第16話 ID交換
「……あんた、沙耶に何言ったのよ?」
翌日、放課後の部活終わりに南潟先輩を待ってたら、開口一番にそう言われた。
ちなみに、さっき納真は既に帰って行った。
俺に微笑んで手を振って通り過ぎていった。
俺と納真が、お互い納得して別れた結果だ。
「何て言われましたか?」
「……あんたは最高の男の子で、自分にはもったいなかった。あたしにはお似合いだって」
「そうですか」
納真は、約束を守ってくれた。
多分、本人からすれば話しかけるにも勇気がいるような南潟先輩に、きちんとお勧めしてくれたんだ。
「俺は、謝っただけですよ。ただ、許してくれた納真が凄いだけです」
俺は思ったことをそのまま言っただけだけど、南潟先輩は胡散臭げに俺を見ていた。
「ま、あんたがどう思っていても、もう関係ないけどね」
そうだ、俺は、正式に納真と別れたんだ。
一抹の寂しさはある。
だけど今は──。
「南潟先輩、これで何とか約束を守れました」
「そうね、ま、あの子があれだけ明るくなったのがあんたのおかげなら、約束通りね。分かったわ。約束は守ってあげる」
「本当ですかっ!? やったあ!」
俺は、食い気味に喜ぶ。
自分のしたり言ったりした行為で喜ぶと、自分も嬉しい。
特に南潟先輩みたいに人の事をいつも考えてる人は尚更だ。
「ただ、これはただのお礼よ? 付き合うとかそんな話じゃないから」
「分かってます。ですけど、俺からすると、俺を嫌っていた南潟先輩がデートしてくれるまでになったのは嬉しいです」
「……別に変わってないわ。あんたの事は元から好きでも嫌いでもないし。ただ、沙耶を明るくした事は評価してもいいってくらいよ」
人間というのは、ホイホイ気持ちが変わる人間に対して、いい感情を持ってはいない。
だから、自分もそうであると指摘されると否定するものだ。
だから、この否定は、どちらか分からない。
「それでも、俺は、デートしてくれるだけで嬉しいです。これまで、南潟先輩とデートした人は何人いますか?」
「……いないわ」
「そう! 俺が初めてなんですよ、先輩とデートするの!」
「……なっ!」
俺が指摘すると、それまで守っていた憮然とした表情が壊れた。
顔を赤くして、少し情けないくらいにうろたえた表情。
だけどそれは一秒ほどで元に戻った。
顔の赤さ以外は。
「べ、別に? 誰にだって、始まりも終わりもあるに決まってるじゃない」
慌てた南潟先輩の返答は、何が言いたいのか分からない。
からかう必要もないし、下手にへそを曲げられても困るから、突っ込むのはやめておこう。
「それで、今週末でいいですか?」
「まあ、いいけど、土曜日の午後は練習があるから」
南潟先輩は顔の赤さを隠すために、俺と反対方向を向いてそう答えた。
「じゃ、日曜日の十時からでいいですか? 待ち合わせは……えっと、南潟先輩の家ってどこでしたっけ?」
「鴨野町の方だけど」
鴨野町は、この市の隣の町で、一度合併しそうになって、結局しなかった町だ。
「電車通学ですね、じゃあ、駅でいいですか?」
「ま、それでいいわよ」
「じゃ、何かあった時のためにID交換しませんか?」
俺はスマホを取り出す。
「え……いいけど……」
流れるようにID交換する流れになって、少し戸惑ってる南潟先輩。
やっぱり俺なんかと交換するのは嫌なのか?
そう思って、近隣IDを確認すると、そうじゃないことが分かった。
「じゃ、交換……この、『カナ・デ・レディ☆』ってのが先輩ですか?」
「そうよっ! 悪い?」
不機嫌そうにそう答える南潟先輩。
まあ、仲間内でやってると、笑いに走ってこんな感じになるよな。
「その、『陽翔』が俺です」
「それは、分かるわよ……」
俺の方があまりにも普通なため、自分のふざけた感じが目立って、居たたまれなくなっている。
そんなもん関係ないんだけどな。
ちなみに俺のが普通なのは、大体初めての相手の挨拶が多いし、今は美羽流と数人と、後は親くらいしかいない。
大体ID交換してすぐに別れの話になって、IDブロックしての繰り返しだったし、そういう時にふざけた名前だと余計に相手を怒らせるだけだからな。
「じゃ、日曜日、楽しみにしてます!」
俺はそう言って手を振り、南潟先輩と別れた。




