指名依頼を受けてみる
「フィー、覚悟は良いか?」
「はい、リュシル様。」
神妙な顔で問い掛ける俺に対し、こちらも決死の覚悟を思わせる表情で答えるフィーがそこにいた。
孤児院を訪問した翌日、俺達は採取した素材を買取って貰う為にギルドへとやって来ていた。
受付嬢さんとの決戦を前にギルドの入り口で二人気合を入れていたのだが、なぜかそんな俺達をギルドに入って行く人達は微笑ましい物を見る様な目で見ながら通り過ぎて行くのだが・・・。俺にとっては命に係わる事なんだけど・・・。
そうして、お互いに覚悟を決めると、入り口を潜り建物の中へと入って行くのだった。
中はお昼を過ぎた時間帯と言う事も有り人の数は少なく、受付カウンターの前にも並んでいる様な人もいなかった。
そうなれば入って来た俺達にも気づく訳で、受付嬢マルティナさんは俺達を見つけると笑顔を見せていた。
その笑顔に何故か背筋に冷たい物を感じながらも歩み寄って行く、そうしてマルティナさんの前までやって来ると。
「こんにちは、当ギルドへようこそ、本日はどの様なご用件でしょうか?」
そう言ってニッコリと微笑むマルティナさんは前回の事を全く感じさせない対応をしてきた。その様子にホッと胸を撫で下ろすのだったが、良く見るとマルティナさんのすぐ後ろにネリーさんが立っていた、全く気配を感じ無かったのですけど。更に良く見るとネリーさんの手がマルティナさんのお尻に伸びていて、その手には力が込められており、もしかしてお尻を抓っている!? 俺はそんなネリーさんからそっと目を逸らすとそれを見なかった事にした。
「こんにちは、採取依頼の素材買取をお願いします。」
「きゅきゅ?」
俺が答えると同時に、周りの様子が気になったのかモコが俺の服のポケットから顔を出した、いや、出してしまった。
ピキリ!
そんな何かにひびが入った様な音が聞こえた、そう、本当に聞こえたのだ。
一瞬周りは静まり返り、そんな状況を理解していないのだろうモコは、その円らな瞳でマルティナさんを見つめ、「きゅ?」と、どうしたの? と言う様に小首を傾げるのだった。
パキン!
と、何かが壊れる音がした。
次の瞬間、何か柔らかい物に押し付けられる感触と共に目の前が真っ暗になった。
「モガ!」
「!?きゅきゅぅ~~~~!」
「ひゃん!」
ギルド内に3つの悲鳴? が上がる。最後のはフィーか? 可愛い悲鳴だなってそれどころでは無かった、俺達は必死に逃れようとするが万力で締め付けられているかの様にビクともしなかった。くっ息が出来ない。今回は近くにネリーさんがいるにも係わらず俺達を引き剥がす事が出来ない様だ、あ・・、意識が・・・、そうして俺は更に暗い闇の中へ落ちて行くのだった。
「リュシル様! リュシル様!」
耳元で俺を呼ぶ声がする、その声に誘われる様に俺は瞼をゆっくりと開いた。そこには俺を心配そうに覗き込むフィーの顔があった。
「あれ? フィー? ここは?」
そう言って周りに目を向けると、そこは小さな部屋の中だった、ベッドが二つ並べて置かれており、その一つに俺は寝かされている様だった。その時部屋の隅に見てはいけない者を見た気がするが、今はスルーだ。
「ここは、ギルド内の仮眠室です、リュシル様が意識を無くしてしまったため、ここを使わせて貰いました。その、お体は何ともありませんか?」
フィーの言葉に何が有ったのかを思い出した俺は、「うん、問題は無さそうかな。」と答えると、彼女は安堵の表情を見せていた。ところで、フィーさんや、ベッドに寝かされている俺をなんでわざわざ膝枕しているのかな?
