フィーリアに誓いを立ててみる
コン コンとノックの音で目を覚ます。どうやら寝ていた様だ。
「リュシル様・・・お加減はどうですか? もうすぐ夕食の時間になりますが、いかがいたしますか?」
もうそんな時間か、たしかにお腹も空いてきたな。
「ああ、気分も大分良くなったから僕も食べるよ。」
「はい!でわ、もう入室してもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ。」
俺がそう答えると、扉が開き、フィーリアが入って来る。少し嬉しそうな雰囲気だった。
支度をして、フィーリアと共に部屋を出て、食堂へ向かう途中。ひそひそとこちらを見て話すメイド達を見かけた。
何だろ?と思いながらも食堂へ入っていく。
俺が一番最後だった様で、皆もう席に着いていた。
「遅くなり、申し訳ありません。」
と、謝罪と共に席に向かう。
「もう、体の調子は大丈夫なのか?」
「はい、ご心配をお掛けしましたがもう大丈夫です。」
父さんの声に答えると、普段と変わらない俺の様子に、皆ホットした顔をしていた。
俺は、席に向かいながら弟の頭を撫でようと手を置くが、直ぐに払いのけられてしまった。
あれ? 俺なんか弟を怒らせる事でもしたかな? 思い当たる事が無いけど・・。
まぁ、その内機嫌も直るか・・・。と俺は肩を竦めながら席に着いた。
夕食の後、父さん達と他愛無い話をしながら香茶を飲んでいたが、話が今日の話になるとすぐに別の話題へと話を逸らされた。なんか気を使われてる?
その後部屋へ戻る途中でも、ひそひそとこちらを見て話すメイド達をみかけた。
なんだろ? 感じ悪いな~とは思ったが、そのまま部屋へ戻った。
それから数日は特に何事もなく過ぎて行った、相変わらず弟の態度が変なのと、メイド達のひそひそ話は続いていたけど・・・。
俺はその事にモヤモヤしていたが、ある日その理由が分かった。
それは、父さんの執務室の前を通りかかった時だった。
「俺に息子を殺せとでも言うのか!!!」
中から父さんの怒鳴り声が聞こえて来た、普段怒る事のない父さんの声。
しかも、俺を殺すとか聞こえたけど!?
この時いつもなら止めるはずのフィーリアも俺を殺すと言う言葉に只ならぬ気配を感じ、ダメな事だと思いながらも一緒に聞き耳を立ててしまった。
どうやら、家臣の一人が、俺の授かったギフトを引き合いに出し、俺に家督を継がせるのは辞めた方が良いのではないか、と、父さんに言ったらしい。
この国では、基本家督を継ぐのは長男となる、長男がいるのに勝手に次男に継がせたりは出来ない。
長男が死んでしまった時に初めて、次男が継ぐことになる、例外が有るとすれば、重い怪我や病気となり、回復の兆しが無いといった場合である。
それも、国王の承認が必要なため、大変な手間が掛かるのだ。結局俺が死ぬのが一番手っ取り早いと言う事になる。
家臣の言い分は、このまま俺が家督を継ぐと周りの領主から下に見られ、過度の干渉をしてくるかも知れない、最悪は領地を乗っ取られるかも知れない。
殺せとまでは言っていないが、別の方法で穏便に済ませられないか。何か大きな功績でもあれば別だが、と言うことらしい。
父さんは、今回の件について、家臣もこの領地の事を思っての発言なため、不問にするらしい。
俺はフィーリアと共に無言で部屋に戻って来ていた、彼女の顔色は真っ青になっていた。
俺も、ギフトのせいで生き死にの話にまでなるとは思ってもいなかった。
俺自身は、ここで普通に暮らして行ければそれで良かったんだけどな・・・。
領主の長男ともなると、ギフトのせいで死ななければならない事もあるのか。
今の俺では、自分の身すらまともに守れないだろうしな。
俺だけなら良いけど、このままだとフィーリアまで巻き添えを食うかも知れない。
前の世界では、軍に所属してたから、何度か死にそうな目に遭ったことだってある、死ぬって事にそれほど恐怖は無い。
実際前の世界で一回死んでる訳だしな。
でも、俺のせいで関係の無いフィーリアにまで被害が出るのは嫌だ。
巻き添えで死んでしまうなんて事があったら俺は自分が許せなくなるだろう。
