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第29話 体育会系ヤンデレ

「あ、陽翔!」


 部屋を出て、廊下を歩いていると、声をかけられた。


「南潟先輩、どうしたんですか部活中に?」

「だから! 夏奈って呼んでって言ってるじゃない!」


 怒られた。

 でもさ、先輩を名前で呼んでたら、かなり親密だって分かられてしまうから避けたいんだよな。

 とはいえ、ムッとしてる南潟先輩を無視するわけにもいかない。


「じゃあ、夏奈先輩」

「先輩もなし! 対等の関係って思っていいから」

「いや、それは……」

「呼んで!」


 そんなに懇願されるなら、呼ばないわけにはいかない。

 けど、一応は尊敬してる先輩だから呼び捨てはなあ。

 呼び捨てじゃない、南潟先輩が納得できる呼び方か……。


「じゃあ、夏奈ちゃん」

「っ!」


 俺の言葉に南潟先輩が一瞬で真っ赤になった。

 まあでも、先輩を呼び捨てっていうのは体裁が悪いけど、「夏奈ちゃん」なら、幼馴染みかな? なんて勘違いされるから、問題ない。

 まあ、とにかく生徒会の引き継ぎまで何とかすればいいからな。


「駄目ですかね、夏奈ちゃん?」

「い、いいんじゃないの?」


 思いっきり照れた感じの南潟先輩、いや、夏奈ちゃん。

 夏奈ちゃんが真っ赤になってる、って感じだと可愛く感じる。

 胸はないけど、やっぱり俺はこの人を可愛く思ってしまう。

 少なくとも、からかってしまうくらいには。

 ……ん?

 胸がなくても、からかってしまうくらいは可愛いと思う?

 そんな人、他にいたっけ?

 まあいいや。

 どうせ、そのうちなくなる感情だ、今のうちにみんなに尊敬される夏奈ちゃんで遊んでやれ。


「夏奈ちゃん、昨日は楽しかった。でも悔しかったな」

「…………っ!」


 俺は廊下の壁にどーん、と手をつけて、夏奈ちゃんを壁に挟んでやった。


「俺、夏奈ちゃんに追い付けるくらいバスケが上手くなりたい」

「あ、あっ、じゃ、じゃあ、バスケ部に入れば? 男バスの部長、紹介するから……」


 間近にある俺の目を背けながら、夏奈ちゃんはそんな逃げ道を探す。


「俺は夏奈ちゃん以外に教わりたくない」


 俺はすかさずその逃げ道を塞いだ。


「あの……、あたしは……その……」


 いつもはきはき喋る夏奈ちゃんが口ごもる。


「俺に教えるのは嫌かな、夏奈ちゃん?」

「い、嫌じゃ、ないけど……」


 さて、今日はこのくらいにしておくか。


「じゃ、またいつでも──」

「何っすか、これ?」


 俺と夏奈ちゃんの二人だけの世界に割り込む、冷たい声。

 振り返ると、美羽流がいた。

 冷たい声を出したままの、冷たい表情で、じっと俺を見ている。


「……浮気っすか?」

「いや、これは──」

「浮気っすね?」


 美羽流の目が、ヤバイ。


「あのさ、聞いてくれ美羽流……うわぁぁっ!?」


 ブンッ! ガスッ!


 どこから取り出したのか、美羽流が鉈か斧を持って、俺を切りつけてきた。

 何とか避けたが、鉈は俺のわずか十センチ横に突き刺さっている。

 廊下のリノリウムタイルの下はコンリートのはずだが、そこに深々と突き刺さっている。

 これ、マジでやる気じゃねえか!?

 あまりのことに、俺は腰が抜けてしまった。

 やばい、第二弾が来たら動けない……っ!


「南潟先輩」

「は、はいっ!?」


 後輩である美羽流に返事をする夏奈ちゃん。


「二度と陽翔さんに近づかないなら、今日は許してあげます。行ってください」

「は、はい!」

「え? あ、ちょっと!」


 夏奈ちゃん、いや南潟先輩は、俺の生命の危機にもかかわらず俺を残して走り去った。

 ちょっとショックだが、それよりも目の前の恐怖の方が大きかった。


「陽翔さん、浮気にはお仕置きが必要っすね?」

「いや、その……」


 俺の足は思うように動かない。

 さっきの一刀は、俺に多大な恐怖を与えてしまったようだ。


「もう、自分から逃げないように、両足首切断してあげるっす」

「いや、ちょっと待てって! それはヤバイだろ!」

「大丈夫っすよ。自分がいつも背負って運ぶっすから」


 え? こいつ、マジで言ってんの?


