第25話 もう一勝負、ある。
「はー、おいしかったです」
幸せそうに微笑む郷羽先輩。
「じゃ、もう会うのはこれきりということで」
「ふぇぇ!? どうしてですか? きゃっ!」
出て行こうとする俺を止めようとしたのか、立ち上がろうとして、空の弁当箱を落とす郷羽先輩。
しょうがないなあ。
俺が落とした弁当箱を拾ってやると、何故だか郷羽先輩が、俺を抱き締めていた。
俺としては男に抱き締められているのと変わらないので、特に感慨はない。
「……何やってるんですか?」
俺が冷たく聞く。
「出ていくのを止めているんですっ! あと大人の女の母性的魅力で落ち着かせています!」
何を言ってるんだこの生物は?
「あなたが生物学上女ということも、戸籍上俺より年上ということも知ってます。だけどあなたには母性的魅力はありません。ゼロです」
母性的魅力と言えば、まずは胸の大きさ。
まずその時点で選外。
そして、包容力もなければ、寛容さもない。
見た目も子供そのものだ。
言ってみれば、ただの女児。
そういう需要を狙うならまだしも、母性を狙うとは畏れを知らなさすぎる。
「ありますよっ! 私はこう見えて、半年に一度、親戚の子供たちのお世話をしているのです!」
だからどうしたとしか言えない、微妙な例だなあ。
「まあ、そんなことはどうでもいいですから、離してください、逃げませんから」
俺が言うと、やっと離してくれる。
「それで、まだ何の用があるんですか」
「えっとですね、この勝負は十二戦行うそうです。ですからもう一戦あります」
なるほど、そんなに勝負するなら仕方が……いや、ちょっと待て。
「郷羽先輩は、これまで十一勝したんですよね?」
「はいっ、これまで全勝ですっ!」
「もし、最後負けても、十一勝一敗で勝ちになりませんか?」
勝負を十二戦するなら、七勝すれば勝ちは決まる。
なのに何でこの人、十一勝までして、まだ勝負しようとしてるんだ?
「それがですね……最後の一勝をした人が勝ちになるんです」
「は?」
悲しそうに言う郷羽先輩。
この人、何言ってるの?
いや、マジで。
「それなら、別に今回の勝負も負けてて良かったんじゃないですか?」
俺が精神的ダメージを負う必要が本当にあったのか?
「それが……そう決まったのがこの前の金曜なのです……」
「は?」
マジで、は?
「えっとですね、『統率力』の使い方は、成長して最後に使えるようになった方が伸びしろもあるからいいという事で、そう決まりました」
「決まりましたって、誰が決めてるんですか? 生徒会長?」
「いえ、生徒会長は勝負方法には関わっていません。私と大志くんで決めました」
決めましたって、自分で決めてんじゃないか!
「なんでそんな不利な条件受けてるんですか!」
「でも、確かになるほどと納得したのです! そうだなあって」
駄目だ、この人思いっきり騙されてるし!
おそらく、だけど、最初の一勝を、もし神酒先輩が取って入れば、それで勝負は終わりだったんじゃないか?
けど、そもそも、告白して受け入れられる、なんて不利な条件を受けて、郷羽先輩が勝ってしまったから、ヤバい、と思って、三回勝負だ、いや、五回だ、とかになって郷羽先輩の勝利が十一回も積み重なって、これを巻き返すことは不可能と判断してこう言ったんじゃないかな。
神酒先輩が卑怯くさいのは今に始まった事じゃないけど、この貧乳、あまりにもポンコツ過ぎないか?
名家のお嬢様って聞いたけど、多分相続した次の日に財産失いそうな気がする。
「どうかしましたか?」
この馬鹿貧乳は、本当に騙されていることに気づかず、俺を不思議そうに見上げている。
「……いや、何でもないです」
貧乳の、総身の知恵も知れたもの。
言うだけ無駄だ。




