弟を安心させてみる
この物語は異世界のお話です、現実の物理法則とは違う法則で動いております。
その辺を留意してお読みください。
僅かな意識の覚醒の中で声を聴いていた。
「リュシル様! リュシル様!」
「兄さん! 兄さん目を開けてよ! 僕が・・・僕が無茶をしなければこんな事に・・・」
フィーの必至に俺を呼ぶ声と、弟のアルの悲痛な声が聞こえる・・・。
背中に感じる感触からどうやらベッドの上に寝かされているみたいだった。
その傍らでアルが今にも潰れてしまいそうな声で泣いていた・・・。
俺は薄っすらと目を開け、傍らにいるアルの頭に手を乗せようとして、全身の激痛に眉を顰めるがその痛みを無視する。
そうしてアルの頭に手を乗せ声をかける。
「みんな、無事か?」
「!? 兄さん!」
「リュシル様!」
どうやら周りには父さん達もいて、皆安堵の顔を浮かべていた。
「僕達は無事だよ、マーサの足も軽い捻挫だって。」
そう言ってアルが目を向ける先には、マーサが椅子に座って心配そうにこちらを見ていた。その足には包帯が巻かれていたが、それ以外は大きな怪我は無さそうだった。
「そ、うか、それなら良い。」
「ご、ごめんなさい兄さん・・。僕のせいでこんな事になってしまって、ごめんなさい。」
アルが、何度も謝りながら、また泣き出してしまった。
「大丈夫。こんな怪我、一晩寝ればすぐ、直るさ。」
そう言いながらアルの頭を優しく撫でてやる。
アルは、ベッドに顔を埋めたまましばらく泣いていたが、疲れていたのだろう安心したためか、そのまま眠ってしまった様だ。
姉さん達がアルとマーサを伴って、アルの部屋へ連れて行ってくれた。
「あの後どうなったのですか?」
俺は父さんに聞いてみた。確か、意識を失う寸前に父さん達が駆けつけて来たと思ったが。
「あ・ああ、あの時俺達が到着した時には、ワイバーンはもう死んでいたよ、集まっていたフォレストウルフもすべて逃げて行ったよ。しばらく周辺を警戒していたが、あのワイバーン以外はいなかったみたいで、連れて来ていた討伐隊に後を任せて、お前を抱えて大急ぎで戻って来たんだよ。」
「そうじゃ、フィーリアが血相変えて飛び込んで来てのう、急いで、ここに来て神の祝福をかけたのじゃよ。」
メルヴィン司祭様がすぐ傍に居た。祝福・・。たしか上位の回復魔法だったか。
どうやら、父さんの指示でフィーがメルヴィン司祭様を呼んで来てくれた様だった。
そして、今まで回復魔法をかけ続けてくれていた様だ。
「メルヴィン司祭様、ありがとうございます。僕はもう大丈夫なので、マーサの足にも回復魔法をかけてあげて貰えますか?」
「全くこの子は、自分の体より他人の心配か、心配せんでも、助司祭が回復魔法をかけておるわい、今はぶり返さない様に安静にさせておるだけじゃ。」
そう言って俺を見る司祭様の目はとても優しかった。
しかし、直ぐに顔を曇らせると。
「こう言ってはなんじゃが、一体何をすればこんな事になるのじゃ、全身何か所も複雑骨折、内出血もひどいし、全身の筋肉も筋も断裂しておる・・・。命は助かったが、治っても前のように一人で歩くことも儘ならんじゃろう、下手をすれば、一生ベッドの上じゃわい。」
司祭様の言葉に、父さん達は沈痛な表情を浮かべていた。
「王都の最高司祭様なら、何とか出来るかもしれんが・・・、ここまで来てもらうのは無理じゃろうな。」
王都から此処までは、馬車で5日程かかる。往復で10日、王都を10日も留守にしないといけない、たかが地方領主の息子のためにそこまではしないだろう・・・。
