1-3 冒険者ラルド
ハムスターもネズミなんだよね。
「よぉ、早いじゃないか」
「こんにちは」
冒険者組合に遅れてやってきた男性冒険者に挨拶をする。
遅れて来たといっても約束の昼はまだ先で、朝日が上ってからまだ数時間といったところだ。
冒険者組合も開いてからそれほど時間はたっていない。
「にしてもはえぇな。ちゃんと宿はとったのか?」
「お構い、無く」
彼の言葉につくしは力なく応える。
実は昨日は徹夜だった。
金銭不足で宿に泊まれないとわかりダンボールハウスでも建ててやろうかと思って路地裏でガムテープを伸ばして組み立てていたのだが、通路にがらくたを捨てるなとどやされ、簡易テントを建てたらめずらしがって人が集まるので落ち着かず、倉庫に全部しまって放浪することになった。
なので仕方無く栄養ドリンクを取りだして飲みながら、夜の灯っている明かりひとつない暗い街を月の明かりを便りに徘徊して夜を明かしたのだ。
彼は察してなにか言いたげだったが、それ以上言及することはなかった。
「準備も、大丈夫そうだな」
「はい」
装備なども見た目だけまねたなんちゃって防具だが、着ていた服の上に皮の胸当てと短剣、それに運動靴とメッセンジャーバッグを昨日のうちに再現で作って着ておいた。
部屋着であった長袖でよれよれのパーカーとボロボロのクロックスの組み合わせよりかはいっぱしの冒険者に見えるだろう。
ひょろい体を除けばの話だが。
ちなみにしおりは我関せずとばかりに胸当ての隙間に空間を作り、綿を敷き詰めて漫画を読みながらくつろいでいた。
「それじゃ、ちょっと早いけど行くか」
「はい。よろしくお願いします」
ノアレたちは受付に早めに出る旨を伝えてから出発した。
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「そう言えばもう書類を見て知ってると思うが、俺はラルド。Cランク冒険者をやっている」
「僕はノアレです。改めましてよろしくお願いいたします」
ちょっと気に入らないところもあるが、世話になるのだから深くお辞儀をする。
ラルドはあまりに礼儀正しいノアレの態度に「おぅ……」と少し困り顔だ。
「お前は商人か? それとも貴族の坊っちゃんかなにかか?」
「いえ、違います」
「じゃあそんなかしこまった言い方すんなや紛らわしい。冒険者同志もっと砕けて行こうぜ」
「はぁ……」
とは言われても向こうは30代に見える。
対してノアレは20代前半。
年長者を敬う文化で育ってきたため、いきなりためぐちになれと言われても言葉に迷う。
だが、慣れて行くしかないだろう。
「まぁ、それはそれとして、貴族の子が来たりし……するの?」
「そうだな。高そうな装備を着こんだぼんぼんがたまに来る……大体、高圧的か礼儀正しいかだから普通の装備を着てる奴でもすぐわかるがな」
「へぇー……やっぱり弱かったり?」
「いや、中にはそこそこ強いやつもいるな。前はヘルファイアを使える貴族の炎魔法使いに声をかけたことがあったな……」
「ぼんぼんなのに強いんですね」
ノアレのイメージでは貴族の子どもなんて、弱いくせに態度だけでかく、常に威張り散らしている脂肪の塊だ。
それが強く、そんな強そうな魔法まで使えるなんて。
「そりゃあこんな世の中だしな。高い金を払って家庭教師をつけるなりなんなり英才教育してるんだろ」
「成る程」
こんな世の中とはこの国、シンリ王国の隣国であるマシン帝国との昔から続く緊張関係にある中で、近郊に上位の魔物が住み着き、いつマシン帝国が宣戦布告をしてくるかわからないといった噂話の事だろう。
つくしは徹夜で散策していたときに通行人から盗み聞きしていたので知っていた。
何もせずに徘徊していた訳ではないのだ。
他にも本屋に寄り、簡単な魔物図鑑などを見て少し勉強していた。
「そう言えばラルドさんは仲間はいないの?」
冒険者組合のなかでこそ他の冒険者と歓談していたが、彼は基本的にずっと一人だ。
今日行く依頼も他の仲間と来るのかと思ったのだが、一人で来たので仲間はどこにいるか少し探したものだ。
「そういう奴等もいるが、チームだと分け前をやらなきゃいけないのは癪でね。お前の子守りをするのも金の為だな。組合からの払いが良いんだよ。初心者を連れての依頼は」
「そういう旨い依頼を食うために、何時も早い時間からあそこにいて目を光らせているわけね」
「まぁ、そういうこったな」
ラルドは悪びれもせずに笑った。
人を小馬鹿にするところがあり金に目敏いが、面倒見はよく、根は悪い人ではないのだろう。
話はできるけれど、合わないタイプだなぁと思いながらつくしは歩を進めた。
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事前に聞いていた依頼はホーンラビットよりも弱そうな暴食ネズミと言うFランクの魔物の討伐だ。
