1-4 暴食ネズミ《グリードラット》
ハハッ
「ぬおぉぉぉぉぉぉ!!!」
「うひぃぃぃぃぃぃ!!!」
つくしとラルドは全速力で畑を走り抜けていた。
後ろからはネズミが赤い目を光らせながら波のように迫ってきていた。
「なんっで、こんっなっことにぃぃぃ!!」
「たぶんっ、今殺した奴がっ! 群れのっ一部っだったんだっ!」
息も絶え絶えに、畦道に出てひた走る。
原因はつくしが倒した一匹のネズミ。
そのネズミは群れの代表として警戒しており、その個体が殺されたことで群れ全体が敵であるつくしたちに気付いたのだろう。
それでこんな状況になってしまったのだ。
正直、たかだかネズミと侮っていた。
「で、どうっするんっですかこれ!」
「どうしようもっねぇ! 逃げるんっだよ!」
倒していこうにも数が多すぎて、数匹倒す頃には穴空きチーズになっていることだろう。
必死に灰色の波から逃げるが、とても逃げ切れるものではなく、他の冒険者も巻き込んで逃げ回り始めた。
ネットゲームだとトレインと呼ばれる迷惑行為だが現実でやられると迷惑どころの話ではなく命の危機である。
「ラルドってめぇ! くそっ! 覚えてろっ!」
「最悪だっくそっ!」
「俺だってっ! こんなにっ多いなんてっ! 聞いてねぇ!!」
「はぁっ、はぁっ……あっ、そういえば」
ラルドが一緒に逃げる他の冒険者から散々文句を言われている中、一人息切れを起こしていたつくしは便利スキル収集者を思い出した。
いきなりのことだったので逃げたが、ほとんど何でもありの収集者ならなんとかしてくれる。
そう思ってさっそく知識の本の中から鉄の塊を取り出す。
手にしたのはM4A1。
よく各国の軍で使われているポピュラーなアサルトライフルだ。
「くらえぇぇぇあぁぁぁぁ!!」
振り向きざまにフルバーストで後ろにぶっ放すが、慣れない反動で体ごと銃身が跳ねててしまう。
さらにはこの小さな大群に対して銃の殲滅力などぬかに釘を打つようなもの。
何匹かに運よく当たって倒せはしたが勢いは全く衰えない。
「いでっ、いででっ! くそっ!」
そんなことをしていると、すぐにネズミが追い付いてつくしをかじり始めた。
ラルドはつくしを見捨てて逃げてしまっていたので援護は期待できない。
「おぃぃぃぃ! しおり! お前も手伝え! 何とかしろぉ!」
胸当てを押し広げて未だに呑気に漫画を読んでいるしおりに向かって声を荒げる。
「えー……私、体育会系じゃないですし」
「僕もだよ!? 収集者でなんかできないの!?」
「えぇ……そんなこと言われても……」
しおりは寝転がりながら実にめんどくさそうに言う。
「早くしないと僕、死んじゃうよ!?」
「それは困るのです……私もしんじゃいそうだし……んー……じゃー……えいっ」
力のない声と共につくしの頭上に現れたのは大量の手榴弾。
それらが黒い雨となってネズミへと降り注ぐ。
「おおっ!」
スキルと直結しているとはいえ、人の思考と集められる魔力の範囲ではここまで大量の兵器を広範囲に一度に出すのは無理だろう。
スキルそのものであるしおりだからこそ可能な技であった。
しかし手榴弾とは広範囲を爆破する兵器だ。
つまり――。
「これ、僕も巻き込まれるんじゃないか?」
ひきつった笑顔でそう予測するのは容易かった。
「ふおぉぉぉぉぉぉ!」
爆風を阻むものは何もない。
ならば走って少しでも遠くへ逃げるしかない。
つくしは全力で足を動かした。
それからほんの数秒後。
ボゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
一斉に手榴弾が爆発した。
爆風は畑のやわらかい土を伴ってつくしを背後から襲った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アクション映画さながらのダイブをしながら吹っ飛ぶつくしの後ろで土が吹き飛ぶ。
