2-1 ダンジョンって?
……あぁ!
「はぁー……死ぬかと思った」
つくしは王都の関所を通過した後、ジープのシートに体を預けて大きく息を吐いた。
王城周辺には城壁があるが、その周囲に展開されている無秩序な城下街から畑の広がる郊外にかけてはそれがない。
代わりに主要な道には関所が設けられ、大規模な輸出入や馬車、魔導車は関所を通らないといけなかった。
「私は楽しかったっすよ?」
一方、テトラは突然急加速した動く箱に乗った興奮が冷めやらない様子でシートベルトを伸ばして身を乗り出している。
「そりゃよかった。でも危ないから座ってようね」
「はいっす!」
今もまだ走行中だ。
このじゃじゃ馬の運転の感覚はつかめたとはいってもまだ危なかった。
「まさか軽く踏んだだけで急加速するとは思わなんだ」
「調整なんかしてないのです!」
「僕の知識不足も悪いから何も言えない……今度からちゃんと実験してから使おう」
「それもそうですねー」
欠陥車をつくった当の本人が反省の色など見せずに後部座席でいつか見た堕落セットを設置してくつろいでいるので、彼女に期待はできなさそうだった。
「それで、何処へ向かうのです?」
「近くにあるダンジョン都市かな」
「おー……なかなかいいチョイスなのです」
異世界に来たらダンジョンは一度とは言わず、何度も行きたいスポットだ。
他の冒険者の話の中に出てきているのを聞いたり、周辺の地図を見たりしてずっと行きたいと思っていた。
考えただけで冒険心がくすぐられてわくわくする。
「だんじょんとし?」
「魔物とか倒しに行くところだよ」
首をかしげたテトラに教えてやると魔物という単語を聞いた途端、テトラの顔が曇った。
「魔物とかいるっすか……」
「ん? 不安?」
「はいっす。おねえちゃんたちが魔物は怖いっていってたっす」
「そっか……でも、テトラは戦うの特異な種族なんだよね?」
「そうなんすか? 暴れたらダメっていつも言われてきたっすからよくわかんないっす」
「そうだったのか……魔物とか人さらいとか危ないやつに対しては遠慮なく暴れていいんだからね?」
「いいっすか? でも、やっぱりまだ怖いっす……」
「ま、時間はあるんだ。ゆっくり慣れて行こう」
戦闘向けだと聞いて慢心していたが、どうやら魔物が怖いらしいのでテトラには無理をさせずに行こうとつくしは思う。
それからしばらく平和な街道を走ると日が落ちてあっという間に空が茜色に染まった。
さすがに街頭も何もない道を爆走するのは危険極まりないので適当なわき道にそれてキャンプをすることにした。
「さすがにいつも同じ味じゃ飽きるな」
「そうっすか? ご主人のごはんは何でもおいしいっす!」
「ありがと。でも、たまには自炊してみるか」
「つくるっすか? 手伝うっす!」
記憶から食べ物を再現で生成するのは簡単だ。
しかし、それだとどうしても味が一辺倒になってしまう。
なので食材だけを生成し、あとは調理をしてみようと考えた。
そうして積極的に手伝ってくれるテトラと一緒に作ったのは野営の定番、カレーである。
「ちょっとからいっすけどすっごいおいしいっす!」
「ね。やっぱ外で食べるカレーは格別だよ」
キャンプなど外で食べるカレーには家で食べる時とは違うスパイスが加わっているに違いない。
つくしは暗いキャンプ場所を囲むようにして置いたランタンの中心で、なんとなく幻想的な雰囲気に包まれながらそう思った。
「そういえばご主人はどっからそんなにものをいっぱい出してるっすか?」
「これはアレだよ。スキルというか魔法みたいな?」
そういえばこの世界にスキルとかいう言葉があるのかすら知らない。
だから言葉に迷ったが、テトラは「へぇ~すごいっす! さすがご主人っす!」と言って特に気にした様子ではなかった。
「……んじゃ、食べ終わったら寝るか。テント貼るから手伝ってね」
「はいっす!」
「あ、私にもカレー頂戴。後、私もテントに入れさせてね」
「へいへい」
つくしとテトラがテントを張っていると別に助手席にずっといたしおりから声がかかる。
スキルだから別に食べなくても良いのだが、やはりこの環境下で食べたいらしい。
自分で動こうとはしないしおりにもう慣れたつくしは生返事でカレーを小皿についでやる。
身体こそ小さいが案外食べるのだ。
どこに食べた分が消えているのかは謎である。
「ふぃー……」
食事が終わり、つくしは草の上に寝転がった。
隣には同じようにしてテトラが寝転がる。
空には曇りひとつない空と満天の星が広がったいた。
それは今までいた世界では見ることが難しいほど満天の星空。
手を伸ばせば届きそうな光はとても遠くで輝いている。
見えている光もずっと昔の物でなんだか不思議な気持ちになる。
「綺麗だな」
「これが『夜空』なんすね」
「……あぁそうだ。広いだろ?」
「はいっす!」
ずっと灰色の曇り空ではなく、青や赤や黒に移り変わる空はきっと話で聞いていたよりもずっとおおきな感動と驚きを与えているのだろう。
つくしはテトラにもっと綺麗なものを見せてあげたいと思うようになっていた。
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次の日、道中すれ違った馬車にジープを驚かれながら、無事その日のうちにダンジョン都市『メイロゥ』に着いた。
つくしたちは一応人目を避けてジープを降り、倉庫にしまうと街の中を歩き始めた。
この森林を後方に抱えた都市はシンリ王国の城下町よりもさらに雑多な感じだった。
関所がなく、やはり武器や消耗品の商店、宿の数が圧倒的に多くて民家はあまり見当たらない。
さすがダンジョン都市といったところだろう。
ただ、肝心のダンジョンが見つからない。
これだけの町ができているのだからさぞ目立つのだろうと思っていたが見当違いだったようだ。
つくしはこの広い街の中を探していても埒が明かないと判断し、道行く人に話しかける。
「あの、ダンジョンってどこですか?」
「ん? それならアレだよ」
人がよさそうな男性に指で示された先は、都市後方に広がるただのだだっ広い森だった。
もりもりもりもり