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第11話 駆け引き成功

「で、次はあたしをその人にする予定だったの?」

「あ、いえ……はい」


 突き飛ばすように手を放すと、侮蔑するように俺を見る。

 ここで告白しても、どう考えても断られるだろう。

 まあ、情熱的な頃はここで告白して拒絶されて、それでもめげずに告白して、どうすれは喜んでくれるか考えて、精一杯の誠意を見せて、そして落としたんだが、そこまでの情熱が湧いてこない。

 おっぱい、あとおっぱいさえあれば、もう少しはマシだったのに……!


「本当は、今日きちんと告白するつもりでした」


「だったら、返事をしてあ──」

「ですがっ、今日はやめておきます」

「は?」


 南潟先輩が怪訝な顔をする。


「俺は、納真に謝ります。許してもらうまで、謝ります」

「…………そんなの、あの子は口では許すって言うにきまってるじゃない」


 確かに、気の弱そうな子だったし、俺が謝れば、本当は許さなくても、許すって言うだろう。


「今となっては多分、あの子はあんたに会うだけで、もっと傷つくと思うから、もう二度と会わないで」


 南潟先輩は、すっと立ち上がる。


「話はこれで終わりね。あたしにも、バスケ部にも、もう二度と付きまとわないで」


 そう言って出ていこうとする先輩。


「だったら、納真に謝って、南潟先輩との仲を応援してもらえばいいですか?」

「! あんた、人の話聞いてた? もう二度と沙耶に関わら──」

「ですが、俺は納真にも謝りたい! そして、南潟先輩とも付き合いたい!」


 俺は怖気づくことなく、言い返す。

 本気だからの迫真、じゃない、別に嫌われてもいいからの強気だ。

 だが、真正面からの俺の言葉に、さすがに先輩は少し頬を染める。


「な、に、言ってんのよあんた! 馬鹿じゃない?」

「馬鹿じゃない奴が、こんな無茶なことを言い出しません。馬鹿であることは認めましょう。ですが俺は、本気でそう思っています。俺は絶対に南潟先輩と付き合います」


 俺はここで断言する。


「勝手にすれば? そんなことは絶対無理だけどね?」

「じゃあ、納真に謝って、納真が俺を許して南潟先輩に俺を勧めるようになれば、デートしてくれますか?」


 俺は更に攻める。

 ここで「付き合う」と言わないのは作戦だ。

 俺が百の失敗から学んだ一つ、「人は自分が拒否しようとしていたことよりも簡単なことを言われると、思わず承諾してしまう」だ。

 ポイントは冷静に考えさせないことだ。

 落ち着いて考えたら、いやいや、それでも駄目だ、になるからな。


「何であたしがあんたとデートなんてしなきゃなんないのよ?」

「俺だって何かするならご褒美くらい欲しいですし。難しいなりに努力するから、やる気だって必要なんですよ」

「……いいわ、それであの子の傷が癒えるなら、それくらいしてあげる。だけどあの子をこれ以上傷つけたら許さないわよ?」


 そう言って先輩は出て行った。

 本当に、後輩思いの先輩だ。

 ふう、考えていたプランとは大幅に違ってしまったが、何とか第一段階は達成した。

 先輩は気づいてはいないだろう。

 自分が出してもいない無茶な条件で、俺がそれを達成すれば、デートをすることになるという事実を。


 これは俺が百の失敗から学んだ、相手が出してない無茶な条件をクリアすることで、相手に要求を呑ませる、というテクニックだ。

 つまり、「付き合う」から「デート」に落として用意にした揚げ句、俺が無茶な条件を達成したら、なんて言ったから「じゃあやってみなさいよ」になったわけで。


 これは相手にもよるけど、南潟先輩のように真面目で誠実な人なら必ずと言っていいほどうまく行く。

 さて、これであの先輩が落ちる道筋が出来た。

 俺が本気で誠意をもって、納真に謝って頼めばいいんだ。

 もちろんそれが簡単じゃないことは分かっている。

 だけど、一度口説いたことのある相手だ、性格も周囲も分かっている。


 南潟先輩を直接よりも、かなり分かりやすい。

 そして、南潟先輩の情報も手に入れられる。

 俺にとっても、もちろん納真にとっても、古傷をほじくり返されることになるわけだが、今は手段を選んでいられない。


 それに……いい機会だ、納真にもきちんと謝ろう。

 誠意をもって謝罪をしたい。

 これは納真だけじゃなく、これまで付き合って来た女の子全員にだ。

 誠意を持って謝罪したって言葉に嘘はない。

 だけど中には、いつまでもしつこく食い下がる女の子もいた。


 俺は既にその子とは別の女の子に夢中だったから、付きまとわれるってことは、その子を口説くこと妨害されているということになるので、イライラして傷つけることも言ったことがある。

 場合によっては「お前みたいなしつこい女は嫌いだ、二度と近づくな、警察を呼ぶぞ?」

 とまで言ったこともある。

 その時の相手の、心の底から傷ついた表情は忘れられない。


 女子の集団に囲まれても、陰湿な嫌がらせを受けても全てどうでもよかったし、謝罪はいくらでもした。

 ただ、それが次の子を口説くことに障害になるなら全力で潰した。

 俺のこれまでの行動を知って、外道と思わない奴は、なかなかいないだろう。

 それは分かっている。

 それでも、まだ続けなければならない。


 それもこれもすべて、郷羽先輩のせいだ。

 だけど、俺もあんなのでも泣かせたり困らせたり出来ないという一般社会常識的な保護精神はあるので、あれだけおっぱいが小さいのに、これ以上責めることもしたくはない。


 とにかく俺が、全ての清算をするには、あの人を生徒会長にして、俺に対する全校生徒の恨みを解消するしかない。

 俺に対する恨みが消えるのであれば、俺から受けた傷も消えるって事だろう。

 だから俺は、動かなければならない。

 人の傷を癒すために、人を傷つける。

 それが矛盾であることは分かってはいるんだ。


「はあ……出るか」


 俺は一人、取り残された喫茶店から出ようと、レシートを取った。


「えーと、コーヒー三百八十円です」

「え? あと、ダージリンも頼んでますが」

「それは先ほどお連れ様がお支払いになられました」


 ……俺なんかに奢られたくないって事か。

 ま、そうでなくても後輩だからな。

 俺は自分のコーヒー代を支払って店を出た。


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