1-2 冒険者組合
外国語を覚えるのほんとめんどくさい……。
「ところでこの世界の文字とか言葉とかはどうやったらわかるようになる? 真面目に覚えるしかないの?」
目下一番の問題をしおりに聞く。
看板も読めないと、どこがなんなのか全くわからない。
辛うじて絵が書いてあるところや外観から、鍛冶屋だの教会だのと分かるくらいだ。
今から覚えるとなると右も左もわからない状態が数ヵ月は続くだろう。
「サンプルを集めれば余裕だと思うのです」
しおりはゲーム画面から目を離さずに答える。
「サンプル?」
「人の話し声とか文字とかをとにかく集めて記憶すれば言葉なんてそのうちわかるのです」
「そういうものか」
「そういうものなのです」
そうしてつくしは言われた通り、話し声をよく聞いたり看板を読んだりしながら町を散策すること数十分。
「なんかわかってきたな」
「でしょう?」
「収集者恐るべし」
なんとなくだが言葉がわかってきた。
最初は意味不明な音の羅列だったのに、いまは整理された言葉のならびに聞こえる。
文字もただの記号から言葉として読めるようになってきた。
改めてスキルのすごさを実感する。
「もっと褒めてくれてもいいのですよ?」
「なんで君が得意げなんだ」
なぜかしおりが得意気ににこにこしている。
「私もスキルの一部みたいなものですし?」
「……それもそうだな」
言わば自分の親を誉められたみたいな感覚なのだろう。
そうして目的地目指して再び看板を見たりしながらさまようことまた数十分。
「ここが有名な冒険者組合か」
つくしは一つの看板を読んでつぶやく。
ここに来るまでの間、さらに言葉に触れたつくしはほとんど不自由なくこの国の言葉を日本語に翻訳して読むことが可能となっていた。
「ごめんくださいっと……依頼はそこの掲示板ね」
冒険者組合のなかに入ると、中はイメージ通り軽食や酒などを飲みながらたむろできるような待合のスペースが広く作られており、そこは多くの人で賑わっていた。
入り口近くの左手には穴のたくさん空いたコルクボードがかけてあり、そこに貼られた紙に様々な依頼が書かれている。
「さすがに疲れたな」
つくしは近くの椅子に腰かけ「ふぅ」と一息つく。
「体力ないのです」
「仕方ないだろ。馴れない土地だしもやしっ子なんだから」
しおりの言葉に対して否定の仕様がないくらい体を鍛えていないので、1時間程度も歩くと疲れてしまう。
つくしはこの先の生活に少し不安を感じた。
「喉乾いたな」
気候的に少し乾燥している地域なのか、喉がいがいがしてきた。
「飲み物でものむといいのです」
「……? 僕は持ってないけど?」
ノアレは本を一冊抱えているだけで飲み物なんて持っていない。
疑問に思っていると、しおりが口を開いた。
「再現で作れば良いのです」
「そうかスキルか。でも、どうやって使うんだ?」
「簡単なものは周囲にあるエネルギー、マスターのところで言う魔力のようなものからイメージだけで生成出来るのです。空中の魔力だけだったら足りない大きさのものや、構造が難しくてマスターが覚えていないものは、一度でもマスターがその構造や組成を見ていれば全ての知識が保存されているその本から取り出せるのです」
「本からは取り出せるんだ」
「私が常に空気中から魔力を収集、吸収していますからね」
「優秀」
「でしょう?」
流石は補助の役割だけあってちゃんと説明してくれたことを褒めてから言われた通りに試してみる。
(コーラは……組成は知らないけど行けるかな)
味は覚えているので、手のひらの上に黒い液体の入った紙コップをイメージしてみると何処からともなく現れた。
「っとと」
多少、驚きながら紙コップをしっかり握ると飲んでみる。
味はコーラだったが、恐らくこれはコーラ味の液体で正規品のコーラではないだろう。
だが、自分が飲む分にはなんの問題もない。
「ところでごみはどうする? 倉庫とか言うとこに入れられないの?」
