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1-9 けもみみぱらだいす? 2

動物愛護週間

 「あの、あの子、4番は……」


 4番の子のあまりの惨状に思わず小声になりながらハモンドに尋ねると、彼はやはり苛々した様子で4番を見る。

 

 「あいつのせいで病気が広まったんですよ。どっかから湧いたネズミに噛まれましてねぇ……あ、もちろんその後、根本的な原因のネズミは駆除しましたよ」


 確かに地下という衛生環境的に魔物でなくても感染源であるネズミが入り込んできていてもおかしくない。

 たまたま噛まれたネズミが病気持ちだったのだろう。


 「かゆいかゆいと暴れまして、他の治療にあたっていた奴隷たちをひっかき、果てには見かねて隔離しようとした私までひっかかれる始末でして。もう手が付けられなかったので、こうして隅の方で放置している次第なんです」

 「なるほど……」


 他の子はまだ軽症なのにその子だけ重症なのはそういう理由だった。

 しかし、彼女たちを見ていてもう一つ気になる点があった。


 「なんで一人だけ子どもなんですか?」

 

 どう見ても4番は子供に見える。

 他の奴隷たちはみな成人していそうな見た目なのに、一人だけ子供というのはおかしい。

 

 「あぁ、こいつはうちに売られてきた奴隷の一人が最初から身ごもっていて、ここで生まれた子なんですよ。戦闘向けの種族だったんでうまく教育して育てれば高く売れると思ったんですが……このありさまです」


 ハモンドは「はぁ……」とため息をついた。

 彼から見たらたとえ子供でも「商品」であり、大金を生む原石なのだろう。

 それがクズ鉄となってしまってため息をついている。

 商人だからその感覚は仕方がないとはいえ、つくしはいい気持ちがしなかった。


 「僕にあの子を診せてもらえませんか?」

 「え?」


 その言葉はいつのまにか口から漏れ出ていた。

 予想外の言葉にハモンドは怪訝な目で問い返した。


 「4番を、ですか?」

 「はい。そうです」

 「もう手遅れですよ」

 「診てみないと……わかりません」

 

 一歩も引かないと言ったつくしの強い視線を見て、ハモンドは諦めたように肩をすくめた。


 「良いですが、他の子を見ていただいてからにしても良いですかな?」

 「わかりました」


 つくしは言われた通り、牢の格子越しに1番と5番の子を診て行く。

 どちらも腕や手にかすり傷を負っていて、そこから病気が進行しているようで線状に白くなっている。


 「あの……」

 「ん?」

 

 出された腕にメッセンジャーバッグから取り出した軟膏を塗っていると、狸の子が話しかけてきた。

 地味めだが普通に可愛い子だ。


 「あの……4番の子のこと、よろしくお願いします」

 「……」


 つくしはその願いにうんともすんとも言えなかった。

 救える保証はないのだから。


 「私からも、お願いします」


 するとお姉さんっぽい優しい雰囲気の狐顔の女性も頭を下げてきた。


 「任せて」


 つくしは彼女たちの真摯な願いを受けて、安心させるように笑顔でそう言った。

 つくしはそうやって無責任な言葉を吐く自分自身がとても嫌いだった。


 「よし、とりあえず終わり」


 まずは軽傷の2人の治療を終えたつくしは手をタオルで拭くと牢の扉に手をかけた。


 「鍵、開けてくれませんか?」

 「正気ですか?」


 まさか本気で4番を治療しに行くとは思っていなかったらしく、変人を見るような目で見てくるハモンドに、つくしは「本気です。鍵を貸してください」と少し強めの口調で言うと、彼は渋々と言った感じで懐から鍵束を取り出して扉を開けた。

 すぐに4番の元へかけて行くと、皮膚が壊死しているのか腐ったような臭いがした。

 そして、いざ目の前に来ると、怖じ気づいたのか足が震えだした。

 もう手遅れだ。

 諦めよう。

 そんな思いが頭を掠める。


 「だ、大丈夫ですよね?」

 「あぁ……」


 心配そうな狸の子の声でなんとか踏ん張り、4番に近づく。

 動かない彼女の腕に触ると、ぬるりと皮膚が剥がれた。


 「……っ!?」


 その瞬間、背筋を冷たいなにかが通りすぎるような錯覚を起して、手をすぐに引っ込めた。

 その時、つくしは自覚した。

 自分は医者でも薬剤師でもなく、ただの一般人。

 それも、とても弱い人間なのだと。


 「あっ……」


 つくしは4番に、魔法で生成したように見せかけて再現(リプロ)で生成した水をかけた。

 すると、彼女は気持ち良さそうな、だけど沁みて痛そうな声をあげて、わずかに身じろぎした。

 足りない分は努力するしかない。

 何をしたら一番良いか、なにが効果的かなんてわからないけれど、出来ることをするまでだ。


 (とりあえず包帯に軟膏を染み込ませて……)


 鞄に手を突っ込み、取り出したように見せかけて追加の軟膏と包帯を再現(リプロ)で生成し、気持ちの悪いぬるりとした感触に耐えながら4番に軟膏を染み込ませた包帯を巻いて行く。

 収集者(コレクター)の知識は万能ではない。

 所詮は自分が過去に見聞きしたものを覚えているに過ぎないのだから。

 自分自身の経験を越えるものには対応できない。

 だからこれはつくし自身の挑戦であった。


 「よしっと……」


 動かない相手に苦労しながらだったが、他の奴隷の人たちの手伝いの甲斐があって拙いながらも無事に4番に包帯を巻き終えることができた。


 「気は済みましたか?」

 「ええ。ここで治療を続けたいと思います」

 「そうですか……では、本館の方にお部屋を用意させていただきますので、そこで私どもが治るまで過ごしていただけないでしょうか?」

 「分かりました。では、今泊まっている宿を引き払って来ます」


 つくしは迷うことなく即決して牢からでてそのまま屋敷を後にした。

 手には気持ち悪い感触が残っていて、まだ溶けたような皮膚の欠片がついているような気がして無性に手を洗いたかった。

 しかし、つくしはそうしなかった。

 それはつくしが救うと決めてしまった命の感触だから。

 ぐっと握りこぶしを作ってつくしは宿へと急いだ。


膿むと嫌だよね。

自分のでも気持ち悪い。

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