その姿はさながら戦隊モノのヒーローの登場シーンのようであった。
格好はつかないけれども。
「わぶっ……!」
その後、容赦なく降り注ぐ土でつくしは埋められた。
「……うぉーい……いきてるかー?」
「……何とか」
遠くからのラルドの呼び掛けに、つくしは土の中から親指をたてて答える。
多少背中は痛むが動けないほどではない。
開放的な空間と土の緩衝材で威力は大分殺せたようだ。
しかし、つくしが無事ということはネズミたちにもダメージは少ないということで――。
「おいぃぃ! まだネズミ生きてるぞぉぉ! 逃げろぉぉぉぉ!!」
「くっそぉぉぉぉ!」
あれだけ死にそうな思いをしたのにまだまだ半数以上残っているようで土の中からキィキィ言いながら次々に出てくる。
つくしは軋む身体を動かし、早すぎた埋葬から脱した。
「おい、しおり、大丈夫か?」
胸当てと自分との間に挟まれてぺしゃんこになっていないかと逃げながら覗き込むとそこには核シェルターがあった。
何か重くて土でも入ったかと思っていたのだが、これが原因だった。
「……おい」
再び話しかけるとウィィーンとシェルターが開いてしおりが顔を出した。
中には柔らかそうな緩衝材が敷き詰められていて実に快適そうだ。
「分かっててやったな?」
「いやぁ、マスターの知識にはほんと面白いものが多いのです! にぱっ♪」
「心配して損したよ!」
かわいく微笑んでも騙されない。
これではっきりした。
このニートポンコツスキル子はダメだと。
(どうしようか……)
数こそ減ったがまだ危機的状況の変わりはない。
一体この暴食ネズミから逃げ切るにはどうしたら良いのか。
「……あっ」
名前からふと思いつく。
暴食ネズミという名前なら実に効果的な方法を。
即座にあるものを生成する。
「ほーら、餌の時間だよー。ほーらほーら」
つくしは振り向き様に茶色くて小さくて丸い小粒のボール状の物を沢山、両手に一杯の量を何度も撒き始めた。
それはペットフードによくにている。
ネズミは暴食ネズミという名の通り、撒かれたそれらに吸い寄せられるように食いついた。
それを見てつくしはニヤリと笑った。
「キッ……!?」
するとそれを食べたネズミは痺れるように苦しんだ後、直ぐに動かなくなった。
その数はあっという間に増え、気づいたときには動いているネズミはいなくなっていた。
それは殺鼠剤、猫いらず。
一時期流行ったが、ペットが間違えて食べて死ぬ事例が相次いであまり使われなくなったものだ。
黄燐など、極めて危険な毒物が大量に入っている鼠駆除に特化した餌である。
時にして数分。
最後のネズミが動きを止めた。
あっけなく終わった戦いに、数秒呆けてからやっと勝ったと認識したつくしは拳を突き上げた。
「いよっしゃぁぁ!!」
「「うおぉぉぉぉぉ!!」」
それに呼応して勝利を確信した冒険者達が雄叫びをあげ、つくしを担ぎ上げる。
「やるじゃねぇかボウズ!」
「すごい魔法だな!」
「それ、毒餌か? レシピ教えてくれよ!」
そうやって祝っていると一人の冒険者がふと気付き、ポツリと呟いた。
「これ、補償は誰がするんだ?」
つくしの前方に広がるのは、度重なる爆風でぼこぼこになった畑。
その傷跡は広範囲に及び、めくれた土でかなりの根物野菜は地面に露出し、他の地上に生っている作物には土がかかり、洗うのがめんどくさそうだ。
戦勝モードはあっという間にしらけ、冒険者達がつくしを見る視線がただ痛かった。
冷や汗をかきながら最初から猫いらずを撒いておけば良かったとつくしは思うが後の祭りである。
ネズミは怖い。いろんな意味で。
もうすぐ女の子増える予定!