「いえ。そこまでは望みませんよ、今は命が助かっただけ良かったと思わなければ。」
そう言って、俺は優しく微笑んだ。
「皆も休んで下さい、僕ももう少し眠りますから。」
「わかった、だが何かあればすぐに呼ぶんだぞ?」
そう言って父さん達は部屋を出ていく、そして、フィーだけが部屋に残った。
「フィー。」
「リュシル様、私はそばを離れませんからね!」
「ああ、違うんだフィー、みんなが寝静まったら、俺をカグラに連れて行って欲しいんだ。」
「っ! はい! 分かりました、必ずお連れします。」
フィーはカグラと言う言葉で、何となく察したのか。頷きをかえした。
「だから、フィーもそれまで部屋で休んで来るんだよ。」
「っ!?」
フィーはこの世の終わりの様な顔をして、でも・・あの・・と繰り返してた。
その様子を見て、クスリと笑い、フィーの好きにすれば良いよと言ってあげた、フィーは嬉しそうにニコニコとしていた。あ~なんだろね、この可愛い生き物わ・・・
夜、みんなが寝静まった頃に、俺とフィーは護衛艦カグラへと向かう。
フィーに横抱きにされて運ばれて行く。まあ、お姫様だっこってやつだな・・・
「フィー、重くないか? 無理をしなくていいんだぞ?」
そう声をかけるが。
「全然大丈夫ですよ、魔力強化もありますし、それに、リュシル様を抱っこ出来るなんて、寧ろご褒美ですから。」
と、良い笑顔で返されてしまった。
お、おぅ、だ、大丈夫なら良いのだけどね・・・。
そうこうしているうちに、護衛艦カグラの入り口の前に着く、ドアの横にあるパネルを操作してドアを開け艦内へと入って行く。
入り口にある小部屋へ入る、すると、直ぐ近くにあったパネルに神楽が表示される。
「あれ? マスターとフィーリアさん、どうしたのですかこんな時間に?」
普段来る事の無い時間、しかもこんな真夜中にやって来た俺達を訝し気な表情で迎える神楽。だが次の瞬間。
「!? ひぃ! マ、マスター 何ですかその怪我は! いったい何が有ったんですか!」
入り口の小部屋でスキャンされた俺の体の状態を見た神楽が悲痛な叫びを上げる。
「細かい説明は後だ、治療室を使う、準備をしてくれ。」
「!? はい、分かりました! 直ぐに準備をします。フィーリアさん案内しますので表示盤に従って進んでください。」
その声にフィーはコクリと頷くと神楽に案内され通路を進んで行った。
そうして、神楽に案内されて、治療室と書かれたパネルのある部屋へと辿り着く。
ドアが開き中に入るとそこは、12畳程の広さの部屋に治療用の診台が2つ、奥には大きな箱に挟まれる形の治療台が一つあり、後はそれを操作するパネルとデスクが一つ、壁際には長椅子が設置された部屋だった。
「フィーリアさん、一番奥の診療台の上にマスターを寝かせてください。」
神楽の指示にフィーは頷くと、俺をそっと診療台の上に寝かせた。
「では、詳細にスキャンしますので動かないで下さいね。」
神楽の指示に、俺は頷いた。
スキャンし終わった後の診断結果を見て、神楽は顔を顰める。
「良く、これで、生きて居られますね・・・、これも、魔力とやらのお陰ですか・・・。」
神楽は真っ青な顔をして、呟いていた。あ~、やっぱりそんなに酷いのか。
「全身のほぼ全ての腱が断裂、筋繊維もズタボロです、極め付けが全身の骨の複雑骨折、ヒビが入って無い所を探す方が大変ですね。魔力?のお陰で辛うじて繋がってはいるみたいですけど、多分このままだと一生寝たきりですね。」
あはは、やっぱりそこまで酷かったか、もうから笑いしか出ないな。フィーなんか真っ青な顔を通り越して紫色になって無いか?
