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1-8 けもみみぱらだいす?

やっとけもみみだせた!

 「君! 白水病が治ったと、今言ったな!」


 中年男性がつくしの方へどんどんと近づいてゆく。

 そして肩をがしっとつかんだ。


 「ぜひっ、ぜひその方法とやらを教えてはくれないか!? いくら欲しい? 金なら払う!」

 「おっ、落ち着いてくださいっ!」


 つくしはすごい勢いでまくしたてる中年男性の唾を避けながら彼の重い体を両手で押しかえす。


 「確かに治りましたけど、今からそのことをお医者さんに言いに行くところなんです」

 「おぉ、私もぜひ同行させてもらえないだろうか? その真偽をぜひこの目で見たい」

 「まぁいいですけど……」


 断る理由もなく、許可すると彼はつくしを逃がさないとばかりに後ろに並び、シスターに「はやくいけ」と急かした。


 「で、ではこちらにどうぞ~……」


 シスターひきつった笑みを浮かべる。

 きっと彼女の心境はこうだろう。


 (もうどうにでもなれ)




   ―――――――――――――――――――――――




 「これは……」


 つくしが先日かかった医者が真剣な顔でつくしの白水病があった腕を視診する。


 「治っているのか!?」


 それに大声で問い詰めるのは小太りの中年男性。

 つくしは完全にしゃべる機会を失い、黙って診察されていた。

 

 「確かに白水病だったのですが……治っていますね。いやはや、驚きです」

 「本当か!?」

 

 自分のステータスを見て治っていることを知っていたつくしは、当たり前の結果を告げられてそこまで感情は動かされなかったが、中年男性は我がことのように声を弾ませた。


 「まさか切り取って再生させたわけではないでしょう?」


 医者がつくしの格好を値踏みして言う。

 小綺麗にはしているが、一人で高位の治癒魔術師を呼べるほどの金持ち、ましてやその魔術師自身には見えないだろう。

 

 「ちょっと珍しい薬を持っていましてね」

 「なんと……もしや神樹の滴ですか?」

 「いえ、ちがいます」

 「まぁ、そうですよね」


 医者は冗談でいっただけのようで否定しても大して驚きはしなかった。

 そんな何でも治りそうな異世界の薬何て持っているわけがない。


 「それではどのような……」

 「これです」


 出しても問題はないだろうと考え、陰で生成した抗生物質の軟膏を手のひらの上に出す。


 「これは?」


 医者と一緒になって食い入るようにアルミチューブを凝視する中年男性が代表して尋ねた。

 その問いにつくしは慎重に言葉を選んでこたえる。


 「これは特殊な塗り薬です。皮膚病全般に良く効く――」

 「何処で手にはいる!?」


 ぐいぐい来る中年男性にいらっとしながら「まぁ、聞いてください」と牽制して続けた。


 「友人から貰ったのですが、出所は秘密だそうで」

 「そうか。まぁ、そう簡単には言わないか」


 中年男性は「ふむ」とひとつ頷く。


 「在庫はあるのかね?」

 「多少は」

 「なら、あるだけ譲ってくれないか?」

 「それは……」


 いくらでも出すことはできるがそれはあまり良いことではない。

 人の命を救うことができるゆえに高値になり、結局、金持ちだけが助かると言うあまりつくしにとって嬉しくない結果をもたらすからだ。

 

 「では君が私共を治療してくれないか?」


 つくしが答えに渋っていると、中年男性はそう提案してきた。


 「それなら……」


 薬は売らず、治療する過程で使うのなら問題はない。

 承諾の返事を聞くや否や、中年男性は「ではさっそく」と上着を脱ぎ始めた。

 小太りの中年男性の裸なんて誰もみたくないぞとつくしが思っていると、脱いだ理由がすぐに明らかになった。


 「白水病……」

 「ええ。私も移されてしまいましてね」


 彼の横腹の部分に白い筋が伸びていた。引っ掻き傷のようだが、それは間違いなく白水病であった。


 「どうか、治療を頼む」


 中年男性はプライドなどかなぐり捨て、20年は歳が離れている若造に深々と頭を下げた。


 「分かりました」


 本人が罹患していて患部を目の前で見せられ、ここまで頼まれたら断れる訳がない。

 つくしは患部に抗生物質の軟膏を塗り込み、水に濡れても大丈夫な少し高いタイプの絆創膏を貼ってやった。


 「この布は何ですか?」

 「それは粘着性のある布でして治りが早くなります」


  見慣れない絆創膏を触る中年男性の質問に答えてやるが、治療にあたり、ひとつ問題があった。


 「あと数日は塗り直しで毎日張り替えたいのですが……」

 

