第28話 次の相手
「ん……んにゃ……」
郷羽先輩が目を覚ますことにも気づかずに、俺は揉み続けていた。
「にゃぁ……?」
郷羽先輩が身を起こす、その瞬間まで俺は胸を揉んでいてしまった。
先輩がぼーっと自分の胸を見て、そこに自分以外の手があることに気づく。
「…………」
ぼーっとしている間に俺は、そっと手を抜こうとする。
だが、脇に阻まれて時間がかかった。
「うわーーーん! お母さーーーん!」
郷羽先輩が泣き叫んだ。
ヤバい! 女の子がお母さんを呼ぶときは貞操の危機を感じた時だって前に誰かが言ってた!
俺は慌てて手を引き抜いた。
「あれ? 学校? あ、ああっ!? 授業サボちゃいましたっ!」
やっと自分の状況に気づき、慌てたように叫ぶ。
「はっ、大志くんとの約束の時間過ぎてますっ! 行かないとっ!」
そう言って、走って出て行ってしまった。
一人取り残される俺。
さすがに深い罪悪感。
寝ている女の子の胸を、Bとはいえ揉んでしまうなんて、ただの痴漢行為でしかない。
さすがに相手が郷羽先輩とはいえ申し訳ない。
土下座でもして謝るしかない。
許してくれなくても、蹴られても謝り続けるしかない。
そのくらい強烈な罪悪感だ。
そして、何より、あの郷羽先輩の身体を堪能していた自分を殺してしまいたい気分だ。
本気で自殺をしたい。
いや、その前に贖罪をしないと。
俺は、床に正座をして、郷羽先輩の帰りを待つことにする。
「はあ、どうしてだか、とっても喉が渇いています……」
しばらくすると、郷羽先輩が帰って来る。
喉が渇いているのは、泣いたり鼻水出したりして水分を放出してから、熟睡してまた水分を放出したからだろう。
「あ、尾澤さん、来たんですね? ……どうしたんですか? そんなところに座って」
郷羽先輩は、何事もなかったかのようにそんなことを聞いてきた。
「え?」
「はい?」
これは……おそらく、寝起きにあったことを現実の事と認識してないか覚えてないんだろう。
どうする?
このまましらばっくれることも出来る。
郷羽先輩が見ていない以上、なかったことに出来る。
いや、そんなわけには行かない、こんなんでも一応女の子だ。
高は知れているだろうが、令嬢なのだ。
パンツは不可抗力にしても、その身体にべたべた触ったんだからな。
でも、知らない方が幸せって言葉もある。
わざわざ言ってどうなる?
郷羽先輩は自分の胸が揉まれたことを知り、ショックを受けるだろう。
俺も自分が郷羽先輩のBに欲情したことを郷羽先輩に知られてしまって、今までの関係を続けることは難しくなるかもしれない。
どうする?
……くそっ、郷羽先輩には俺の百の失敗経験を使いたくはなかったんだがな。
「? どうかしたんですか?」
少し癖のある髪を、寝癖で更に癖をつけた郷羽先輩の首が傾く。
俺は、そのまま手を床に着き、頭を下げる。
「どうも、すみませんでした」
「ふぇ? な、何ですかっ!? 何があったんですか?」
俺のいきなりの土下座に、慌て戸惑う郷羽先輩。
「……さっき、寝ていた郷羽先輩を起こそうとした時、うっかり胸に触ってしまいました……!」
間違ったことは、言ってない。
俺は、横たわっていた郷羽先輩の「身を起こそうとして」「うっかり」胸を触ってしまったのは事実だ。
パンツをガン見した後、両脇の下に手を突っ込んで起こした、というのもまた事実だが、別に俺は間違ったことは言ってはいない。
俺が謝りたいのは、先輩の胸を揉んでしまったことであって、倒れて寝てたのはあくまで郷羽先輩の自己責任。
郷羽先輩が「眠りから起こそうとした」と解釈するのは先輩の勝手だ。
「え? あ、そ、そうでしたか……」
少しだけ頬を染めて、だが、冷静を保とうと深呼吸をする先輩。
俺は、頭を下げたままでいた。
頭を上げ、郷羽先輩を見ると、色々と思い出してしまいそうになるからだ。
「いいですよ別に。尾澤さんは誠実な人ですね? そんなこと黙ってても誰も怒らないのに」
穏やかな声で、郷羽先輩が俺を許す。
「頭を上げてください。大丈夫ですよ? さあ、最後のお相手のお話をしましょう」
この時、郷羽先輩が、まるで年上のように見えた。
そう、まるで先輩のようだ。
後輩の俺を許してくれる優しさ、謝罪する俺を褒めてくれる寛容さ、全てを包み込んでくれそうな包容りょ……あ、ないわ、胸もないわ。
「さて、次の相手は誰ですか? さっさと言ってください」
「……なんだか、急に態度が変わりましたね? どうしましたか? 噂のあごデレですか?」
何なんだあごデレって、あごにデレデレするのか?
「どうでもいいでしょう、さっさと言ってください」
「は、はい。えっと、最後のお相手は、三年生の親馬磨輝先輩です」
親馬、磨輝……知らない人だ、って三年生かよ、南潟先輩より更に年上で来るのかよ?
「親馬先輩はとても成績が良くて、本も大好きです。よく図書室にいますし、生徒会が忙しいときは手伝ってもくれています。優しい人です」
完全文化系ですやん。
美羽流や南潟先輩と交流なさそうだからいいけど、俺の好みと正反対じゃないか。
この上胸がなかったら、どう情熱的になればいいんだ。
いや、でも、入れ込むことによっていくらでも情熱的になれることは、南潟先輩の時に分かったし、とりあえず会ってどういう人か知ってからになるかな。
「分かりました。じゃ、図書室に行けば会えるって事ですね? 見た目どんな人か分かりますか?」
「髪は肩までくらいだったと思います。私のようなストレートです」
いや、あんた癖があるだろ。
「おとなしそうな顔の方で、黒ぶちの眼鏡をかけています。痩せていて手足もお腹もほっそりしてる人です」
痩せていてほっそり……駄目だ、巨乳の要素がない。
俺は多少むっちりでも許容するから巨乳の方がいいんだ。
まあ、美羽流みたいにほっそり巨乳、なんて奇跡の身体の持ち主もいるんだけどさ。
「分かりました。じゃ、探してみます」
「あ、そう言えば、私も飲み物を買いに行くので一緒に──」
俺はそう言って一緒に来ようとする郷羽先輩の声を聞こえないふりをして部屋を出た。