まあ、でもいいや。
「じゃあ、神楽ちゃっちゃと治療しちゃってくれ。」
「はぁ、もう、分かりました、何でこの人こんなに軽いんでしょ。」
俺の言葉に、神楽はため息を零していた。フィーさんなんか、さっきまで、すっごい重い話をしていなかったっけ? と疑問符で一杯だ。
「じゃあ、フィーリアさん、マスターのふく全部脱がせて真っ裸にしちゃってください。」
「あ!」
「はい・・・?」
そう言えばそうだった、治療には体に何も着けてちゃだめなんでした。体が動かないから服を脱がしてもらうとなると、フィーにやって貰わないといけない訳で・・・。
幾ら普段服を着替えさせてもらっていると言っても、下着までは流石に脱がされた事が無い訳でして。ああ、フィーさんが顔を赤くしてあわあわしていらっしゃる。
「あのー何でしたら、スィープにやらせましょうか?」
「いえ! 私がやります! 私の全てはリュシル様の物なのです、もうリュシル様の一部なのですから、リュシル様が動けないならその手足となるのは私なのです!」
え~ちょっと、何でそんな話になってるのかな? 俺ワイバーンとの戦闘の時に又なんかやらかしちゃった? 神楽さんドン引きしてるし。
まあ、そんなこんなと色々あったが、フィーに服を脱がせて貰った。なんで、フィーさん目が下半身に釘付けなの? お願い見ないで、なんか変な気分になっちゃうから! フィーさん見てない振りをしているけど目が釘付けでした。
「コホン、でわ、治療を始めるのでフィーリアさんは離れていてください。」
神楽のその言葉で、フィーは診療台から離れる、とても残念そうな表情でした・・・。
フィーが離れると同時に診療台の端がせり上がって行き俺を囲んで行く、そうして、エメラルドグリーン色の液体で満たされて行った、沈んで行く俺を見て、フィーが慌てていたが神楽に宥められてなんとか落ち着いていた、沈み切った後の俺が頷いてやったのも良かったのだろう。
そうして、上部から、赤い一筋の線が俺の頭上からゆっくりと足元へ向けて動いて行く、この線が足元まで行けば治療完了となる。神楽の見積もりでは3時間程との事だった。
フィーはずっと傍らに居たい様だったが、長椅子で休んでいる様に指示を出した、流石に3時間立たせて置く訳には行かないからね。
治療を受けながら俺は考えていた、今回はぎりぎり何とかなったが、一歩間違えれば4人共死んでいたかも知れない、俺の知っているこの領の歴史では、アルの名前は残っていたから、アルだけは助かるのかも知れないが。
それでもこのままではだめだと思う、俺は、フィーが幸せになれる様に俺が守ってあげれば良いと思っていたけど、まあ、今回それすら危なかった訳だけど、もっと周りの環境から、フィーが安心して暮らせる様にならないとだめだと、そう思った。
今までは、出来るだけ俺がゲーム時に手に入れた知識は使わない様にしていたけど、その割には、ごはん事情なんかはかなりやっちゃった感はあるけど、後孤児院の子供達に対してとか・・・。
まあ、その辺は置いとくとして、今後俺に何かあって居なくなっても、フィーが安心して暮らせる様にこの領の環境を良くして行こうかと思う、まあ、今の生活で色々思う処があるのも事実だしな。
そうして、色々考えていると。
「マスター治療が完了しました。」
と神楽の囁くような声が聞こえた。そうして、満たされていた液体が排出され、囲いが下がりすべての治療が完了した。
「体の調子はどうですか?」
神楽の言葉に半身を起こすと、それぞれ体の動きを見て行く、そうして体を動かして行くが特に問題は無そうだった、逆に前よりも体のきれが良くなったぐらいで・・・。ただ、一か所を覗いて。
「なあ、神楽? どうして、俺のむすこさんが以前の2倍ぐらいの大きさになってるのかな?」
「あっと、それは、その治療の弊害と言うか、何と言うか、ある程度意志の力で調整できますから、元の大きさを意識すれば小さくなりますよ。」
神楽に言われ、前の大きさを思い浮かべると、ああ、本当だ元の大きさに戻ったよ、良かった良かったって、良く無いよ! 治療の弊害でこんな事になるかよ!