 彼の家に毎日通うと言うのもどうなのだろうかとつくしは思う。

 本人も仕事があるだろうから時間を考えなければならない。


 「そう言うことでしたらうちに来ます? 丁度、お呼びしたいと思っていたところなんです」

 「良いですね。ではお伺いさせていただきます」


 乗り掛かった船だ。

 こうなったら最後まで付き合おう。

 つくしはそう思い、空気になっていた医者に別れを言い、その足で中年男性の家へと向かった。

 ちなみに寄付金は彼が金貨一枚を置いてつくしの分と一緒に払った。


 「申し遅れました。私、奴隷商人を生業としております、ハモンドと申します」

 「私は冒険者をしております、つくしと申します」


 協会を出て中年男性、ハモンドの家へ向かう途中、お互いに自己紹介をすると軽くハモンドが驚いた。

 

 「ずいぶんと丁寧な言葉遣いをなさるので商人か貴族の方かと思いましたよ」

 「いえいえ、一介の冒険者ですよ」


 そんなことよりも、つくしは奴隷という言葉にワクワクしていた。

 異世界での仲間の代名詞と言っても過言ではないその存在は出会いを求めるつくしにとって、願ったり叶ったりだったからだ。


 「そう言えば奴隷ってあまり見せんね」

 「それはそうでしょう。奴隷は高級品ですので大抵のお客様はめったに外には出さず、家で飼っていますね」

 「なるほど……愛玩用と言うわけですね?」

 「そうです。戦闘向けなど、よく教育をしないといつ寝首をかかれるか分かりませんからな」


 奴隷を隷属させる魔法でもないと戦闘向けの奴隷は難しいだろう。

 ハモンドは苦い経験があるのか少々憎々しげに言った。

 そして世辞を含めた中身の無い会話や世間話などをしているうちにハモンドの家へと一行は到着した。


 「こちらが我が家兼我が商会にございます」

 

 そう言って紹介された建物は少し郊外にあるとはいえ敷地面積が広く、大きな3階建ての立派な家だった。


 「大きいですね」

 「でしょう? ささ、中へどうぞ」


 自分の財産を誉められて気分が良いのか、笑顔で先導するその背を追いかけた。

 中も外観よりも凄かった。

 天井にはシャンデリアが釣り下がっており、虎のような生き物の剥製やきれいな壺など、高そうな調度品がうるさくないくらいの間隔で置かれている。

 まさに金持ちの家と言った感じだ。


 「お帰りなさいませ旦那様、そちらの青年は?」


 帰ってくるのを待っていたのか、強面の男がそのがっしりした体格に似合わず入り口で応対してきた。


 「この人は大事な取引相手だ。丁重におもてなししろ」

 「畏まりました」

 「ツクシ殿、鍵をとって参りますので少々お待ちを」

 「あ、はい」

 

 応接室に通され、慣れない柔らかなソファーの上で強面に出された茶菓子をつまんでいると、すぐにハモンドが戻って来て別の場所に案内を始めた。

 そこは地下へと続く扉だった。


 「小汚ない場所ですいません」


 カビの臭いがする地下への階段を降りながらハモンドが言う。


 「他の治して欲しい者と言うのがこちらになります」


 そして歩みを止めた先にあったのは一つの地下牢。

 その地下牢は思ったよりよい環境のようで、調度品は必要数あり、トイレや区切られたスペースがちゃんとある。

 案外住み心地が良さそうだ。

 少なくもとつくしが現在泊まっている部屋よりは断然によい部屋だ。


 「こいつは……」


 そのなかにいた者たち6人は全員女性で、そのうち2人にハモンドと同じ筋状の白水病が認められた。

 だが、問題はそこではない。

 その全員が身体のどこかに獣の部位を持っていたのだ。


 「良いものでしょう? これらはみな獣人です」

 「つまり大事な商品を治して欲しいと」

 「そう言うことです。お願いできますか?」

 「良いでしょう」


 ファンタジーの塊である獣人と触れあえるのだ。

 断る理由がない。


 「1番、5番、こちらにこい。この方が白水病の治療をしてくださる」


 1番と5番と呼ばれた狐のような顔の獣人の女性と狸のような尻尾と耳をもつ子が檻の方へ近づいてくる。


 「あの……4番は……」

 「あんな疫病神は捨て置け。それにもうあんな状態じゃ助からん」


 狸の子の消え入りそうな声にハモンドは苛立たしげに答えた。

 気になってその視線の先を追うと、牢の奥に藁が敷かれており、そこに一人の子どもが寝ていた。

 恐らく彼女が4番なのだろう。

 だがその子の小さな体は遠目から見ても酷く爛れており、こちらを虚ろな瞳で見ているその顔も、皮が剥がれて膿んでいて、あちこちにある傷口から出た出た膿やら体液やらが藁を濡らしていている。

 その姿は有り体に言ってしまえば、醜かった。


全員助けていたらきりがない。

でも、目の前に助けたい命があるのです。

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