フィーリアを横目で見てみると。彼女は思い詰めた顔をして、俺の傍に佇んでいた。
俺は、ベッドに腰かけて床を見つめたまま、しばらくの間無言でいた。
「・・・フィーリア、もし君が望むなら、僕の従者を辞めても良いんだよ? 父さんには僕の方から話しておくから。将来どうなるかも分からない様な僕なんかと一緒に居たら、フィーリアまで何をされるか分からないし、もしかすると巻き添えで殺されてしまうかもしれないからね。僕に仕えてまだ日も浅いから、そこまで付き合う義理も無いだろ?」
俺はフィーリアにそう問いかけた。
「な・・・んで・・・。なんでそんな事を言うのですか・・・」
「---!?」
その言葉に、顔を上げてフィーリアを見た俺は、驚きのあまり固まってしまった。
そこには、真っ直ぐに俺を見つめ、その目から大粒の涙を流すフィーリアの姿があったからだ。
「たしかに、リュシル様の従者となってまだ日は浅いですが、フィーの事がそんなに信じられないのですか? フィーのこの身は、リュシル様だけに忠誠を誓っているのです、家督やギフトの事なんて関係ありません。リュシル様だからこそ従者となり一緒に居たいと思ったのです。死ぬ事など怖くはありません。何かが有った時に傍に居られない事の方がもっと怖いのです。だから、そんな悲しい事を言わないで下さい。お願いですから・・・。」
一息にそう言って、フィーリアは両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。
あぁ、クソ、何やってんだよ俺は・・・。と、そんなフィーリアの様子を見て、自分を殴りたい気持ちになった。
いくら、この世界では10歳で働きに出る事は普通だとしても、こんな小さな女の子が従者をするとなると、どれだけ不安な事だろう。
主に忠誠を誓うと言うのは、生半可な気持ちでやれる事じゃない。
それこそ、主を守り、主のために死ぬ事だって覚悟をしているのだろう。
それなのに、そんな事にも気づけないなんて・・・。
これだけの思いを持って俺に仕えてくれて居たのかと思うと、フィーリアの事がどうしようも無い程に愛おしく思えてしまう。
震える小さな肩を見ながら俺は、そんなフィーリアにどれだけの事をしてあげれるのだろう・・・。
この娘が安心できる様、幸せに生きられる様に俺はもっと力を付けないといけないな・・・。
きっと娘を持った親の気持ちってこんななのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺はベッドから降りると、静かにフィーリアの傍に歩み寄ると、彼女の頭をそっと抱き寄せ。
「フィー、ありがとう・・・。」
と、フィーの耳元に囁き、髪を優しく撫でる、一瞬びくりと体を震わせた後、一呼吸の沈黙の後、彼女はまた泣き出していた。
でも、何となく分かるこの涙はさっきまでの悲しみの涙では無く、安堵による涙なのだと。
俺は、フィーが落ち着くまで、優しく髪をなで続けてあげた。
しばらくそうしているとフィーも落ち着いて来た様で、そっと、手を放し彼女の顔を真っ直ぐに見つめる。
フィーはまだ、目は涙で潤んでいて顔も少し赤いけど、俺の事を真っ直ぐ見つめ返して来た。
そんな彼女は妙に大人びており一瞬どきりとさせられた、何とか心を落ち着かせると。
「フィーごめんね、情けない姿を見せてしまって。気にしていないつもりだったんだけど、心のどこかにずっと何かが引っかかっていたんだと思う。それで今日の事があって、もし僕のせいでフィーに何かあったらって思うと怖くなってしまったんだ。それであんな事を言ってしまったんだと思う。フィーの気持ちも考えずに、ほんと情けなく思うよ。
でも、フィーが家督やギフトの事は関係無い、この僕だから忠誠を誓ったんだって言ってくれて、本当に嬉しく思ったんだ。心の何処かに引っかかっていた何かが取れて無くなった感じがしたんだ。」
フィーは俺を見つめたまま、静かに俺の言葉を聞いてくれていた。
「だけどフィー。僕の為なら死ぬのも怖くないって言っていたけど、僕はフィーが死んでしまったら死ぬほど悲しくなってしまうよ?