丁度その時ノックと共に扉が開きネリーさんが入って来た、ノックの意味・・・。
「あら、気が付いた様ね、体は何とも無い?」
ネリーさんは俺が目を覚ましている事に気付き声をかけて来た、え~この状況はスルーですか、まあいいけど。
「はい、特に異常は無さそうですね、ご心配をお掛けしました。」
その声にネリーさんもほっとした表情を見せていた。あと、フィーさんや俺の肩を手で抑えるの止めてくれませんかね? 起き上がれないから話辛いから。それだけ心配だったのは分かるけど・・・。
なんとかフィーを宥めて起き上がると改めて体を確認する、うん、問題無さそうだ。
「それで、あの後どうなったのです?」
俺が気を失ってからの事を聞いて見ると、あの後の事をネリーさんは話してくれた。
どうやら、俺が気を失った後、職員総出でマルティナさんを取り押さえようとしたらしいが全く歯が立たなかったそうだ。まじですか・・・。そうして、皆がもうだめだと諦めかけたその時、颯爽と現れた副支部長のアジールさんが、マルティナさんを一撃の下に沈めたとの事。その話をしている時のネリーさんはうっとりとした表情をしていた。あ~うん何となく分かったよネリーさんがアジールさんをどう思っているのかが。後でフィーに聞いて見たがマルティナさんの背後から音も無く近づいたアジールさんがマルティナさんの首元へ手刀を入れて気絶させたらしい。それでもアジールさん凄いな。
さて、状況が分かった所でもう一つ聞かないといけない事がある。それは、何で部屋の隅にマルティナさんが縛られて天井から吊るされているかなんだけど・・・、しかも亀甲縛りなんだよね・・・、この世界にも亀甲縛りってあったんだ、マルティナさんの巨大な双丘で亀甲縛りされているからそれはもう凄い事になっていて、とてもじゃ無いが直視出来なかった。
「ところで、マルティナさんは何であんな事になってるんです?」
「あ~、あの娘完全に我を忘れてたからね、目を覚ました時に又暴れられても困るから、それに反省させる意味も込めてね。」
やり過ぎの様な気もするが、それだけ暴走していたマルティナさんは危険だったのだろう。因みに縛ったのはネリーさんらしい、誰に教わったんだろ? 気になるな。
「ティナも一度満足するまで可愛いものを愛でれば落ち着くのだけど・・・、今回は流石にねぇ・・・。」
そう言ってネリーさんは、俺達を見ながら無理よねぇ、とため息をついていた。まあ、確かに今回は意思を持つ人が対象だからな、無理強いは出来ない訳なんだろうけど・・・。
「僕なら構いませんよ?」
「そうよね、無理よね・・・、って、良いの!?」
ネリーさんは驚愕の表情を浮かべていたのだけど、フィーとモコまで同じ表情をしていた、フィーは分かるけどなんでモコまで驚いてるんだ?
「但し、僕だけでお願いします、フィーとモコには無理をさせたくないので。」
俺の言葉にネリーさんは、死地へ赴く戦士を送り出す様な顔をして見詰めて来た、フィーは俺の腕を掴み涙目になりながらイヤイヤと言う様に首を振っていた、そしてモコまで俺のズボンに手を乗せて首を振っていたが、こいつ多分フィーの真似をしているだけだな・・・。
「本当に良いのね?」
その言葉に俺はコクリと頷く。
「フィーも、やります・・・、リュシル様がやるならフィーも一緒にやります!」
突然フィーが自分も一緒にやると言いだした。ちょ、フィー何を言い出すの!?
