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第7話 恋人と過ごすひととき

 さて、じゃあ、美羽流が待ってるだろうから公園へ行くか。

 ……………………。


 あれ?


 昇降口で靴に履き替え、公園に向かって歩いているとふと、ふと、一つの疑問が生まれて来た。

 俺、なんで、女の子を口説くことになってるんだ?

 よく考えたけど、俺ってただの被害者だよな?


 俺が嫌われている理由って、自業自得じゃなく、あの先輩のせいなんだよな?

 それが何で、能力のなくなったあの先輩の代わりに、俺が女の子を口説かなきゃならないんだ?

 俺はさ、もう誰に嫌われてても、美羽流さえいればそれでいいと思ってるんだ。


 その美羽流に嫌われるリスクまで背負って、何で他の女の子を口説かなきゃならないんだ?

 いや、これでさ、郷羽先輩がおっぱい大きかったらいいよ、喜んでもらえたらおっぱい揺れるし、ちょっと身体が触れ合っておっぱい触れるかも、なんて期待も出来る。


 だけどさ、郷羽先輩にはそういうの無理だろ。

 何で俺、引き受けてんだよ?

 ハメられた気分だ。

 そんなことを考えて公園への道を歩く。


「陽翔さぁぁぁぁん!」


 通りの向こう側、公園の方から、美羽流が全力疾走でこっちに向かってくる。

 警察が見てたら怒られる、という前に普通に危ないくらいの速度だ。

 何せ、美羽流の脚力は、この学校の陸上部の短距離男子レギュラーの三年生とタメを張るくらいだからな。


「陽翔さん、探しましたぁ! お疲れさまっすぅ!」


 美羽流は俺の直前で急停止して、犬か体育会系部活の後輩のような目で俺を見上げる。

 その距離は異様に近いけど、まあ、彼女だからしょうがない。


「ああ、ごめん、ちょっと呼ばれて生徒会──」

「……女の匂いがするっす」


 美羽流の声色が急に変わる。


「え? どうした?」

「陽翔さんの身体から、陽翔さんのかぐわしい香りの他に、女の匂いがするっす……もちろん、自分のじゃないっす……陽翔さん、まさか、浮気っすか……?」

「え? いや、違う違う!」


 俺は、美羽流の雰囲気の変化に、ちょっと引き気味に一歩下がる。

 いや、ちょっと待って? 美羽流ってこれまでも俺の匂いをずっと嗅いでたってこと?

 本当、この子、犬なのか?


「じゃあ、何っすか? さっきの間、女と何してたっすか?」


 美羽流は二歩近づいて来て、俺に身体がぴったりとくっつく。

 当たってる!

 当てられてる!

 こんな時だけど、ドキドキする!


「いや、その……」


 もちろん俺は、自分の正当性を即答することは出来る。

 だが、即答してしまうと、このおっぱいが、むしろ俺のおっぱいが、離れてしまう。

 そうなるとどうしても躊躇してしまう。

 これはしょうがないよね。

 躊躇しない方が失礼に当たるし。


「……本当に、浮気っすか……?」


 間近の美羽流の目が、潤みだした。

 まずい、これは泣く!


「違う違う! 生徒会に呼ばれてたんだよ。話してた副会長の人がたまたま女の先輩だったってだけだから」

「え? 本当っすか?」

「そうだって、俺が浮気するわけないだろ?」


 俺がそう言った瞬間、たまたま前を通りかかった女生徒に、「え!?」って顔をされた。

 そうだよ、俺は全校的に有名な浮気者だよ!

 あの郷羽先輩のせいだけど!


「そっすね。そんなわけないっすよね」


 だけど、美羽流はそう信じてるんだ! だからもうほっといてくれ!

 俺はもう、浮気なんて──。

 あ。

 そうだった、さっき郷羽先輩に、指名した相手を口説けって言われてるんだった……。

 浮気じゃない、だけど、それは確実に裏切りだ。


「自分、陽翔さんを疑ってしまいましたっす! すみませんっす!」


 九十度に頭を下げられる。

 俺はそんな美羽流を抱きしめた。


「陽翔、さん……?」


 自分に禁じていた、自分からの美羽流への触れ合いを、あえて破った。

 押し付けられる、柔らかいおっぱい。

 戸惑い気味の、弾力のある両腕。


 柔らかく、温かいおっぱい。

 少し早まる呼吸。


 同様に揺れる美羽流とは別次元で揺れるおっぱい。

 甘い、シャンプーの匂い。


 下着や、ベストなどものともせず、伝わってくる、柔らかいおっぱい。


「美羽流、俺は美羽流が好きだ。これまで俺が付き合ってきた子たちには、本当、申し訳ないけど、俺には美羽流しか、いない」


 俺は、素直に、自分の気持ちを告げた。

 確かに俺が美羽流を口説いたのも告白したのも、郷羽先輩の使った異能のせいだ。

 正直なところ、普通の俺なら、美羽流がどれだけ自分のタイプでも、他の男を好きな女の子を自分に振り向かせようなんて考えなかっただろう。


 だけど、俺はやっと理想のおっぱ……女の子に出会ったと思っている。

 その一点だけは、郷羽先輩に感謝してもいいかも知れない。

 だからこそ、俺は絶対に離さない。

 あの情熱が薄れている今でも、それだけは言える。


「陽翔さん……嬉しいっす! 自分もっすぅ!」


 俺の胸の中、美羽流の声がする。

 美羽流は俺に身体を押し付けてくることはあっても、抱き着いてくることはない。

 それは少し寂しくもあるが、まあ、よく躾けられた犬や、体育会系部活の後輩のような女の子が好きな俺は、そんなところも好きだ。


 本当に、好きなんだ。

 だけど、あの、燃えるような情熱、他の男が好きだった美羽流を振り向かせた時のあの情熱は、今はもうない。

 だから、もしかすると、この今の好きも、あの頃の燃えカスじゃないか、なんて思うことが時々あって、慌ててそれを打ち消している。

 たとえあれが郷羽先輩によってもたらされたものであっても、今この、美羽流が好きって感情だけは、俺だけのものだ。


 それから俺と美羽流は公園に行って、暗くなるまで美羽流の買ってきた和菓子を食べながら(大半は美羽流が食べたが)話をして過ごした。

 それは、間違いなく楽しいひと時だった。


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