こんな風に曖昧な反応をする時の神楽は、何時も何かやらかしちゃってんだよ。
「なあ神楽? 今なら素直に話せば許してあげるけど?」
「んひ!? ご、ごめんなさい、許してください、言いますから、消さないで!」
もう、何度目の神楽のトラウマスイッチなんだか、なんだか最近神楽も癖になって無いか?
「で? 何をしたんだ?」
俺の言葉に、神楽はぽつぽつと話し出した。
「今回、マスターの状態をスキャンして、生きているのが不思議な状態で本当に怖くなったんです。」
「もし、マスターに何かあったら、私も悲しいですし、恐らくフィーリアさんも、生きる気力を無くしてしまって、マスターとの思い出が残るこの場所から何処かに出て行ってしまうでしょう。」
「そうなれば、私は又一人この場所で永遠ともいえる長い時を過ごす事になります、マスター達はいずれ寿命で居なくなってしまうかもしれませんが、それはもっと先の話で、こんな事で居なくなって欲しく無いのです!」
神楽の言葉に、俺は何も言う事が出来無かった。それは俺も先程考えていた事だからだ、俺自身フィーが居なくなってしまえば、自分がどうなってしまうか分からない、そして、それは神楽にとっての俺達な訳で・・・。
「ですので、マスターが簡単に死ななければ良い訳で、魔力強化とやらに、マスターの体が耐えられないなら、耐えられる様にすれば良いと思いまして、はい。」
んん? 途中まで良い話だったのに、何か不穏な話になって無いかい?
「で、ですね、軍のデータベースを漁ってですね何か良い方法が無いか探してみた訳ですよ、はい。」
「で、見つけたのが、強化兵計画で使われていた、遺伝子レベルでの肉体改造の技術でして、はい。」
ちょ、待って、神楽さん、それ俺知ってる、軍にいた時医療に携わっていたからその実験に失敗した人の治療に俺も参加していたから!
確か、人間の出せる力のリミッターを自由にコントロールする技術とそれに耐えれる様に肉体を強化改造するってやつだったかと。
ただ、それを施された人間は、その負荷に精神が耐えられなくなるのと、力のコントロールがうまくできなくて日常生活がまともに出来なくなるんじゃなかったっけ?
え? なに? そんな物を俺の体に施したの? 今までは勝手な事をしていても、そこまでの事が無かったから、許してたけど、今回のは不味いんじゃないかな?
「あ、だ、大丈夫です、その後の研究で、成長が終わった人間に施すから、制御が出来ないって事が解って、成長途中の子供に施すことによって、体の成長に合わせて、強化の度合いを増やして行くことによってコントロールが可能な事が判って居ます。」
「ただ、倫理の問題もあって、未成年にその様な施術を行う事が禁止されているため、元の世界では、闇に葬られちゃったんですけどね。」
まあ、話は分かったけど、じゃあなんで、倫理に引っかかる様な事を6歳児の俺に施したのよ?
「え? だって、マスター体は6歳児かも知れないけど中身は30過ぎてるじゃないですか、だから倫理も関係無いかな、と。」
やっちゃいました、テヘッと、小さく舌を出して頭をコツンと叩く仕草をする神楽。
だ~!、またこのパターンかよ!
ん? でもちょっと待って? その話と俺のむすこさんが2倍になってたのって、どう関係するの?
「ああ、それはですね初期の強化状態が、以前のマスターの身体能力の2倍になってまして、きっとその影響ですね、マスター普段から魔力強化使ってたからそれぐらいのコントロール楽勝ですよね?」
そう言ってニッコリ笑う神楽さん、もう誰かこの娘の暴走止めて下さい・・・。
「あ、因みにその体の寿命200年位なんで、頑張って生きて下さいね。」
更なる追い打ち・・・。
「いずれはフィーリアさんにも同じ施術を・・・。」ボソリ。
ん? 何か言ったか?