「駄目だよフィー! きっと無事では済まないよ? もしかすると死んでしまうかもしれないんだよ? そんな事フィーにはさせられないよ!」
「いいえ、フィーはリュシル様の従者です、リュシル様と共に在る者です、主が死地に赴くならフィーも一緒にお供致します。」
フィーの覚悟を見て、ここまで俺の事を思ってくれているのかと嬉しく思うのだった。
「ありがとうフィー、そうだね、僕達二人と一匹ならもしかするとこの試練を乗り越えれるかも知れないね。」
「きゅ!?」
俺の言葉に、フィーは潤んだ目を俺に向けて嬉しそうな表情を見せてくれた、因みにモコは自分もその中にはいっている事に気付き驚愕の声を上げていたが・・・、ふっふっふ死なば諸共だよモコくん。
「はい! きっと私達二人と一匹ならこの試練も乗り越えられるはずです!」
「きゅ・、きゅぅ・・・。」
フィーは満面の笑みを浮かべ俺の手を握り締める、そして俺達は見詰め合うのだった。それに反してモコは何処か諦めた様な声を出していた・・・。
「ん、コホン、そ、そろそろ話を進めて良いかしら?」
そんな俺達を見ていたネリーさんは、頬を赤く染めて咳払いを一つして問いかけて来た。
あ~またやっちゃったかな・・・。フィーはぱっと手を放すと顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あなた達の覚悟は分かったわ、なので今回はギルドからの指名依頼の形で処理させて貰うわね。」
え? 指名依頼って・・・、そんな大ごとなの? それは、まあ命懸けなんだし、俺達としてはありがたいけど。
「分かりました、その辺の処理はお任せします。」
俺とフィーは素直に頷くのであった。
「ティナもそれで良いかしら?」
ネリーさんがティナと愛称でマルティナさんへと声をかけると、壁の方を向いて吊るされていたマルティナさんがゆっくりと回ってこちらを向くとコクコクと頷いた。うわ~マルティナさん起きてたのね~、全然気づかなかったよ。しかし縛られている状態でこっちに回転して向くなんて器用だな。因みに頷いた動きに合わせて縛られて強調されたその双丘がブルンと揺れていました。
ベッドの上で俺とフィーが並んで座り、その前には神妙な面持ちで座るマルティナさんがいた。なんだかいけない事をしている様で凄い背徳感がした。因みにモコは俺の頭の上に乗っている。
「ふ、不束者ですがよろしくお願いします。」
そう言うとベッドの上に手を付き頭を深く下げるマルティナさん。ちょ、これじゃまるで、初夜を迎える新婚さんじゃないですか。案の定もしもの時の為にと立ち会っているネリーさんが頬を赤く染めてるし。
「い、いえこちらこそよろしくお願いします。」
と、思わずこちらも答え頭を下げてしまった。頭を下げると言う事は勿論乗っかっていたモコが落ちてしまう訳で、ベッドの上にポスンと仰向けに落ちて「きゅぅ~」と鳴いていた。それを見た俺達はしまった!また暴走するのでは!?と身構えたが、そんなマルティナさんは何とも言えない艶のある笑顔を見せると、そっとモコを両手で掬う様に持ち上げ彼女の頭の上に乗せたのだった。その笑顔から目が離せなくなるほどだった。
ベッドの上で立ち上がったマルティナさんは、ゆっくりと俺達の後ろへ回り込むと、俺達を後ろから抱きかかえる様にしてベッドに座り込んだ。俺達は何をされるのだろうと緊張し借りてきた猫の様にされるがままとなっていた。ただ、マルティナさんの所作は大事な物を扱うように優しかった。
俺はマルティナさんの膝の上に座らされ、フィーはその横でベッドの上に座らされ抱きかかえられていた。多分身長の関係でこの配置となったと思われる。
マルティナさんは暫く俺達を抱き締めていたあとそっと手を放し、その手を俺達の頭の上に乗せると優しく撫で始めた。ふおぉ、なにこれ!? 凄く気持ち良いんですけど! その証拠に今まで表情を硬くして緊張していたフィーが、蕩ける様な表情をしてリラックスしているではないか。
