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1-10 けもみみぱらだいす? 3

隠し事も仕方ないときあるよね。

 ハモンドに屋敷の部屋を借りて治療を行うこと数日、あまり美味しいとは言えないこの世界の食事をご馳走になったり、暇な時間に館を自慢されたりしているうちに、彼らの病気はみるみるよくなっていった。

 一人を除いては。

 

 「マスター、どうするのです?」

 「治す」

 「普通の人間だったらもう死んでいてもおかしくないのです」

 「僕が、治す」


 つくしは借りている暗い部屋のなか、ランプの揺れる炎を隈の酷い目で見ている。

 一向に良くならない4番になにか出来ることはないか、なにか良い方法はないか模索していた。

 なにも浮かんでこないと知りながら、考えずにはいられなかった。

 苛々と焦りが彼の精神を蝕む。

 そんな責任感に潰されそうな状態のつくしを見てしおりはため息をつくと、彼の頭の上にたらいを生成した。


 「いっ……!」


 ガァンという大きな音をたてて、たらいはつくしの頭頂に落ちた。


 「何するの」


 つくしが涙目になりながらしおりに抗議すると、しおりは自分を親指で指し示した。


 「私もいるのです」

 「……?」


 つくしは首をかしげる。

 そりゃあ自分のスキルなんだしいるだろう。

 それがどうしたというのだろうか。


 「だから、私も一緒に悩んであげようと言うのです!」

 「僕が2人に増えるだけでしょ。変わらないよ」

 「忘れたのですか? 私は収集者(コレクター)目次(コンテンツ)が一つ――」

 「あーあー分かったよ。なにか建設的な意見があるんでしょ。言ってみてよ」


 決まり文句を言うしおりをめんどくさそうに手で静止させると、意見を言うよう促した。

 するとしおりはそれまでのおちゃらけた雰囲気を消し、真剣な顔で言った。


 「ひどい皮膚病のときは抗生物質を飲むと良いらしいのです」

 「なに!? ……何で知っていて言わなかった。今思い付いたわけでもないだろ」


 覚えてはいないが、どこかで飲んでいたか記事でも読んだのだろう。

 思い出せなかった自分も悪いが、なぜそんな重要ことを隠していたんだと怒気を含んだ声で迫る。

 もしかしたらあの子は早くに治ったかもしれないのに。

 こんなに悩むことはなかったのにと。

 しおりは口をもごもごと動かす。


 「確かに効きますが、体のなかの常在菌も殺してしまうのです。あんなに弱っているのに体の中にまで負担をかけたら……」

 「そっか……そうだったな……でも、なんで僕にその事を教えなかった。相談するくらい出来ただろう?」

 「だっ、だってマスター……必死だったじゃないですか。そんな状態の人にこの事を教えたらきっとなにも考えずに投与して死んでしまったら自分のせいにしちゃうと思ったのです……」

 「……っ!? ……」


 涙目で訴えるしおりにつくしは反論できなかった。

 確かに教えられていたら深く考えずに投与して殺してしまっていたかもしれない。

 そしたら一生、人を殺したという自責の念に駆られていたことだろう。

 自分の生命線でもある主人を第一に考えるしおりの行いは正しい。


 「ごめん。僕が悪かった。余裕がなくなっているのかもしれない」

 「私からもすいません。酷だと思いながら言おうか言うまいかずっと迷っていたのです……」

 「でも、今度からちゃんと相談をしてくれ。僕もしっかり聞くから」

 「はい……」

 