フィーは、僕より先に死んでしまって、僕をひとりぼっちにして平気なのかい?」
その言葉に、フィーは顔色を悪くして俯いてしまった。
「ごめん、ちょっと意地悪だったね、だから、ね? フィーも僕の為に簡単に死ぬなんて言わないでよ、どうせなら、僕の為に生き抜いて見せるって言ってよ。僕を一人にしないでよ。そうしてくれるなら、僕もフィーを信じて、ずっと一緒に生きていくって誓うよ。」
そうして俺は、この国で誓いをする時に行う方法の一つ、フィーも俺の従者となった時に手の甲に口づけを行っていた事を思い出し、フィーの額にそっと口づけをした。
まあ、フィーが服の裾をぎゅっと手で握り締めていて、手が取れそうに無かったのと、丁度目の前にフィーのオデコが見えていたからなんだけど・・・。
その瞬間、フィーは顔をばっとあげ額を押さえ、顔を真っ赤にしてあたふたとしていた。
俺はそんなフィーを優しく見守っていた。なんだろね、この可愛い生き物は。
「フィー、落ち着いた?」
しばらくして、落ち着いた頃合いを見て言葉をかけるとフィーはこくんと頷いた後。
「あ・、あの・・・。その、フィーって・・・。」
と、遠慮がちに聞いてきた。
「ああ、ごめん、さっき自分の事フィーって言っていたからさ、僕も何となくそう呼んじゃってたみたいだね、嫌だったら止めるけど?」
俺がそう言うと、ぶんぶんと首を横に振っていた。
「じゃあ、これから、フィーって呼ばしてもらうね?」
今度は首を縦にコクコクと振った。
「では、改めて、これからもよろしくね」
俺は、フィーに向かって微笑むと。
「はい!よろしくお願いします!」
と、フィーは咲き誇る様な笑顔を見せてくれた。
そんなフィーの笑顔にしばし見とれていると、ふと、日が陰るのを感じ窓の方を向く、外は日が陰り薄暗くなり始めていた。
もうそんな時間かと思い、涙で目を腫らしたフィーにしばらく部屋で休んでいるか聞くと、大丈夫との事、でも、顔を洗って、着替えて来るとの事で部屋に戻って行った。
フィーが出て行った後の扉を見つめて、俺はどうやって力を付けようかなどと考えようとしていたら、ノックの後フィーが戻って来た。
何か忘れ物でもしたのかな?と思いフィーを見ると、涙で濡れていた服も着替え終わり、涙で腫らしていた顔も、後も見当たらなくなっていた。
――!?さっき出て行ってからまだ数分しかたっていないはずなんだけど、どうなってんの?
どうしても気になってフィーに聞いてみたけど、従者ならこれぐらい当然です、と答えになっていない答えが返ってきちゃった。謎だ・・・
夕食の時間となり、フィーと共に食堂へと向かう途中、メイド達のひそひそ話が目に着いたけど、全く気にならなくなっていた。
自分の事を信じてくれる人が一人でもいるだけで、こんなに違うものなんだなと思い、フィーに心の中で感謝した。
弟の態度は相変わらずだけど、こればっかりは時間が解決してくれる事を祈るしか無いかなと少し寂しくかんじた。
おまけ
夕食後、自室に戻った時に。
「あ、あの、先程の誓いの、く、口づけなのですが・・・。」
と額を押さえ、顔を少し赤くして、遠慮がちに聞いて来た。
「ん? 額に口づけって何かまずかった?」
俺が、あれ?って言う顔で首を傾ける仕草をすると。
フィーは、ハァーと、大きくため息をつくと。
「リュシル様、額への口づけは、男女間の婚約を意味する行為です。私でしたら構いませんが、誰かれ構わず行ったら大変な事になりますよ? 私でしたら構いませんが・・」
ん? なんで2回言ったんだろ? って、マジですか・・・あの時の俺何やらかしてくれてんのかな!?。
「以後、気を付けます・・・」
と、心の中で脂汗を掻きながらそう呟いていた・・・。
ここまで読んで頂きありがとうございます。4話までは区切りの関係で、連続投稿となりましたが、5話以降は投稿間隔が空いてしまうと思います。出来るだけ早く次の話も投稿できるように頑張りたいと思います。