俺は記憶が戻った事により中身おっさんな年齢になってから、いくら頭を撫でられても微妙な気分にしかならなかったと言うのに、マルティナさんにならずっと撫でられても良いと思ってしまう程撫で方が絶妙だった、フィーは完全に安心しきった様子でマルティナさんに体を預けスヤスヤと寝息を立てている始末だった。ま、まあ、俺だけはしっかりと意識を保って置くとしよう。
そうして小一時間ほど撫でられていた俺達はマルティナさんから解放された、その時の彼女の満足げな笑顔は忘れる事が出来ないほど人を惹き付けるものがあった、流石はギルドの受付嬢に選ばれるだけの事は有るのかな。
って、あれ? 結局命の危険とか全然無かったよな? 何であんなに決死の覚悟をしていたんだろ? まあ、最初が最初だったからな・・・、フィーも満足げな顔をしているから良しとするか。
その後、俺達とマルティナさんネリーさんを交えて今回の指名依頼の報酬の話になったのだけど、この様な依頼は今まで無かった為にどれぐらいの報酬が妥当なのか分からないとの事だった。
「ん~報酬いくら位が良いのかしらね?」
「あ~僕達は別に報酬無くても構わないですが・・・。」
まあ、命の危険も無かったし、逆にリラックス出来て体調が良くなった気がする程だしな、こっちが払っても良い位なんだけど。
「それは、絶対だめ。ギルド員である以上やった事に対する対価はちゃんと貰わないとだめよ? 他のギルド員に示しがつかなくなるから。」
う~ん、確かにその通りか、他の人が同じ事をやったとしても、報酬が安く見られてしまう訳か・・・。同じ依頼があるのかは謎だけどね。
「それなら、マルティナさんに決めて貰う形で良いのでは? マルティナさんがこれだけ払っても良いと納得出来る額にしてもらえれば僕達としても特に問題は無いかと。」
「あなた達がそれで良いなら此方としても助かるけど、ティナもそれで良いかしら?」
俺の提案にネリーさんがマルティナさんに確認すると、彼女もコクリと頷きを返した。そうして渡された報酬は、金貨1枚だった。
え? 最初俺は目を疑った銀貨1枚の間違いでは? そう思って確認してみると、それで間違い無いとの事だった。マルティナさんにとってそれ程至福の時だったらしい、本当はもっと出したかったらしいが、俺達のギルドランクでの一つの依頼で貰える報酬の上限が金貨1枚と決まっているらしい。マルティナさん一体いくら出そうとしたんだろうか、怖くて聞けなかったけど。
「分かりました、今回は初回価格として金貨1枚受け取っておきます。次からは無理をしない程度の報酬でお願いしますね。」
そう言って、笑顔を向けると、マルティナさんは一瞬きょとんとした表情の後、その言葉の意味に気付いて満面の笑みを浮かべて頷いていた、恐らく彼女は今回限りと諦めていたのだろう、ネリーさんは本当に良いの? と心配していたが、フィーが嫌がるどころかあれだけリラックス出来る事を逃す手はあるまい、しかもそれで報酬まで貰えるのだし、流石に金貨1枚とか怖くて貰えないけど。
そうして、ギルドを後にしようとして思い出す、素材の買取をしてもらっていない事を さっき別れたばかりなのにもう一度受付まで向かい、バツが悪そうにマルティナさんに買取をお願いすると、彼女もその事を思い出したのか同じ様にバツの悪そうな表情で加工場倉庫へと案内してくれたのだった。因みに台の上に積みあがった素材の山を見て、ネリーさんの時と同じ表情をマルティナさんもしていたけどね。
その後、報酬を受け取る為に会議室を使わさせてもらい、そのままフィーと報酬を山分けにするのだった。因みに今回の報酬額は銀貨60枚+金貨1枚でした。
読んで頂きありがとうございます。
これで受付嬢さんの暴走が止まってくれるとよいのですが・・・、まあ無理でしょう。