現在は依頼主と話をして畑周辺で散策中。
他にも同じ依頼を受けているらしい冒険者が畦道を歩いているのが目に入る。
暴食ネズミは農作物を食い荒らす厄介な魔物で繁殖力も強く、駆除の依頼が絶えないそうだ。
「ところで魔物と普通の生き物の違いって何なんですか?」
「魔力を持っているかそうじゃないかだな」
「じゃあ人間も広義的には魔物?」
「ん? いや、人間は基本的に魔力はないぞ」
「そしたらどうやって魔法を使うの?」
「知らないのか。空気中にある魔力を集めて使ったり、魔力のこもった石、魔石を使ったりだな」
つくしが魔力を持たないのに魔力を変換して物を作れていたのは空中の魔力を集めていたからだった。
なんとなく魔力の流れはわかるのに、人自身にその流れが見えないのはそういう事だった。
他の冒険者と同じく広大な農地の外周をのんびりと哨戒しながらそんな話をしていると、赤い目をした大きいネズミが遠くに見えた。
そのネズミはバリボリと玉葱っぽい形状の緑色をした野菜をかじっている。
「いたな」
「いましたね」
二人でさっと身を低くしてネズミに見つからないよう姿を隠す。
「どうやって倒しますか?」
「ま、手本を見せてやる」
そういうとラルドは弓に矢ををつがえた。
先程までのヘラヘラした雰囲気は消え、そこには幾つもの死線を乗り越えた冒険者の姿があった。
「シッ」
短く息を吐いて放たれた矢は風を切り、寸分たがわずネズミの頭に深く突き刺さった。
当然ネズミは絶命し、齧っていた野菜と共に地に伏した。
「おぉ」
その手際に感嘆の声をあげるつくしを見て、ラルドは得意気に鼻を鳴らした。
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死んだネズミをある程度血抜きをしてからラルドの持つ麻袋に回収し、それをつくしが背負って少し歩くとまた別の暴食ネズミがいた。
立ち上がって周囲を警戒している。
つくしたちは茂みにしゃがんで隠れていたが、どうやら彼らの居場所もすでにばれているらしく、じっと彼らの潜む茂みを血のような赤い瞳で見ていた。
「次、撃ってみるか?」
「……いいですよ。やりましょう」
いくら場所がばれているとはいえ、時速100kmを超える速さの矢は避けられまい。
つくしは挑発を受け、かがみながらニヤニヤとショートボウを渡してくるラルドからショートボウと矢を受け取り弓に矢をつがえる。
(前、動画で見たみたいに構えて、さっきのラルドさんみたいに魔力を込めて撃てば……)
実は先ほどラルドが放った矢は魔力の込められた何らかのスキルによって、より正確な射撃が可能となっていた。
魔力というのははっきりと目に見えるわけではないが、なんとなく密度の違う空気の流れのようなものは感じ取ることができる。
その魔力の流れは収集者がしっかり感じ取っているのでどうすれば良いかわかり、そこにより洗練された動きが加われば必然的に最高のショットが生まれる……はずだった。
「んぎぎぎぎぎ」
「ぷっ……くくっ……」
つくしは自身の身体能力の低さを甘く見ていた。
弓の弦はいくら踏ん張っても途中までしか引けず、型とか角度がどうのとかいうそれ以前の問題だ。
ラルドはぷるぷると腕の筋肉を震わせながら真っ赤な顔をするつくしに、笑いをこらえきれないといった様子でぷるぷると肩を震わせている。
「くそっ!」
「おっ、おっ? あきらめたか?」
つくしは諦めてショートボウをラルドに押し付けるように返すと、茶化すラルドを捨て置いてそこらへんに落ちていたこぶし大の石を拾った。
(風は向かい風だから角度はこんなもので……全力で投げても威力は足りないから……)
風の方向、強さを確かめて、空気抵抗や石の重さなどを考え、今度は自分の能力を計算に入れて最適解を紡ぐ。
(大丈夫。すべての情報は収集者が持っている)
絶大な信頼を収集者に預け、思いっきり大きく振りかぶって手を離すタイミングを静かに待つ。
「ここっ……!」
「おいおい、石投げるにしてもどこ投げてるんだよ」
はるか斜め上に飛んだ石を見てラルドが腹を抱えて笑い出す。
だが、その笑い顔はすぐに驚愕の顔に変わることになる。
「キッ……」
ボグッという重い音がしてネズミに天から落ちてきた石が直撃した。
重力を使った重く、正確な一撃は流星のごとくネズミの頭を打ち砕いたのだ。
それを成し遂げたつくしは得意げにラルドに振り返る。
「どうよっ……って、どしたの?」
すると彼は心配になるくらい青い顔でつくしの背後を見ていた。
ちょっと驚きすぎなんじゃないかとつくしが思った時、ラルドは背を向け一目散に駆け出した。
「逃げるぞっ!」
「ふぇっ?」
いきなりのことで動揺しながら再び彼の視線の先、殺した暴食ネズミの方を振り返ると、そこには何十、何百にも及ぶ赤い目をしたネズミの集団がつくしたちを睨んでいた。
沢山いると何でも怖いよね。