「いえ! 何でもないです、はい。」
「フィー、起きて、ねぇ、フィーってば。」
俺は、フィーの肩を軽く揺する。
「んん・・・、あれ? こんな所に天使様がいる~。」
寝ぼけて居るのか、言動がおかしな事になっている。
「!? は、裸、そんな、こんな所でなんて、初めてなので優しくしてくださいね。」
一体どんな夢を見てるんだ、寝ぼけながらもじもじするんじゃ無い。
ていっと、俺は額にチョップを入れる。
「あぅ~、あ、あれ? リュシル様? 天使かと思ってたらリュシル様でしたか。」
額を押さえながらフィーがのたまう。まだ寝ぼけてんのかな?
「!? は、裸、そんな、こんな所でなんて、初めてなので優しくしてくださいね。」
そう言ってもじもじし始めるフィー、さっきの寝言と同じ事言ってるよ・・・。
再度額へチョップを入れて現実に引き戻す。
神楽との話の後、何時もなら治療が終わったら飛びついて来そうな、フィーが静かだったのでよく見て見たら、長椅子に座って壁に持たれて眠っていた。結局カグラに行く話をした後も俺の傍から離れなかったから、一睡もしてないはずだもんな。
もう少し眠らせてあげたかったのだけれど、フィーが俺の脱いだ服をがっしりと抱き締めて寝てしまっていて、流石にこの格好のままって言うのは厳しいと思い、起こす事にしたのだが。
「リュシル様! お体はもう大丈夫なのですか?」
おれの体をぺたぺたと触り状態を確認するフィー。
「ああ、もう、全く問題無いよ。前より調子が良い位さ。」
まあ、事実である。
「それは良かった、でも、今度からあの様な無茶はおやめください。」
ぺたぺたと状態を確認するフィー。
「うん、ごめん、今後は大丈夫だから。」
それも、事実である。
「リュシル様にもしもの事があったら、フィーも後を追う事になりますよ?」
すこし怒った様な表情でぺたぺたと状態を確認するフィー
「ごめん・・・。でも、それはフィーでも同じだよ、あの時、フィーは囮になって、俺達を逃がそうとしてたけど、もしそれで、フィーに何かあれば俺も生きてはいられなくなるよ?」
そう言って、フィーの事を見つめると、フィーもおれの事を見つめ返し、ペタペタと状態を確認するフィー
「あのー、フィーさんやぺたぺたと触り過ぎで無いかい?」
「!? あ、いえ、体の状態が気になりまして・・・。」
うん、シリアスが台無しだ。
その後、フィーに服を着せられ、それを見た神楽に揶揄われ。そして、屋敷の人が起きてくる前に部屋へと戻るのだった。
部屋へと戻った頃には、空が明るくなり始めていた、幸い早朝に仕事がある人達とは合わずに済んだ。
そして早朝、コンコンとノックの音、フィーが扉を開けるとそこにはアルとマーサが立っていた。
「その、兄さんお体の調子はどうですか?」
おずおずとした様子で部屋に入って来るアル。
「!? 兄さん! もう起きても大丈夫なのですか?」
そう言って駆け寄って来る、そこには、ベッドで上半身を起こして、優し気に微笑む俺がいたからだ。
「兄さん? そんな、あんなにひどい怪我だったのに、どうして?」
俺の状態を見たアルが信じられないと言った表情で俺を見ていた。
「だから言っただろ? あんな怪我一晩寝たら治るって。」
そう言って、俺はアルの頭を元気よく撫でる。
「良かった・・・、あのまま、兄さんの怪我が治らなかったらどうしよって、本当に良かった・・・。」
そうして、アルはまた泣き出してしまった。俺はそんなアルの頭を優しく撫でてあげるのだった。