「入れられるのです。本に突っ込むか、触って範囲を指定して念じてやれば良いのです。そのなかで分解すれば再び魔力に還元出来るのです」
「へー……便利だな」
収集者はリサイクルまで可能な大変エコなスキルであった。
「……さて、依頼を探すか」
潰した紙コップを本の中に突っ込んで、消えて行く様を見届けると自分でもできそうな仕事を探す。
冒険者組合に来た理由は、単純にお金がなかったからであった。
衣食には困らないが、宿に泊まるためにはどうしてもお金がいる。
お金でしか解決できない問題というのも多々あるのだ。
それに異世界と言ったら冒険者組合でしょ! というノアレの好奇心によるところが大きい。
むしろそれが9割だ。
お金を稼ぐだけだったら宝石を生成して売ればよいのだから。
しかし、その出どころを探られ、マークされるよりは良いと言える。
そういう点では一番、理にかなっていた。
「えーと」
出来れば最初は弱めの魔物の討伐系の依頼が良い。
この中だとやっぱりホーンラビットとか言う弱そうな魔物の討伐が良いだろう。
ランクもEと言う彼自身の身体能力ともあっていた。
「あの、冒険者組合は初めてですか?」
「あ、はい」
他にも良い依頼はないかとしばらく何枚もある依頼書とにらめっこしていると、受付嬢であろうそばかすの子が話しかけてきた。
「依頼を受けるには、組合に登録していただかないといけません。登録料をお支払頂くか登録料代わりに他の冒険者さんのお手伝いをしていただくことになりますが」
どちらにいたしましょう? と続ける彼女の言葉にノアレは言われてみれば組合なんだから当たり前かと思う。
登録制にしないと誰かが問題を起こしたときに言及できない。
説明を受けるその様子を見て、周りにいた冒険者達が何も知らない田舎者だと思ったのか、服装が珍しいのか、ノアレを小馬鹿にする声が聞こえてくるが努めて無視した。
「手伝いでお願いします」
ノアレは他の冒険者の手伝いをお願いした。
一文無しなのだから当然だ。
「俺の手伝いをするか?」
ヘラヘラと笑いながら手を上げたのはノアレを小馬鹿にしていたうちの一人の若い男の冒険者だった。
髪はぼさぼさで粗野な感じの無精髭が印象的だ。
身長が高く、装備は皮の胸当てに片手剣といったラフな格好だが、一人前に冒険者の格好をしている。
「……お願いします」
ここで引くのも癪なので、ノアレはその誘いを受けることにした。
「決まりだな。ねぇちゃん、問題ねぇよな」
「はい。では、仮契約書をお持ちいたしますので待ち合いの時間のご相談等をしていてください」
受付嬢は慣れた感じでてきぱきと動く。
こういう小さないさかいは日常茶飯事なのだろう。
ノアレは隠れてため息を一つつくと偉そうに先輩面をする男性冒険者に向き直った。
「明日の昼頃でどうですか?」
「良いけどよぉ、お前、飯代とか宿代あんのか?」
「お構い無く。では、明日、またここでお会いしましょう」
「む、あぁ」
恐らく登録料すら払えず手伝いをするような駆け出し冒険者は田舎上がりでろくにお金を持っておらず、腹を空かせて来るのだろう。
その点、ノアレには便利なスキルがあって困らないので無問題だった。
馬鹿にしようとした男性冒険者は一蹴されて少し不満げな表情を浮かべていた。
それを見たノアレはやり返せたことで胸がすくような気持ちだった。
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その後、すぐに持ってこられた書類にサインすると軽い足取りでそそくさと冒険者組合を後にした。
少し思っていた展開とは違うけれど、憧憬していた世界での楽しい日々に思いを馳せる。
にやにやとしながら歩く姿は端から見たら気持ち悪いと言われること間違いなしだ。
「あ、宿どうしよ」
「マスターは馬鹿ですか?」
そして、後先はあまり考えていなかった。
その場のノリで生きて行く。