって「少し取り乱した」程度なのか。
「それで、なんで俺を呼び出したんでしたっけ?」
「どうしてでしたっけ?」
「じゃ、帰りますか」
「思い出しました! 帰っちゃ駄目です!」
郷羽先輩がまたしがみつこうとしたので、頭だけは押し返す。
「ていうか! 顔拭いてください! 何度俺に鼻水擦り付ける気ですか!」
「三回!」
「回数が聞きたかったわけじゃないですから。思い出したのならさっさと言ってください」
この人の謎行動で、これ以上時間を無駄に使いたくはない。
「えっとですね、尾澤さんの攻略相手が決まりました。誰かと言いますと──」
郷羽先輩が話そうとしたとき、狭い室内に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「え? もうお昼休み終わりですか? まだご飯も食べてないのに!」
「先輩が無駄なことをしすぎたせいです。ちなみに俺は食べてから来ました」
「ど、どうしよう! 食べないとお昼からの授業で眠れないです!」
知らんがな。
副会長が寝ちゃ駄目だろ。
「よかったですね、寝ないで済みますよ?」
「うわーん!」
慌ててカバンをまとめている郷羽先輩を背に、今度こそ俺は部屋を出た。
結局俺の口説く相手って誰なんだろうな?
「あっ、放課後もう一度来てください。一緒に見に行きましょう!」
俺を追い越しながら、そう言って郷羽先輩は、規範を守るはずの生徒会副会長の先輩は、廊下を全力疾走していった。