驚きの表情を浮かべながら、そんな俺達の様子を見ていたマーサは、はっと我に返ると、領主様達を呼んできます! と言って駆けて行った。あ~、捻挫してたんだから無理をしない様にね。
暫くして、父さん達が慌ただしくやって来る、皆一様に俺の様子を見て驚きの表情を浮かべていた。母さんなんかアルごと俺をぎゅと抱き締めていた、アルは苦しそうにしていたがそれでもとても嬉しそうだった。
そうして、様子を見に来たメルヴィン司祭様が目を丸くして驚き、魔法による診断で、怪我が全て治っている事に更に驚きの表情を浮かべ「正に奇跡じゃ。」そう呟いていたのが印象的だった。
どうして怪我が治ったのかと色々聞かれたが、「朝起きたら治っていて、理由も僕には判らない。」とだけ伝えた。
皆が退出した後の部屋、部屋には俺とフィーだけしかいない。皆が居なくなった為、フィーもベッドの傍らに椅子を持って来て腰掛けて今後の事などを話し合っていた。
「リュシル様、今回なぜ、カグラの設備を使われたのです? 以前リュシル様は余程の事が無い限りは、使うつもりは無いとおっしゃっていましたよね? 今回は確かにリュシル様自身が危険な状態でしたから、フィーとしては使った事に異論は無いのですが、何時ものリュシル様なら、少しづつ回復したように見せかけたりして怪しまれない様にしていたと思うのですが。」
今回の俺の行動にについて、何時もの俺なら、もっと上手くやっていたんじゃ無いか? そんな疑問が浮かんで来たのだろう、フィーが問いかけて来た。
「あ~、うん、そうだね。所で、さっきのアル、凄く嬉しそうだっただろ?」
俺は曖昧な返事をした後、突然話題を変えるかの様に、アルの様子について話した。
「え? あ、はい、確かにリュシル様が回復された事が嬉しかったようですね。」
でも、それがなにか? と言う様な様子でフィーが答える。
「だから、理由はそれさ、俺が運び込まれた時のアルの様子を見ただろ? もし俺がこのまま目を覚まさなければどうしよう、そんな、壊れて潰れてしまいそうな泣き声だっただろ。俺は、目を覚ますまでの間、半覚醒状態でその声を聴いていたんだ、そうして思ったんだ、このままじゃアルの心が駄目になってしまうと。」
そこで俺はいったん言葉を切る。フィーを見るとそんな俺の言葉に耳を傾けじっと見つめていた。
「俺もさっきフィーが言ったみたいに、少しづつ直して行く事も考え無かった訳じゃ無い、でも、それだと、アルがその間苦しみ続けて、折角全快してもその頃には、アルの心は駄目になっているんじゃ無いかと思って。アルの心の負担は出来るだけ早く取ってあげないといけないと思ったんだよ。だから、今回は後で色々と聞かれると分かってはいたけど、カグラの設備を使って一気に回復させたんだ。」
そう言って、少し照れた様に笑った。弟の為とかなんだか照れくさいからね。
「はぁ、リュシル様は優しすぎます、あれだけ酷い事を言われていたのに。」
フィーがため息をつきながら、呆れたと言った様な仕草をした。まぁ、アルの態度に、フィーはかなり憤慨していたからな、そのお陰で俺は逆に冷静になれて、アルに余り蟠りを持たずに済んだんだけどな、フィーには本当に感謝している。
「フィー、ありがとうな。」
そう言って俺はフィーの頭を優しく撫でる、突然の感謝の言葉ににフィーは、戸惑った様な表情を浮かべていたが、頭を撫でられるのは嬉しかったのか、そのまま、俺の行動を甘んじて受け入れていた。
読んで頂きありがとうございます。
神楽さんの暴走が止まらない。
次回は新年用のお話を上げたいと思います、もう日数大分過ぎてますが・・・。