 お互いに謝り、緊迫した雰囲気がいくらか和らいだところでつくしは席を立った。


 「そうと決まれば早速行くぞ」

 「やっぱり投与するんですか?」

 「可能性があるならな。今のままで良くなるとは思わない」

 「分かりました……」

 「大丈夫。もう心の準備はすんだ」


 覚悟は決めた。

 専門的な知識なんて一つもなく、聞き齧った話やネット上でちらっと見た程度の信憑性もなにも無いような知識でつくしは博打を始めようとしている。

 無責任だとか言われても良い。

 ただ、今自分に出切ることをやる。

 それだけだ。


 「夜分遅くにすまない。」

 「へい」


 つくしは受付の大男に治療をしたいので地下牢につれていってほしいと言う旨を伝えると、彼はすんなり鍵束とランプをもって付いてきてくれた。

 彼を引き連れて地下へと向かう。


 「それじゃ、私は戻ってますんで、終わりましたらいつも通りベルをならしてください」

 「分かった。ありがとう」


 地下への扉を開けてつくしが入ったあとに閉め直すと、彼はのそのそと眠そうに目をしばたたかせながらつくしに小さい鍵とベルを渡し、帰っていった。

 治療するときは地下への扉の鍵を閉めてもらい、終わり次第ベルを鳴らして鍵を開けてもらう決まりになっているのだ。


 「寝ているところをすまない。4番の治療をさせてはもらえないだろうか」

 「どうぞ」


 地下牢へ行くと、既に地下への入口の鍵を開ける音で目を覚ましていた彼女たちは快くつくしを迎えてくれた。

 しかし、一向によくならない4番の様子に少し諦めの色が入ってきていた。


 「4番の様子はどう?」

 「少しは肌が良くなってきていますが、芳しくはありません」

 「そうか……」


 やはり塗り薬だけでは奥の方まで菌を殺せず、限界がある。


 「今日は飲み薬を持ってきた。これも試してみる」

 「治りますか?」

 「分からない。分からないけれど、やるしかないんだ」


 無責任な言葉は吐けない。

 だけど、救って見せる。

 その気持ちが伝わったのか、他の子たちが俄然やる気をみせだした。

 空虚な自信よりは確かな自覚の方が心強い。


 「まずはいつも通り傷を洗う。手伝ってください」

 「「はい!」」


 朝に包帯を替えたばかりだが、もう染みて黄色くなってきていたのでついでに替えることにした。

 牢の鍵を開けて入り、4番のもとへ行くと、擦れて痒そうに身じろぎをする4番を脱がせて行く。

 その体はやはり何度見ても酷い有り様だった。

 赤と白のコントラストが少女の体を斑に染めており、剥がれた皮膚がだらしなく下がっている。

 この子も獣人なのだろうが、毛が抜け落ちていてその元のかたちも分からない。


 「じゃあ水を掛ける。押さえておいてくれ」

 「分かりました」


 狐顔が頷いて彼女自身の服が汚れるのも厭わずに寝たきりの4番の両手をがっしりと押さえ、他の子は足をしっかり押さえている。


 「じぁあ、かけていくね」


 言うや否や再現(リプロ)で水を作ってかけて行く。


 「あっ……いぁっ!」


 最近、比較的きれいにしているせいか傷に直接沁みて痛いらしく、喉を絞るようにして4番が悲痛な声を上げる。

 手足の筋が張り、力がこもっているのが分かる。


 「もう少しの辛抱だ」


 粗方体についていた膿などを流し終えたので、その子の上体を起こしてタオルを出し、軽く触るようにして拭いて行く。

 そして薬を染み込ませた包帯の片側を他の獣人に渡した。


 「端を持ってて」

 「わかりました」


 つくしは洗ってもぬるりとすべるその腕を臆することなく掴み、くるくると包帯を巻いて行く。

 何度も触っているうちにもう慣れた。

 巻き終わりに狐顔に持たせていた部分と余った部分を結んで行く。


 「そしてこれを……」


 巻き終わったら、スポーツドリンクと一緒にしおりが作ってくれた抗生物質の錠剤を飲み込ませる。

 4番は得体の知れないものを飲まされると思ったのか身をよじって嫌がったが、無理矢理飲ませた。


 「後は様子を見ながらだな……」

 

 塗り込んだ量も飲ませた量も適当。

 自分が飲んでいた量よりも多目に飲ませてはいたが、適量かは分からない。

 でもきっと良くなると信じていた。

 治療した本人が信じずして誰か信じられると言うのか。


 「あの、お医者様」


 帰ろうとメッセンジャーバッグをしょい直すと、狐顔が話しかけてきた。

 しかし、受け答える前に一つ訂正する。


 「僕は医者じゃない。ただの一般人の山野つくしだ」

 「ではツクシ様、少し話をしませんか?」


 彼女はゆっくりと長椅子に腰かけると隣を手でぽんぽんと叩いた。

 つくしは首をかしげつつも少し間を開けて隣に座る。


 「この子の生い立ちについて」


 狐顔は、続けてそう口にした。


平和なエルフの村にオークが!

みたいなことはありません。

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