第24話 勝負の考察
「え? もう夏奈ちゃんを落としたんですか?」
「はい。昨日キスもしました」
「はー……わわっ!」
呆然とした、というかいつもぼーっとしている郷羽先輩は、つまんでいたミニハンバーグを落としかける。
「はぁぁっ! これは、私の、命……っ!」
安い命だなあ、胸と同じで。
箸でつまむのを諦めた郷羽先輩は、手の平でそれを受け止め、そのまま口に入れる。
育ちのいいお嬢様とは思えないな、この人。
ここはいつもの矯正面談室。
俺はどうせ呼び出されるだろうからと、先んじて来てやったら、まだ郷羽先輩が弁当を食べていたのだ。
で、この妖怪ムネナシがきゃんきゃん吠えるのをスルーして、状況を報告してやったのだ。
本当は、弁当のおかずの子供っぽさをさんざんからかってから報告しようと思ったのだが、どうせまた泣くので勘弁してやった。
「それで、どうやったんですか? 聞きたいですっ!」
手づかみで肉を食らったちみっこが、やたらと興味津々に聞いてくる。
「普通ですよ。ただ、南潟先輩の本当の姿を見極めて、弱い部分を見つけて口説いただけです」
「ほぇー、あんな夏奈ちゃんにも弱い部分があるんですねぇ」
ちゅー、とレモンティーの紙パックを吸ってから、郷羽先輩が感心する。
逆にあんたは強い部分ないよな。
「で、これで終わりでいいんですね?」
俺がここに早々に来たのは、別に郷羽先輩をからかうためじゃない。
いや、それはそれで俺のたまったストレスのはけ口になるけど、そうじゃない。
俺は、さっさと解放されたいだけだ。
これは、精神消耗が激しすぎる。
俺の好きなタイプは、巨乳で、それだけは妥協出来ない。
後は体育会系の後輩のような、元気な子犬のような明るい女の子が好きだ。
だけど、俺はあの瞬間、そう、南潟先輩が俺を好きになってくれたあの瞬間、俺の方も南潟先輩を好きになっていた。
認めたくはない、だけど俺が今抱いているこの感情は、南潟夏奈を愛しい存在と思っているとしか考えられない。
まるで郷羽先輩に、能力を使われていた時のような感情。
俺はあの人を幸せにしたい、大切にしたい、そう心から思っている。
だけど、俺には美羽流という彼女がいて、俺はあの子を一番大切に思っている。
情熱は失ったが、それでも好きだ。
美羽流の悲しい顔は見たくはない。
この、相反した矛盾する感情は、俺の精神を大きく消耗させる。
結局俺は一人であり、どちらかを切り捨てなければならない。
そうなると、やっぱりそれは南潟先輩であり、俺は俺の評価の通りに女の子を傷つけ続けることになる。
これまでは何の問題もなかった。
なにしろ、郷羽先輩が情熱を冷ましてくれ、他の誰かにそれを移してくれたからだ。
それでも罪悪感はあったものの、これほどじゃなかった。
だけど、今回は全て自分で受け止めなければならない。
これは、やってみて分かったが、かなりきつい。
何しろ、俺が南潟先輩を好きだという感情は、俺固有のものであり、なくなってくれないのだ。
神酒先輩、それに美羽流に邪魔されないよう、デートで決めようと思って、それを達成した。
そのためにずっと南潟先輩の事を考え続けていた。
朝起きて、夜寝るまで、ずっとずっと考えていた。
だから、好きになった。
譲れないと思えた胸の大きさでさえ譲って、この絶対貧乳の郷羽先輩よりも胸のない南潟先輩の事を考えると心の中に愛しい感情で一杯になる。
人を一人好きになるということは、人を一人好きにさせるということは、とてつもなくエネルギーを消耗する。
これを三か月で十回、いや十一回やっていたんだから、『統率力』ってのは本当、凄いな。
同時に使い方を間違うと大変なことになる強大な力でもあると考えてしまう。
これを、本当にこの郷羽先輩に持たせていいものだろうか?
胸云々は置いとくとしても、人間として、この人の器が大きいとは思えない。
それに俺の評価を思いっきり下げるという、他人に迷惑をかけたりもしている。
こんな人に『統率力』を思いっきり使う生徒会長にしていいのか?
ただ、じゃあ、神酒先輩はどうなんだ、ということもある。
あの人は、南潟先輩に美羽流へ連絡させたこともある。
今ならはっきり言えるが南潟先輩はそんなことをする人じゃない。
俺だけならまだしもそうやって自分の操作した人間の評価を下げることを厭わない。
思えば、それまでも心当たりもある。
美羽流の俺への冷たい言葉も、今にして思えばそんなことをあの美羽流が言うとも思えない。
その前も、更にその前も、今思うと、そんなことする子じゃない、と思えるようなことをされていたと思う。
更に考えるなら、俺の評価。
確かにこれは郷羽先輩が主犯だし、こうして軽くいじめる程度では腹も治まらないくらいには怒りはあるんだが。
それにしても、拡まり方が早すぎないか?
証拠もないし言いがかりでしかないが、裏で神酒先輩が動いてるんじゃないか?
郷羽先輩が、俺を連続で使う気なのが分かって潰そうとしていなかったんだろうか?
そんな気がしないでもない。