「自分が一生介護しますし、自分が働いてお金も稼ぐっす。陽翔さんは一生自分と一緒にいて欲しいっす!」


 目が尋常じゃない!

 ヤバイ、これ、マジでヤバイ!

 今までちょっとだけそうかな、とか思ってたけど、あまりに理想通りだから否定して来たけど。

 こいつ、体育会系ヤンデレだ!


「ずっと一緒に、いて欲しいっす」


 美羽流は鉈を引き抜いて、振り上げる。

 あかん、これ、あかんやつや!

 考えろ、どうすれば俺は助かる?

 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ!


「……美羽流」

「……何っすか?」


 俺がトーンを落として、落ち着いた声で言うと、美羽流は動きを止める。


「ごめん、俺、浮気した」


 俺が百の失敗から学んだこと。

 相手がキレた場合、素直に認めて冷静に謝る。

 そうすれば、相手も冷静になって、常識的な攻撃しかしなくなる。


「一年に納真沙耶って子がいるんだけどさ、バスケ部の。その子と美羽流と付き合う前に告白してさ、でも、その後何も言わなかったんだ。それで南潟先輩が怒って来てさ。それで俺、納真に謝りに行って、許してもらったんだ。これは言ったよな?」

「……はいっす」

「それを報告しに行ってさ、後輩の事で本気で怒ってた南潟先輩がそれで笑って許してくれたんだ。それでちょっとふらふらっと行ってしまって……ごめん」


 俺は何とか足を動かして、土下座をした。


「もし、美羽流がどうしても俺の足を切るって言うならそれは仕方がないと思う。だけど、この一回は本当に魔がさしたんだ。許してくれると嬉しい。俺の出来ることなら何でもする」

「陽翔、さん……」


 美羽流も座る気配がする。

 そして、俺の上半身を起き上がらせると、ぎゅっと抱きしめる。


「自分はずっと、陽翔さんと一緒にいたいだけっす。陽翔さんにずっと自分を見ていて欲しいだけっす……」


 美羽流は、さめざめと泣いていた。

 だから、俺は抱きしめ返して頭を撫でてやった。

 ここ最近、泣いている女の子ばかりに会ってしまうな。

 本当に俺は悪い男だよ。

 でも、俺が本当に、心から美羽流を好きなことだけは──。


 いや。


 いやいやいやいや!


 ちょっと待て、俺、冷静に考えろ。

 鉈で人の足切り落そうとする奴を、本当に好きなのか?

 確かに、俺が悪い、浮気した俺が悪いんだけどさ。

 じゃあ、どうして美羽流は鉈を持ってたんだ? 常備してるんだ?

 美羽流、さっきマジで俺の足切り落そうとしたよな、脅しとかじゃなく!

 いつかその日が来ると、ずっと思ってて持ち歩いていたんじゃないのか?

 それはヤバいって! それ以外全部好きだけど、それは見逃せられないって!

 武器を持ち歩いている女の子って聞くとなんかデンジャラスで魅力的だけど、鉈ってもう猟奇じゃないか!


「今日は一緒に帰るっすか?」

「……そうだな」


 と言っても、俺に何が出来るだろう?

 浮気をしたら両足切断だ。

 別れ話なんてしようものなら手足切断されかねない。

 とりあえず今は、美羽流と付き合っていくしかない。

 そして、長い時間かかけて、なんとなーく離れて行くしかない。


「陽翔さん、今日からこうやって歩いていいっすか?」


 美羽流は、俺の腕をつかんで身を寄せる。

 俺の腕には美羽流の大きな胸が押し付けられる。

 それは、さっき揉んだ郷羽先輩の比じゃなかった。

 ……ちょっと嫉妬深い女の子も、いいかも知れないな。



 その後、南潟先輩にメッセージを送ったら、すぐに既読になったけど、返事はなかった。

 それから数回メッセージを送って、いつまでも既読にならなかった。

 多分、ブロックされたんだろう。

 つい昨日、キスまでして愛し合ったと思ってたのに。

 ちょっと、いや、結構ショックだった。

 まあ、どうせ別れる運命だったんだけどさ……。

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